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気合だけの大勝負

 ポーラと第五戦闘団には一階ロビーとエレベーターから降りてくる敵を任せ、私とヴァレリアとリリアーヌ、それと第九戦闘団のメンバーは地味に階段を上がっていく。


 無秩序な破壊を撒き散らす音で敵を誘き寄せ、前を行く戦闘団の娘が血飛沫を上げながら敵の四肢のいずれかを落とし叩き伏せる。

 隠れても無駄だ。魔力感知でただの一人も逃しはしない。誰かしらいるフロアに出るとすぐにメンバーが確認に行き、腕か脚をもらい受ける。

 逃げようとする不届き者には、リリアーヌの魔法が襲いかかって脚を吹っ飛ばす。

 私とヴァレリアには出番が回ってこない。


 大きなホテルの長い長い階段を息も切らさずに上り切り、最上階に控える護衛どももみんなが普通になぎ倒す。

 廊下にいた護衛戦力を相手にするだけじゃなく、思いつくままに壁をぶっ壊して中にいた奴に襲いかかるメンバーもいる。高級ホテルの上等な内装がもうメチャクチャだ。


「ボスっぽい奴はどの辺かな?」

「誰か捕まえて訊き出しますか、お姉さま」

「どの道、全員を攻撃するなら、誰がどうとか関係ないんじゃないですか?」

「言われてみればそうね、別に話し合いが目的じゃないし。じゃあ、リリアーヌたち第九戦闘団はここから手前のフロア全体の処理よろしく」

「奥のフロアはユカリノーウェさんがやります?」

「そっちは私がやるわ。そろそろ暴れないと身体が疼いてしょうがない。ヴァレリアは私の後ろを守りなさい」

「はいっ」


 リリアーヌたちと別れると、ヴァレリアに背後を任せて前だけを見る。

 進む先には大勢の奴らが待ち構え、殺気立った様子で今にも襲いかかってこようとしてる。そうでないとね、やる気があって大変よろしい。


「なんなんだ、こいつら!?」

「てめえら、どこのもんだ!」

「ハルムスタッド・ファミリー舐めてんのか!」


 雑魚どもには、あえて何も答えない。

 正体不明、規格外の強者から受ける理不尽は、とんでもない恐怖となって連中の記憶に深く刻まれるはずだ。

 乱暴な口調で投げかけられた様々な質問を無視して進んでたら、しびれを切らした奴から魔法攻撃をぶっ放された。


「もうやっちまえっ」

「クソガキが、死ねやっ!」

「おいっ!?」


 使われたのは火の下級魔法。まさか屋内で火を使うとは思わなかった。アホな奴だ。

 最終的にはホテルを炎上させてやろうと思ってたけど、今の時点だとまだ早い。避けても盾で防いでも飛び火するから、仕方なく特製グローブで火球を受け止めて握り潰した。


 ノーコン野郎が何発もぶっ放せば処理しきれなくなる。急いで距離を詰めると、格好だけは一丁前に構えた腕をガッチリと捕まえた。

 万力のように締め付ける握力には文句が出る前に顔を青くし、振り解こうとしたのは賢明な判断かもしれない。ただ、捕まったらもう逃げられない。


「ぎっ、ぎぃやああああああああああああっ」


 耳障りな悲鳴は完全に無視。ガッチリ掴んだ腕をぐるんと捩じり折り、腹を蹴っ飛ばしながら掴んだままの腕を引き千切った。

 汚いものをポイと放り捨てると、ここからはガンガン行く。


 次の獲物に走り寄ろうとした時、判断のいい奴がそれよりも先に突っ込んできた。こいつらの先制攻撃の意識だけは褒めてやれるかもね。

 広い廊下で槍を構え、猛烈な踏み込みでもって必殺の一撃を私の胸のあたりに繰り出す。

 裂帛の気合と共に迫る穂先に対しては、手を添えるようにして横に反らし、こっちからも思い切り踏み込んで迫る。ありとあらゆる地力が違うんだ、力の差を思い知れ。


 踏み込みながら繰り出した私の前蹴りが狙うのは、相手の軸足だ。槍を突き出すために強烈に踏みしめた軸足、その膝あたりを狙った重いブーツは砲弾かと思うような速度と威力でぶち当たる。

 結果は歴然だ。

 男の軸足は膝からもげて吹っ飛び、それを不運にも腹で受け止めてしまった別の男が倒れる。


 片脚を失ってもまだ何が起こったか理解不能といった表情の男も倒れ、呆然と私を見上げた。サングラス越しに一瞬だけ見下ろす。

 情けない奴。

 ウチの戦闘団メンバーなら、脚がもげようが致命傷を食らおうが構わずに次の攻撃を必ず放つ。タダでやられてなるものかと、必ず足掻く。

 命を失ったわけでもないに、キツいのを一発食らっただけでもう終わり。この程度だ。弱い上に根性もないんじゃ、私の前に立つ資格はない。


 こいつらにとっては非現実的な戦闘力を目の当たりにし、勇ましくがなり立てる声がピタッと止んだ。

 何者を敵にしてるのか。誰か分からなくたって、これはヤバいとさすがに気づくだろう。こっちを見る奴らからは、焦りと迷いがありありと伝わってくる。


 もちろん、関係ない。奴らがどう思おうがなにを言い出そうが、私たちは報復を実行する。


 下らない命乞いを耳にする前に走る。

 手早くだ、凝ったことはしない。

 敵に走り寄ると腕を掴んで握り締め、肉も骨も潰して引き千切る。もいだ腕で殴り倒す。

 痛みと恐怖を、その身に刻め!


 なに、トドメまで刺しはしない。殺す気でやってる相手に対して、随分と優しい処遇だろう。感謝するがいい。

 殺したわけじゃないから、本当なら背後にも警戒を向け続けないといけないんだけど、そこはヴァレリアのフォローが効いてるから安心して前だけを向ける。頼れる味方がいると仕事がはかどって気分が良い。


 廊下にいた奴らの腕を続々ともいで回ると、次は室内だ。お上品に扉を開いては入らず、壁を破壊して乗り込んでは同じように問答無用に腕をもいでやった。内に燻る暴力衝動の解放だ。

 そうしてると、ひと際大きな部屋に行きあたった。特に構わず同様の事を繰り返えそうとすると、


「待ていっ!」


 気合の入った声に興味を引かれてしまい動きを止める。

 腹を震わすような大音声だいおんじょうだった。声の主に視線を送ると、中年くらいのおっさんだ。あえて残してるのか顔にいくつもの切り傷を持つ厳つい強面こわもては、如何にも裏の業界の人間って感じで、むしろ珍しいくらい。


「俺はハルムスタッド・ファミリーのアンダーボス、ブラトーセル・ハルムスタッドだ。まずは名を名乗れ、女!」


 大股開きでソファーに座ったままの態勢で、ドスの効いた声を出す感じはなかなか様になってる。アンダーボスはトップの一つ下、若頭のポジションだったはず。大物に当たったみたいね。

 さて、名乗られたからには名乗り返そうじゃない。アンダーボスに向き直って金の台座も輝かしいキキョウ紋バッジを誇示し、サングラスを外して睨んでやる。


「……私はキキョウ会の紫乃上・二条大橋」

「キキョウ会……だと? それが何用だ」


 なんか一応、聞いたことくらいはある、みたいな反応ね。

 雑魚の問いなら無視するんだけど、こいつは責任を取れる立場にある大物だ。自分たちがやられる理由くらいは話してやろう。


「何用? ユングベリ・ファミリーはウチの標的だった。こっちは獲物を横取りされたケジメ取りにきただけよ。命まで奪いはしないわ。ただ、痛い目には遭ってもらう」


 言いながら手近な奴の腕を不意に掴むと、嫌な音をさせながら捩じり折った。


「こ、この外道がっ!」


 さすがは若頭のすぐ傍に控える奴らだ。私の蛮行に怯むことなく、何人もが同時に襲いかかってきた。

 いち早くヴァレリアが動いて右手側の敵を倒すと、私は反対側の奴らをまとめて蹴っ飛ばしてなぎ倒す。あっさり撃退したように見えても、これは非常に高度で痛烈な攻撃だ。


 ヴァレリアの超速から繰り出す蹴りとナイフの刺突は、敵が一歩を踏み出す間に五、六人にも立ち上がれないダメージを一方的に与えてる。私の無造作な蹴りも、数人の脚や脇腹の骨をまとめて砕いて無力化する荒業だ。よっぽど実力が離れてたって、ここまではなかなかできるもんじゃない。

 まともな判断力があれば、この一瞬の攻防で自分たちの命運が尽きたと考えるだろう。


「横やり入れた詫びに全員から腕か脚をもらうわ。それで勘弁してやる。どうせ魔法で治せるでしょ? 少しくらい我慢しなさい」


 簡単に言ってやる。実際にはそんな簡単じゃないはずだけどね。

 こいつらが理解したのは、束になっても勝てないことと、容赦されないこと。たった二人の若い女を相手に手も足も出せないんだから、プライドは完膚なきまでに傷けられただろう。


 ドンディッチはエクセンブラとは違って、私たちのような武闘派女集団なんていないはずだ。搾取する対象からやり込められたんじゃ、悔しいどころの話じゃない。メンツの問題から組織の存続が危うくなるほどだ。

 現に怒りに顔を歪めてる奴はたくさんいるし、決死の気合で逆らおうとしてる奴もいるにはいる。それでもこの場を支配してるのは、私とヴァレリアが発したあえて見せつける魔力の奔流だ。どんな馬鹿でも理解できる力を示してやってる。


 暴力によって立つ者同士なんだ、分かり易くていいだろう。

 存分に力の差を感じろ。キキョウ会の存在を刻み付けるがいい。


 宣言どおりに動こうとしたら、アンダーボスが傍らに置いてあった短剣に手を伸ばすのが分かった。破れかぶれになったかと思いきや、なんのつもりか掴んだ短剣を床に叩きつけた。


「俺をやれいっ! 俺のタマでケジメ付けてやる。それで文句ねえだろうが!」

「ブラトーセル!」

「なに言ってんだっ、よせ!」


 側近と思しき奴らが止めようとしてるけど、アンダーボスはどうやら本気らしい。

 意外な申し出には密かに感心する。

 頭が沸騰するほどの怒りがあるのは確実だろう。だけど、こいつは組織存続のために合理的な選択をして見せた。この場では己を犠牲にするのがベターであると判断したわけだ。

 どうせこうなった責任をアンダーボスが被ることになるなら、今日ここで生きながらえても死ぬことに変わりはない。そう考えることもできる。


 ただし、それを即決することは普通はできない。難しい決断をあっさりやれる度胸は認めなければならない。

 自分のことしか頭にない奴だったら、何もできないだろう。私は殺さないと言ったんだから、黙ってやられてればいい。それだけでこの場は生き延びられる。

 だけどその程度の奴じゃ組織の上には立てない。もし立っても隙を見せたら即座に蹴落とされるのが落ちだ。その点、こいつには見どころがある。居るべくして、今の地位にあると思えた。そういう重い決断をあっさりとやってのけた。


 私が見せつける力にも一切怯まず、逆に睨み殺すような視線を向けてくる。

 なかなか気合の入った奴じゃないの。切った張ったの世界で、最初から自分の命を惜しいとは考えてない人間だ。本気で自分を差し出すことによって、私たちを退かせようとしてる。

 敵でも根性の据わった奴は嫌いじゃない。こういうのが上に立つ組織なら、出会い方が違ってればもっとマシな関係になれたかもしれないと思う。


 たった一つの言動でも、胸に響けば対応を変えることはある。

 緊張の満ちる室内を歩き、叩きつけられた短剣を拾った。

 革の鞘に納まったブレードの長さは肘から手首くらい。ナイフというには長い、短い剣だ。抜き放って具合を確かめる。特別な代物じゃないけど、使い込まれた実用品だ。


 剣を抜いた動作には、周囲の奴らが色めき立つ。

 我慢できないとばかりに動いた奴を蹴っ飛ばしたら、すかさず一喝が入った。


「動くんじゃねえ、座ってろ!」


 己を助けようとした気配を封じ込める様も堂に入ったものだ。渋りつつも全員が命令に従って床に腰を下ろした。


「ヴァレリア、リリアーヌとポーラに待機場所まで戻るよう伝えなさい。襲撃は中止。私もすぐに行くわ」

「はい。下で待っています」


 すでにほとんどの奴らに重大なダメージを負わせた後だろう。これから止めるように言ってもあんまり意味はないけど、退かせる姿勢くらいは見せてやんないと、ここで命を張って止めようとしてる奴が報われない。


「話は通じるか。だったら、さっさとやれい!」


 ソファーに座ったまま腕を組んでじっと睨み据える男に迫る。どうしたもんかな。

 こいつを殺すとハルムスタッド・ファミリーはがたがたになって終わるかもしれないけど、そうはならずに立ち直るかもしれない。その時には完全に敵対的な関係だ。


 正面切って戦えば負けないけど、奴らもそのくらいは承知の上で敵対するはずだ。こうなると回りくどい嫌がらせのような攻撃をこの先ずっと受けることになるかもしれない。

 他国の組織を潰しに行くのは根回しが大変になる。とても気軽にやれることじゃない。調査にかかる労力は大きいし、予測不能な事も多いだろう。そんな状況を持ち帰るのは最悪だ。

 この場で事を収めてしまうのがベスト。そうすると、貸しを作った形にするのがいい。


「てめえら、一歩も動くんじゃねえぞ……」


 部下に念を押したアンダーボスの正面に立って短剣を突きつける。

 顔を歪めて不敵に笑った奴の少し開いた口の中に短剣を突っ込んでも、顔色一つ変えやしない。どこまでも肝の据わった奴だ。あと少し押し込めば、喉の奥を突き破って延髄のあたりを破壊できる。すぐに回復魔法を使ってもまず助からずに死ぬだろう。


 死を目前にしても強い視線が恐怖に染まることはなかった。本当に大した奴だと思う。もし同じ状況に陥ったとして、私はこうも泰然としていられるだろうか。

 死ぬ覚悟ができてる奴は強い。一本、ビシッと筋が通ってるもんだ。でもそれができてんのは、どうやらこの男だけだ。ハルムスタッド・ファミリー全体がそうした組織だったなら、ウチの対応も少しは違ったのかもね。


 さて、とにかくこいつの覚悟は本物だった。こっちの打算もある。

 いい感じに終わらせよう。


 口に突っ込んだ短剣に力を込めると、奥に突くんじゃなく横に振り抜いた。

 多量の流血を強いながら頬を切り裂く。

 この間、アンダーボスの視線は動かなかった。悲鳴などもちろん上げず、唸り声を少し出しただけだ。

 まったく、胆力だけなら私でも負けるかもね。

 短剣を捨ててサングラスをかけると、特に何も言わずに背を向けて部屋を出て行く。


「ブラトーセル!」


 アンダーボスをはじめ、負傷者への手当てが最優先だ。さすがに立ち去ろうとする私に手を出すアホはいないようね。せっかく帰ってやろうってんだ、手を出せばアンダーボスの覚悟が台無しになる。


 しっかし、いい覚悟を見せてもらった。ちょっとだけ気分が良い。

 血塗れの廊下を歩いてエレベーターに乗ると普通に下まで降りる。そうして手足の転がるロビーも通過すると駐車場に戻った。

劇中でも触れていますが、ハルムスタッド・ファミリーから受けた被害の程度を考慮して、このような決着で済ませています。

取り戻しの付かない結果を伴った攻撃は行わず、因果のバランスのいい報復を実行したと主人公は思っていることでしょう。

次回でドンディッチ編は終わりますが、今回の話を補完する内容にもなっているかもしれないです。

そして、ちょっとだけ寄り道して帰ります! ちょっとで済むはずです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] キキョウ会無双!!いいねー!! もうなんつーか戦闘力の差が人間同士じゃなくなってるwww 海中で鮫の集団に群がられたと言うか 魚の生け簀に餌を投げ込んだと言うかwww >ウチの戦闘団メン…
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