火事場泥棒と穏やかな帰り道
私の帰りを待ってたみんなは、すでに大体の経緯をヴァレリアから聞いてたらしい。
付け足すようにアンダーボスとのやり取りを話してやると感心した様子だ。
「大した野郎だぜ。だがよ、そんな中途半端で良かったのか?」
「まあ中途半端っちゃ中途半端だけど、あれだけやれば二度とウチとやり合う気にはならないわ。敵対することが自殺行為だって、理解できないほどアホじゃないわよ。今回だって、奴らは別にウチを標的にしてたわけじゃないのは分かってるし。それに、あいつは殺すには惜しい奴よ」
ハルムスタッド・ファミリーはキキョウ会の存在をほぼ認知すらしてない状態だった。ウチとユングベリ・ファミリーの敵対関係も知らなかったんだと考えていい。奴らの立場で考えると災難だったと思う。
「横やりへの報復という意味では十分じゃないですか? あとはハルムスタッド・ファミリーを呼び込んだ裏切り者の権力者をどうするかですね」
そっちには情報局のメンバーが身柄を押さえに行ってたはずだ。この際、ハルムスタッド・ファミリーに引き渡してしまうのがいいと思える。
「裏切り者の始末はハルムスタッド・ファミリーに付けさせようか。奴らの怒りの矛先にはちょうどいいと思うし、ドンディッチの事はドンディッチの奴らで始末をつけるのが、ウチにとっても後腐れがなくていい気がするわね」
「たしかにそうだな。ハルムなんとかはウチに敵対しようってよりは、てめえの都合で動いて偶々ウチと敵対したって感じだもんな。ちょっと仕置きしてやりゃあ、ウチとしてはそれで十分か。裏切者に明日はねえだろうがな」
そういうことだ。本来の獲物だったユングベリ・ファミリーは滅びてるし、獲物を横取りしたハルムスタッド・ファミリーには大ダメージを与えた。キキョウ会の看板に泥は付かないと思う。
「じゃ、土産物だけ回収して帰ろうか」
攻め込んだ余所者の立場としては、早々に引き上げるのがいい。ここで一旦、二手に分かれることにした。
アジトに戻って引き上げの準備をやりつつ、捕らえた裏切者をハルムスタッド・ファミリーに送り届けるよう手配する組。それと燃えたユングベリ・ファミリー本家に行って、金目の物がないか探しに行く組だ。私は火事場泥棒組として現地に向かった。
きちんと道を覚えてる戦闘支援団のメンバーに感心しながら現地に到着すると、そこには大勢の先客がいた。
同じような事を考える火事場泥棒たちと、それを追い払おうとしてるのはホテルにはいなかったハルムスタッド・ファミリーの奴らだろう。揉めてるらしい。そんな様子には構わず、ジープで乗り付けるとさっそくリリアーヌが動く。
「適当に追い払いますね」
なにをするのかと思いきや、いきなり土塊を飛ばす魔法を広範囲にぶっ放した。
武闘派にしては威力を抑えた魔法みたいだけど、当たればそれなりに痛そうだ。これを数秒置きの間隔でバンバン繰り出す。
やられるほうはたまったもんじゃなく、悪態つきながらも逃げていくしかない。おっとり風の武闘派は遠慮容赦なく効率がいい。
「こちとら正当な債権の回収ですよー」
そう称しても問題ない。かかった経費くらいは徴収しないとね。
火事の残骸もまだまだ新しい場所で魔力感知を実行。回収するべきは刀剣のコレクションだったから、無事ならなんとなくでも分かるかもしれない。
するとそれっぽいいくつかの反応と不自然な空間があることに気付く。空間は地下室だろう。火事でダメになったのか、魔道具のトラップや何かの魔法仕掛けのような物の存在は感知できない。
「地下に金庫室があるっぽいわね」
「はい、ただの地下室ではないですね。これなら無事に回収できるかもです」
見た感じ、火事の現場は荒らされ始めたばかりだ。地下まで掘り起こされてはいないから、金庫室は無事と思える。火事になる前かその最中に持ち出されてたら、もうしょうがない。
リリアーヌたちが邪魔な残骸を魔法で吹っ飛ばして整地すると、地下への階段はすぐに見つかった。
念のため風を送って空気を入れ換えてから下に降りると、頑丈そうな焦げた金属扉があった。誰かこじ開けようとしたのか、かなり傷が付いてるし少しだけ歪んでる。
「お姉さま、わたしがやります」
妹分が進み出て歪んだ扉に手を触れる。
どれだけ頑丈な扉でも魔力の通わない物を力任せに壊す必要はなく、即座に塵に変えてしまった。あっけない。
「誰かいます」
肩越しに見ると崩れた扉の向こうには仰向けに倒れてる男がいた。
「死んでるわね」
火事場泥棒に入って閉じ込められたまま酸欠で死んだのかと思いきや、血だまりに倒れてる状況だ。ここでも一応、気分的に換気だけはしておく。
金庫室の中は無事で火の手は及んでない。コレクションの刀剣類もたくさんあって無事だ。これで経費回収に目途が立ってひと安心。
「ユカリノーウェさん。これ、ユングベリ・ファミリーのボスですよ」
「え……あ、本当ね。よく見ると写真で見た顔だ」
「コレクションの回収に走って金庫室に入ったのか、火事と襲撃から逃げてここまできたのか、そんなところですかね。ああ、背中をざっくり斬られてます。死因はこれですね」
「そう。コレクションに囲まれて死ねたなら、こいつも本望よ」
本来の標的のなんとも言えない最後を目の当たりにしてしまった。なんにせよ、ボスの死を完全に確認できたのは良かったと思っておく。
「……とにかく回収、急ぐわよ」
邪魔な死体を外に出して埋め、あとは大量のお宝を粛々と回収する。
刀剣類はコレクターだけあって物凄い数だった。ご丁寧な事に目録まであったんだから、奪うほうとしてはこれほどありがたい事もない。ぱらぱらと眺めてみると、どれもが珍品か名品らしく全てが刀剣類だ。槍とかほかの武器は全然なく、防具やアクセサリー、その他の財宝のようなものまで含めて一切ない。コレクションだけだ。ここは組織としての金庫じゃなく、完全に個人的なコレクション部屋らしい。
「ハルムスタッド・ファミリーが金目の物を奪ってたとすると、地下のコレクションだけ放置ってのは納得いかないわね。まさかコレクションの存在を知らなかったわけはないし。リリアーヌ、どう思う?」
「コレクターとして有名だったらしいので、知らないはずはないでしょうね。放置したというより、あとで回収するつもりだったんじゃないですか? 頑丈な金庫室の扉をこじ開けるなんて、大変な作業になりますから」
「まあ、常識的にはたしかにそうね」
ヴァレリアの崩壊魔法があれば、魔力の通わない物は障壁にならない。どれだけ頑丈にしても無駄だ。得意げな様子の妹分にみんなで感心した視線を送りながら、リリアーヌの指摘に納得した。
ふーむ。そうなると、その他の財宝は逃したってことになる。
ホテルから奪取したお宝はほとんどなかったから、上手く隠したか別のどこかに保管するかしてたらしい。奴らもこれから治療費で大変になるだろうからね、わざわざ戻っても回収できるか不明だし、ここは見逃してやろう。
お宝を丁寧に運び出すとアジトからトラックを回してもらって続々と積み込んでしまう。これが終われば用事は済む。
振り返ってみれば、私たちはいったい何をしにこんな外国くんだりまでやってきたんだろうかと思わないでもない。
第三者の介入や、買収済みと思ってた権力者の裏切りなんかは、想定外というほどの事態じゃない。だけどキキョウ会を標的としない介入については、察知するのが非常に困難なイレギュラーだったと考えるしかない。一つの経験としては貴重だったのかな。
帰路はずっとこっちに居てくれた情報局のメンバーも含めて全員で帰る。
ドンディッチの情勢については今後も気にかける必要はあるけど、そこは現地で雇ったスパイからの報告が定期的に届く手筈になってるらしい。
スパイといってもリスキーな活動はせず、新聞や雑誌を閲覧した情報収集、あるいは様々な噂話をまとめたレポートを送ってもらうといった内容の仕事だ。
キキョウ会の方針として、ドンディッチに勢力を拡大するつもりは少なくとも今のところはない。だから雇った人間から入る情報程度で良しとする判断だ。
西ドンディッチの情報はそうした雇いの人から情報を得て、東ドンディッチの情報は懇意にしてるローズマダー傭兵団から取得する。中央の情報が不足するけど、私たちとは縁がないから労力は割かなくていい。もし大きな動きがあったとしたら西にも東にも伝わって、そこからウチに入ると想定もできる。
私たちにとってこれから最も重要なのは北の隣国じゃなく、東の地域だ。
これからは旧レトナークの情勢に目を光らせる事が一番重要で、すでにそれはスタートしてる。
それに東の地域以外で新たな利権を狙うならドンディッチよりも南の小国家群のほうが与しやすいのは間違いなく、必然的にドンディッチの優先順位は下がる。
港が取れれば陸路で他国を経由せずに色々な国の商会や組織と直で繋がれる可能性が出てくるし、交流の少ない大陸の外との付き合いだって選択肢に入る。夢が広がるわね。
これからの発展は東の地域から、どんどん進んで行く。
上手いこと港の利権を獲得して、その他にも広く構築されるだろう利権構造にも食い込んでいくつもりだ。
とっかかりを掴んで軌道に乗れば、キキョウ会はもっと大きくなって盤石になる。そうなれば他国にも強気に打って出る。
私の個人的な思いとしては、やっぱり大陸最大の国家であるベルリーザに事務所の一つも構えたい。今のところはただの妄想に近いけど、千里の道も一歩からだ。目指して歩けば、いつか必ずたどり着く。
「会長、各車両の出発準備できました。やり残しがなければ、エクセンブラに向かって出発します」
「そんじゃ、帰ろうか」
大型ジープ三台と中型トラック一台、これに加えて情報局のメンバーが使ってた中型ジープ二台が帰路に加わる。さらには裏切り者の有力者が持ってた小型装甲車を奪って、これも一行に加わる。戦利品だ。
ちなみに装甲車の魔力認証キーは突破済み。裏の繋がりで仲良くなった魔道具ギルドから便利ツールを多額の金を払って買ったらしく、戦闘支援団の娘が易々と突破してくれたと聞いてる。
その便利ツールはおいそれと簡単に手に入るもんじゃないけど、金とコネがあれば入手可能な道具だ。戦闘支援団が手に入れたようにね。
懸念点として当然、同じ道具を持った奴にウチの車両が狙われたら防げないって事にもなる、厄介な道具でもあることだ。
車両窃盗ビジネスは今のところ大きな市場にはなってないけど、最近の街を走る車両が飛躍的に増加してる現状を目の当たりにすれば、近い将来は必ず大きなビジネスになると想像できる。
そうした組織犯罪を得意にした連中が現れる前に、ウチを含めた三大ファミリーで早々に市場を牛耳りたいところだ。そうすればウチの車両が被害に遭う可能性が低くなるし、遭っても取り返し易くなる。この観点で行くと、港を押さえることの重要性も増してくる。盗まれた車両の行き先は、国外のほうが足は付きにくいんだからね。
犯罪組織としては、余所にやらせないために自分たちで牛耳っておくことも重要だ。
まあ、ウチが直接動いて盗むとすれば、自分の所のシマでそれをやるわけにはいかないし、クラッド一家やアナスシア・ユニオンのシマでも同様だ。エクセンブラでやるとすれば、敵対的な個人や新興組織から奪うくらいかな。あとは他の街でやるか、街の外から流れてくる盗難車両を買い付けてどこかに流す感じになるのかな。逆に捜して欲しいって依頼を受けて、盗まれた車両を高額で取り戻してやるビジネスも成り立つかもしれない。
ふう、支配領域を広げると色々なメシの種が出てくる代わりに、さらなる組織の増強が必要だと痛感させられる。戻ったら幹部たちにも色々と検討させよう。
こうして初めて訪れたドンディッチを去ると、溶けかかった雪景色を眺めながら帰路に着いた。
帰り道は穏やかなものだった。
見渡す限りの雪原に魔法をぶっ放して破壊痕コンテストを開催したり、実験的に作った薬液を撒いた上で火を放って雪原を燃やしてみたり、面白おかしい冬の終わりを満喫した旅になった。
そろそろ王都に到着するから、エクセンブラまではもう少しだ。
「戻ったらヴァレリアはアシュリーの稽古だっけ?」
「はい、ロベルタとヴィオランテも一緒です。アシュリーは春の闘技会で上位入賞を目指したいと言ってました」
闘技者としてスカウトした気合だけは人並み以上の少女、アシュリーはヴァレリアのお気に入りだ。もう友達の関係になってて、訓練だけじゃなく買い物や食事にもよく一緒に行くらしい。結構なことだ。完全に雪が溶けたら、また忙しくなる。今のうちにできるだけ遊んでおくといい。
「リリアーヌは?」
「わたしはヴェローネの魔法開発に付き合う約束になってますね。研究開発局のメンバーも入って、腰を据えた実験を繰り返す感じでしょうか」
「面白そうなことやってんな。あたしはボニーと飲み歩くか、団員との訓練くらいしか予定がねえな。暇でどうしょうもなくなったら、そっちに入れてもらうか」
「今の時期が一番余裕あるからね。ポーラも好きな事をすればいいわ」
「そういうユカリはなんか予定あんのか?」
うーん、どうしようかな。特別にこれといったものはない。様々な利害関係者からのお誘いはそれこそ山ほどあるけど、それらを相手してたらキリがないし。
「ちょっと誰かと遊ぶ以外は、いつものように訓練と実験くらいかな? ああ、どうせ通り道だし私は王都に寄ってくわ」
「なんだ、だったらあたしも一緒に行くぜ。ちょっと寄りたい酒場があってよ」
「お姉さま」
「ヴァレリアは先に戻ってていいわよ。もし厄介事があってもポーラがいるしね」
「おう、あたしに任しとけ」
夕方になって王都に到着すると、私とポーラは中型ジープを借りて乗り換える。ヴァレリアは私に付いてこようとしてたけど、約束を優先するよう言い聞かせた。私のは単なる思い付きの寄り道だし、予定を引き伸ばしてまで付き合ってもらう必要はない。
ほかにも王都に寄り道する若衆もいたけど、ここまできたら各自で自由行動だ。ちょっとの寄り道くらいで、うるさいことは言わない。
「とりあえずはロスメルタ様の所でいいか?」
運転席に座ったポーラは久しぶりの王都での休暇を満喫するつもりらしい。
「うん、居るか分かんないけど要塞に向かって。面会できるようならポーラも好きにしてていいわよ。あの要塞で護衛もなにもないし」
「それもそうだな。合流はどうする?」
「この時間だと泊る場所が欲しいわね。ロスメルタが居るなら要塞に二部屋借りようか。そうなったら、あんたも寝床を気にせず気の済むまで遊んできたらいいわ。泊まらなくても明日の昼にはそこで合流ってことで」
もし不在なら適当なホテルに向かおうと話しつつ、久しぶりの要塞に立ち寄った。
今日は仕事抜きで友達として会いに行こう。たまにはね。
成功したとは言い難いドンディッチ遠征になりましたが、時にはこういうこともあります。貴重な経験になったことでしょう。
そして寄り道ですが、お気楽な訪問だけで終わるはずはないですね! なんやかんや起こる予定です。
次回、「アポなし要塞訪問」に続きます。