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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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馬子にも衣装

 待ちに待った改装が一段落したら、最低限の寝具などを運び入れて慌ただしい一日が終わった。

 久しぶりの個室での就寝も、がらんとした慣れない部屋の中だと妙に落ち着かない。眠れないかと思いきや、疲れが溜まってたのか意外にぐっすりと眠ることができた。

 珍しく寝坊して朝というか昼前に起きて最初に思うのは、がらんとした広い部屋が寂しいってことだった。せっかくの新居だってのにね。


 ふーむ、部屋の奥はプライベートなスペースとして、パーティションで区切ってしまえば少しはマシになるかな。間仕切りがあれば、落ち着く空間の確保ができそうな気がしてきた。ほかにも家具を買い足していけば、徐々に自室らしくなっていくだろう。

 手前は応接スペースにしたいから、インテリアのデザインは一応それらしく見えるように揃えたいところ。丸投げで悪いけど、またジョセフィンに頼んでしまえばいいか。

 先のことを楽しみに思いながら起き上がり、着替えてから顔を洗いに行った。


 まだ何もない二階の事務所に入ってみれば、ヴァレリアがぽつんと立って窓から外を眺めてる。


「一人でなにしてんの?」

「お姉さま! 降りてくるのを待っていました」


 健気な妹分だ。まだ椅子もないから立ってるしかないのか。

 家具や調度品は順次運ばれてくる予定だから、待ってれば近い内にある程度は揃うとしても、椅子くらいは早く持ってきて欲しいものだ。


「起こしてくれれば良かったのに。みんなは?」

「買い物とご飯を食べに行きました。あとはまだ寝ているのもいると思います」


 今日は各自で必要な物を調達するように言ってあるから、自由行動の日みたいなもんだ。

 寝具さえあれば問題ないってのもいるだろうから、寝てても文句はない。私だってかなり寝坊したしね。午後からは注文した商品が届き始めるから、何人かには待機を頼んであるんだけどね。それは寝坊組の中にいるのかな。


「じゃあ私たちも何か食べに行こう。食べたいものある?」

「串焼きが食べたいです」

「それなら広場のほうね、たぶん」


 うん、なんか私も串焼きの腹になってきた。

 食べ終わったら今日は大きめの店を冷やかしながら、自室の調度品なんかを探してみよう。



 昼食の後に店を見て回ってると、ヴァレリアが珍しく積極的に買い漁り始めた。

 やっぱりマイルームができたことが影響してるのだろう。つい先日まで特に欲しい物はないと言ってたはずのヴァレリアが、どんどん買っていく。それはいらないだろってのも買ってるけど口は出さない。楽しそうだからね。


 手で持って帰れる大きさの物は配達にせず、そのまま持って帰る。重くて疲れるのだって、ショッピングの醍醐味だ。

 ヴァレリアが買った小物類と一人用のソファを抱えて、荷物持ちとして一時帰宅すべく我が家へ向かう。


「すみません、お姉さま」


 必要以上に買い込んでしまったことを恥ずかしそうに謝るヴァレリアは珍しくて、いつも以上に可愛らしい。


「こういうのもいいわ、たまにはね」


 結局、私は何も買わず、ヴァレリアの荷物持ちに専念した。

 なんか本当の姉妹みたいで、これはこれでちょっと楽しい。気分転換にもなって、ちょうど良かった。



 大荷物を持って新居までやっとこさ戻ると、何やら作業中のおっちゃんがいた。


「おう、嬢ちゃん」


 看板職人の熊っぽいおっちゃんが、梯子の上から気安い挨拶を寄こした。


「もう取り付けてくれてんの? 早いわね」

「おうよ。それよりどうでい! 立派なもんだろう?」


 ちょうど看板の取り付けが終わったみたいで、誇らしげに仕事の成果を自慢するおっちゃんだ。

 たしかに、いい感じの看板がババンと存在を主張してる。

 表面を焼いたような黒い木材に、銀色の流麗な書体でキキョウ会と書かれ、文字の上部にはキキョウ紋までバッチリと描かれてる。


「……うん、これはいい仕事してくれたわね。特に渋い感じの色がいい味だしてる。気に入ったわ!」

「はい、なかなかの出来映えです。キキョウ会にふさわしいと思います」


 さすがは職人の街だ、いい仕事してくれるじゃない。辛口のヴァレリアもうんうん、と満足気にうなずいてる。


「あのブルーノ組からシマをぶんどって、新しい組を立ち上げるような奴らの看板だからな。気合も入るってもんだぜ!」


 理由はなんであれ、この素晴らしい仕事ぶりに文句があるはずもない。クオリティも早さも大したものだ。

 おっちゃんと話しながら立派な看板を眺めてると、フレデリカが様子を見に玄関から出てきた。


「ユカリ、ヴァレリア、お帰りなさい。看板は取り付け終わったのですね」

「見てのとおりよ。良い仕事してくれたわ」

「そのようですね。ところでその荷物はなんですか?」


 足元に置いてある大量の荷物を見て呆れ顔だ。


「ふふっ、これはヴァレリアの私物よ。これだけ置いたらまた出かけるから、あとよろしくね」

「ヴァレリアの? 珍しいですね。夕飯までには戻りますか?」

「そんなにかからない予定だけど、もし遅くなるようなら先に食べに行って」

「では日暮れまでは待っていますね」

「うん、そんじゃまた後で」


 看板職人のおっちゃんと何やら話し始めたフレデリカは放っておき、ヴァレリアの部屋に荷物を置きに行った。

 今日はこれから外套が出来上がったかどうか様子を見に行くんだ。納期にはまだちょっと早いんだけどね。



 さて、久しぶりの六番通り。前の時と同じように、随分と賑わってる通りだ。活気があって結構結構。

 まだ表面上は違うけど、実際にはキキョウ会のシマだからね。その内に愛着も湧くだろうし、これからが楽しみだ。


「こんにちはー」


 目的地である服飾店ブリオンヴェストを訪れれば、すぐに見覚えのある店員さんが近寄ってきた。


「ようこそいらっしゃいました。店主がお待ちしていたんですよ、奥までいらしてください」


 待ってましたとばかりの店員さんはそう告げると、いそいそと奥に入っていった。やっぱりもう完成してるっぽい。

 先導する店員さんに続いて部屋に入ってみれば、


「待ってたよ! もう、待ちくたびれたよ!」


 熱烈な歓迎だ。入った奥の部屋にはウサ耳の職人、トーリエッタさんが嬉しそうに満面の笑みで出迎えてくれた。これは期待しても良さそうだ。


「約束の日には、まだ余裕があったはずだけどね。もう終わったんだ」

「とっくにできてるよ! さあさ、早く着てみてよ」


 ハンガーにかけられた墨色と月白の外套をそれぞれ渡してくれた。


 袖を通す前に手に取って全体を観察すると、まずはその美しいシルエットに魅了された。

 ファッション用じゃなくて実用品としてのリクエストだから、無駄な装飾は極力排除されてる。それなのに武骨な感じはなくて、スタイリッシュで上品な仕上がりだ。

 背中側には注文通りの、うっすらと浮かび上がるキキョウ紋が目立つ。違和感ない色合いや大きさで、非常にかっこよく思えた。


 内側には様々な装備を仕込めるようなポケットやベルトが付けてある。それから裏地に満遍なく青い糸で施された謎の刺繍。これはなんだろう。

 ともかく袖を通してみよう。問題ないとは思うけど、サイズも確認しておかなきゃね。


「……なるほど。考えたとおり、私の魔力に反応してる。これなら並みの鎧以上に防御力があるわね。それに凄く軽いし動きやすいわ。デザインもサイズも完璧。これ以上は望めない仕上がりよ!」


 見た目だけじゃなく、機能も申し分ない。

 これって普通に売ったら、とんでもない値段になることは間違いない。それくらい凄い一品だ。


「お姉さま、これは本当にもらって良いのですか?」

「当然よ。いらないって言われても困るわ」


 遠慮した物言いでも、随分と気に入った様子なのは分かった。外套を羽織ったヴァレリアは嬉しそうな感情をまったく隠せてない。

 月白のダッフルコートはヴァレリアの魅力を十分以上に引き出して、もはや神々しいくらいだ。なにこの美少女。それでいて並みどころか、上質な鎧以上の防御力があるからね。


「……はあ、モデルが良いとやっぱり違うね。我ながら素材に恥じない良い仕事したもんだわ。どう? 気に入ったでしょ?」


 私たちを褒めつつ、自分の仕事ぶりを誇る職人につける文句など欠片もない。まさしく完璧な仕上がりだ。


「まさかこれほどの物が仕上がるなんて思ってなかったわよ。あんた凄いわね。ところでさ、内側の青い刺繍はなんなの? ただの模様ってわけじゃないみたいだけど」

「お姉さま、こっちのにも中に刺繍があります」


 ヴァレリアのダッフルコートにもあるらしい。


「それは魔石を特殊加工して作った魔導糸で、一部の高級品にしか使われない特製だよ。特定の紋様を描く事で、温度を一定に保ってくれる効果を生み出すのさ」


 へえ、一種の魔道具みたいなものか。


「まったく。あんた、最高よ! これなら夏でも冬でも快適に過ごせるってことでしょ? もう完璧を超越した仕上がりよ」

「へへー。そう言ってもらえると嬉しいよっ」


 もう、抱きしめてキスしてやってもいいくらいだ。いや、しないけど。


「こんな仕事ができる機会なんて、今後あるかどうか分からなかったからね。報酬も破格だったし、やれる事は全部やったつもり。ついでにこれもね」


 そう言って箱から取り出したのはブーツだった。たしか外套ができたら、それに合わせてブーツを買うとは雑談で話した覚えがある。まさかここまでのサービスをしてくれるなんて思わなかった。

 私にはオリーブドラブのミスリルを織り込んだ頑丈なブーツを用意してくれたらしい。ヴァレリアには形こそ私とお揃いだけど、色違いの赤いブーツだ。


「ありがとう、もう何も言うことはないわ。待って。ここまでされたら、あの報酬だけじゃ足りないわね」


 万感の思いを込めて感謝の念を伝える。感謝の気持ちだけじゃ足りないから、追加報酬もあげちゃおう。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、さすがにもらえないよ。報酬前払いでやった仕事だし、その報酬に釣り合う仕事をしたまでの事だからさ。むしろお礼を言いたいのはこっちのほうだよ」


 なんとも謙虚なことだ。だけどそれじゃ私の気が済まない。

 赤のブーツを履いてご満悦のヴァレリアを放っておいて、新たな商談を進めるとしよう。


「それなら新しい依頼はどう? 追加注文を受け付けてくれるなら、報酬ははずむわよ?」

「待ってました! まだまだ金属糸は余ってるからさ。ほかにも作らせてもらえないかなーって思ってたんだよ」


 この人に限って、もうやりたくないなんて言わないと思った。やっぱり意欲は旺盛なようだ。頼もしい。


「良かった。ちょっと量が多くなるけど、大丈夫?」

「多くって、どのくらい?」

「とりあえず、十三着で」

「えっ!? 待って、そんなに……予備にしても多すぎない?」


 あまりの量の多さに驚いたらしい。だけど、今回は私とヴァレリアの分じゃないんだ。


「違うわ。ほかの人の分をお願いしたいの。それが十三人分ってこと」


 いずれは予備も欲しいけどね。違うデザインとか色違いとかさ。


「そういうこと。あーでも残った金属糸じゃ、それだけの人数分は厳しいかな」

「問題ないわ。追加で持ってくるから」


 あっさり言ってのけると、飄々としたトーリエッタさんでも驚いたのか少し固まった。


「……えーと、あんな上物の素材がまだあるわけ? やっぱり、一体何者?」

「上客でしょ? それより、受けてもらえるってことでいいのよね」

「受けるけどさ。あ、それと今回は追加注文があるかなーって思って店のスケジュールは余裕を持たせてあるんだよ。弟子たちが自分にも作らせろって、うるさくてさ。まさか追加がそんなにあるとは思わなかったけど、ある意味ちょうど良かったよ。服飾店ブリオンヴェストの総力を挙げて作らせてもらうよ」

「頼もしいわね。さっそくだけど、採寸には明日連れてきてもいい?」

「あー、たぶん大丈夫だけど、時間だけちょっと確認するよ」


 外套のデザインは各自の希望があるだろうし、明日個別に決めてもらうつもりだ。

 報酬は遠慮するトーリエッタさんに構わず、今回の倍にした。この人の仕事には間違いなく、破格の報酬を支払う価値がある。


 それと次回からはブーツのサービスなんかは辞退しておいた。さすがに全員分を準備するのはしんどいだろうし、それくらいは各自で調達すればいい。キキョウ会はサラちゃんまで含めて、みんな金持ってるからね。


 退店する前に、私は持ってる服が少なすぎるから、ちょっとだけトーリエッタさんに相談してみた。そんでもって彼女に適当に見繕ってもらった、店頭売りの服をどっさりと買って帰る。

 そんでもってだ。私とヴァレリアは、店に入った時とは格好がちと違う。

 受け取ったばかりの外套とブーツを身に着けて帰るんだ。


 拠点に戻る途中では、歩きながら多くの視線が集まるのを感じた。外套のエレガントな美しさに引き出される、私たち自身の溢れ出まくる魅力が原因に違いない。違いないったらない。



 日が暮れる直前に帰り着くと、重厚な扉を開いて中に入った。

 まだ自分の家って感じはしないけど、だんだん慣れていくんだろう。

 事務所には全員がくつろげるほどの大きな応接スペースが出来上がっていて、みんながおしゃべりする姿があった。


「あ、やっと帰ってきた。あれ?」

「おせーぞって、なんだその格好は!?」

「ユカリ殿、その外套は?」

「ヴァレリアまで。何それ、何それ何それ!?」

「めちゃくちゃカッコいいじゃねぇかっ!」

「お姉ちゃんたち、すごいきれー!」

「……欲しい」

「これは見事な外套ですね」


 さっそく食いついて大騒ぎだ。無理もない。このクオリティは半端じゃないからね。

 ふふん、羨ましいだろう。自慢の外套だ。


「落ち着きなさい。これが気になる気持ちはよく分かるわ。実はお試しで作ってもらってたんだけどね。この見事な仕事には私もヴァレリアも驚いたわよ」

「どこで買ったのですか? わたしも欲しいのですけれど」

「あたしも!」


 みんなは我も我もと欲しがる。それはそうだろうとも!


「ふっ、キキョウ会の発足と拠点の改装記念でもあるからね。みんなの分も、もちろん作ってもらうわ。すでに交渉済みで明日は採寸に行くから、そのつもりでね。生地から作ってもらうから、デザインもある程度は考えておきなさいよ」

「うおーーー! さすがユカリだぜっ!」

「わたしにもあんな外套がっ!?」

「やべえ、テンション上がる!」

「嬉しいです!」

「やったー!」

「ありがとうございますっ」


 この外套の真価は見た目だけじゃない。その究極の実用性はまだ内緒でいい。

 仕立て上がってからのお楽しみってやつだ。ふふふ。

今回、次回とまた日常が続きますが、その次あたりから少し暴れます。

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