学園のスカルマスク
背中にうっすらとキキョウ紋が浮かび上がる外套を羽織った一団が車両に乗って道を行く。
集団が羽織る外套は例外なく墨色か月白で、どれもが個性豊かながらも非常に仕立ての良い作りだ。
胸元には紫水晶のキキョウ紋バッジと技能徽章が映え、外套に色を添える。
私とグラデーナの袖には牡丹の意匠が施され、その他のメンバーの袖には猛禽類の意匠が目にもかっこいい。これはセクションごとに定めた職種徽章で、猛禽類は情報局の証。牡丹は特定のセクションに所属しない場合の意匠になってるけど、今のところは会長直属みたいなイメージかな。
新たな装備として、頭には漆黒のベレー帽を乗せてる。脳天への強力な攻撃はこれで防ぎ、ほかの隠し機能もある優れモノだ。見た目としても多くのメンバーがこれを被ってる状態で集まると、いよいよ軍隊じみてきたように見えてしまう。
さらにはテストを兼ねて、各人に新魔道具を持たせてる。
テストを兼ねるから万全の装備とはいかないけど、いささか大げさな装備かもしれない。
サングラスをかけた私とグラデーナのほかには、実行役の情報局メンバーでグレイリース伍長と補佐が一人、平のメンバーが四人の構成だ。多い人数じゃないけど、これで十分。
最近新しく納車された中型の装甲車一台にみんなで乗っていく。運転手はグラデーナで私が助手席、ほかの六人は後部座席で左右に向かい合わせになるような配置の椅子に座ってる。
「会長と三席は突入後、念のため周辺警戒だけお願いします。終わり次第、すぐ戻りますんで」
「おう、お前らなら楽勝だろうが気は抜くなよ。あたしが言うまでもねえけどよ」
「油断して少しでもミスがあったら局長にどやされますから。気は抜けないですよ」
情報局長ジョセフィンは仕事面で部下に甘い評価をしない。それがベテランでもだ。ちょっとでもミスや不足があったら徹底的に鍛え直す方針だから、楽な仕事でも気を抜くことはないだろう。
実際のところ、グレイリースたち情報局メンバーの実力は何の問題もないと私は思ってる。これまでに不足と感じたことはないし、心配する要素はどこにもない。
特に緊張感もなく、雑談しながら現地に向かってると目的地が見えてきた。
行政区の外れに位置する学園周辺には建物があんまりないし、人も車両も全然見かけない。木々に囲まれた緑豊かで閑静な場所柄だ。
「そろそろ到着するぞ。準備始めろ」
「マスク着用、道具忘れるなよ!」
グレイリースが号令をかけて準備は万端だ。
各員がベレー帽の内側から黒マスクを引っ張り出して装着、顔を隠した。白いドクロが描かれた黒マスクは、やっぱり異様だ。常識的に、こんな奴らを見かけたら誰だって恐怖を感じるだろう。
後部座席にはそんなスカルマスクの集団が座ったまま、天井のグリップをガッチリ握って身構えてる。
装甲車がスピードを一気に上げ、学園の門に向かって突っ込んだ。
あえて私はシールドを展開しない。新車の強度を試すってよりは、車内に伝わる衝撃を体験する訓練の意味合いが強い。
ぶつかってガンッとつんのめる激しい衝撃に耐えると、重々しい学園の門をひしゃげさせながら突破した。
装甲車は広々とした庭園を兼ねる前庭で、ドリフトするように回転しながら急停止する。静寂を豪快に破る破壊音は、学園中にこだましたはずだ。
停止後には即座に装甲車後部のドアを開けて、スカルマスクの集団が降りていく。
「手筈どおりだ。行け、行け、行けっ!」
グレイリースが最後尾で鼓舞しながら降り、一人が壊れた門の傍で慌てる警備兵に向かい、補佐の役職に就いてる娘が門付近の警備棟に走った。
学園校舎と同じ様式で趣ある石造りの警備棟はちょっと広めの一戸建て程度の大きさだから、制圧に時間はかからないだろう。そこには兵のほかに警備用魔道具のコントロールルームもあって、その重要設備さえ押さえれば後の仕事が楽になる。
もう一人は学園の裏手のほうに走って、その他の三人は校舎に向かってまっしぐらだ。
門に目を向けると早くも二人の警備兵は投げ飛ばされて地面に倒れてる。流れるような動きで警備兵に魔法封じの腕輪を嵌め、ズタ袋を頭に被せて拘束した。軽々と二人を抱えて警備棟に走り、早くも補佐の手伝いに向かってる。一連の行動は淀みなく、素晴らしい手際だ。
情報局のメンバーは戦闘団とは違って正面突破の戦闘力を重視せず、奇襲を主とした効率重視の戦法を好む傾向にある。ただし、やろうと思えば正面からでもあの程度は朝飯前にやってのける。
「鮮やかなもんね」
「あたしが派手に突っ込まなきゃ、誰にも悟られねえ内に好き放題やって帰っただろうな。無駄がねえ」
まさしく。もしこれが秘密の作戦だったとしたら、誰にも悟られずに奇襲のみで目的をやり遂げる実力があるはずだ。
今回はその必要がないから、最初からグラデーナが派手にかましちゃってるけど。
「こちらレイラ、レイラです。伍長、警備棟は押さえました。警備用魔道具はすべての稼働を停止。校舎の窓を含む出入口は、正面玄関口以外を強制ロックしました」
突如として、耳元のイヤリングから声が聞こえた。これが実践テストに持ち込んだ魔道具だ。
「グレイリース、了解。警備棟の確保はダーシーが続行、レイラはこっちに合流しろ」
「レイラ、了解」
「ダーシー、了解。まもなく警備棟に入ります」
言葉はなるべく短く。短距離通信の魔道具使用には多量の魔力が必要だ。今回のテストでは消耗の感覚に慣れる目的も含んでる。
ちなみにレイラが最初に警備棟に向かったメンバーで、情報局幹部補佐の立場にある。ダーシーは門の警備兵を倒したメンバーだ。
「感度良好ね」
短距離通信の魔道具を通じて聞こえる声は、本部でのテスト使用時と同様にクリアだ。
「やっぱし声の特徴までは掴み辛いがな。ま、言ってる内容が完璧に伝わってるだけでも使える道具だ」
手に入れた通信の魔道具は、有効な通信距離が最大でも千メートルほどしかない。
距離が離れるほどに魔力の消耗が大きくなり、一般的な魔力量の人の場合には、せいぜい数十メートルが使用に耐えうる距離だと説明されてるくらい、尋常じゃなく燃費が悪い。ウチの鍛え抜かれたメンバーは一般と比較にならないから、もちろんその限りじゃないけど。
ただ発信に膨大な魔力が必要になる代わりに、受信するだけなら魔力の消耗は考えなくてもいいくらいに軽い。長々と発信するような真似をしなければ、特に問題なく使える。
今回のような簡単な仕事だったら別に必要ない道具なんだけど、何か細かい情報交換が必要な場面なら、これまでよりもずっと有効に機能するはずだ。
「便利だけど暗号化の強度が気になるわね。いざって場面で敵に筒抜けだったら使い難いわ」
「内緒話に向かねえって意味じゃ、敵に漏れてなくても変わんねえけどな」
通信の魔道具には複雑なチャンネル設定があって、これを合わせた魔道具同士でのみ通信が可能になる。個別に相手を指定することができないから、発信するときにはチャンネルを合わせた全員に聞こえる仕様だ。
購入にあたっては魔道具ギルド本部が課した強い制限で、一つの魔道具に複数のチャンネル設定をすることができないから、個人対個人の通信用としては使えない。完全に組織全体として運用することが前提の上で買った形だ。
チャンネル設定自体はこっちで勝手に設定できるんだけど、最低でも魔道具ギルドには傍受されてる前提で考えないといけないだろうね。
「こちらジャズ、校舎一階西側の制圧を完了。といっても、教室に閉じ込められてるのを確認しただけですけど。でもターゲットの姿がありませんでした。というか、知らされていた教室には誰もいません」
「誰も? ジャズは一旦、入口に戻れ。ユカリさん、グレイリースです。情報が違ってたんですかね?」
まさか。一人だけならともかく、その教室だけ全員まとめていないなら、もっと単純な理由を考えるべきだ。
「間違うなんて、ありえないわ。もしかしたら、この時間は移動教室なんじゃない? どこか知らないけど、音楽室とか美術室とか、ほかの場所を探してみなさい」
「グレイリース、了解。ダーシー、二階中央階段のロックを解除しろ」
「ダーシー、了解……解除しました」
警備棟のコントロールルームを押さえた結果、こっちの思うがままになってる。金のかかった大げさな警備システムこそが、あだになるとは学園関係者も思わなかっただろう。
こうしたシステムはちょっと前から魔道具ギルドがガンガン売り出してるから、金のあるところはこぞって取り入れてる。だけど実戦的には微妙どころか弱点になってしまってる。
不運なことに金をかけた校舎は建物自体が窓まで含めて魔法で強化されてるから、よっぽど腕の立つ人がいないと窓を破っての脱出も難しく、強制ロックしたドアも頑丈だ。この学園に在籍してる教師や生徒じゃ、どんな手を使っても脱出はまず無理だろう。なにより私たちの監視を突破できないしね。
ちなみにキキョウ会新本部の場合だと警備システムは本命の存在を秘匿し、サブを警備局に預けてる状態だ。一部の幹部以外には存在すら教えてないから、警備局に預けたシステムが全てだとほとんどのメンバーは思ってる。
この学園のザマを見てしまうと、本命の秘匿は正しい選択だと確信できる。
秘密を知る奴は少なければ少ないほどいいし、そもそもシステムに頼り切らないのがウチのいいところだ。
閉じておくよりも開けておいて、入ってしまった愚か者をぶちのめすほうが、見せしめとしても日々の緊張感を保つ意味でもちょうどいい。
「こちらレイラ、二階の制圧を完了。ターゲットはいません。ロックした教室内で多少の混乱は見られましたが、教師も生徒も案外落ち着いてますね。泣いてる子も結構いますけど……」
「こちらジャズ、三階の制圧も完了です。こっちも同じような感じですが、ターゲットはまだ見つかりません」
「こちらグレイリース、状況了解した。残りは特別棟だ。レイラとジャズは特別棟に移り、ターゲットを探せ。ルビーは中央階段で待機、イモジンは暇だろうが裏口を引き続き見張れ。あたしは学園側にそろそろ事情説明に行く」
ターゲットがまだ見つからないのが気になるけど、本校舎の制圧が済んで仕事の終わりは近い。
「学園長代理って奴は年のいったおばさんだったか? 今頃は内心すげえ焦ってんだろうな。気の毒によ」
「たしかにね。でも良家のお嬢さん方を預かる学園トップの代理なら、いい教訓としてありがたがってもらわないと。それも狙いの一つでしょ」
ここはロスメルタ・ユリアナ・オーヴェルスタ公爵夫人が学園長を務める女学園だ。
前に聞いた、借金のカタに取り上げたとかいう学校がここになる。どうやら以前は旧態依然としたお嬢様学校らしかったんだけど、これからは方針転換して高度な教育をバンバン施していくつもりなんだとか。通ってるのは大雑把に中学生とか高校生くらいの年齢層のお嬢様たちらしい。
これからの時代は実力さえあれば、女でも上に立つ奴が必要になってくるってことだ。ちょっと違うかもしれないけど、女向けの士官学校みたいになるのかな。
今回の私たちの行動には、目的が二つある。
一つはロスメルタがトップになった学園のセキュリティレベルを調査すること。
ロスメルタは学園を譲り受けたとはいえ、代理に基本方針だけ伝えて投げっぱなしの状態だから、自身が納得いく状態にはなってないと考えてる。
諸々含めて思ったとおりに機能してるならいいとして、ダメだった場合にどこをどう改善すればいいのか、一度テストを行ってから考えたいってことらしかった。だから私たちがテロリストに扮して襲撃の真似事なんかしたってわけだ。
我がキキョウ会の襲撃に対し、ちょっとでも対抗できるなら上等な警備体制と言っていい。
襲撃は学園に事前通告なしだから、実際の危機に際してどの程度の対応が取られるのかがモロに分かる。その評価は乗り込んだグレイリースたちが忖度なしに行って、レポートを提出予定だ。
そして二つ目の目的は人物調査。
これはロスメルタの友人が養子を迎えようと計画してる娘がいるらしく、その娘が危機に際してどういった行動を取るか、その評価をして欲しいってことだった。
ターゲットと称した一人の女の子が対象で、当然ながら事前の人物調査は入念にやってるらしく、その結果は極めて上々。学業成績は優秀、心身ともに健康で人望に厚く、友人関係にも恵まれてるんだとか。でもそれだけじゃ、情報不足ってことらしい。
人間、追い込まれた際や危機に際した場合にどう対応できるかってのは、その時になってみないと分からない。
いざって時にパニクって使えないような奴じゃ、そのお偉いさんの養子の話はなかったことになるのかもね。
まだ若い学生に対して随分と高いハードルに思えるし、実際のところ私たちの襲撃に対して子供が具体的に何かをできるはずもない。泣き喚いたりしてなければ十分だろう。
「こちらジャズ、特別棟三階の特科訓練室? でターゲットを発見しました」
「グレイリース、了解。レイラはジャズの応援に行け。どんなお嬢さんか二人で見定めろ。ダーシー、特科訓練室とやらのロックを解除しろ」
「ダーシー、了解」
人物調査依頼を受けたターゲットの対応を見るために、何かしらのやり取りを試みるつもりだろう。
こっちとしては危害を加える気はないんだけど、向こうからしたら恐怖でしかない。なんせ、スカルマスクの集団が突然、学園に押し入ったんだ。窓から破壊した門が見えるはずだし、警備兵もあっという間に倒された。
教室に閉じ込められてることは逆に安全かと思いきや、あっさりと解除されて元凶が押し入る状況を思えば、恐怖を感じるのは当然。気の毒に思えてしまう。
「こちら紫乃上。ジャズ、レイラ、あんまり脅しすぎないように。悪ガキ相手ならともかく、立派なお嬢さん相手だからね」
「こちらジャズ、分かってますって。むしろこんな目に遭わされて可哀そうに思ってます」
「こちらレイラ、わたしもです。必要以上にはやりませんのでご安心を」
トラウマになるほど怖がらせるのは不味い。ターゲットだけじゃなく、ほかにもお嬢さんたちはいるんだ。その辺を弁えてるなら、上手くやってくれるだろう。
生徒一同、職員一同、今日の出来事を糧として欲しい。悪党がのさばる都市に安全な場所なんかない!
「撤収まで残り、十五分てところか? 邪魔者もやってこねえし、楽な仕事だったな」
「そうね。こんなんで行政区の土地をもらえるなら安いもんだわ。報酬が余ってる荒れ地の一画でもね」
今回の仕事の報酬は土地だ。だだっ広いエクセンブラの特に行政区の端のほうは、開発が進んでない場所は結構多い。
発展してる場所は街の外壁を魔法で移動させてまでどんどん広げるから、すごい歪な形になってるんだけど、その辺のカオスな感じもエクセンブラらしいと言える。
獲得した土地をどう使うかはリリィ次第で、花畑にするか作物を育てるか、それとも実験場にするかは彼女にお任せだ。なんにしても、大いに役立ててくれるだろう。
緑豊かな周囲の景色からは、もう冬の気配は感じられない。畑仕事にもちょうどいい。
「いよいよ春本番ね」
「ああ。楽しみになってきたな」
新たな客人や移住者を迎え入れて、エクセンブラはまた活気に満ちる。
我がキキョウ会はやることが目白押しだ。
この先の近い将来に思いをはせながら、仕事を終えたスカルマスクの集団が戻るのを待った。
超、番外編でした。
キキョウ会にとっては軽い演習のようなお仕事編となっています。
学園編にはいくつかプランがあって、いつかまたサイドエピソードを展開する場合には書くかもしれません。
さて、次回からは本筋に戻り、次々回あたりには海の町に出発すると思います!




