追い込み訓練と教官の苦労
なんで力を求めるか?
私たちは強い。武力だけなら相当なものだ。我がキキョウ会を武力で倒そうと思うなら、大袈裟なほどの人数と装備が要るだろう。
いや、それだけじゃまだ足りない。
揃えた人員は全てが極めて高い錬度と規律を誇り、高価で最新の装備や魔道具で固めないといけない。妥協があったらダメだ。
それくらいやって初めて勝つ可能性が少し生まれる。私たちは今の時点でもそのくらい強い。
だけど私は、私たちキキョウ会はさらに求める。
もちろん無暗に求めるわけじゃない。確固たる信念が存在するから、そうしてるだけの話だ。
常識的、基本的、まずもって大前提として、女とは弱者に定義される。
そんでもって弱者ってのは搾取される対象だ。
どんな綺麗事を抜かしたところで、世界はそういう風になってる。厳然とした事実がそこにある。
しかも、この世界じゃ綺麗事を抜かす奴すらほとんどいない。
堂々とそれが当然かのように搾取がまかり通ってる。
権力、財力、暴力。これらを握ってる奴らが強いんだ。支配する側が独占する力。搾取される対象が成り上がるなんてのは、並大抵じゃない。
だけど力の論理が支配する、非常に分かり易い世の中だと考えることも可能だ。
弱肉強食、結構な事じゃないの。うん、私は肯定する。
特に暴力ってのは最高だ。
数ある『力』の中でも暴力ってのは財力や権力と違って、取り上げることが難しくて鍛えれば誰でも行使できる力だ。
振るった結果も明々白々。すぐに結果が出るし、こんなに分かり易い力もない。
財を成し、一定の権力を獲得した後でも、それらを支えるのは結局は暴力でもある。これはやっぱり強い力だ。
キキョウ会が築き上げた数々のモノを保証するのは、当然ながら暴力ってことになる。これがあるから、私たちはエクセンブラでデカい顔ができる。
その力を求め、さらに強化することに何ら不思議な要素はなく、極めて当たり前の行動指針だ。
暴力とは私たちにとって、最も重要で妥協の許されない要素なんだと断言できる。
どんな理不尽をも持ねじ伏せられる暴力こそが、私たちキキョウ会の存在証明。ウチの誰もがそれを理解してる。
停滞は緩慢な滅びの始まりだ。強さに上限はないからこそ、私たちは求め続けることができる。これは幸せなことだと思う。
日が落ちて夜になったばかりでも、そろそろ目覚めの時間だ。
目的の魔獣の位置と移動時間を考えてから、眠ったみんなを叩き起こす。
深く眠ったみんなはちょっと声をかけた程度じゃ目を覚ましそうにないけど、起こす方法は簡単だ。
【紅蓮の武威!!】
強烈な魔力と殺気を叩きつけてやれば、どんなに眠くても嫌でもすぐに飛び起きる。
鍛えられてるみんなは即座に起きて、少々寝ぼけた顔をしながらも集合した。
「……眠いです」
欲求を素直に声に出す妹分のちょっと乱れた髪を撫でながら、無慈悲に告げる。
「訓練の時間よ。二十分後に出発するから急ぎなさい」
顔を洗って着替える程度の時間は十分にある。
この間だけは、私も眠って少しだけでも力を回復させた。
きっかり二十分後、集合したみんなを前にジークルーネが代表して言う。
「ユカリ殿、ここからはなにをする?」
「魔獣と戦ってもらうわ。なかなかハードな相手よ」
「魔獣?」
ここにいるみんなは常識を超越しつつある強者だ。冥界の森のような特別な場所ならともかく、そこらにいる魔獣なんて敵じゃない。
ロマリエル山脈も特殊な場所で強力な魔獣は多いけど、麓の近くだと強力な魔獣がいるとは言えない。
つまりはロマリエル山脈に登って奥深くに行くのかと、嫌な想像を膨らませたのもいるみたいだ。
「山に向かって少しは登るけど、そこまで遠くはないわ。三時間くらいの移動ね。ま、行けば分かるわよ」
それだけ言うと外に出て、闇の雪の中を走る。
魔力感知で魔獣の位置を捕捉しながら移動を続けると、ちょうどいい位置に陣取ってしばらく待機だ。
この間にちょっとした趣向を用意する。
「ユカリさん?」
雪の下から石の柱を盛り上げて建てる。
結構な間隔を空けて五つの柱を作ると、目的を言い渡す。
「もうしばらくしたら魔獣がくるから、その柱を守りなさい。一人一本ずつ、絶対に守り切るように。いいわね?」
厳しい口調で念を押すと、訳が分からないなりに頷く。
それぞれが柱の前に陣取って待つと、やがて遥か遠くから微かな地鳴りのような音が聞こえてきた。
ここに至って、なんの魔獣がやってくるのかアンジェリーナは気づいたようだ。
「……まさか、カプロスか!?」
「カプロス?」
「凄まじく多量の群れでなにもかもを踏み潰す災害のような魔獣だ。群れが途切れるまでは、数時間以上の長丁場になるぞ……」
そうだ。バッファローか牛のような感じの魔獣で、個々は特別に強いわけじゃない。ただし、うんざりするほどの大群で、ひたすら愚直に突進するだけの災害のような魔獣。ロマリエル山脈のここら辺は奴らの巡回コースに入ってるんだと思う。この事実だけでも人が住めるような領域じゃないことがよく分かる。
前に女子再教育収容所が襲われたのは、なんらかのイレギュラーがあって巡回コースから逸れたのかな。過ぎたこととはいえ、あれはいまだに疑問に思う。
とにかく、アンジェリーナが言うように長時間に及ぶ魔獣の襲来から柱を守り切るには、相当な体力と集中を必要とする。
すでに疲れてる状況でこのオーダーを完遂しようとするなら、確実に極限まで追い込めると思う。良い訓練になるわね。
緊張を高める五人が手早く話し合うのを眺めながら、私は後方で無色透明の三角錐を成す対物理シールドを展開して見守る。あとは頑張れって感じだ。
「魔力感知で捉えたわよ! 前方一キロ付近。照明弾、打ち上げるわ」
ヴェローネがいち早く察知し、光魔法を打ち上げた。
すると、闇の中に舞い上がった雪煙が浮かび上がる。
「さっきも言ったように、柱を守り切りなさい。カプロスの群れが途切れるまで何時間かかるか分かんないけど、必ずやり遂げること! 失敗したらもう一回やらせるわよ!」
それだけ言い放つと、あとはお任せ。アドバイスもなしだ。
雪の中を猛然と駆ける群れとは間もなく接触する。
みんなも離れた位置に作った柱の前に陣取って、前方に注意を向けて集中し始めた。
さて、すでに昼夜を問わない三日の雪中マラソンをやって疲れてる状態だ。三時間近くは眠らせたけど、疲労はそれほど抜けてないはずだ。
カプロスの群れの圧力は凄まじく、限界が訪れるのはそう遠い事じゃないと思ってる。その限界を迎えてからが本番だ。
誰が最初にあの魔法を発現できるか、楽しみよね。
ド迫力の魔獣の群れとの接触は静かに進行した。
疲れてるみんなは最初から省エネで戦いを開始してる。無駄口を叩かず、背後に置いた柱を守るために正面からくる魔獣だけを排除する戦い方だ。
殴り倒すか切り伏せるかしたカプロスは障壁にならない。それを踏み越えるようにして次々と際限なく襲いかかる。
みんなの戦闘能力が高すぎて敵にはなってないけど、楽なのは最初だけだ。
十分、二十分、三十分……柱に当たるコースを進む魔獣を倒すだけでも、かなりの頭数になる。
暗い雪の中でカプロスの死体が積み上がり、それを踏み越えるか吹っ飛ばしながら猛然と迫る魔獣をひたすら倒し続けるのは、間違いなく苦行だ。簡単に倒せる戦闘能力があったって、それは変わらない。
常に背後の柱の位置を意識し、怒涛の勢いで迫りくる魔獣やそれに吹っ飛ばされてくる死体への対処で、常に身体を動かし武器を振るい続ける。
いつ終わるとも知れない繰り返しは時間の感覚を狂わせ、精神的な負担を想像よりもずっと多く与える。
私には分かる。刻一刻と、みんなの精神が削られ、限界へと近づいていってることが。
闘身転化魔法のキモは本能の制御にあると考える。
ハイレベルな魔力感知と魔力操作の技術は必須として、絶対に精神力が大事になってくるんだ。
自分の限界を見極め、そこを魔法と意志の力で超える技術。通常は本能でブレーキがかかってしまうそこを、完全なコントロール下に置かなくちゃならない。簡単に言ってしまえば、それさえできれば発動可能なんだ。
そんでもって、慣れていけば限界そのものを徐々に引き上げてもいける。この領域に至りさえすれば、闘身転化魔法のレベルも上げていける。
最初の切っ掛けとしては、限界まで追い詰められてもまだ危機が去らない状況を用意してやる。そこで初めて限界を強く意識し、そこを超える必要性を心底から痛感させる。嫌でもやらざるを得ない状況に追い込む。
これまで鍛えに鍛えた魔力感知と魔力操作が、その限界を見極め打ち破り、新たなステージに至ることが可能になる。ここにいるみんなになら、それができるはずだ。
「限界を感じ取って、そのベールを少しずつ剥がしていけば……もっともっと力を引き出せるのよ」
疲れただろう、キツイだろう。そこからが本番だ。
集中力が切れてもおかしくないくらい疲労してるはずだけど、みんなはむしろ集中を深めてるように見受ける。
魔力感知で自分の奥底までを探り露にし、魔力操作で限界を掘り下げる。集中は周囲じゃなく、自分自身の中に向ける必要がある。
まさにそれを実践中なんだと思う。良い傾向だ。
でも、まだまだこれから!
――更に時間は経過する。
深まる集中は一つ一つの行動から、徹底的に余分なものを削ぎ落していく。
柱を守るみんなに回避はできない。
最小限の力、最小限の動き、無駄を排しないと体力も魔力も持たない。絞って絞って節約して、その上で足りないなら、限界を破るしかなくなる。限界のその先の力は、ここにいるみんなにはすでに備わってる。徐々に近づいて行ってるのは間違いない。
その状況になって追い込まれつつあるみんなを更なる脅威が襲う。これも期待通りだ。
カプロスを殺しまくった影響で、ここら辺は一帯がもう血の臭いにまみれてる。
血の臭いに誘われて、新たな魔獣どもがやってくる!
大きな猿型、狼型など、見覚えのある魔獣がどんどこやってくる。
戦闘に没頭した一種のトランス状態になったみんなは、戦闘マシーンのように身体を動かす。油断はなく、新手の魔獣の接近も早々に察知してる。
でもこうなると前方から突進するカプロスへの対処だけじゃダメだ。血の臭いに誘われた魔獣は秩序なくやってくるから、柱を守る難易度が格段に跳ね上がる。
普通なら詰んだと考える状況だ。柱は守り切れず、体力も魔力も尽き、もう退避するしかないってね。
だけど、この場にいるみんなはそんな軟な鍛え方をしてないんだ。逃げることなんて、ハナから選択肢にない。切り抜ける方法を考え、もう残された手がほとんどないと、そう結論付け追い込まれたはずだ。でも諦めたりしない。
さあ、そろそろ目覚めの時間よ。
戦闘開始から何時間が過ぎ去ったのか、このピンチに至って一人の魔力が急に増大した。
みんな自分のことに必死だ。これに気付いてるのは本人と私だけだろう。
「さすが技巧派。一番手はヴェローネか」
どこから湧いて出たって感じの力が宿り、ヴェローネは疲労を忘れたように歓喜を持ってその力を振るう。
闘身転化魔法は最初の切っ掛けを掴むのが大変だけど、発動したあとでも並大抵の魔力操作技術じゃ維持ができない。どうやらその点も含めて問題なくやれてるみたいね。
一度やってしまえば二度目は簡単だ。あのまましばらく戦ってれば、完全にものにできるだろう。
そこから少し時間を置いて、ヴァレリア、メアリー、ジークルーネ、アンジェリーナと順に力を発現していった。
期待通りだけど、下地はもう十分以上にできてる状態だったんだ。当然の結果と言っていい。
慣らし運転の意味でも魔獣がいなくなるまではそのまま見守り、力尽きる前に魔獣の脅威は去った。
まだ日の上らない闇夜の中、みんなは疲労困憊で倒れ込んでる。
疲れてても、きっと清々しい気持ちだろう。そんな充実感に浸る時間を邪魔したくはないんだけど、私は鬼教官として告げる。
「良くやったわ。だけどいつまでもこんな死体だらけの中じゃ、休めたもんじゃないからね。ここから追加訓練よ! 闘身転化魔法を発動した状態で、全力で収容所まで駆け足! 遅れたらもう一回カプロスの群れに突っ込ませるわよ!」
無慈悲に告げるとジークルーネまで慌てた様子で起き上がり、まだぎこちない感じで闘身転化魔法を発動させた。
いいわね。まだまだ全然スムーズじゃないけど、二度目の発動も上手く行ってる。
【紅蓮の武威!!】
五人の様子を見てから一層華麗な私の闘身転化魔法を見せつけるように発動し、走り出した。
発動キーワードの設定やイメージの補強の意義はみんなも理解してると思うけど、戻ってから改めて説明してあげよう。
収容所に戻ってから丸一日近く休息に当てると、もう帰る時間だ。
ジークルーネたちはこれで訓練は終わりだけど、私は教官としてまだ他のメンバーたちにも同じことをやらせないといけない。実は私が一番しんどいんじゃなかろうか。まあいいんだけど。
冬季集中特別訓練に妥協はなく、帰り道は会得した魔法を発動しながらの駆け足でエクセンブラまで戻る。この道中だけでも、だいぶ魔法に慣れたはずだ。
「よっしゃ、次はあたしらだぜ! 負けてらんねえな!」
「まったくだ。頼むぜ、ユカリ!」
「訓練内容が秘密っていうのは、ちょっと怖いですけどね」
そんでもって第二陣、第三陣、と私の教官としての役目が続く。
一回だけならなんてことはないけど、三回もやんなといけない。
いや、訓練に付き合うだけでもホントにしんどいからね。
ひょっとして、今冬で私が一番レベルアップするんじゃ……?
強さを求める意味と、さらっとした訓練内容でお送りしました。
出る杭は打たれますが、打たれたら槌を奪い取ってより苛烈に打ち返すのが本作主人公一党となっております。
根底を成す訓練の話ですが非常に地味ですので、今後はあまりメインの話としてはやらないかもしれません。
さて、次回は組織そのものにまた目を向けた内容になります。組織としての改革も必要です!




