やり手のストーカー
ちょっと早いけど寝ようか思ってたところにやってきたのは、遊びに出てたはずのポーラだった。
たしか、行きたい酒場があるとか言ってて、てっきり朝まで帰らないと思ってたんだけど何事だろうか。というか、酔っ払ってはいないみたいだけど、かなり酒臭い。遊んでる途中で厄介事に遭遇したのかな。
さて、しょうがない。一人でさくっと解決できない話みたいだし、ひとまず話を聞くことに。
「で、面倒事ってのは?」
「それがシャーロットの奴を誘ってやろうと思って工房に寄ってみたんだがよ、なんかあいつ、トラブルに巻き込まれてるみたいだったぜ」
「シャーロットが? 意外ね。どんなトラブルよ」
ポーラは私と別れた後では、個人的な買い物を済ませてからずっと飲み歩いてたらしい。そうした何件か目で、シャーロットが修行してる工房の近くにいることに気付いて立ち寄ってみたんだとか。
王都の工房で修行中のシャーロットには、私も明日あたりに顔を見に行こうと思ってたんだけどね。まあいいけど。
そういえば旧王国時代にはシャーロットの家は子爵位だったと聞いた覚えがある。王国末期に貴族としての身分を失い、身寄りもなくした彼女はなんでかウチに入った。そんな彼女は下級貴族ながらも智勇に優れ、キキョウ会入り後も人並み以上の努力を怠らなかったがゆえに、当時の第五戦闘班副班長に抜擢したのを思い出す。
その後は研究開発局長になったけど、組織への貢献度は非常に高く貴重なメンバーだ。人格や社交性にもまったく問題ないから、トラブルを呼び込むようなタイプじゃないはずなんだけど。
ポーラは私の疑問に即答せず、勿体つけるように菓子を頬張って茶で流し込んだ。そうしてからニヤリと口元を歪めて言う。
「男がらみだぜ」
ほう。シャーロットも年頃だからね、そういうこともあるだろう。ウチは身嗜みにそこそこ厳しいし、魔法薬と称してもいいくらいの化粧品もある。荒くれでも見た目の悪くない女は結構多いんだ。シャーロットは元から美人の部類で間違いないから、モテても不思議はない。それどころか、武闘派で鳴らすキキョウ会の看板を背ってなければ、日常的に男が寄ってきまくるだろういい女だ。
そもそもキキョウ会は別に恋愛禁止ってわけじゃないし、組織を裏切りさえしなければ何をしようが割と自由でもある。
ただし、当然ながら自由には責任が付きまとう。
特に情が絡むと難しい面は出てくるもんだけど、我がキキョウ会の厳しさはメンバーなら誰でも承知してる。程度によっちゃ、身内にだって容赦はない。ほぼ全てのメンバーはキッチリ線引きできてるから、馬鹿な真似をする奴はまずいないんだ。
でも、しっかり者のシャーロットが男関係でトラブルか。男遊びをするようなタイプじゃないし、相手に興味なければきっぱりと断って終わるはずだ。トラブルって言うからには簡単にはいかない事情があるってことで、やっぱり意外に思う。
「……具体的には? 迫られたりしてたとか?」
「いや、あたしが見たのは貴族っぽい優男が工房の前で喚いてやがっただけだ。シャーロットに会わせろだなんだと言っててよ、工房のおっさんたちが必死に宥めてやがったぜ。それだけなんだが優男の剣幕が凄くてよ、なんかトラブってる感じに思えてな」
なにかと思ったら、随分と一方的な関係性のようだ。
「工房の人が宥めてた? シャーロット本人が出て行かないのが不思議ね、人任せにするようなタイプじゃないはずだけど。留守だったとか?」
「たぶんな。仮に居たとしても振った男やストーカー野郎なら顔も合わせたくねえだろ。なんか、あれが初めてって感じじゃなかったしよ、しつけえ野郎なんだろうぜ」
なるほど。相手があまりにもしつこい場合、私やポーラなら貴族だろうが関係なくぶん殴るけど、シャーロットはもっと慎重だ。相手の立場はもちろんのこと、自分が世話になってる先の工房やキキョウ会のことを考えて下手な事はできないと考えてるのかもしれない。
修行はそろそろ終わりのはずだから、それまで我慢してエクセンブラに移動してしまえばトラブルも遠ざかる。穏便に済ますにはそれも一つの手だ。
「とりあえずそのストーカー野郎の身元が知りたいわね。シャーロットが困ってるなら助けてやらないと」
「だな。王都にいるメンバー集めて探り入れてみる。ユカリは野郎の正体が掴めたら、ロスメルタ様に話通しといてくれ。たぶんだが貴族相手だからな」
「そうするわ。もし接触できそうならシャーロットにも話聞いといたほうがいいかな」
「そいつはどうだろうな。あたしなら首突っ込んで欲しくねえと思っちまう」
「ああ、たしかにそうかもね。でもシャーロットが困ってるなら、見て見ぬふりはできないわ。こっそり解決できるか試してみよう」
「おう」
王都には情報収集のために、常に情報局のメンバーが数人は滞在してる。もしかしたら探るまでもなく、何か知ってるかもしれない。
懸念点は、この王都では何をやったところでロスメルタの耳には必ず入るだろうってことだ。調査だけならいいとして、何かしらの騒動を起こす前には相談くらいしておこう。それにストーカー野郎がもしロスメルタにとって有用な人物だったとしたら厄介だ。友人との対立は間接的であっても、できることなら避けたい。
ただし、誰が相手だろうが私は風下に立つ気はない。必要だと思ったらなんだって遠慮なくやるし、その方針を変える気はまったくない。だからこそ私とロスメルタは友人でいられる、とも思う。
まあ、まずは調査の結果待ち。話はそれからだ。
一晩明けて朝から仕事に出かけた公爵夫人様を見送ると、ゲストの私も一度要塞の外に出た。
歩いて大きな通りまで行き、ある気配を察知すると適当なカフェに入る。奥まった席で若干青臭いフルールジュースを飲んでると、さり気なく隣に腰かけたのは地味な女だ。そいつが私の膝の上に折り畳んだ紙を素早く乗せた。
「ポーラさんから事情を聞いて調べました。もっと詳しい事が分かりましたら、またお届けします」
「頼むわね」
囁くように言葉を交わし、互いの顔を見もしない。他人の振りを続けながらグラスの中身を空けると、紙をポケットに仕舞ってから席を立った。
情報局にはあんまり顔を売りたくないメンバーがいる。要塞にいたんじゃ、接触しにくい事情もあって外でやり取りしたわけだ。私へのメッセンジャーなら顔が割れてるポーラが適任だと思うけど、きっと手が離せない用事でもあるんだろう。
外に出て散歩しながら徐々に喧騒から離れ、用水路沿いのベンチに腰かける。
木陰は柔らかな日の光を遮ってくれて、手紙の小さな文字を読みやすくしてくれた。ざっと手紙に目を通し、内容を確かめる。
たった一晩の調査結果の割に詳細なそこにあったストーカー野郎の名前は、つい最近になって耳にしたものと同じだった。名前はいいとして、想像よりも面倒くさそうな相手だ。これは追加の情報を待って、それを見てからロスメルタに話したほうが良さそうね……。
「あとはシャーロットとの因縁も不明か。そこも分かればいいんだけど」
全体像を把握してからじゃないと、下手を打つ事にもなりかねない。
そもそも恋愛のもつれに立ち入るのは遠慮したいと思いつつも、男の一方的な執着からしてたぶん恋愛のもつれとかじゃない気がする。熱心に修行を申し出たシャーロットが王都で男と遊んでたとは思えないし、なーんか事情がありそうな感じだ。
考えても分からないことは素直に放棄すると、追加の情報を待つ間に買い物して時間を潰すことにした。
アクセサリーショップを巡り、本屋を巡り、買わないけど服屋をいくつか巡ってカフェで休むと、いつの間にか数時間が経過してる。ロスメルタが要塞に戻るのは夜遅くなると聞いてるし、新たな情報が得られるまで暇を持て余してる。
まだ時間あるなーと思いつつ混み合うカフェで戦利品の小説を読みふけってると、横を通りすがった女がさり気なく紙をテーブルに乗せていった。これは、追加情報!
私もさり気なく、しかし素早く手紙を取って中身を確かめる。
おお、知りたいことがほぼ網羅されてるっぽい。さすがはウチの情報局だ。これでストーカー野郎の正体やその背景、それとシャーロットとの関係まで大体は理解できた。これだけの情報がそろえば、ロスメルタとの話もスムーズにできる。
「どっかで夕飯食べて帰れば、ちょうどいい時間かな」
場所や時間の塩梅を考えてるとポーラが姿を見せた。
「おう、ユカリ。情報は届いてるか?」
「それは貰ったけど、あんたなにやってたのよ?」
「ストーカー野郎のヤサを探ってたんだよ、一応な」
「探ってどうすんのよ。殴り込みまでかける気はないわよ?」
喧嘩っ早いところはポーラの良さではあるんだけど、王都ではなるべく揉め事は避けたい気持ちだ。少なくとも今はまだ。
「だから一応だって。ストーカー野郎なんざ何しでかすか分かんねえからな、もし妙な戦力でも抱えてやがったらあっちのほうが先に面倒事を起こすかもしれねえ。こっちが仕掛けるにしても、確認はしといたほうがいいだろ」
「まあ、そうかもね」
「だろ? とりあえず腹減ったな。なんかメシでも食いながら話そうぜ」
「私もよ。どっかその辺で適当に入ろう」
近場で見つけた小さなレストランで景気よく注文しつつ、小声で物騒な相談をしてると良い感じの時間になった。
「じゃあ、あたしは今夜から野郎の見張りに付くぜ。そっちは根回し頼むな」
「どうなるか分かんないけどね」
ポーラと別れて遅い時間に要塞に戻ると、ロスメルタも少し前に戻ってたらしい。遅くでも気軽に会える間柄を生かして再び私室を訪ねると、さっそく面倒事の相談だ。
「どうしたの? 遊びにきた様子ではないけれど」
「分かる? ちょっとあんたの耳にも入れとこうと思ってね。実はシャーロットがトラブってんのよ」
「シャーロットさんが? 王都で修行中だとか話していたわね。なにがあったの?」
普通の話題としてロスメルタにもシャーロットのことは前に話してる。怪訝な顔をしてるってことは、貴族絡みのトラブルは知らないみたいね。
ストーカー野郎がウチの大事なメンバーを困らせてる状態は許しがたいんだけど、考えてみればロスメルタの陣営にとっては別に大した出来事じゃない。王都で起こる様々な出来事をロスメルタの部下が把握してても、わざわざ公爵夫人の耳に入れるような事態じゃないってことは十分にありえる。
「えーっと、実はラムリーネイス子爵のことでね。こいつがシャーロットに一方的に言い寄ってるみたいで困ってんのよ」
「それは良くないわね。でも二人の問題ではないの?」
軽く言ってのけるロスメルタには私も言ってやる。
「二人だけの問題なら良かったんだけどさ、ラムリーネイスがどんな奴か、あんたが知らないとは言わせないわよ?」
ウチの情報局がちょっと調べただけで分かることを、王都の支配者であるこいつが知らないはずはない。
ラムリーネイス子爵はオークションの時にやたらと色々な物を買い漁ってたことから分かるように、かなりの金持ちだ。それも近年で成り上がった家として悪目立ちしてる。
悪目立ちに関してはどうとも思わないし、むしろデカく稼ぐやり手の子爵だなとすら思う。それはそれとして、実は驚く事実が判明した。なんと奴とシャーロットには因縁があったんだ。
元は子爵令嬢のシャーロットとラムリーネイス子爵には縁がある。元婚約者っていうね。もっとも、それは過去の事だし、今になって奴が言い寄る理由も私にはどうでもいい。問題は別のところにある。
「よく調べているみたいね……でもそれがシャーロットさんだけの問題に収まらないというのは?」
「シャーロットが修行してる工房に圧力かけてきてんのよ。ラムリーネイス家は王都で一番儲けてる工房を経営してるでしょ? このままだと修行先の工房がただじゃ済みそうにないらしいのよね」
ラムリーネイス家の工房は王国軍から装備品の受注を大量に受ける一大工房だ。軍に顔が利く一方で、素材の入手先にも相当なデカい顔ができる。敵に回すと同業者の工房としては非常に厄介な相手と言える。
でもシャーロットの修行先の工房だって、一線級の刻印魔法使いを招くことが可能なほどの一流工房だ。もしこれが潰されるようなことがあればギルドが黙ってないし、王国上層部としても許容できない事態に思える。
シャーロットとラムリーネイスの個人的な事情は感知してないにしても、ロスメルタが大手工房同士の厄介事をまったく知らないとは思えない。
つまり、ここでもまだ何か私たちの知らない事情があるはずだ。
ロスメルタはこっちがどれだけの事情を把握してるのか探ろうとしてるし、私も訊きだそうとしてる。今は互いにそれが分かってる感じで、話を進めてる状況と思う。
「ほかにも知っていそうな口ぶりね? キキョウ会の情報収集能力は優秀ね」
「当然。奴らが裏でやってる汚い事もこっちは把握済みよ。私としては誰がどんな汚いことをしてようと、ウチと敵対しないならどうでもいいわ。むしろ、なんであんたが放っておいてんのか、それが不思議なんだけど」
ラムリーネイス子爵がどうやって成り上がったのか? そのカギは裏の仕事にある。別に不思議には思わない。古今東西、いきなり金持ちになるような奴は大抵は汚いことをやってるもんだ。
うん、多分に偏見を含んだ意見だけど、ラムリーネイス子爵に関しては完全に当てはまってる。だって奴らは軍のお偉いさんに対して、古典的な賄賂攻勢と女で取り入って装備品の大量受注にこぎつけた。それだけならまだしも、当時のライバル工房に相当ダーティなことをやりまくってる。
まだロスメルタが王都を掌握する前の話ってことみたいだけど、情報局の調べた限りじゃライバル工房への強引な人材の引き抜きどころか、倉庫に対して組織的な窃盗まで仕掛けてたんだとか。さらに崩壊国家のレトナークにまで繰り出し、魔導鉱物の無許可採掘を始めとして、製錬した魔導鉱物の保管庫を襲撃、強奪した事件をいくつも起こしてたみたいだ。
それらの事件に証拠は残ってないけど、情報局の見立てだと間違いないらしい。成り上がり貴族については、随分前から注目してたみたいで、そのお陰で色々と調査済みだったようだ。
私の素直な感想としては、なかなかやるわねって感じ。抜け目のなさとチャンスと見るや素早く果断に実行する力は並外れてる。
ロスメルタも後になってからそうした事実を把握したんじゃないかと思うけど、今になってもまだ賄賂なんかを放置してるのはどういうわけか。
有能だから見て見ぬふりをしてるのか、ロスメルタにも多額の賄賂が入ってるからなのか、それら含めて総合的に利益があると考えてるからなのか。
私としてはシャーロットへの危害がなければ、本当にどうでもいいんだけどね。
「……はあ、仕方がないわね。わたくしたちも放っておいているわけではないのよ? 全ては夏に向けての準備が最優先になっているだけ。彼らの手法には問題があっても効率的ではあるわ」
「旧レトナークへの侵攻準備のためには、汚くても確実な仕事をやる奴が必要ってこと? つまりはウチと同じ扱いってわけね」
「ラムリーネイス子爵はお友達ではないわよ? それに……ここからは口外無用でお願いね」
「なによ、秘密の話?」
この女のことだ、いつものように腹黒い企みがあるんだろう。




