新本部で新制度
私が教官としてやった冬季集中特別訓練を終えたメンバーは、漏れなく全員が闘身転化魔法を会得することができた。
これに関してはずっと前から予備訓練をさせてたこともあって、それが功を奏した形だ。準備万端で想定通りの結果、気分は上々。
簡単には会得できない魔法技術だからこそ、私たちキキョウ会はもはや右に出る者のない圧倒的な戦力を得たんだと自負していい。
今まででさえ少数という弱点を覆すほどの戦力があったのに、より突き抜けた武闘派組織になったのは間違いない。
そして他多数のメンバーたちも、厳しい冬季集中訓練を無事にやり遂げて、どこか引き締まった空気がキキョウ会新本部には満ちてるように感じられる。
冬の闘技会も成功に終わり、最後のほうには色々な会合にも引っ張り出され、この辺りからは通常営業に戻りつつある。
まだ完全な雪解けには当分かかるから、それまでは少し暇になるかもしれない。
そんな隙間を無駄にすることなく、必要な事をさっさとやってしまうことにした。
ちょっと前から考えてたことだけど、我がキキョウ会は少数精鋭を脱し、人数の上でもそこそこ大きい組織になりつつある。
それというのも以前に組織再編をやった時と比べて、人数が倍以上にも増えてる事実がある。他の超大手組織に比べたらまだ全然少ないけど、比較じゃなく絶対数で考えれば人数自体は結構なもんだ。
大陸西部への遠征、南部の小国家群やドンディッチとの取引、シマの急速な拡大、ホテル事業や闘技場の運営など、取り巻く状況は常に忙しさを増大させ、同時に新規加入メンバーを増やし続けてる。
良い事づくめのように思えても、色々と不都合が生じてるんだ。それを少しでも解消できる策を盛り込みたい。これが狙いだ。
前回の組織再編時には、戦闘班や事務班といった括りから団や局に名称変更して、各セクションのトップとその下の副団長や副局長、ここまでを幹部として明確に定義づけた経緯があった。さらには幹部補佐のポストも用意したりね。
必要に応じて新たなセクションを作り、より強い権限を持たせて、未来にまで対応できる新たな組織の基礎を作れたと思ってる。
今回は基本的な組織構造を変えるんじゃなく、ちょっとした改造と新制度を設けるのが目的だ。
実は人が増えるのは喜ばしい一方で、問題も同時に増えてるからこその思惑となる。
ウチの正規メンバーになった以上は私の仲間だ。赤の他人とは違うんだから名前と顔くらいは覚えるつもりなんだけど、千人近くになってしまうとそれもかなり苦しくなってくる。
名前と顔だけじゃなく所属やどういった技能を持ってるかまで含めると、覚えとくのはもう無理だと思ってしまう。メンバーは常に増えるし、個々の情報の更新もしないといけないからね。ちょっとかかる労力が大きすぎる。
そこで一計を案じたわけだ。
単純にパッと見て分かるようにしてしまえばいいんじゃないかってこと。
さすがに名札を付けるのはカッコ悪いけど、それに類似したものならカッコよくできなくはない。つまりは部隊章とか徽章のような感じで!
人数増に伴って一人ひとりを覚えるのが難しくなるなら、所属や能力を表示させてしまえばいい。そうすれば私だけじゃなく、メンバー間でも分かり易くていいはずだってことで、幹部会でも意見を募集することにした。
寒さ厳しいある日の幹部会で、さっそく提案がなされた。
新本部で心機一転、我がキキョウ会としても新制度を取り入れて気持ちも新たにスタートしたい。
まだ新しい建物の匂いが残る会議室で、事前に相談してあったジークルーネから話してもらった。
「――以上がユカリ殿から聞いている提案だ。わたしとしては騎士団を参考にする形で良いと思うが、皆はどう思う?」
広く新しい会議室では、居並ぶ幹部の全員が円形の会議卓に着いてる。補佐はその後ろの椅子に座って控える感じだけど、人数が多いからなかなか壮観だ。
問いかけに対し、率先して食いついたのは教導局長のフウラヴェネタだった。スッと上がった手にジークルーネが指名する。
「騎士団を参考にされるのであれば、階級と言いますか役職も明示していただけないでしょうか? 見習いからの質問が絶えませんので、職種徽章のような物と同時に階級章のようなものも欲しいと思っていました」
「新入りには誰が団長やら局長やら分からねえだろうしな、そりゃいちいち聞かれるか」
グラデーナの相槌に続いて、みんなも同様の反応を示した。
人数が少なかった頃なら、誰がどうとか覚えやすかったと思うけど、今は各セクションの幹部と補佐を並べるだけでも結構な人数だ。フウラヴェネタだけじゃなく、ほかのみんなもこうした必要性は感じてたらしい。
でもウチには軍隊のような細かい階級の規定なんてない。私が想定してたのは所属するセクションが分かる物や技能徽章だったから、そこも考えないといけないか。
続けてボニーが胸元を気にしながら発言する。
「あたしも分かり易くていいんじゃねえかと思うが、あんまりジャラジャラ付けるのもな。付け替えも面倒じゃねえか?」
「胸元のキキョウ紋バッジに加えて、階級章に職種徽章、技能に応じた徽章までとなると、たしかに多くなってしまいますね」
「全部を胸につけるならそうだが、襟章や袖章、もしくは腕にワッペンのような形で取り付ける方法もある。やり方は色々と検討できるだろう」
「わたしはカッコ良くていいと思います」
「情報局としては賛成ですね。分かり易くなることは単純に良いことですよ。偽造の難しい徽章にすれば、部外者が紛れ混んでも見分けやすいですし」
次々と意見が飛び出すと、賛成反対よりもどうすれば上手いこと外套に付けられるかといった話に移行して話が進んでいった。
「――では階級章については、キキョウ紋を改造する形が良さそうだな。ユカリ殿、わたしもこれでいいと思うがどうだろう」
「うん、それで決まりね。バッジは予想してたサンプルが少しあるから、試しに何人か付けてみなさい。後日、予備も含めて全員に配布するわ」
階級章については、各セクションのトップとその下、そして幹部補佐の分は、キキョウ紋の台座に色を付ける形にした。
会長と副長、副長代行、本部長、副本部長、各局長、各団長、顧問は台座の色を金とする。
各副局長、副団長の台座の色は銀とする。
幹部補佐の台座の色は銅とする。
キキョウ紋の台座の色が金と銀だったら幹部だ。銅は幹部補佐。これで役職の階級を示す。金は高級幹部となるわけだ。
さっそく金、銀、銅の台座になってるバッジを数人に渡して付けさせてみた。
「……不思議なもんだな。なんか偉くなったような気がしちまう」
「ちょっと特別感ありますね」
「いや、実際テンション上がりますよこれ」
「わたしは急に重い責任感が……」
組織において指揮命令系統や上下関係は必要だ。私たちは別に軍隊じゃないけど、暴力組織だけに上下関係の意識は割と強いメンバーが多いのも事実と思う。こうしたちょっとした物で特別感やら責任感やらを感じてもらえるなら、それだけでもプラス面の効力がある。
感想でざわつく会議室がある程度落ち着くと、ジークルーネが再び口を開く。
「階級章はこれで決まりだ。部隊章というよりは我々の場合は職種徽章になるのだと思うが、そちらのほうも先ほど決めたように上腕部にワッペンを縫い付ける形で表示する。デザインについては、各セクションに一任するので皆で相談し、遅くとも七日以内に案を提出するように。分かっていると思うが、所属部署を表すのだからそれと分かり易い意匠にしてくれ」
「これも悩むがブリオンヴェストのデザイナーに案を作ってもらえば、それでなんとかなるか?」
「下手に素人が考えるより、素直に頼んだほうがいい気はしますね」
職種徽章ならぬワッペン? これについては実際身に着ける当人たちで決めたらいいと思う。ジークルーネが言ったように分かり易いのは必要だけど、嫌だと思いながら付けられてもね。
私の場合は所属してるセクションってのはないけど、副長や副長代行とお揃いにするつもりだから、なんか考えとこう。
デザインが被ってもいけないから、一度は全部のデザイン案を見てから作り始める感じだ。
階級章が片付き、職種徽章も方向性が決まったところで、一番難しい技能徽章についてだ。
「あとは技能徽章ね。私はそう呼ぶことにしてるけど、これについてまず私から案を出すわ。いい? 技能に応じた徽章は色々と準備したい意向はあるけど、最初にボニーが言ったようにジャラジャラとたくさんバッジをつけるのは微妙よね。そこで簡略化した物をまとめて表示できる形にするわ」
説明が楽になるよう、現物をポケットから取り出して説明する。これは想定済みだ。
徽章というか略章というか、それを表示させるのは細長い棒状のバッジにしようと思う。
よく軍人が軍服の胸に勲章や記章の受章歴を示すリボンをたくさんつけてるのを見るけど、それに近い形だ。あれは縫い付けたりピンズだったりとパターンがいくつかあるけど、なかにはリボンラックなんていう棒状の金具を使ってる場合があるらしい。私がサンプルで作ったのは、それを参考にした物だ。
ウチの場合はリボンじゃなくて薄い金属のパネルを徽章として、バッジ状のラックに何種類も貼り付けられる感じにするんだ。そのラック自体を取り外して付け替えられるようにすれば、いくつもの徽章があっても付け替えは一個に集約できる。
さらには予備も含めて一人につき、三つか四つずつも支給してしまえば、付け替えもそう頻繁には起こらなくできると思う。
現物を示しながらざっと説明すると、みんなも理解してくれた。
「わたしは非常に良いと思う。そのラックをキキョウ紋バッジの下に付ける形であれば、階級と同時に技能も分かるわけだ」
「徽章の種類はどうするのですか? 技能に応じてとおっしゃっていましたが」
「叩き台としての案は私が出すから、みんなで議論して決めようか」
技能徽章は色々とあったほうがいいと思ってる。
それを得ることが誇りに繋がるような、メンバーの意欲を向上させる狙いもある。
大雑把には戦闘系と事務系を用意し、あんまり複雑怪奇にならないのがいいかな。
これはキキョウ会内部での資格制度の意味をも持つ。ハイレベルな技能を認められないと得ることのできない徽章なんだから、報酬にも多少の影響は出るだろう。こうした取り組みは、拡大する組織において必要だと私は思う。
審査は厳しくして、なかなか得られないくらいがちょうどいいかもね。
そうした意義や実際の案を提示すると、好き勝手な意見が飛び出しまくって収集がつかなくなりつつも、白熱した議論が巻き起こった。
結局のところ、この場でまとまることはなく、各自で考えて次回の幹部会で決定することとした。
「技能徽章については持ち越しとするが、ほかに意見はあるか? この際、先ほどまでの新制度に加えて盛り込みたい案や変更したいことなどあれば、遠慮なく意見してくれ」
「あたしからいいか?」
「なんでも言ってくれ、アンジェリーナ」
個別に求められない限りはあんまり発言しないアンジェリーナが率先して言うとは珍しい。
「これからさらに人数が増えることを見越してなんだが、副団長をもう一人新たに据えたいと思っている。幹部が増える事になるが、どうだ?」
「わたしは賛成です。人数が増えるに応じて仕事も増えていますから、代理を任せる場面も増えてきています。副団長一人と補佐二人では、これから先も考えますと肩書を持っている人の手が足りなくなる気はしていました」
「そいつは言えてる。新制度を作るなら、この機にやってもいいんじゃねえか?」
「出世の枠作りとしても良いんじゃないかと思いますね。上を目指したいと思ってるメンバーにはいい刺激になるんじゃないかと」
「事務局も同じです。実務面でも局員の意欲の面でも、そうなると嬉しいですね」
「副団長や副局長の立場としてはどうだ。意見してくれ」
団長や局長の肯定的な意見を受けると、同格が生まれようとしてる立場のメンバーにジークルーネが問う。
「正直、あたしはありがたいですっ」
「現状は補佐も含めて三人で代理を務めているようなものですが、これでも足りないのは本音ですね」
「わたしとしては副局長の一人増と同時に、どうせなら補佐も一人増やして欲しいです。先を考えれば、ですけど」
みんな理解してる。キキョウ会はまだまだ大きい組織になる。
以前に比べて倍以上の人数になったのが現状だけど、これからさらに倍以上にまで増えていく。
エクセンブラでの仕事に加えて、これからは旧レトナークやそれ以外の外国にまで勢力を伸ばしていくことは、この幹部会にいるメンバーはなんとなくでも分かってるんだ。
「フレデリカ、予算は問題ないわね?」
「ええ、まったく問題ありません。出世させるなら報酬も増となりますが、その程度は無視できる財務状況です」
「だったら意見にもあったように、幹部と補佐の枠はここで増やすことに決定するわ。誰を昇進させるかは、各セクションの幹部と補佐で検討すること。人数の少ないセクションについては無理に増やさなくていいから。必要になったら、その時に相談ね」
さくっと決めてしまう。この幹部会こそが、キキョウ会としての意思決定の場だ。
単純明快で必要な事をぐだぐだと先延ばしにすることはない。
「決まりだ。近日中に決定し、本部長に提出するように。ほかには?」
今度はゼノビアが手を上げた。
「実は少し気になっていたんだけど、副局長や副団長といった呼び名についてでね。警備局内では略称として、『副長』と呼ぶのが少なからずいるんだよ」
「ああ、そいつは分かるぜ。あたしのとこにもいるし、あたしもついそう言っちまいそうになるな」
ゼノビアに続いてボニーが言い、その他のメンバーたちも分かるわーといった感じになった。
副長と言えばジークルーネのことだけど、各セクションの副団長、副局長の呼称はまあ言いにくいっちゃ言いにくい。副長と略したくなる気持ちは分からなくないわね。
「キキョウ会の副長はジークルーネ副長、ただ一人だからね。あたしとしては、どうせ制度を変えるならこの呼び名についても、代替案がないかなと思ったわけだ」
「そいつは同感だが、代わりの呼び名って言ってもな。なんかあるか?」
あーでもないこーでもないと、しばしざわつく。
私としても代わりになるのがあればいいと思うけど、ちょっと思いつかない。
「あっ、お姉さま。わたしが読んだ本を参考にした呼び名ならあります」
「そうなの?」
「少し前に読んでいた空想戦記物に登場する傭兵団で、その傭兵団はいくつかの班に分かれているんです。そこの班長が組長と呼ばれていて、副班長は伍長と呼ばれていました。これはどうですか?」
おお、そうきたか。
私が知ってる激動の時代に活躍した人斬り集団も、役職名は組長と伍長だった記憶がある。いいかもね。
「なるほど、私はいいと思うわ。みんなは?」
「副局長と副団長の意向を重視しようか。お前たちはどう思う?」
「あたしもその小説読んでます。いいと思います!」
「伍長ですか、響きもいいですね」
特に不満はないらしい。
みんなで頷くと、ジークルーネがまとめる。
「ではこれも決まりだ。各セクションの副団長、副局長はこれより伍長と呼称する。広報局から内外に告示するように」
「はい、承知しました」
こんなところで今日の幹部会はお開きになった。
決まったのは呼称変更と各セクションでその伍長の一名増と補佐の枠を一つ追加。
これによって人数の少ない一部セクションを除いた、各セクションのトップの下に伍長が二名、補佐が三名の体制に拡大する。
そして階級章は胸に付ける紫水晶のキキョウ紋、この台座の色を金、銀、銅として役職を一目で分かるようにした。
職種徽章は腕に付けるワッペンとして、デザインはこれから考える。
技能徽章は種類やデザイン、獲得方法などはこれから詰める。
こんなところかな。
次回で色々細かいことが決定します。細かいです!




