利益が繋ぐ世界
歓楽街の喧騒に紛れる一本路地を入った暗がり。夜には一層、目立たない場所だ。
しかし注意深く様子を見続けると、暗い路地にある一件の民家には人の出入りがうかがえる。どう見ても民家の住人とは違うだろう人の出入りの多さは、そこが何かの店であることを示してる。
民家を装い看板も出してない怪しい店なら、後ろ暗いところがあるのは確実。特に私たちキキョウ会が知らない店なら、不審さはもう満点だ。
「オフィリアたちは裏から突入。派手に行くから、タイミングはこっちに合わせて」
「ああ。それにしても闇カジノとはな。あたいらキキョウ会に隠れて、大それたことをしやがる」
「お姉さま、客のほうはどうしますか?」
「ほっときなさい。一応はまたウチの客に戻るかもしれないんだしね、今回は大目に見るわ。ただし、闇カジノの首謀者は抹殺。金目の物は根こそぎ奪って、首謀者以外のスタッフの身ぐるみは全部剥がしてやんなさい」
「おうっ!」
これからウチのシマでいつの間にか営業してた闇カジノを潰す。
まだ開業してから間もない闇カジノは、新興勢力によって勝手に作られたものだ。情報局でも掴めてなかったこの最新の情報は、怪盗ギルドからもたらされたものだ。
キキョウ会本部への不審者侵入事件は、怪盗ギルドが腕を見せるためのデモンストレーションだったらしい。ジョセフィンの見立てたとおり、奴らなりの派手なデビューと宣伝だったわけだ。
怪盗ギルドの思惑としては、エクセンブラ三大ファミリーから仕事を請け負うための挨拶だったってことにもなる。つまりはウチの本部とは別に、クラッド一家とアナスタシア・ユニオンの本部にも同様の侵入事件を起こしてる。
随分と危険なパフォーマンスだと思うけど、口先だけのアピールよりは実力をこれ以上なく披露できることは間違いない。手っ取り早くね。
ほかにも三大ファミリーのセキュリティレベルを計るといった情報収集の意味なども含んでるんじゃないかと思われる。きっと単純なパフォーマンスだけじゃない。でもそういった手強い奴らと共存できるなら、それはそれで利用価値が高いと考えることも可能だ。
色々な思惑があるにせよ、エクセンブラで裏の仕事をするには三大ファミリーの了解がないとまず無理だ。一緒に仕事ができるに足る能力を示し、侵入の詫びとして有用な情報を提供する。敵対者としてじゃなく、共存できる組織として取り入ろうってわけね。
怪盗ギルドは三大ファミリーとシマを巡って争う関係にはならないし、たぶん商売敵にもならない。奴らの仕事は盗みが主で、物でも人でも情報でも、仕事とあらばなんでも手に入れるために動き売り捌く。
ウチは情報屋はやってないし、欲しいものがあったらこっそり盗むよりも堂々と強奪する。組織としての在り方が全然違うから、きっと共存は可能だろう。
ただシマ内で頻繁に泥棒騒動が起きるのは迷惑だから、あんまり派手にはやって欲しくない。その辺のことについては話し合いの余地があるといいは思う。
とにかく取り入ろうとするのは三大ファミリーと敵対すれば潰されるからで、敵と認定される前に共存でき使える存在として関係性を明確にしておこうって魂胆だ。三大ファミリーを顧客にする意味は非常に大きい。
それに裏社会の住人が大腕振って歩ける環境は他の街にはない大きな魅力だ。まさに天国と言ってもいい。
ウチとしても情報局の手が回らない部分を、怪盗ギルドから仕入れることによってカバーできるメリットがある。エクセンブラ内でのことだけじゃなく、怪盗ギルドのネットワークから他国のことまで仕入れることが可能になるんだ。
商業ギルドや冒険者ギルドからも有益な情報が得られるけど、裏街道専門のギルドから得られる情報はちょっと違うものになるだろう。これには今までと違った期待が持てる。
ま、私は怪盗ギルドの存在をよしとし、キキョウ会としてもその方針で固まった。とはいえ、ほかの組織もそう考えるとは限らない。まあ頑張れって感じだ。
「……オフィリアのほうも配置についたみたいね」
「周囲に人影ありません。いつでも行けます」
裏に回ったのはオフィリアたち第十戦闘団で、表には私とヴァレリアと本部付直率メンバーたちがいる。台座が銅のキキョウ紋バッジを付けた娘が、自信も露に行けると言った。私はただ頷いて、行けと命じる。
ゴーサインを受諾した娘も頷くと、それを受けた別のメンバーが即座にドアを蹴り破って侵入した。
メンバー一同が整然とした動きで雪崩れ込む様子には、評価の辛いヴァレリアも満足そうだ。客に紛れて逃げ出そうとする首謀者を逃さないため、私とヴァレリアは突入せずに見送った。
突入から間もなく、慌てふためいた客が続々と逃げ出してくる。
カジノならウチのシマにも色々あるってのに、なんでわざわざこんな場所に行こうと思うのかよく分からない。スリルでも求めてるんだろうか。だとしたら、今夜は最高に楽しい刺激的な夜になったに違いない。
「ふーむ、突発的なショーを盛り込んだカジノってのも一考の余地があるかもね」
「お姉さま?」
「なんでもないわ」
今考えることじゃないわね。
逃げ出す奴らが途切れてから数分ほどで、突入班の指揮を執ってる銅バッジの娘が戻った。
「ユカリ会長、ヴァレリアさん。制圧終わりました。首謀者は抹殺し、現在は金目の物を回収中です」
「身ぐるみは剥がした?」
「オフィリア団長の指示で実行中ですが、間もなく完了します」
こうしてる間にも仕事が終わったらしい。オフィリア含めて、みんなが外に出てきた。
状況からして罠はなく、人数も装備も大したことない連中だったらしい。怪盗ギルドからの情報通りだ。ウチのシマでやらかしてた割には、準備のなってない奴らだ。ナメられたもんね。
「ジークルーネのほうはどうなってんだろうな。あっちは面白い言い訳でも聞けそうか?」
久々に暴れられて楽しそうなオフィリアが訊く。闇カジノのオーナーとは別に、もう一人の首謀者と呼べる商人がいるんだ。その商人のほうには、ジークルーネが深夜の家庭訪問をやってるところだ。
「言い訳する余裕があれば、だけどね」
「ははっ、違いないな。言い訳どころじゃなく、必死に謝り倒して命乞いでもしてる頃合いかもな」
闇カジノを開いたところで、客がいないと成り立たない。ウチにバレたら終わりだから派手に宣伝するわけにはいかないし、だったらどうやって客を集めるのか?
抹殺した首謀者は新興勢力を組織した奴だったけど、それとは別に密かに客集めを仲介してた商人がいたんだ。そいつのところにはジークルーネが深夜のご挨拶に向かってる。
ただし、首謀者とは扱いが違って、商人は殺さずにこれからたっぷりと搾り取るつもりだ。
商人を束ねる商業ギルドが本来なら所属する人間を守るのが筋だけど、ウチだって商業ギルドには大金を収める側だ。表からも裏からもね。
どっちの味方をしたほうが利益になるかなんて天秤にかけるまでもない。エクセンブラ商業ギルドにとっての優良顧客に喧嘩を売ったのは商人として非常に不味い事態で、守ってもらえる立場を自ら放棄したと言えてしまう。
「まだほかにもこうした場所はありそうですね、お姉さま」
「そうね。ほかにもあるだろうし、これからも出るのはたぶん防げないわ」
エクセンブラは大都市だ。ウチのシマだけでも非常に広く、目の届かない場所はいくらでもある。湧いて出るのを叩き潰すことは、地道にやっていくしかない。
小さな厄介事を片付けて多少はスッキリ、さっさと帰って今夜は健やかに眠るとしよう。
得られた情報どおりに闇カジノを潰せたこともあり、怪盗ギルドの信用度は少し上がった。
まだまだお試し段階なことは変わらないけど、怪盗ギルドは使える情報屋としてこれからガンガン使っていってやるつもりだ。まんまと思惑に乗せられた形でもウチに損はない。むしろ使える奴らは歓迎する。
脅威を感じたらすぐに排除するんじゃなく、互いの利益を考えた上で可能なら共存する。そうしていけば、この街はまだまだ成長する。新しい組織が上手くやっていければ、また新たな魅力が生まれるんだ。
当然ながら油断はしない。怪盗ギルドだって裏の組織なんだから、必ず優位に立てるような企みをするはずだ。ウチだって、知られたくない事の一つや二つはどこからか漏れてしまうと想像できる。
だからこそ、逆にこっちも弱みを握っておきたい。せっかく使える独自のネットワークを持った連中なんだ。潰してしまうのはもったないし、クラッド一家やアナスタシア・ユニオンとも連携してるなら、簡単に潰すわけにはいかない状況になってるかもしれない。むしろそれを狙って三大ファミリーの全てと仲よくしようって魂胆なんだろうし。
ジョセフィンは色々と想定した上で、それでも付き合う事には利益があると判断した。私はもちろん、その判断を疑わない。
街に新たな勢力が現れると活気づくからね。こういうのは必要なイベントでもある。むやみに排除するのは下策だ。
新たな付き合いが生まれた一方で、これまでの付き合いも重要になる。そんなわけで、今日はこれまでの付き合いを強化するべく、あるギルドを訪ねる。会長として仕事の話を持って行くんだ。
中央通りの一等地に堂々と看板を掲げるのは、数々のギルドの中でも特に多大な財とコネを有するギルドだ。その名も魔道具ギルド。
あらかじめ先方と約束してたから、訪ねるとすぐ支部長の部屋に通された。大きな会議卓を挟んで一対一で向かい合う。
護衛などの存在が同席しないことから、関係性の良さが分かるだろう。全ては互いの利益によるものだ。
ウチは高性能な警備用魔道具をキキョウ会本部だけじゃなく、各支部や闘技場に関連施設、それにいくつもあるホテルにまで設置するため、大量発注してる。これだけでざっと三〇億ジスト以上にもなる契約を交わした状態で、今日もまた仕事の話だ。支部長の機嫌もそりゃあ上々ってもんだろう。
「直接顔を合わせるのは久しぶりね、アンダール卿」
王都の魔道具ギルド支部長だったアンダール卿だけど、エクセンブラ支部の開設と同時に居を移してる。ブレナーク王国エリアを統括する存在として、エクセンブラ支部長も兼ねる状態らしい。王都支部は別人に任せてるみたいだけど、こっちのほうが裏の仕事もあってデカいシノギになるからね。うま味の多い方を自分が直接、管理したいんだろう。
「そうだな、ユカリノーウェ会長。しかしこのエクセンブラに支部を開いて以降、新規の大型契約がいくつも舞い込んでいる。これにはギルド本部の注目度も高く、より手厚い支援が受けられることが決まった。ふっ、現状よりも格段に良い話ができるようになるだろう」
どうやら私が想像する以上に上機嫌らしい。満面の笑みで順調な様子を語る。
「そりゃ良かったわね。手厚い支援ってのは、具体的にはどんな感じなの?」
「例えばだが、本部や一部の大規模支部でしか認められていない魔道具の製作が許可されたり、魔道具技師が多く派遣されたり、といったところだ。すでに魔道具技師増員の動きは具体化している」
「てことは、魔道具の納品ペースが上がるし、本国から取り寄せるしかなかった魔道具も作れるようになるわけね。そいつは朗報じゃない」
表立った大型契約とは別に、裏で動く金もギルド本部の連中には魅力なんだろう。利益優先で考えたら当然の流れとはいえ、動きが早いのはいいことだ。
上機嫌なアンダール卿は雑談がてらの挨拶で長々と話を続け、私も特に遮ることなく話を聞いた。途中、他意はなく茶を啜ると、そこで我に返ったらしい。
「――余計な事を話し過ぎてしまったか。さて、そろそろ本題に入ろう。事前に聞いていた話だが、色よい返事が用意できている」
この回答には内心でガッツポーズを作る。それほどに渇望したことだ。
私もアンダール卿同様、上機嫌に笑みを浮かべて話を続ける。
「細かい要望は資料に書いて送ったとおりだけど、全部実現できそう?」
「提示の予算に多少の色が付けば、といった具合だ。本部にも相談したが、技術的には問題なくともグレーな道具になるゆえ、許可の根回しに多方面の協力が必要になる」
つまり賄賂の送り先が想像以上に多くなってるってことらしい。私としてはどれだけ金がかかっても、実現できるなら普通に払うつもりだ。予算の増額も想定してたこと。金でクリアできる問題なら安いものだ。
その道具には、それだけの価値がある。
「問題ないわ。短距離限定でも、通信の魔道具が手に入るならね」
あれば便利とずっと思ってた通信の魔道具。
遠距離通信の魔道具は一部のギルドなどが保有してるけど、個人が持ってる例は聞いたことがなかった。しかもあれは設置型の魔道具だから、持ち運んで使える物でもない。
どうにかならないかと魔道具ギルドに相談した結果、短距離通信に限った用途であれば、実は作成自体は難しくないと返答を得た。待望の個人が持ち運びで使える通信用魔道具だ。
だけど、これには大きな問題がある。
通信の魔道具は短距離に限定した非常に小さな物だとしても、発動に必要な魔力が大きい。
その魔力量は通常の個人が持ち得る魔力じゃまず使えないレベルであることから、これまでは作られてこなかった。力を蓄えた魔石を大量に使用することによって通信を可能とすることから、設置型じゃないと無理だった経緯がある。短距離限定にしたって、普段使いするにはコストがかかりすぎるんだ。
ところが私たちキキョウ会なら、その問題はある程度まで無視できる。特に幹部クラスなら、持ち得る魔力量は一般とは比べ物にならいほど膨大だ。だらだらと無駄話するんじゃなく、短い言葉でやり取りするくらいなら問題ない。
次の問題としては、通信技術の普及に消極的な魔道具ギルドの思惑だ。これは政治の話になるんだろう。
効率的な魔力運用を可能とし、少ない魔力で使用可能な通信用魔道具が生まれれば、それは革命に等しいくらいに世の中が変わってしまう。私程度じゃ、想像もできないような複雑な事情があるに違いない。
幸い、政治がらみの厄介な問題についても、私たち個人の異常な魔力量と賄賂で解決できたわけだ。魔道具そのものの性能を上げるんじゃなく、常識外れの魔力量で解決するゴリ押しなら、難しいこと考えてるお偉いさんも目をつぶれるってわけね。
「常識破りとはこの事だ。莫大な魔力量に物を言わせて問題を無視するなど、本部の人間にとっても想定外の力技だったはずだ。魔石が不要であるなら、魔道具自体も極小化できる。一つ、サンプルを用意したが、これでどうだ?」
「これ? 思ったより随分と小さいわね」
どうやらイヤリング型の魔道具として使用可能らしい。魔石の補助なしで使わないといけないから、実使用に耐えるのは幹部クラスとそれに準じた魔力量のメンバーくらいになるけど、受信のみの用途なら実は魔力が足りなくても問題ない。イヤリングほどに小さいのも非常にグッドだ。
「注文通りに傍受されない暗号化機能も組み込まれている。ただし、一つでも魔道具を奪われれば、その保証はない」
「いいわ、最初は試しで五十個くらいの注文でもいい?」
「その程度なら数日もあれば用意する。諸経費込みで一つ、七十万ジストになるが構わないな?」
「今すぐ払うから、用意できたら知らせて」
契約成立だ。
私たちキキョウ会が個々の戦闘能力に頼った戦いはこれからも変わらない部分になるけど、せっかく魔道具ギルドと仲良くなったんだから、使える道具は充実させるべきだ。魔道具をメインにしたんじゃ壊れた時に困るけど、補助的な部分で活用する分にはなんら問題ない。
ほかにもまだまだ欲しい装備はあるから、そうした話も同時進行中なんだ。ウチも戦争の時期に向けて、準備を着々と調えつつある。
せっかくのコネを利用し、装備の拡充を図っています。
不便な点は多いですが、ついに通信装備を手に入れました! 果たして次の新装備はいかに!?
怪しい装備が充実していきます。
そしてあと数話程度で、舞台は海の町に移ります。その前に新装備のお試し回が入る予定です!




