アポなし要塞訪問
王都の片隅にある倉庫街。そこに突如として現れる見るからに堅牢な巨壁は、誰もが思わず要塞と言いたくなる建造物だ。周辺の古い倉庫群も徐々に再開発されて変わってきてるようだけど、要塞の異様さだけはこの先も変わらない気がする。
堅牢な要塞は、かつてまだ王都が復興から間もない頃に私たちキキョウ会が勝手に作った代物だ。王都を去る際にロスメルタに譲った経緯があって、今では彼女が独自の戦力を囲う拠点として、そして個人的な別邸としても使われてる。
公爵家のお屋敷にのこのこ行くよりは、こっちのほうが断然、気楽でいい。今となっては彼女にあげて良かったと思う。
そんな要塞の門の前に車両で乗りつけると、オーロラ鉱を使った派手な鎧の騎士が出迎えた。白色に光の反射で虹がかかったように見える特徴的な鎧は、公爵夫人お抱えのオーロラトーチ騎士団の証だ。
王国一番の権力者にアポなし訪問なんて、普通はありえない。だけど私はマブダチだからね。いきなり訪ねたって、別に構わないだろう。
車両の窓を開けて用向きを告げようとしたところ、若い騎士は訳知り顔で先に挨拶をくれて、さらに続ける。
「レディがお待ちです。どうぞ中へ」
なんと、私の王都入りは早々に察知されてたらしい。王都は広いけど完璧に近い形でロスメルタの支配下にあるんだろう。ここではあの女に秘密で活動することは無理なのかもしれない。
まあ私は客観的に考えて、マークされるのが当然の要注意人物だ。犯罪組織の会長だし、他国から賞金を懸けられてるような輩でもある。公爵夫人との特殊な友人関係を考慮しても、普通に要警戒対象になってておかしくない。
なんにせよ、話が早くていいとポジティブに考えよう。
「ポーラはここでいいわよ」
「じゃあ、あたしはちょっくら羽伸ばしてくるぜ。またあとでな」
車両を降りて徒歩で要塞に入る。さらっと魔力感知で探ってみると、戦時でもないのに結構な戦力が要塞に詰めてるらしい。これも立場ゆえなんだろう。
案内の騎士に付いて行き、ロスメルタの私室に直行で案内された。
「こんにちは、ユカリノーウェ。急な訪問で驚いたわよ? でも歓迎するわ」
「いきなりで悪いわね。これ、お土産ね」
激務の公爵夫人様には、市場に出回らない高レベル超複合回復薬を進呈する。こいつにはいつまでも健康でいてもらわないといけない。
「ありがとう。胸のそれは記念章かなにか?」
技能徽章やなんかの説明は面倒だから適当にはぐらかし、二人でソファーに座って雑談を始めた。
「ポーラさんはいないのね?」
「遊びに行ってるわ。たぶん、早くても明日の朝まで戻らないわね。一応、今夜の宿として、私とポーラの部屋を用意してくれるとありがたいんだけど」
「あらお泊り? もちろんいいわよ」
ロスメルタはさっそく部屋付きのメイドに準備をさせてくれた。
しばらく高級茶をお供に直近であったドンディッチでの出来事をネタに雑談してたけど、その他の近況は手紙でやり取りしてるから互いにほとんど分かってる。その中で気になってた事をちょっと聞いてみた。
「そういや、エクセンブラに学校作ったってほんと?」
「作ったのではなくて、譲り受けたの。経済的に困窮していた伯爵が理事長だったのだけど、学校運営のほうも上手く行っていなかったみたいでね。以前から資金援助していたのだけど、返済計画が一行に明るくならなくて。仕方ないから代わりに譲ってもらったのよ」
それって、借金のカタに取り上げたんじゃ……。
「あっそう。で、あんたが理事長になんの?」
「そういうことになるわね。実際の運営は代理に任せる形になって、わたくしが直接関与する事態はそうないと思っているのだけどね」
こいつは王国で一番忙しいかもしれない重鎮だ。王都に学校があったとしても実務に関わってる時間は無さそうなのに、エクセンブラの学校じゃ尚更だ。
そういやこの女は孤児院を作ってたし、子供好きだって話を思い出した。教育関係や学校運営に興味を持つのは当然と言えば当然なのかな。
「学校があるのはエクセンブラの行政区だっけ? 三大ファミリーのシマじゃないから関わる可能性は薄いけど、なんか困り事があったら言ってよ」
「ええ、頼りにしているわ」
諸々の手続きがまだ残ってて、学校についてはこれから本腰を入れていく感じらしい。理事長代理の決定もこれからみたいで、春から色々と動き出すみたいね。ま、困り事があれば助けはするけど、基本的に私には関係ないかな。
「ところでさ、それなに?」
テーブルの端には買ったばかりか読みかけなのか、数冊の本が積まれてる。一番上にあった本に気を引かれてしまって、好奇心のままに訊いてみた。
光沢のある赤い表紙に金の植物模様が描かれた本は一目で豪華な代物だと分かるんだけど、タイトルがない本だった。妙な魔法がかかった不穏な感じはしないにしろ、読書好きとしては気になってしょうがない。
「見てもいいわよ」
言われて手に取った豪華な装丁の本は、厚さといい大きさといい図鑑のような感じだろうか。
ぱらっと適当に開いてみると、そこには古そうな茶器の写真と説明書きがあった。ページをぱらぱらとめくってみると、統一感のない物品の写真と説明書きが続く内容だ。
「なにこれ?」
「オークションのカタログよ。今夜、開かれるの」
「へえ、出品される一覧ってことか」
興味深い。エクセンブラじゃ闇市みたいのには何回か行ったけど、オークションに参加したことはなかった。エクセンブラでもオークションはあってもおかしくないと思うし、私のような金持ちにはどこからか声がかかりそうなもんだけどね。
ふと思った疑問を口に出すと、ロスメルタが答える。
「それはそうよ。ブレナーク王国ではオークショニアはガベル侯爵家に一任されていて、他では許可されていないの。王都で不定期にしか開催されないから、知らなくても無理はないわね。商会や個人間での物品の取引に制限はなくても、希少な物をより高く売りたいか話題性を狙うならオークションが一番よ。そうして表も裏も関係なく、有力な商品の多くはガベル侯爵家に集まるのよ」
オークションに参加できるのは基本的に招待された王族か貴族で、あとは外国からやってきた滞在中のゲストを招くくらい。それと特別に許可された同行者程度になるらしい。
ここで言ってるオークションは、美術品や骨董品、あるいは特殊な魔道具を中心とした高価な物品を扱う事を指す。要はそこらで手に入るような品は含んでない。例えば魚や野菜のセリがあったとして、そんなものにまで侯爵家は関与してないってことだ。
それにしても一つの侯爵家が牛耳ってるとはね。
目玉商品を含めたいくつもの珍品がなければ、オークションてイベントの開催自体が成り立たないし、効率的ではあるのかな。
数々の物品はガベル侯爵家に持ち込まれ、あるいは侯爵家が呼びかけることによって集まるらしい。きっと様々な価値の高い物品への深い知識があり、運営能力もあるからこそ任せられてるとは思うけど、それって結局は利権なんだろうね。
ウチのシマを含めたエクセンブラじゃ、盗品の売買は普通に行われてる実態はあっても、とんでもないお宝が出回るわけじゃないから、オークションとは無縁なのかな。
ただ、凄い価値のお宝となると大金が動く。そうすると裏社会の関わりが出てきそうなもんだけど、新生した王都で裏社会の話は聞こえてこない。どうなってんだろうね。まあいいけど。
「あんたも参加するんでしょ? なんか狙ってる物はあんの?」
カタログは結構分厚くて、掲載ナンバーからして三百点以上の物が出品されるらしい。これだけあれば興味を引く物の一つや二つはあるだろう。
「そうね、今回はブレスレットを一つだけ」
たった一つとは金持ちの権力者にしては控えめね。でもその一つが凄い物なんだろう。
「へえ、あんた欲しがるブレスレットか。どれのこと?」
「ふふっ、実はそれ自体に興味はないの」
意地悪そうな笑顔を見てピンとくる。
「もしかして妨害目的? 気に入らない奴が欲しがってるとか?」
「以前、無意味に価格を吊り上げられたことがあってね。ちょっとした意趣返しよ」
オークションには色々な方式があるけど、一番分かり易いのが採用されてるらしい。入札者が次々と高値を付けていって、最終的に一番の高値を付けた者が落札する方式だ。青天井に上がってくから、どうしても欲しい人が複数いれば、本来の価値を超えて価格が吊り上がってしまうことがある。
「ふーん」
この女はフィクサーそのものと言っていいくらいの存在だ。ちょっと前に玉座に着いた王様はまだ年若くてお飾り状態と聞く。王様に次ぐ権力者は王国で唯一の公爵なんだけど、公爵自身はずっと病床にあって、実質的な仕切りはロスメルタが全部やってる。この女こそが、事実上のブレナーク王国の最高権力者であり要だ。
ただ、大きな権力には敵対者が付き物。大袈裟な事件は無くても、小さな嫌がらせややっかみは多いと思える。
政治的な敵対者には容赦ない女だとしても、オークションでの嫌がらせ程度で激怒するほど器の小さい人間じゃないだろう。だけど、どんなに小さい事でもやられたらやり返すのが基本だ。そうじゃないと必ず舐められる。余裕こいて放っておけば、やった奴は調子に乗ってエスカレートしていくもんだ。釘を刺す意味でも、何かしらの報復はしたほうがいい。
どうせやり返すなら、同じ場面でやり返すのはいい考えだ。オークションでやられたんなら、オークションでやり返す。この悪辣な女にしては真っ当な事をするもんだ、と思える。
「……あれ、これって」
珍しい物が多くて興味深いカタログのページをめくってると、不意を衝かれて思わず声が出てしまった。
「気になる物でもあった?」
間違いない。気になるどころか、必ず欲しい。是が非でも欲しい物だ。
「さっきオークションは今夜とか言ってたわね?」
「ええ、そうだけど」
「私も行くから。落札するにはどうしたらいい? 普通に手を上げてもいいの?」
「急に前のめりになったわね……なにが欲しいの?」
カタログを見せながらこれと指したのは指輪だ。
「ただの指輪……ああ、《悪姫》ね。そういえばファンだとか言っていたわね」
「これは逃せないわ」
商品についての説明書きを読むと、どうやら《悪姫》がずっと前にチャリティオークションに出品した物が流れ流れて、ここまできたって代物らしい。
魔導鉱物のカーマイン鉱と高純度ミスリルを使用したメタリックな赤のリングは、《悪姫》自身が経営してるブランドの限定品だ。五年くらい前のブランド立ち上げの際に販売されたレア物で、これを逃せば次の機会が訪れるのはいつになるか。
魔道具としての効力はなにもなく、宝石が付いてるわけでもないシンプルな物だから、定価はたしか二十万ジストくらいだったはずだ。それが《悪姫》の人気と限定ってのが組み合わさって、スタートの価格が八十万からに設定されてる。私にとっちゃ、大した金額じゃない。必ず手に入れる。
これが欲しい理由は限定グッズだからってだけじゃない。そもそもグッズならなんでも買い集める性分じゃないんだけど、これは《悪姫》自身が使ってたシリアルナンバー001の特別品。むしろスタート価格が安すぎる。
ご本人が愛用した逸品だからこそ、より高い価値がある! うん、間違いない。
「ふふっ、いいわよ。代理人には話を通しておくわ」
代理人? なるほど、高貴な身分の本人がオークション会場で手を上げるわけじゃないらしい。そういや代理人を使ってれば、誰が競り落としたのか分からなくすることも可能だろう。
こっちとしては手に入れられるなら何でもいい。ありがたく任せる。
「招待状がなければ会場には入れないのだけど、わたくしの護衛としてなら問題ないわ。見に行くでしょう?」
「もちろんよ」
準備があると言って席を外したロスメルタを見送り、残された私は夕食と食後のデザートまで堪能しながら時を待つ。
唐突な私の参加のために面倒をかけてしまってるんだろう。これは借りにしておく。
「お待たせ、ユカリノーウェ」
現れた公爵夫人はシックな黒のロングドレスに、上品で控えめなアクセサリーを随所に付けた格好だ。アップにした髪型からは大人の色香を醸し出してる。美人だけど只者じゃない大物感はさすがの貫禄だ。
普段も隙のない格好をしてる女だけど、ドレス姿はまた一層印象が変わる。オークションは高貴な人間の集まる場だから、立場に見合った格好が求められる。ロスメルタのこれは派手じゃないけど服も靴もアクセサリーも、大金がかかってるのは当然の上で、金を払っても手には入れられない代物らしいと、さっきメイドが自慢げに話すのを聞いた。
「じゃ、行こうか」
私はいつもの墨色の外套だけど、超高級素材を使った仕立ての良いこれならフォーマルな場でも不足はない。それに胸元のキキョウ紋はともかく、技能徽章を並べたバッジがあると軍服っぽくなるから、普通に護衛役に見えるだろう。ドレスに着替える必要はない。
上品に着飾った公爵夫人と夜なのにサングラス姿の私、それと鎧から白の制服姿に着替えたオーロラトーチ騎士団の護衛も数名伴って、オークション会場に移動した。
オークションか。初めてなだけに、わくわく感が結構ある。楽しみね。
久しぶりに《悪姫》の名前が出ました。ユカリがミーハーな関心を寄せる有名人のお姫様です。いつか本編でも登場させたいものです。
今回もサイトエピソードになっていますが、しばらくはこんな調子で進んで行く予定です。
次回、金が乱れ飛ぶ「わくわくオークション」に続きます!




