非合法ギルド
長かった冬が遠ざかり、積もった雪が日に日に消えてゆくつれ、街の人々の雰囲気が明るくなっていくのが良く分かる。
往来を歩く人や車両の数が見るからに増え、ウチに舞い込む相談事も多くなってきた。
デカい仕事とは別にして、身近にある細かな仕事もおろそかにはできない。それこそが足場を固めることに繋がってる。
「泥棒だって? 民家にコソ泥が入ったからって、そんなもんはウチの出番じゃねえよ。それにお宅は自前で警備兵雇ってんだろ? 金払ってんだったら、そいつら使って探しゃいいじゃねえか」
治安維持の線引きは曖昧で難しい。
本来、エクセンブラ全ての治安維持活動は『守備隊』と呼ばれる行政組織が行うべき活動だ。
今と昔じゃ活動内容が変わってるらしいけど基本的に現在の守備隊の任務としては、街の内部でのいわゆる警察活動を主とする。
外敵や魔物を対処するのは王都がいくつか抱える騎士団の役割で、でもこのエクセンブラに騎士団は存在しない。
外敵はともかく魔物への対抗部隊が街にないのは、どう考えてもおかしいと思うけどね。まあ、それは常識の話だ。
「そうはおっしゃいますがグラデーナ三席、この広い街のどこを探せと? 警備が専門の彼らに捜索をしろなどと無理を言っても、結果が出るはずないではありませんか」
とにかく、犯罪の取り締まりに加えて抑止を目的とした守備隊は、色々な事情から街の規模に全然そぐわない小さな組織になってるのが悲しい現実。
それというのも広大な街の大部分、数値で表せば八割以上の面積を裏社会の三大ファミリーが仕切る状況にあって、守備隊の出番は行政区と呼ばれる貴族などが住む一部地域でしか実行的な権限を発揮できないからだ。
ちなみにだけど、三大ファミリーでもっとも支配領域の狭いウチのシマでも、行政区よりはちょっとだけ広い。
「まあな、そりゃそうかもしれねえが。だったら守備隊に相談してみろ。お宅は行政区で商売してんだろ?」
「無駄足になることは三席もご承知でしょう? 被害に遭った自宅が行政区ではないのですから、あなた方に相談しろと言われるだけです」
たとえば三大ファミリーの犯罪を守備隊が取り締まろうとしたって返り討ちにあうだけだ。どれだけのコストをかければ対抗可能になるのか、考えれば考えるほどバカらしくなるくらい、この街は裏社会の勢力が強すぎる。
真面目にやるなら少しずつでも対策していくんだろうけど、かつての五大ファミリーと行政区が裏で手を結んだように、現在の三大ファミリーと行政区もがっちりと手を組み、むしろより効率を重視した形に進化してる。
基本的に守備隊は行政区を、三大ファミリーはそれぞれのシマを守り管理する。シマが荒れればシノギに影響が出るんだから、三大ファミリーも治安には一定以上のレベルで保たれるよう努力しないといけない。
言えた義理じゃないけど私たちだってこの街で暮らしてるんだし、治安の悪い状態はそりゃ嫌だ。いくら悪党だって、自分が住んでる街でそこらに死体が転がってるようなのは勘弁願いたいと思うのが普通。それどころか突発的な暴力を警戒することなく、快適に暮らしたいとさえ思う。私でさえ普段は平和が良いと思うのに、カタギの連中ならなおのことだ。
大雑把なところはあれど、守備隊と三大ファミリーはそれぞれのシマを守る。
ただし、だ。三大ファミリーの役割はあくまでも職業的な犯罪者や荒くれ者の取り締まりとその抑止の意味に限定される。用心棒代をせしめてる店で起こる事件への対応を拡大解釈したイメージでしかなく、広い意味での一般的な犯罪についてまで、三大ファミリーは面倒を見ない。
「自宅がウチのシマだろうが、コソ泥をとっ捕まえるなんてのは守備隊がやるこった。悪いな、マダム。仕事にも縄張りってもんがあるからよ」
ようは用心棒として対処できること以外の、一般人が個人的な理由で犯した窃盗とか暴行とか殺人とか横領とか、そういった犯罪の取り締まりや投獄みたいな事については、私たちは一切やらない。基本的な法に基づく取り締まりは、三大ファミリーのシマだろうと守備隊がやるってのが前提だ。
その辺が線引きの難しい理由になってるんだけど、ウチとしては犯罪捜査が専門じゃないんだから妥当と思う。捕まえるだけならいいかもしれないけど、裁判とかブタ箱にぶち込んだ後の面倒までなんか見てられないからね。
三大ファミリーは細かいことを守備隊に丸投げでき、守備隊は厄介な犯罪組織や凶悪犯の取り締まりを三大ファミリーに丸投げできる。互いにとって都合のいい関係に上手く収まってるんだ。
まあ、こんな街だからね。ちょっとしたことくらいじゃ、守備隊もいちいち動かない。その緩さがエクセンブラの魅力でもあるんだけど。
「守備隊に相談しても結果は見えているでしょう?」
臆さず鋭く的確なツッコミを投げ込むマダムには、グラデーナも歯切れ悪く返すしかない。これが舐め腐った態度だったら話は変わるんだけど、ご近所のよしみもあるしマダムが真剣に訴えるもんだから無下にはし難い。
「だからこちらに伺っているのです」
ウチのシマに窃盗団のような奴らがいるなら、それは見逃せない存在だ。当然のようにさあ出番だってなるんだけど、そんな奴らがいるなんて話は聞いたことがない。
たった一人のコソ泥のためにウチが動かくどうかと言えば、普通はしない。『個人宅に入った一人の泥棒』が相手なら、ウチのシマの中に拠点を置く守備隊の仕事の範疇になる。
だけど守備隊だってコソ泥事件の数件くらいじゃ、いちいち取り合ったりしないだろう。よっぽどの有力者とか被害額が大きいとかじゃないと、まず動かないはずだ。
皮肉にも我がキキョウ会の支配は、犯罪抑止の面でかなり効いてる。
シマ内でドラッグの売買はほとんどないし、店での詐欺も往来での強盗やスリ、女への暴行事件も殺人事件も滅多に起こらない。見回りでの抑止と起こった場合の対応の早さ、そして悲惨な末路を常に示してるからだ。
こうして職業的な犯罪者はほとんど活動できない状況だし、乱暴者だって迂闊にウチのシマじゃ暴れない。シマで起こる多くの犯罪はカタギが個人的な事情で起こすものが大多数となってる。そしてそれを取り締まるのは守備隊の役割だ。
そんな感じで緩い役割分担があるわけだけど、緩いだけに軽犯罪程度じゃ守備隊は仕事をしない。仕事しなくても治安が一定以上に悪化しないのは、調子に乗ればウチが出てくるから。
普通の住人が犯罪被害に遭ってウチに相談にくるのは、街の状況からして当然の流れでもある。凶悪犯も怯えて避けるキキョウ会に対して、気軽に相談にくる奴はほとんどいないけどね。
まあ相談にきたからといって、良く知らない奴の頼みなんか簡単に引き受ける気もないんだけど、それも相手の出方による。
マダムの堂々たる指摘には、対応中のグラデーナもどうしたもんかと思ってるみたいだ。
妙な勘違いでウチを便利屋かなにかと思ってるような奴だったら、ぶん殴って叩き出すくらいやるけど、このマダムは上から目線で言うでもなく、金やコネをひけらかすとか変に媚びを売るとかでもなく、素直に頼んできてるところが悪くない。役割分担についての見識がきちんとあるのも好感度高いと思ってしまう。
会長の執務室じゃなく、そこらの空いた事務机で知らん顔して休憩してた私にグラデーナが視線を送ってくる。いつもならこうした相談事やら陳情やらは、事務室じゃなくてカフェスペースで手の空いたメンバーが話を聞くんだけど、先日から改装中で使えないんだ。
さて、頼みごとを受けるか断るか。
ウチのシマで盗品が売買されれば、大した時間もかけずに犯人を特定し捕縛までできるだろう。シマの外でもエクセンブラ内でのことなら、大概のことは掴める。その気になればね。
「ユカリちゃん、ちょっといいかい!?」
「え、おばちゃん? どうしたのよ」
稲妻通りで食堂をやってるおばちゃんが事務室に入ってきた。
本部を移した後でも、ウチのメンバーはあの食堂でならツケでいくら食べてもいいことにしてる。支払いはキキョウ会として、一定の期間ごとにまとめて精算する契約だ。
食堂のおばちゃんのみならず、前からの知り合いのおばちゃんたちは要塞と化した新本部にも暇があるとダベリにやってくる。この新本部は勝手に入ってこれる構造じゃないんだけど、カフェスペースならもう顔パスでウチのメンバーは通しちゃってる。
今日は暇をつぶしにきた感じじゃないし、カフェスペースは改装中で入れない。この事務室まではエイプリルが案内したみたいだ。話を聞いてやってくれってことらしい。しょうがないわね。
「聞いておくれよ、金物屋の旦那の実家に泥棒が入ったんだってさ。あの実家はお金持ちだからそういうこともあるだろうけど、よりによって大事な家宝が盗られちまったらしいんだよ」
「泥棒か。なんかよく聞く話ね」
「もうユカリちゃんたちも聞いてたのかい? でもそれだけじゃなくてね、雑貨屋の娘がちょっと前に嫁いだじゃないか。そっちにも泥棒が入ったって聞いたんだよ」
多発する泥棒騒動ってこと?
噂話に明るい食堂のおばちゃんが駆け込んできて話す情報なら鮮度は高いはずだ。昨日の夜以降から、窃盗事件がいくつも起こってる感じなのかな。
「グラデーナ三席、もしやあちらはユカリノーウェ会長ですか?」
「そうだ。あっちでもコソ泥の相談みたいだが――」
突如、けたたましいビープ音が鳴り、繰り返し響き渡った。
本部内に緊急事態を報せるその音は数秒で鳴り止む。
「ど、どうしたんだい?」
「大丈夫よ。グラデーナ! 鳴り止んでるから問題ないはずだけど、念のため様子を見てくるわ。客人の安全を確保しなさい」
「おう、ここはあたしと事務局メンバーだけで大丈夫だ」
外套を羽織ると事務室を出て警備局の詰め所に行ってみた。
本部の中に慌ただしさはない。警報が鳴り止んだってことは、脅威はすでに去ってるはずだ。
ただ、脅威があったこと自体が新本部になってから初めてのことだ。私の元には待ってれば報告が届くけど、泥棒騒動が話題になった直後というこもあり気になって足を運ぶことにした。
警備局の詰め所はメンバーが待機するだけじゃなく、警備用魔道具のコントロールルームも併設されてる。サイレンが鳴るのは自動でも、鳴ったのを止めるのはこの部屋からだ。
メンバーたちの挨拶を受けながら詰め所に入り、ゼノビア局長の部屋に行く。
「ユカリ? すぐに報告上げさせたのに」
「ちょっと気になってね。なにがあったか教えて」
「侵入者だ。外壁を越えたところの複合トラップを突破されたのは驚いたけど、その場で取り押さえられたよ。目的はこれから尋問するところ」
速やかに捕らえたのはさすがだ。警備の実戦テストにはちょうど良かったと思っておこう。
「一人だけ? 持ち物は?」
「念のため周囲を探させてるけど、単独犯みたいだね。装備は見たところ軽装。ただの物取りか、それとも暗殺か、まずは叩いて様子を見るよ」
「なんにしても、よくこの要塞に忍び込む気になるわね。しかも真っ昼間から」
「まったくだ。命知らずにもほどがある」
よっぽどの腕利きか向こう見ずじゃないと、この要塞にチャレンジしようとは思わないだろう。キキョウ会本部に無断侵入しようってだけでも命知らずな行動だけど、それ以前に要塞の異様さから普通なら忍び込もうなんて考えない。
チャレンジャー精神はともかく、ウチの見張りをかいくぐって外壁を越え、さらに捕縛用魔道具の罠まで突破できた時点で、かなりの腕利きだと評価すべきとは思う。けど、そんな腕利きなら余計に無謀なことはしそうにないと思うんだけど……謎ね。
「さっき聞いた話なんだけど、どうやら街で泥棒被害が多発してるみたいなのよね。もしかしたら、そいつなんか関係あるかな」
根拠は特にない。さっき聞いた話と謎の侵入者をなんとなく関連付けてしまってるだけだ。
「泥棒? 繋がるか分からないけど尋問官には伝えるよ」
考えられそうな賊の目的などを話してると、部屋に警備局のメンバーがやってきた。
「ゼノビア局長、あ、会長もいらしたんですね」
「私のことはいいから。なんか報告があったんじゃないの?」
「あ、はい。侵入者の持ち物を検めたところ、手紙を持っていまして……」
差し出された手紙をゼノビアが受け取って、開いたそれを私も覗き込んでみた。
「……なにこれ」
「捕まる可能性を考慮した上での挨拶文のように読めるね。そういえば非合法ギルドはエクセンブラにはなかったと記憶してるけど、ユカリは心当たりある?」
手紙の内容としては、侵入者の身元をギルドが保証し、詫びを入れるから許してくれといったことが書かれてる。
身元を保証すると主張してるのは、どうやら『怪盗ギルド』なる存在らしい。
「非合法ギルドって、犯罪者の寄り合い所帯みたいな?」
「エクセンブラは旧五大ファミリーがそれらを内包した形だったのか、非合法ギルドといった形では存在してなかったみたいだけどね。体制が変わってしばらく経つから、そうした連中が旗揚げしてもおかしくはないね」
「なるほど。でも、意味不明よね」
目的不明の侵入者が持ってた手紙の内容からすると、捕まるのが前提のようにも思える。
「こんな手紙を持参していたのだから、話をする気はあるんじゃないかな。尋問に立ち会ってみる。一応、扱いは丁重にしておくよ」
「任せる。そっちは頼んだわ」
警備局の部屋を出て事務室に戻って問題ないことを客人たちに伝え、今度は情報局の仕事場に向かう。
怪盗ギルドなる存在があったとして、ジョセフィンなら何か知ってるかもしれない。局長の部屋に行き、警報の原因や手紙のことを話す。
「そういうことでしたか……わたしのところに情報は入ってませんね。ということは、おそらく緩衝地帯のどこかに拠点があるんじゃないかと。手紙に詫びを入れると書いていたくらいですから、コンタクトを取る方法まで書かれてませんでしたか?」
「ご丁寧に住所が書かれてたわ。罠かもしれないけど、やけに堂々としてるわね」
エクセンブラには旧五大ファミリーの時代から、緩衝地帯と呼ばれる区画がある。
主に五大ファミリー同士の境界にあり、それらの衝突を避けるためってよりは、大組織に属さない奴らを押し込めて隔離するような目的として存在してるらしい。
我がキキョウ会とクラッド一家のシマの境界線上にも、いくつかそうした緩衝地帯は存在してる。そういった場所に怪盗ギルドは拠点を構えてるらしい。
緩衝地帯はまさに無法地帯で、新興組織の荒くれが三大ファミリーに追い払われて最後にたどり着く先のような感じと言えばいいのかな。
「挨拶文を携えた泥棒ですから、捕まることは想定内でしょう。この本部の外壁と警備用魔道具を突破できた手腕は、その実力を見せるデモンストレーションだったのかもしれませんね」
「だったら侵入自体が、少々荒っぽい挨拶だったってこと? 怪盗ギルドとしての」
「このエクセンブラで三大ファミリーへの根回しなしに、非合法ギルドが活動することは不可能です。そういった意味で、高い実力を見せるパフォーマンスには意味があるように思いますよ」
ふーむ。たしかに、ご新規さんが普通に挨拶してきたところで、私たちは意にも介さないだろう。だけど高い実力があるとなれば、多少なりとも興味は引かれる。
「怪盗らしい挨拶……詫びを入れるってのも、本当のことならちょっと気になるわね。どんな詫びを入れてくれるのやら」
「グレイリースに行かせてみましょうか。ほかにも何人か向かわせて、ついでに緩衝地帯の様子も探らせますよ」
「うん、新規の奴らの影響で情勢が変わってるかもね。警備局で侵入者の尋問やってるから、そっちに先に話を聞くといいわ」
「ですね。わたしも同席します」
怪盗ギルドか。なんか普通に面白そうだと思ってしまう。話くらいなら聞いてやってもいいかな。
それにウチのシマで勝手な商売や気に入らない事をしなければ、どんな存在がいたって別に構わない。それが緩衝地帯なら尚更だ。単純に色んな奴らがいたほうが面白いってのもある。