表と裏の繋がりが成す、悪辣な罠
高度に経済成長を続けるブレナーク王国は、大陸中の注目を集めるほど超々景気が良い。それはそれは物凄く金回りがいいわけだ。
裏社会が仕切るエクセンブラから始まった高度経済成長の波は復活した王都が加速させ、これからさらに伸びていく。
現状だと旧レトナークへの侵攻準備でも大金が動いてるし、侵攻後にも新たな領地開発のために莫大な金が動く見込みだ。
金が動き人が動き、外国からもどんどん流入する。外国からの動きは実際に加速度的に増えていってるから、更なる好景気到来の予測が外れる確率は低いだろう。
そうして今後も当分の間は経済的に非常に明るい見通しが立ってる。ここに食い込みたい奴らはまだまだ世界中にいるはずで、王都とエクセンブラ以外にも多数の勢力が入り乱れて争いが起きることはほぼ間違いない。
だからこそ、その前に気にすべきは国内の情勢だ。足元がおぼつかないようじゃ、何事も上手くはいかない。
金がたんまり入って国が豊かになれば、国民の多くがその豊かさを享受できるようなる。だけど、良い事だけじゃないってのも世の常だ。
特に国の上層部である貴族。王室や公爵家がお国の全部を手がける事が物理的に無理な以上、多くの貴族が政を分担するわけだけど、そこに問題のある輩がどうしても混じってしまう。
制度を作る奴や許可を与える奴には、莫大な額の賄賂がなだれ込むんだ。
大抵の貴族は自身でも商売をやってるから、目立たたないように自分たちが有利になるような仕組みを作り出しもする。更にはそういう奴らが徒党を組んで、より大胆に汚いことをも進めていく。
多少は汚いところがあったとして、庶民まで含めて良い循環が生まれるならまだしも、そういう奴らは自分たちだけが得するように動くから性質が悪い。
要は腐るんだ。豊かになればなるほど、腐敗が進む。
私たちのような悪党が制度を悪用したり誰かを脅したりする悪事を働くならともかく、お国の上層部が率先して汚職を働いてたんじゃ話にならない。まあ、取り締まる側が悪党ってのは、こっちにとっちゃ都合がいいんだけど、それは置いておこう。
ロスメルタ一党がやろうとしてんのは、その腐った奴らの炙り出しだ。
ラムリーネイス子爵は撒いたエサの一つに過ぎないってわけね。奴らを放置してるか気づいてないように見せかけて、汚いながらも確実な仕事ぶりを利用しつつ入念な監視下に置く。すると人の繋がりと金の流れがずらっと見えてくる。
ラムリーネイス子爵のような奴らは上位の貴族と手広く仲良くやれてるつもりでいるから、危うい立場にいると自覚できてない。分かってたとしても見込みが甘い。
ただし、ロスメルタだって清濁併せ吞む事のできる女だ。大抵の場合においては正義とか悪じゃなく、国家の利益で物を考える。腐った奴らであっても、悪事と貢献のバランスを見て最終的にどう処罰を下すか考えることになるだろう。そのためにはまず正確に実態を把握しないといけない。情報収集が全ての肝になる。
幸いなのは王都に関しては裏も表もオーヴェルスタ公爵家がほぼ掌握できてるってことと、エクセンブラの三大ファミリーが強すぎて、ほかの非合法な組織が大腕振って王国内では活動できないって状況にある。
エクセンブラは三大ファミリーに仕切らせておけば現状維持で問題ないし、王都はオーヴェルスタ公爵家の強固な支配体制の前には、秘密裏に悪いことをやってもほぼ全部バレてる状態にある。二つの街は互恵関係にあって協力関係も密だ。良からぬ輩を監視する体制は万全だと豪語できる。
万全なんだけど、抑止力だけじゃ人の欲望は抑えきれない。業が深いわよね。
さて、王国貴族の状況やロスメルタの腹積もりは分かった。その上で私たちがどうするかだ。
ラムリーネイス子爵をまだ継続して利用したいとロスメルタは考えてる。私としてはストーカー野郎がシャーロットから手を引き、世話になってる工房にも手を出さないならそれでいい。それが可能かどうかって話になるのかな。
「そっちから手を回して、ストーカー野郎を引かせられる?」
「無理ね。今のタイミングで表立って圧力かけるわけにはいかないわ。わたくしが戦争に反対していると思わせるような動きが出てしまうから」
軍の装備品の調達で活躍するラムリーネイスに圧力かけるってことは、戦争反対のレッテル貼るにはちょうど良く利用できそうだ。
崩壊国家である旧レトナークの平定は必要不可欠で、この戦争こそが平和への道であり、国家の利益でもある。戦争反対ってのは、現状の王国だと悪に該当することになる。
権力闘争だと足を引っ張って点数稼ごうとする下らない奴らが常にいる。そんなのにかける手間は極力省きたいってのは分かるわね。
「夏の戦争開始まで時間に余裕があるわけじゃないしね。でもシャーロットに我慢しとけって言うつもり? 今のままだったら私も黙ってないわよ」
「そうでしょうね。これは困ったわね」
言いながらも、ちっとも困った顔をしてない。
「どういうつもりよ?」
「ふふっ、怒らないで。はっきりと言って、ラムリーネイス子爵を潰されるのは困るわ。だけど脅しをかけるくらい……いえ、少し痛い目をみる程度であれば、誰も困らないわね」
「具体的には?」
「そうね、わたくしとは関係なく正面からキキョウ会の名前で脅しをかけてみるといいわ。シャーロットさんの件だとはっきりと伝えておけば、裏の目的がどうとはなりにくいもの。行動の速いわたくしが無視していれば、強気な彼は引く決断をしないでしょう。要求を呑まなかった報復として、工房の輸送車を襲ってみたら?」
「え、軍に納入するブツを奪ったら不味いでしょ。あんたの立場としてもさ」
我がキキョウ会とロスメルタの繋がりは、貴族なら誰でも知ってる公然の秘密だ。ウチがラムリーネイス子爵に脅しをかけた後で強奪事件が起これば、関連性を考えないほうがアホだ。
確実にウチが第一容疑者に上がり、さらにはロスメルタの関与まで疑われる。いくらシャーロットの件だと言ってロスメルタとは関係ないと主張しても、結局はロスメルタを攻撃するネタにされそうな気がするけどね。
「可能なら証拠は残して欲しくないわね。そこだけ気を付けてもらえれば、あとはなんの問題もないのよ。だって、わたくしと軍のトップはグルだから。戦争反対のレッテルも、わたくしへ疑惑も、出されたところで効果はないわ。ラムリーネイス子爵が必死に貢いでいる賄賂も、いざという時にはなんの役にも立たないの。それに商品をまともに運ぶこともできないと指摘されてしまっては、大変なことになってしまうわね。おいそれと泣きつく先の関係者以外には口外もできないでしょう」
「賄賂の通じる下っ端なんか、本物の上級貴族が一発で黙らせられるってわけ? それなら心配無用ね」
「ええ。そうそう、奪った物はあとで引き渡してね」
「がめついわね。兵の装備品なんて別にいらないからいいけど」
ラムリーネイス子爵もウチも悪であると同時に、王国の役に立ってることは間違いない。
ラムリーネイスは大量の装備品を納入できる工房の生産力と、お偉いさんを喜ばせる金銭だけに留まらない多種多様な賄賂。
キキョウ会は貴重な回復薬と魔導鉱物の融通、それとロスメルタからの依頼限定だけど暴力の貸し出しも条件によってはやる。
どっちも手放すには惜しい存在だろう。
その両者が揉めた場合に、王国の上級貴族としてはどっちの味方にも付かないってのは理解できる展開だ。それにロスメルタの仲間なら裏側まで承知してるから、余計な事をする心配がない。ラムリーネイスは貴族の立場があるから納得できないだろうけど、理屈としては理解できるはず。
しかも、これはラムリーネイスから始めた揉め事でもある。
最大の権力者であるロスメルタと懇意のキキョウ会メンバーにちょっかいかけてしまったし、一流工房に無用な圧力かけてしまったことも失点になる。
賄賂ってのも程度問題があって、奴はロスメルタたちに目を付けられるほどにやり過ぎてることも事実だ。
適度な賄賂で適度に甘い汁を吸う。木っ端貴族には、そのくらいの謙虚さが必要ね。
ふぅ、それにしても車両襲撃に強奪か。考えてみれば面白い。
軍の物資を奪った証拠がなければウチが責められる謂れはなく、裏で無料で引き渡せば軍も金を払わずお得に!
むしろ納期を守れなかったことや正体不明の賊に装備を奪われた責任やなんだと、最悪は賠償金をふんだくる悪辣ぶりまで発揮するかもしれない。
ロスメルタたち上層部としては、ラムリーネイスにお灸をすえて様子を見る機会にもなる。まずないだろうけど、反省して態度を改めるようなら今後の対応も変わってくるだろう。
うーむ、なんて酷い悪だくみなんだ。
「……いや、でもやっぱり何かしらの申し立てはあるわよね、ラムリーネイスの訴えを完全には無視できないんじゃないの?」
「だからやり過ぎないことが肝心なの。あの家にとって無視できない損害としても、それだけでどうにかなるほどではないはずよ。ラムリーネイスがキキョウ会を疑ったとしても、元はといえば先に手を出したのは誰なのかと自覚させるわ。同時にそこで圧力かけることにするつもりよ」
上に取り入ってのしあがった貴族なら、上の意向には逆えないと考えられる。賄賂を贈ってた貴族のさらに上からくる圧力には、さすがに屈するだろう。
ゴタゴタが起こればストーカー行為をしてる場合じゃなくなるだろうし、そうしてる間にシャーロットも修業期間を終えてエクセンブラに戻ってこれる。
ウチが支払うのは物資強奪の手間くらいと思えば悪い話じゃないのかな。ロスメルタにはオークションでの借りもあるし。
「分かった。じゃあ脅迫だけで退かない場合には、遠慮なく奪って懲らしめるとするわ。提案する以上、情報はくれるんでしょ?」
「ええ、ちょうど明日の昼に納品予定があるわ。日時は厳守だから確実よ」
「昼間から強奪しろって? まあいいけど。場所は?」
「この近くよ。車両ごと奪ってこの要塞まで運んでくれる? もちろん彼らには分からないように」
「そのくらいならお安い御用だけど、あんまり時間がないわね。すぐウチのメンバーに知らせないと」
「明日が都合悪ければ、次は七日後ね」
出直すのは手間だ。さっさと片付けよう。
「詳しい場所と時間、あとは車両の台数とか大体の人数も教えて。これからすぐに脅しと強奪の準備にかかるから、そっちは明日の受け入れだけよろしく」
「ええ」
やる事自体は単純で、やった後のことまで計算づくのはとても楽でいい。情報を得るとさっそく動き出した。
夜の繁華街には多くの人が集まり、喧騒が生まれる。その賑やかさと雑踏に紛れるようにして、とある地下のバーにするりと入り込む。のんきに酒を飲むわけじゃないし、ここが目的地なわけでもない。
バーの中を通り抜けると奥の戸を開けて店の外に出る。狭い地下道に入って、さらにいくつかの扉を経由しながら進むと、そこには地上に上がる階段がある。階段を上がって薄暗い裏道を歩き、また地下に下りて別のバーに入る。
どこまで効果があるか不明だけど、尾行や監視の目を欺くための行動を取ってる。このルートを使えば追跡は非常に困難だろう。
回りくどい事をして到着したここはウチの情報局メンバーのたまり場だ。急ぎの時には、こうして直接出向く連絡用の場所でもある。
「会長!? 珍しいですね、こんな場所まで」
「緊急よ。ポーラは?」
「ポーラ姉さんなら、ラムリーネイス家を見張ってます。対象に動きが無ければ、もう少しで戻ってくると思いますけど」
「だったら入れ違いになるかな。今からラムリーネイスに仕掛けるわよ」
「殴り込みですか?」
「いや、紙とペンある? ウチの名前出してまずは脅すわ」
キキョウ会が自身の目的に基づいて、ラムリーネイス家に喧嘩を売る証拠だ。そいつをわざわざ残すことによって、二者だけの対立構造であることを明確にしておく。シャーロットに関してのね。
元をただせばラムリーネイスの側から売った喧嘩でもあるし、裏の事情を知らない貴族たちは余計な事を言わずに黙るはずだ。
貴族としてみれば、キキョウ会の名前にはロスメルタの影がどうしてもちらつくってのもあるだろう。ここいるメンバーにはそうした説明をしておいてやる。
「でしたら公用の紙を使いますか? キキョウ紋の透かし入りの」
「偽物と思われちゃ意味ないからね。あるなら使っとこうか」
正式な文書を出す場合に使うちゃんとした紙をウチも持ってる。私用でもロスメルタとのやり取りに使ってる高級紙だ。薄い紫色でキキョウ紋の透かしが入った紙は、なかなかカッコいい。
メンバーたちにも相談しながら、高級紙で簡単な脅迫状をしたためる。
『気持ちの悪いストーカー野郎、ラムリーネイス子爵に告ぐ
即座にシャーロットから手を引け
その証として、ただちに窓から白旗を掲げろ
日の出までに掲げられない場合、敵対したものと見なす
キキョウ会』
余計な事は書かなくていい。まともな判断力があれば、悪名高いエクセンブラの三大ファミリーにしてオーヴェルスタ公爵夫人と繋がるキキョウ会と敵対しようなんて思わない。普通はそのはずなんだけど、しつこいストーカー野郎が素直に言うこと聞く可能性はないと踏んでる。
装備品の調達で築き上げた軍への太いパイプと多額の賄賂で得られたと思ってる後ろ盾が奴を増長させてるからね。
常識的には公爵家だって軍を無視できないし、まさか王都でウチが強硬手段に出る事はないと高を括るんじゃないかな。
素直に言う事聞いてくれればいいんだけど、予想通りダメなら即座に強奪事件が起こる。経済的な損失よりも信用問題が痛い事件だ。
さて、一方的なストーキング行為に邁進し、ウチと敵対する道に進むのかどうか。
せめて奴に有能で発言力のあるブレーンがいればいいんだけどね。ワンマンだとそういうのが期待できない。
ロスメルタ様が絡むと、どうにもややこしい説明が多くなってしまいますね。
もっと単純に暴れる話が書きたくなりますが、組織の力が増していくとそうした展開にはなかなか出来にくいんですよね。
とはいえ、暴れる展開は本作には必要不可欠ですし書きたいので、これからも折々で差し込んで行きます!