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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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陽春の候、花は咲き乱れ

 朝晩の肌寒さを除けば、日中帯はすっかり暖かくなった。

 季節はまさしく春。

 陽気な気候とこれからの展望は、キキョウ会メンバーの士気を無駄なほどに上げてくれる。

 細かい仕事をこなしつつ、先々の準備を進めながら気持ちの良い季節を歓迎した。


 心身の健康だけじゃなく、仕事も好調に推移してる。

 ホテル業は高い稼働率を連日維持し、カジノの売り上げも去年の数値をほぼ毎日更新中だ。

 続々とやってくる新規の見習い連中なんて、過去最高を余裕でぶっちぎる人数に膨れ上がってる。


「この調子なら、闘技会も盛り上がりそうね」

「種類別チャンピオン制度が浸透し始めている影響が大きい。早くも入場券の争奪戦が始まっているから、間違いなく盛り上がるだろう」

「賭け札の売り上げにも大きな期待が持てますね」


 会長、副長、本部長が集まっての雑談も雰囲気が軽い。

 暖かくなるにつれて忙しさは増したけど、金回りの良さが幹部だけじゃなく組織全体の気持ちを浮つかせてる気もする。

 どこかのタイミングで一度、私自身も含めて気を引き締めないと、つまらないミスをやらかしそうだ。


「ちょっとすんません、会長! 失礼しますよ!」


 大きな声で会長執務室に入ってきたのは建設局長のプリエネだ。


「おおっと、副長と本部長まで!」

「プリエネ? どうしたのよ」

「例の件ですよ! 終わっちまったんで、報告にきました!」


 早い。仕事を頼んでからまだ二十日も経ってなかったと思う。

 プリエネたち建設局には海賊船襲撃シミュレーションのため、実寸大で船のハリボテを作ってもらうよう頼んでた。

 海賊船に成り下がったとはいえ、元は軍艦だからそれなりの大きさの船だ。慣れない作業でもあるし、簡単にはいかないはずと思ってたんだけどね。


 軍艦と称する船でも私の朧げな記憶にある軍艦とは随分と違う。

 大砲のような火器は付いてないし、レーダーやらソナーやら含めて軍艦らしい大きな装備はあんまり搭載されてないんだ。それというのも、攻撃や索敵は主として人が魔法でやるからだ。


 武装とは別に航海を便利にする魔道具はいくつも搭載されてる。そういった装備のほかには多数の乗組員が生活するための部屋や設備と、あとは小型艇や車両を搭載するスペースがある影響で船自体はかなり大きい。


 ハリボテでも外側だけじゃなく中に入り込んでのシミュレーションができるよう、注文は内部まで図面に従って作る必要があった。

 そこらの漁船とは比較にならない特大サイズの船を、よくも短期間で造り上げるもんだと思う。


「早いっても、所詮ハリボテですよ! 水に浮かべるわけでもなし、動かすわけでもなし、このくらいならいくらでもでっち上げますって! でも寸法だけは守ってますんで、その辺は心配ご無用ですよ!」

「心配などしていないとも。しかしよくやってくれた。お陰で計画を前倒しで、諸々進められる」

「うん、ありがたいわね。そんじゃ、余裕のありそうな戦闘団から順に訓練開始といこうか。ジークルーネにそっちの仕切りは任せたわ」


 頷いたジークルーネは先にハリボテ船の仕上がり具合を確かめたいと言って、プリエネと地下に向かった。

 ハリボテでも軍艦の構造は秘密だ。作戦自体も大っぴらにはできないから、そこらの外に船をドンと置いとくわけにもいかない。

 そんなわけで管理が簡単な本部の地下に造らせた。地下駐車場のさらに下には大空間がある。そこを有効活用した形だ。


 私も船を見に行こうと思ったんだけど、フレデリカの秘書官が執務室に入ってきたんでちょっと待ってみる。

 報告書を受け取って中身を読むフレデリカは、トレードマークのスクエアのメガネも相まって妙に知的に見えた。


「……こちらも思ったより早いですね」


 フレデリカは報告書に目を落としたまま呟く。


「なに?」

「魔道具ギルドからです。水中で効果のある魔獣除けが必要分、もう納品できるそうですよ。別件で相談もあるので、わたしとエイプリルで引き取りに行ってきますね」

「そう? そんじゃ頼むわ」


 魔道具蒐集が趣味でもあるフレデリカは、仕事でも魔道具ギルドに行けるのが嬉しそうだ。そんな友を見送りつつ、物思いにふける。


 欲しかったのは対海賊戦で重要になるかもしれない装備だ。こっちも想定より早く手に入れられるとは。逆に遅れたら困るなと思ってただけに助かる。

 現地の状況によるけど、一つのプランとして海中から海賊船に忍び寄るってのがある。

 海の中にも水棲の魔獣がいるから、そいつら対策の魔道具だ。


 それというのも海中での戦闘は極力避けたい意向がある。当然のことだけど、水中での戦闘は陸上とは大きく勝手が違う。

 足場がないから地面を蹴って一気に距離を詰めたり離れたりなんかできないし、踏み込むことも踏ん張ることもできない。そもそも水の抵抗があるから思ったように身体が動かせないし、息だって吸えない。


 陸上で可能だった機動力は水中だとまったくダメになり、ほとんどの魔法にだって制限がかかる。

 根本的に戦い方を変えないと、いつものような圧倒的な戦闘力は発揮できない。私の格闘能力や投擲術なんて、もろに影響を受けてしまう。もし水中に強力な魔獣がいたらかなり危険だ。

 あとは秘密裏での水中移動の際、魔獣に襲われて騒がしくしたんじゃ、作戦が台無しになってしまうって理由もある。


 そこで私たちが求めたのは、水中戦を補助する魔道具じゃなくて魔獣除けの魔道具だ。

 戦闘を補助する魔道具もあるなら欲しいけど、それを使うなら結局はしっかりとした水中戦闘の訓練をしないと中途半端になる。目的の完遂が最重要で、余計な戦闘は避けるに越したことはない。


「さてと、外はいい天気ね。こんな日に地下に行くのもなんだし、ちょっと風にあたろうかな」


 海賊船襲撃シミュレーションはジークルーネに任せてしまっていいし、ハリボテ見学はあとでいいや。今日は事務仕事もないから、自然を感じに行くとしよう。



 お出かけモードになると、まずは自室に戻って着替えだ。

 淡い色のフェミニンっぽい服装から、アーミーグリーンのコンバットジャケットとパンツに着替え、靴もサンダルから焦げ茶のブーツに履き替えた。

 月白のチェスターコートを羽織り、ティアドロップのサングラスを装着すれば完璧だ。髪は後ろで縛ったままのスタイルだけど、暑くなりつつある季節にはこれがいい。


 階段を下って地下駐車場に入り、青いフレームに金のパーツが映えるカッコいいマシンにまたがる。


「出番よ、ニュートロンスターアンドロメダ号!」


 妙に上がるテンションのままにエンジンを唸らせ、キキョウ会本部を飛び出した。



 意気揚々と向かった先は、ウチのシマの中でも自然豊かで人のいないエリアだ。広大なエクセンブラは人の多い区画だけじゃなく、外壁の中に多くの自然も内包する。


 昼下がりの陽光を気分良く浴びながらゆっくり進み続けると、やがて行政区に入った。

 線が引かれたり標識が置かれたりしてるわけじゃないけど、川にかかった橋を境に統治エリアが分かれてる。この辺りは誰か住んでるわけじゃないし、金儲けの種が転がってるわけじゃないから、一応の線引きって感じだけどね。


 行政区に入ってからもゆっくりとした走りでしばらく進んでると、綺麗な自然から殺風景な景色へと徐々に変わる。ここら一帯が荒れ地と呼ばれるエリアだ。

 詳しいことは知らないし興味もないけど、昔々の話、この辺りには勝手に住み着いた連中がいて、そいつらが自然破壊しまくった名残ってことらしい。


 なーんにもない荒れ地を進み続けて見えてきたのは、境界線を引くように渡された有刺鉄線と木の柵だ。

 ここが学園襲撃の報酬としてゲットした土地で、管理者は研究開発局のリリィにやってもらってる。

 大雑把に柵で囲った土地は、ざっと見積もってスポーツ競技場が丸ごと四つか五つは収まりそうな広さがある。不要な土地だからこそ、景気よく放出したんだろうけどね。


 柵と有刺鉄線の横をのんびり走ってると、切れ間があってそこから中に入る。

 地面にタイヤの跡が残ってるから、これをたどれば誰かいるだろう。


 静かな荒れ地に爆音を轟かせながら進んでるから、当たり前に私の接近は気付かれる。

 しばらく進んだ先にあった軽トラの前には、全身を月白の服で固めた女がいた。


「お~い、ユカリさ~ん」


 無意味な爆音を下げると呼びかけが聞こえる。手を上げて振るのは我らが研究開発局の伍長、オーキッドリリィだ。

 腰を絞ったローブのような外套に、トレードマークになってるつばの広い頭の先の尖った三角帽子が目立つ。

 間延びした声は荒くれのキキョウ会っぽくないけど、優しい感じが私は好きだ。


 近くまで行ってバイクを止めると、サングラスを外して胸ポケットに仕舞いながら荒れ地をブーツで踏みしめた。


「リリィ、あんた一人?」

「ちょっと様子を見にきただけですから~」


 傍に置かれた軽トラは一台だ。これに乗って一人できたんだろう。

 人けのまったくない場所で、一人きりの優しげな美女。

 なんだか心配になってしまうけど、こう見えてもリリィの戦闘力は半端じゃない。不逞の輩がダース単位で襲いかかっても、荒れ地の栄養分にされて終わりだ。


「この土地はどう? 荒れ地とは聞いてたけど、本当になんもないわね」


 地面にはまばらに草が生えてる程度で、樹木の類は全然ない。砂漠ほどじゃないけど、不毛の大地って印象を受ける。


「想像よりも~、土が良くないです~」


 困ったような顔でリリィは言った。

 土壌改良の実験場としては使えそうだけど、販売用の花畑にしたり高品質な作物を育てたりするには不向きなんだとか。

 楽な仕事の報酬なんだから、こんなもんなのかもしれない。広ければ使い道は色々とあると思ってるんだけど、残念ながら少なくとも畑としてはダメっぽい。


 まあ畑はすでに持ってるし、作物は南部の小国家で獣人たちに作らせてる分で今のところ不足はない。増産を頼めばやってくれそうでもあるし。

 せっかくの広い土地だからリリィに好きに使ってもらおうと思ってたんだけど、目論見は外れたみたいだ。


 研究開発局にはシャーロットの刻印魔法研究や、リリィの植物関連の研究以外にもやってもらってることは多数ある。

 既知の魔法や魔道具の有用性や弱点、応用方法を考えたり、魔導鉱物素材の研究や実験やなんかもやってもらったりしてる。戦闘団と共同で戦技研究もやってるしね。仕事の幅が広いから、広い土地を活かす研究には、なにかしらのアイデアは持ってそうだと思う。


 ほかの使い道としては、汚染させても文句が出ないだろうことから、広範囲に及ぶ危険な魔法とか魔法薬の試験場にはいいかもしれない。本部地下の大訓練場や北東の森だと、そういった実験には向かないし。

 人目がない上に、誰かが近づけば一発で分かるほど周囲にはなんにもないんだ。秘密の実験場としてなら、むしろ都合がいいとも思えた。


「リリィがいらないなら、ほかの誰かに託していいわよ。シャーロットは使わないだろうしね」

「はい~。研究開発局のメンバーも増えましたから~、誰かは喜んで使うと思います~。もし希望がなければ~、どうにか花畑にしてやりますよ~。ついでにこの辺の荒れ地は~、全部まとめて花で埋め尽くしてやりたいです~」

「あんたらしいわね」


 そういやリリィの野望は世界を花で埋め尽くすとか、初期の頃に聞いた気がする。初心に戻ってそういうことに精を出すのもいい。

 せっかくなんで荒れ地に向かって大魔法を一発ぶっ放してから、本部に戻った。



 ――のんびりしてるようで忙しい時を過ごすこと、数十日。

 春の闘技会も順調に終わり、私がやるべき重要な仕事はとりあえず終わったと思う。


「フレデリカ、私じゃないとダメな予定ってこの先あったっけ?」

「ユカリへの参加希望はいくつもありますけれど、必須と思えるものはありませんね。代理を立てる場合にしましても、伍長を含めた幹部の誰かで問題ありません」

「だったら動くべきね。海が私を呼んでるわ!」


 夏になったらブレナーク王国が旧レトナークの平定と吸収を目的とした戦争が始まる。

 その前に、海賊にはブレナーク王国の傘下に加わらないかと、交渉を持ちかける予定だ。


 そもそも交渉可能かどうかも含めて、現地での状況確認が必要になる。

 仮に交渉に持ち込めたとしても決裂する前提で考えて、そのあとは力づくの展開になるとも予想してる。

 余所の土地での作戦行動だから、想定外のことは起こりまくるだろう。きっと簡単にはいかない。

 最悪は失敗することも考えないといけないけど、その場合には港の利権確保を失う。なんとしてでも成功させるつもりだ。


「お姉さま、もう海に向かいますか? もう少し先になると思ってました」

「海賊関係だけじゃなくて、港町の掌握まで考えると早いに越したことはないわ。すでに現地入りしてる情報局のメンバーも人手が欲しいだろうしね」

「メンバーの選抜は済んでいるのでしたよね? すでに見えていた予定ですから、遠征物資の手配や仕事の引継ぎには三日もあれば十分と思います」

「じゃあ三日後に出発よ。フレデリカは早速、準備の音頭とって。ヴァレリアは遠征メンバーに周知しといてくれる?」


 頷いた二人はすぐに動いた。フレデリカは三日もあればと言ってたから、なにか問題が起こらなければ二日で準備を済ませるだろう。

 私はもう準備万端だから待つだけでいい。普段通りに過ごすとしよう。


 いよいよ具体性を持った、侵略へのカウントダウンが始まる。

 私たちの一挙手一投足がカウントを進めていくんだ。

 まだ余裕のあるカウントでも、気付けばゼロは目の前に迫るだろう。


 未知の海、土地、人よ、首を洗って待っていろ。

 裏社会が仕切る大都市エクセンブラでも、一層悪名高いキキョウ会が攻めに行くぞ。

新しい章への導入といった内容になっていたでしょうか。

西への大遠征、北へのちょい遠征に続き、今度は東への大遠征になります。

今回は通りすがりの土地ではなく地ならしを兼ねているので、これまでの遠征とは違った感じになるはずです。

じっくりと進めて行くつもりですが、どうぞよろしくです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 知的に見えるフレデリカ……ブフゥッ♪ いや実際に知的なんでしょうけど……第42話「くだらない勝負」で ギャンブルでボロ負けして数百万毟られて、カウンターで 泣きじゃくる姿が先に来るんでww…
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