心の栄養は困難と戦い
公用の高級紙を脅迫状に変えてメンバーに託す。これをラムリーネイス家の監視についてるポーラに渡してもらって、正面からストーカー野郎に叩きつけてやる。今夜のところはそれだけだ。
もし朝になっても白旗が揚がらなかったら、軍への納入物を奪取する。その実行は隠密行動に長けた情報局のメンバーに任せてしまう。
襲撃時も引き渡しの時にも覆面を被っておけば、顔が割れる心配はない。それに車両襲撃はウチの訓練項目としてたまにやってるから、手間取らずにやり遂げてくれるだろう。
そもそも治安のいい王都のなかでの輸送だから、付いてる護衛戦力も形だけのものだ。少々のイレギュラー程度じゃ、失敗する可能性はない。楽勝だ。
目立つ私はアリバイ作りの意味を込めて、明日は王都の中心部でぶらぶらするつもりだ。私には多数の勢力の監視が付いてるからね、いつもなら適当にまくところだけど、今回ばかりは特別にこの美貌を好きなだけ無料で拝ませてやろう。
「そんじゃ、あとよろしく。脅迫状だけ出したら、朝まで何もしなくていいわよ」
「ポーラ姉さんに何か伝える事はありますか?」
「分かってると思うけど、もし朝になっても白旗が揚がらなかった最優先で報せるように。そうじゃないなら、目立つようにラムリーネイス家を見張ってるよう伝えて。強奪が終わるくらいの時間までね。その後はそうね、モントローズキッチンだったっけ? そこに集合で」
「高級レストランじゃないですか、あそこいいですよ。ラムリーネイスのほうは威圧してたら襲ってきますかね?」
「そこまで考えなしじゃないと思うわ。もし襲ってきたら適当に遊んでやればいいわ」
「はい。では会長、あとはお任せください」
頼もしい限りだ。任せられるメンバーが大勢いるってのは、組織のトップとして非常に気分が良い。
監視に気取られないよう大通りまで出てから要塞に戻ると、そのまま朝まで眠りについた。
仕事を任せて気楽な私は余裕たっぷりに朝からシャワーを浴びて朝食も済ませる。未だに連絡がないってことは、ラムリーネイスは脅迫を無視したんだろう。
朝っぱらから打ち合わせの入ってる公爵夫人を尻目に街に出ると、予定した通りにぶらぶらとする。昨日と同じだ。
いくつものショップを巡って、喉が乾けばカフェに入ってお茶しながら読書に興じる。
休憩しながら密かな魔力感知で様子を探ってると、私への監視と思しき奴らが何人もいるのを確認した。しかも時間が経つにつれて増えていく。
名札が付いてるわけじゃないからどこの誰なのか不明だけど、たぶんロスメルタの陣営とその敵対陣営、冒険者ギルドや商業ギルドの雇われだろう腕利きっぽい奴らの気配、それと記者とか外国勢力の監視もいるのかな。ほかにも色々といそうだ。結構な人気者よね。
監視者同士での牽制もあるみたいで、下手したら小競り合いになりそうな気配まで感じる。カオスな感じが面白い。
エクセンブラにいる時でも複数の監視はあるけど、王都を訪れることはあんまりないから余計に警戒されてるのかな。かなりの数の監視だ。
ああ、そういや私、賞金首でもあったわね。こんな時間帯のカフェで襲撃なんかないと思うけど。
特に事件を起こすつもりも怪しい行動を取るつもりもない身としては監視に気を使う必要はなく、アリバイの証人として役に立ってもらう。サングラスをかけた軍服っぽい外套に身を包んだ私に絡んでくる一般人もいないから、気楽に休憩時間を楽しむ。
その後、王都で人気の菓子店で日持ちのする菓子類を買い込み、完全に観光客のような振舞いで午前中を終えた。
「……時間ね」
予定だと今まさに襲撃が始まったくらいの時間だ。
たぶん、襲撃から強奪まで三十秒とかからないはずだから、こうしてる間にも速やかに終えて要塞までとんずらする頃合いになってる。
逃走ルートも事前に通行止めにして人目を避ける手筈だから、秘密裏に事を終えるだろう。ロスメルタの要塞についてる監視も、ウチの情報局メンバーが見逃すことなんかあり得ない。邪魔な人目を排除した上で事を始めたはずだ。
レストランでランチを済ませてから要塞に戻れば、アリバイ作りにはもう十分な感じかな。
監視者を引き連れながらゆっくりと歩いて目的のレストランに到着すると、監視しやすいように窓際の席に案内してもらう。お勧めだという果実酒で口を湿らしながら待ってる間、何してようかなと思ったところでポーラが現れた。
「お疲れ。話の前に注文しよう」
「だな、腹減った」
ポーラを案内してくれた給仕に注文を済ませ、すぐに運ばれてきた前菜やパンを食べながら話す。
「脅迫状はどうやって渡したの?」
「普通に正面から行ったぜ。でけえ屋敷の門のところで呼び鈴鳴らしてよ、出てきたメイドに渡しといた。確実に主人に渡せって言っといたし、物騒な内容だからな。下働きの人間が握り潰すことはねえだろ」
「渡した後での動きは? 脅迫なんだし、警備に通報がいってもおかしくないと思ってたけど」
「後ろ暗いのはあっちのほうだしな。やべえと思っても表立って通報なんかするよりは、裏でお偉いさんに泣きつくほうを選ぶんじゃねえか? それか、王都であたしらが強硬手段に出ることはねえって高を括ってやがるか。なんにしても、動きがあるとしてもこれからだろうな」
実際、ポーラが言ったとおりの感じかな。あんまり深刻には考えてないのかもね。奴は王都で成り上がった特権階級の貴族であり、エクセンブラ三大ファミリーの脅威をきちんと認識できてないんだと思う。
「まあ簡単に白旗揚げるとは思ってなかったけどさ」
追加で運ばれてきたポタージュ系のスープに口を付けると、これがなかなかいい。
「なに、すぐに白旗バサバサ振りまくると思うぜ。昼過ぎから屋敷の中が慌ただしくなってやがったからな。おっ、うめえなこれ!」
「襲撃の話は届いてるみたいね。いい薬になればいいけど、それも期待薄かな」
あとは想定通りに進むだろう。ラムリーネイス子爵は王国上層部の掌の上にいる。シャーロットに構ってる暇なんかなくなるはずから、私たちの目的はすでに達成されたと考えていい。
「結局、シャーロットの奴に会うタイミングは逃しちまったな」
「このタイミングで会いに行ったら、私たちが手を回したことはバレバレだからね。こっちが勝手にやったことだし、変に感謝させるのも悪いわ。しょうがないから、エクセンブラで帰りを待つことにしよう」
スープを飲み干した後で運ばれてきた魚料理などを十分に堪能してから外に出る。その間、美味しい食事を見せつけられた監視者たちは相当にお腹が空いたことだろう。
肩で風を切って歩きながら要塞に戻り、人の集まってる倉庫に入ってみると、そこには強奪したと思わしき大型トラックが四台あった。荷台が開けられて、積まれた装備品が内容確認しつつ運び出されてる。
車両を届けるまでが仕事のウチのメンバーはすでに帰ったらしく、姿は見えない。
「あら、ユカリノーウェ。戻ったのね。ポーラさんもこんにちは」
「ご無沙汰です。ロスメルタ様はごきげんみたいですね」
ちょうど私からは見えない場所にいたみたいで気づかなかった。なんだか不意打ちを食らった気分だ。
「ふふっ、あなたたちのお陰で、今夜は面白いことになりそうだから」
「私たちはもう行くけど、あとは任せていいのよね?」
「さっそく動いているから大丈夫よ。あとこれ、例の件の追加情報。扱いは慎重にね」
海賊を味方に引き入れろって無茶ぶりの件だろう。どんな些細な情報でも、あればあるほどいい。ロスメルタの傍に控えた秘書が差し出す分厚い封筒を受けった。
「うん、本部に戻ってから見るわ。そんじゃ客間に置いてある荷物取ったら帰るわね。ポーラ、そういや車両は?」
「こっちに運んどけって頼んどいたんだけどな」
「向かいの二番倉庫に停めていただいています」
秘書が答えてくれ、ポーラは手荷物を車両に置いたままだったらしくそっちに向かった。
「春の闘技会には顔を出すから、その時にまた会いましょう」
「お互い忙しくなるし、次に直接会えるのはその頃になるのかな。ま、なんかあれば手紙で」
「ええ、近況とは別にお願い事ができたら遠慮なく手紙に書くわね」
「うへー……書くのはいいけど、引き受けるかどうかは内容によるわよ?」
たぶん、なんか頼みたいことがすでにあるんだろう。この場で言わないのは、それが確定してないからか、まだ言えない事情があるからって感じかな。
なんにせよ仕事を頼みたいなら報酬次第だし、嫌なことだったら普通に断る。これまでにも夜会への参加系は、面倒な相手がいる場合は何度も断ってる。
「レディ、そろそろお時間です」
「あらそう。帰る前にオークションで買った物が届いているから忘れないでね。部屋に置いておいたから」
「それについては感謝しとくわ。じゃあまた」
倉庫を出て真っ直ぐ寝床にしてた客間に行き、テーブルの上に置かれた見覚えのないワインレッドの小箱を手に取った。少しだけ気が逸る。
「これか」
手のひらサイズの小箱を開けると中には黒いリングケースがあって、これも開けるとメタリックな赤に輝くシンプルなリングが収まってる。
取り出してシリアルナンバー001を確認しつつ左手の中指にはめてみれば、ちょうどいいサイズだ。
「なんだかテンション上がるわね」
レアものを手に入れる満足感! 身に着ける喜び!
ずっと前から私が唯一、ファンとして追っかけてる有名人が使ってた物だ。そりゃあテンション上がるってもんよ。
大陸北部の超大国ベルリーザが誇る、第四王女《悪姫》の武勇伝は継続的に雑誌を彩る。
悪を成敗するお姫様でありながら《悪姫》の二つ名を冠した面白すぎる逸材は、破天荒な行いと美貌をもって大陸中にファンを擁するスーパースターだ。
いつか会ってみたいけど、その時には私は成敗される側として会うことになる気がする。かなり腕が立つらしいし闘ってみたいとも思うけど、本気でやり合うのは気が引ける。
「……おっと、ポーラが待ってるんだった」
物思いに耽るのは寝る前か入浴時にしておこう。
急ぎ荷物をまとめて合流した。
帰り道ではポーラが寝てなかった影響で私が長時間ハンドルを握り、エクセンブラに帰り着く頃にはなんだか妙に疲れてしまった。私も寝不足気味になってるんだろう。
キキョウ会本部の地下駐車場に入って車を降りると、大きく伸びをする。やっと着いた。
「よっしゃ。シャーロットのモテモテ話をみんなに聞かせてやるか!」
「ほどほどにしときなさいよ。私は部屋に戻って休むわ」
久しぶりに会うみんなの顔を見たい気持ちはあったけど、その前にひと眠りしたい欲求が勝る。
ドンディッチでの顛末はすでに戻ったみんなが報告してるだろうし、王都での出来事はポーラが面白おかしく話して聞かせるのとは別に、情報局のメンバーがその後も含めて詳細な報告を上げてくるはずだ。
王都で買い込んだ菓子類の土産を託すと、生活棟のエレベーターに乗って自室に向かう。いつもなら階段を使うんだけど、今日はその程度の気力もない。
「あー、疲れた」
自室に入ると思いっきり気が緩む。
旅の荷物を投げだして大事な書類をデスクに放ると、外套を脱いでソファーに倒れ込んだ。
寝るならベッドがいいけど気力が湧かない。自分で言うのもなんだけど、私にしては珍しくすっごいだらけた気分だ。リフレッシュのために、まとまった休暇が必要かもしれない。
倒れ込んだままぼーっとしてると、デスクからはみ出した書類封筒が目に付く。どんな内容かまだ確認してないけど、ロスメルタが扱いに注意しろと言ってたくらいだから重要な情報なんだろう。
仕事する気分じゃない。でもあれを放っておいたままじゃ熟睡できそうにはない。
「はあ、しょうがない。やるか」
何が書かれてるか確認するだけだ。急ぎのものなら誰かに回して、そうじゃないなら明日考える。
のそのそと身体を起こす時に左手中指の感触が気になった。《悪姫》のリングだ。
「このままってわけには、いかないわね」
とんでもなく硬い物を殴って破壊することがある身としては、指輪はあまりしないようにしてる。戦闘や訓練時は当然として普段でも油断はできない。ついってこともあるからね。
だけど大事に仕舞い込んでおくよりは、せっかくのアクセサリーなんだから身に着けておきたい。
立ち上がって奥の部屋の行き、試作したアクセサリー類を突っ込んだ引き出しを開ける。
「……これがいいかな」
極細のスクリューチェーンに決めると、《悪姫》のリングを通してから首にかけ、鏡で確認。
「うん、満足」
服の中に仕舞っとけば、壊すことはないだろう。チェーンとリングが擦れて傷が付くのは避けられないけど、その程度のケアなら問題ない。
気分が良くなったところで、書類の確認をしてしまおう。
執務室に戻って封筒から書類を引っ張り出し、ざっと目を通していく。
「……凄いわね。さすが権力者は取ってくる情報が並みじゃない」
一番目を引いたのは海賊船の図面だ。元は軍艦だけに、重要な機密情報に該当してたはず。滅んだ国の物とはいえ、こんなのを良く手に入れられたもんだ。
海賊を味方に引き入れるための作戦はまだこれから立てる段階だし、可能であれば交渉だけで済ませるのが楽でいい。提示できる条件はかなりいいものなんだけど、まあ素直に言うこと聞くなんて期待するだけ無駄だ。
荒くれ同士、結局は力で分からせるにしても、船に乗り込んで戦うよりはアジトになってるらしい島に乗り込んでぶちのめすほうが遥かにいい。だけどアジトの情報が全然掴めないなら、船への強襲も選択肢に入ってくる。
もう少し雪解けが進めば現地にメンバーを派遣できるから、海賊攻略と同時に港町をどうやって掌握するかの調査も進めさせる。
色々と楽しみになってきた。なんか、気力が戻ってきた気がする。
会長のポジションらしいといえばらしいのですが、今回のユカリは人目を引くこと担当で荒事は人任せでした。
欲求不満? なりつつありそうですね。
サイドエピソードらしい話が続く次回、「非合法ギルド」に続きます!
悪の巣窟はどんどん混沌としてゆきます。




