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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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わくわくオークション

 初めて見る黒塗りの高級車に同乗して向かった先は、ガベル侯爵家が管理するイベント会場だ。

 入り口も中もたくさんの警備用魔道具や人員で、これ以上ないくらいに厳重。きっとガベル侯爵が威信をかけて行うイベントなんだろう。


 注目を集める立派な車両から降りると、ロスメルタの傍には私と騎士が陣取る。あからさまに警戒するんじゃなくて、さり気ない感じにね。

 会場の厳重な警備や優秀な騎士の護衛があれば、私の出番なんてあるはずがない。むしろこんな場所で騒ぎを起こすようなアホだっていやしないだろう。それでもこうした隙のないポーズを見せておくことが重要だ。


 一番の権力者がその地位に相応しい力を持ってることをきちんとアピールするのは、王国の安定に寄与する非常に大事な行為だ。こいつには逆らったら不味いと思わせるくらいがちょうどいい。抑止力ってやつね。

 微妙な緊張が漂うなかで、余裕の笑みを湛えた公爵夫人は堂々たる足取りで会場入りした。


 広いホールのような会場でVIPはバルコニー席をあてがわれて、半個室のような場所に陣取る。後ろに控えて周囲に気を配る騎士とは別に、ロスメルタと私は席に着いた。


「代理人てのはどこにいんの?」

「前のほうの席にいるわ。事前に要望は伝えているから、あとは手筈通りに進むはずよ」


 特に交渉や知識が必要な役割じゃないから、入札の代理人てのは普通、その家の使用人がやるらしい。

 想定以上に価格が上がった場合やなんらかの想定外に備えて、代理人と一緒に連絡員も控えてるようだ。


 本来ならロスメルタは会場に入るとしても目的の品物が出る時間帯を狙い撃ちで姿を見せる程度らしい。代理人がいるのにわざわざ足を運ぶ理由としては、仕切り役のガベル侯爵の顔を立てるとかそういった理由が主のようね。自分が主催したイベントにロスメルタが姿を見せるだけでも、それは大きな意味があるんだろう。

 今回は私の見学会ってことで、オークション序盤の時間帯で一緒にきてくれてる。今日はたまたま時間が取れたのかな。


 まだ始まって間もない時間らしいけど、結構な人が会場に詰めてる。一階の席にいるのはほとんどが代理人と連絡員らしい。

 給仕が運ぶ酒に口を付けながらロスメルタの解説を聞き、進行役のオークショニアが流暢な喋りで購買意欲を煽る様子を眺める。品数が多いせいかテンポが早くて小気味よい。


「数十万どころか数百万、数千万ジストの金が飛び交う場所ってのも、カジノ意外じゃ珍しいわよね」

「買い物ではこうした所くらいかしらね」


 高貴な身分の奴らは自分で買い物に行くんじゃなく、家まで売りにこさせるのが基本だ。私のような一般人の金持ちは店まで足を運んで買うのが普通で、店の側を呼びつけたり御用聞きがやってきたりすることはない。

 まあ、貴族が服や鞄なんかを買うとして、既製品を買ったりはしないからね。特注となれば採寸や生地を選んだりするわけで、この場合には家にある物と合わせたり比較したりもしたいだろう。

 売る側は負担が少々あっても良いものを提案し、買う側が効率よく手に入れるためには、家での買い物のほうが都合良い部分もあるのかもしれない。

 もちろん、貴族だって気分に応じて買い物に出ることはあるし、店側のポリシーでいちいち客先に行かないってパターンもある。


「ところでロスメルタ。あんたのことすっごい見てる女がいるわよ」

「そう? どこから?」


 顔は向けずにサングラス越しに視線だけを動かし、女の特徴を確かめる。


「左手のほう。なんか羽の付いた扇子を持った派手で太ったおばさん、って言えば心当たりある?」


 舞台に対して正面に当たるこの席は同じ正面に位置する横並びの座席からは見えないけど、舞台に対して左右に位置する席からなら見えてしまう。


「残念ながら心当たりがあるわ。例の女よ」


 ロスメルタはそいつを完全に無視して視線も向けずに言う。

 例の女ってのは以前のオークションでロスメルタの邪魔をした奴のことだろう。なんでも、そいつは伯爵夫人らしいんだけど、ロスメルタも以前は伯爵夫人だった過去がある。一方的にライバル視されてるらしい。


「実害はそれほどないから放っておいて」

「だったらいいけど」


 やり返すのはオークションでって話だったから、そこでひと泡吹かせるつもりなんだろう。いいと言うなら構わない。


 気分を切り替えて、カタログを見ながらオークションの進行を改めて見やる。

 人気があるだろう目玉商品やより高価な物は後半に出る事が多く、序盤は価格の上がり方も緩やかだ。場合によっちゃ、三人くらいしか手を上げない商品もあってポンポン進んでいく。


「追加でなにか欲しい物があったら言ってちょうだいね」


 本当に欲しい物があったらそうするつもりだけど、私が招待されてるわけでもないオークションで買い漁るってのはちょっとね。


 しばらく様子を見てると、あることに気付く。雑談しながらでもだ。それというのも、やたらと一人の代理人が入札しまくり、落としまくってるんだ。またあいつかって感じで。複数の貴族の代理を務めてるのかなと思いきや、通常はそういう複数の代理なんてのはないらしい。

 その滅多やたらと買い漁る姿は相当な悪目立ちしてる。

 特定の趣味が見えるような買い方ならともかく、まさしく滅多やたらと買いまくるのはなんなんだろうね。


 例えば私が買いまくる場合を想定すると、趣味の魔道具として使えるアクセサリーや魔導書をガンガン買い集めることはあるかもしれない。それは他の客から見てそういった趣味があるんだと透けて見える買い方になる。

 だけど、その代理人はまさになんでもかんでも買ってる。趣味も傾向もなく、一定の値段以下であれば関係ない感じで全部に入札してるんだ。でもって、スタート価格から五倍くらいになるまでは必ず競る。わざと悪目立ちしたいのかと思うくらい。


 ブレナーク王国は荒廃から復活して一気に成長した国だから、好機を生かして成り上がった奴らはかなり多い。貴族や商人もそうだし、かくいう私たちキキョウ会だってその例に漏れない。

 あり余る金を腐らせずに使うことは、私は大いに賛成する。だけどこうした注目を浴びる場で買い漁る姿ってのは、かなり下品に見えてしまう。別にいいんだけどさ。


「どこの代理人かしら?」


 ロスメルタも気になったらしい。その呟きを聞き逃さなかったお付きの者が、無言で半個室のバルコニー席のブースから出て行く。調べに行ったんだろう。そして十分程度で戻った。早い。


「レディ、こちらを」


 差し出された小さな紙に目を落としてすぐに下がらせる。


「なんだって?」

「ラムリーネイス子爵の代理みたいね。王都で一番の工房を経営していて、近頃では兵の装備の受注で大きな財を成している貴族よ」

「ふーん、そりゃ儲かってそうね」


 話によると近年新しく爵位を受けた貴族じゃなく、戦前からある子爵家らしい。昔はぱっとしなかったらしいけど、戦後から当代になった若い奴に商才があったらしくて随分と儲けてるんだとか。

 王国は夏に向けての戦争準備で装備には莫大な予算を投じてる。兵士向けの装備関連の工房を経営してるなら、巨万の富を築いてておかしくない。きっと利権に食い込むために頑張ったんだろう。


「成り上がりだったら金が余ってしょうがないんじゃない? でもあの買いっぷりじゃ、私やあんたの邪魔になるかもしれないわね」

「どうかしらね。あの手の貴族の代理人は、誰が入札しているのかよく観察しているものよ?」

「空気読んでるってわけ? オークションでそれってあり?」

「さあ? わたくしが頼んだ覚えはないわ。それに、お構いなしに対抗する人もいるのだから、あまり関係ないと思うわよ」

「それもそうか」


 空気を読む奴と読まない奴、純粋に買い物を楽しむ奴、色々いるから空気を読んだところで結局のところ意味は薄い。


「ユカリノーウェ、そろそろよ」

「うん、どうなるかな」


 私が何かするわけじゃないのに妙に緊張してきた。


「――それでは続きましてロット49番。ベルリーザは第四王女、人呼んで《悪姫》が愛用されたリングです」


 始まった!


「昨今では非常に人気のある姫君由来の一品です。ロット49番、準備はよろしいですね? ではロット49番《悪姫》のリング、八十万ジストからになります。八十万、八十万です。九十万、百万! 百二十万……百五十万――」


 司会進行役は札を上げた客を指差しながら、次々と上がっていく値段を謳い上げる。

 どこまで行くのか、見てるだけなのに興奮と緊張で身体が熱くなる。


 私はスタート価格よりもずっと価値のあるアイテムだと思ってるから安く済むのは納得いかない気持ちがある一方で、高すぎてもそれはそれでおかしいとも思ってしまうだろう。果たしてどうなることか。


「そちらの方、三百万ジスト! 三百二十万……三百三十万、まだおられますね、三百五十万!」


 さっき聞いたラムリーネイス子爵の代理ってのも競ってるわね。どこまで食いついてくるつもりなのか。


「三百八十万、まだあります。四百万! 四百二十万、四百五十万……四百七十万、五百万! 五百万ジストです。いかがですか、五百万ジストです。ありませんか、五百万ジストです……それでは落札します。五百万、五百万…………五百万ジストです!」


 繰り返し金額を告げると木製のハンマーが振り下ろされて、会場に乾いた高い音を響かせた。

 定価で二十万ジスト程度だった物が八十万から出品されて、結局は五百万か。さすがに高いなーと思ったあたりで終了してちょっとほっとした。私は凄い大金持ちだけど、常識的な金銭感覚もなくはないんだ。


 とにもかくにも、これであの指輪は私の物だ。よっしゃっ!

 表面上は冷静ながらも、心の中で渾身のガッツポーズを決めた。


「どうだった? 初めての落札は」

「スタートから十倍はいかないと思ってたけど、思ったよりも競ったわね。一応は予算内だったし、とりあえずは満足かな?」

「楽しめたなら良かったわ。ほかにも欲しい物があったら言ってね」


 ロスメルタが狙ってる物はまだ先だ。それまではエンタメとしてこの場を楽しもう。


 次から次へと紹介されては落札されていく品々を見て思うのは、とにかく景気がいいってことだ。

 ブレナーク王国はエクセンブラも王都もずっと右肩上がりで経済成長を続けて、これから先もまだ続くと考えられる。

 庶民に金持ちが増えるのはいいとして、権力者はより大きな富を集めて金余りの状態になってるんだろう。湯水の如く使ったって、どうせまた増えるんだ。こうした権力者が集まる場だと財力を誇示する目的も含んで、気前よく大盤振る舞いで金が乱れ飛んでるのかもしれない。


 特に目立つのは序盤からそうだったけど、ラムリーネイス子爵の代理って奴だ。まだオークションは中盤にもかかわらず、あいつだけで四十個以上は落札してると思う。合計で五億ジストくらいは使ってるんじゃないかな。

 ここから後半にかけてはより高額な品物がバンバン登場するから、成り上がり以外の貴族も続々と参戦するだろう。もっとデカい金が動く。どうなることやらね。他人事だからこそ高みの見物気分で楽しめる。



 途中で休憩をはさみつつ、リラックスした気分で他人が大枚はたくのを見物してると、いよいよロスメルタがチェックしてたブツの登場だ。

 オークション初心者の私は妙に緊張したもんだけど、慣れた貴婦人は自然体そのもの。王国で一番の権力者で金持ちだからこその余裕だろう。


「――ロット312番、ブリオレット・タリスマンです。かつて大陸一とも称えられたジュエリーデザイナー、故リオ・カルストンによる名品です。よろしいですか? ロット312番、ブリオレット・タリスマン。こちらは二十二億五千万ジストからのスタートです!」


 スタートから半端じゃなく高価な代物だ。私が競り落とした五百万のリングとはまさしく桁違い。

 カタログの説明によるとこれは大陸中で有名なデザイナーによる作品ってだけじゃなく、高価な素材はもちろんのこと魔道具としての機能も併せ持つ名品らしい。

 アクセサリーとしては雫型になった宝石がいくつもぶら下がったブレスレットで、高純度ミスリルを骨組みにして表面はほぼ宝石で形作られた贅沢品だ。魔道具としての機能は癒しの力や防御など複数の機能が込められてるらしい。


 複数の魔法の効果はさすが贅沢品って感じだけど、装飾品としては私の趣味じゃない。ロスメルタにとっても趣味じゃないみたいだけど、単なる嫌がらせのために価格を吊り上げるどころか、落札してしまうつもりと聞いた。

 欲しくもないのに高い金を払うなんて、庶民には考えられない事だけどね。狡猾で老獪なこの女にとってはきっと嫌がらせ以上の意味があるんだろう。


「――三十六億八千万、三十七億! 三十七億一千万……まだあります、三十七億二千万です。三十七億三千万!」


 頭のおかしいことに、一千万単位で値段がガンガン上がっていく。しかもまだペースが衰えない。いったいどこまで上がるのか。でもロスメルタは平然としたままで眉一つ動かさない。


 しっかし、物の値段ってのは不思議なものだと改めて思う。

 あのブレスレットの原価、つまりは元々の素材の値段を考えれば億なんて全く届かないはずなんだ。高純度ミスリルは高価な魔導鉱物だけど、ブレスレット程度の大きさならそこまでじゃない。宝石だって採掘したばっかりの原石だったら、よっぽどの大きさとか希少性がないとバカみたいな値段は付かないはずだ。


 だけど最終的に消費者が手に入れるまでの過程で大きな価値が付随していく。

 そもそも魔導鉱物は純度を高めるための加工に手間と設備と高い技術が無くてはならず、宝石も含めて採掘の時点で金は結構かかってるもんだ。


 採掘するための土地代や調査代から始まって、掘るための道具を用意し、人も集めないといけない。掘った物を仕入れて売る人がいれば、その後には加工が始まってそこでも技術料や人手の金のみならず設備費なんかも積み上がる。その上で出来上がった物の仕入れと販売が行われる。どこの過程でも金が発生し、その全てが積まれた状態で最終的に手に入ることになるんだ。


 あのブレスレットの場合は超有名人気デザイナーによるデザイン料もあるし、需要の高さや手に入りにくさも価格に上乗せされてくる。ブランド料ってやつね。

 そのほかにも有名人が使ってたとか歴史的な価値まで含まれてくれば、価値はアホみたいにどんどん高まっていく。あのブレスレットもそうした物の一つみたいだけど、金持ちの道楽ってのは呆れるやら感心するやら、とにかく凄いものだ。


「――四十二億八千万ジストです!」


 バンッと軽快な音を鳴らすハンマーが叩きつけられた。決まったらしい。


「あのさ。スタート価格からして相当な代物みたいだけど、いくらなんでも高すぎじゃない?」

「そう? でもわたくしに損はないのよ。そのうち四十五億で売るから」


 高貴なご婦人はいとも簡単に言ってのけた。


「……そんな簡単に売れんの?」

「これを欲しがっていたご婦人なら、喜んで買ってくれるわよ。どうしても欲しいみたいだからね。転売の噂を流しておけば、勝手に向こうから寄ってくるわ」

「まさか例の嫌がらせした女に対して売りつけようっての?」

「四十二億七千万まで競っていたのよ? 少し時間を置けば、あと少しくらい搔き集めるに決まっているわ」


 なんて奴。涼しい顔して嫌がらせで競り落としておきながら転売で儲け、さらには恩まで売りつけようって魂胆か。

 あー、でも転売目的で購入のパターンも結構あるのかな。金儲けはいいんだけど、ロスメルタのような思惑があちこちで渦巻いてるのかと思うと面倒くさすぎる。

 なんだか早々に退散したい気分になってしまった。


「……あんまり恨みを買い過ぎないようにしなさいよ」

「味方も多いから大丈夫よ。わたくしの用事は済んだのだけどまだ見ていく?」

「もういいわ、そろそろ行こう」


 席を立つとロスメルタお勧めだと言うレストランに寄ってから要塞に戻った。

 そのまま二人で晩酌でも始めようかと思ったところで、忙しい公爵夫人には緊急の用事が入ってしまい、さらには私にも面倒事の報せが入ってしまった。

 まったく。今日くらいはゆっくりしたかったのに。

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― 新着の感想 ―
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