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新たな扉を開け! 冬季集中特別訓練

 本部の引っ越しが完全に終わって少しずつ慣れてきた頃にはもう、冬は本格化して雪が降り積もる毎日だ。

 早くも冬の闘技会が開催されてるけど、前に比べて小規模だし、一度は経験済みだから少しは楽に仕事が進むだろう。

 新衣装の弓道着もどきを身にまとったメンバーの姿はずいぶんと眩しく見えた。そっち方面での評判も上々で、この評判は春に繋がってより大きな収穫をもたらすと期待できる。


 外注で雇ってる元冒険者やら元傭兵やらの人たちに向けて作った衣装も人気が高い。こっちは上下とも黒い弓道着もどきにしたんだけど、渋くて厳つい中年から初老のおっさんたちが揃ってブリオンヴェスト製の仕立ての良い衣装を着てると、これはこれで絵になったんだ。

 最初は着ることを嫌がる人も相当数いたらしいけど、好待遇の仕事を辞めてまで拒否する人はおらず、なんだかんだで受け入れてくれたらしい。

 今じゃ、すっかり気に入ってる人が多いみたいだし、狙った通りに連帯感みたいなものも強く表れてるらしい。あの衣装を着ることが一種のステータスになるところまで行ければ最高だ。


 そんでもってこれを気にかけたのが、クラッド一家でありアナスタシア・ユニオンだ。

 奴らもこの冬から裏闘技場を発足させてる。客に受けの良いことは積極的に取り込みたいってことみたいで、予想外にもユニフォームの相談をされてしまった。

 弓道着もどきをパクられて被るのは嫌だったんで、仕方なくアイデア出し程度は手伝ってやったなんて出来事もあった。


 ウチがスカウトした闘技者も武器の種類別闘技会でなら、少しは上位に食い込むのがいるんじゃないかと期待してる。

 秋の闘技会チャンピオンのガルシアの扱いをどうしようかと思ったけど、奴には普通に大剣部門に参加してもらって、そこでもチャンピオンを狙わせる感じだ。肩書が増えるのは箔になるからね、頑張って欲しいもんだ。


 そんな感じでエクセンブラ闘技場は表も裏も順調に進んでる。この冬も秋ほどじゃないにしろ、莫大な富を生み出すに違いない。



 闘技会のほうはみんなに任せて、私は建設局のメンバーたちと一緒に新本部の最後の詰め、秘密の地下施設の完成を目指して忙しくしてる。これはちょっとどころじゃなく大規模な工事だから、私がフルパワーで遠慮なしに魔法を使ってもなかなか終わらない。焦らず気長にやっていくつもりだ。


 同時に夏に向けての調査も地味に進んでる。

 ロスメルタからのオーダーを完遂するためには情報収集が必要不可欠。始めに与えられた情報だけで満足なんてできるはずはない。

 海賊の実態や規模、現地近くの町や地形、情勢、協力者になりそうな人の情報などなど、現地に行かなくちゃ分からなことは山ほどあるけど、それでも調べられることは色々ある。


 まだ大っぴらに動けないから難しい面は多々あるけどね。

 それでも図書館を使ったり、ギルドや商会を通したりしてちょっとずつでも情報を集めることは可能だ。情報局のメンバーにはそうやって骨を折ってもらい、春になったら現地にも入ってもらう予定になってる。



 冬になっても警備局や情報局のメンバーは忙しくしてるけど、そこ以外のメンバーは割合に暇ができるようになった。

 こうなると恒例の冬季集中訓練にも支障がなくなるってわけだ。今は忙しくしてるメンバーにも交代で必ずやらせる。超武闘派であるキキョウ会クオリティを保つためには、これもまた必要不可欠な行事だ。


 今回の一番の目的は決まってる。一部のメンバーに闘身転化魔法を習得させること。これまでにもずっとそれを目指して訓練させてるから、そろそろ成果を出してもらわないと。


 もちろん難度の高い技術だから、メンバー全員とはいかない。あくまでも、ほんの一部。

 今のところ私が想定してるのはジークルーネとグラデーナ、ヴァレリア、ゼノビア、戦闘団の各団長、あとは情報監察局長のオルトリンデくらいかな。ゆくゆくは戦闘団や警備局、情報局でも幹部や補佐を始めとして少しずつ増えていったらいいなと思ってる感じで、戦闘系セクション以外のメンバーにまでは求めない。



 執務棟の仕事部屋で考えに耽ってると、呼び鈴の音がした。新本部の各部屋はノックだとよく聞こえない防音仕様になってる。

 特に私の執務室は会長室でもあるから、招待客へのこけ脅しの意味も含めて過剰なくらい立派な部屋だ。生活棟の私室のほうにも執務室はあるから、無駄な気がどうしてもしてしまう。使い分けが微妙よね。まあいいんだけど。

 机に置いた応答ボタンを押しながら入室を促した。


「お邪魔しますね、ユカリさん」


 入ってきたのは情報局長のジョセフィンだ。

 海賊の件の調べ物はまだまだこれからだろうし、なんだろうね。


「そっちのソファーに座って。お茶入れるから」


 凝った入れ方をせず、ポットに入れてあったホットティーをカップに注ぐ。

 互いに一口飲んだあとで、なんの用か聞く。別に用がなくても構わないけど。


「何かと忙しくて結局は動けませんでしたけど、ユングベリ・ファミリーの件はどうしましょう?」

「ああ、そういやそうね。ドンディッチの奴らだったわよね」


 たしか、旧レトナークのボイド組を裏で操って、闘技場に爆弾テロを画策した組織だ。

 西ドンディッチのタンベリーって街が拠点だったっけ。


「そうです。仕込みは十分に終わってますし、現地にはまだメンバーも置いたままになってまして」

「監視は継続してくれてるわけね。長い事やらせて悪いわね」

「いえ、ドンディッチの情報収集が捗ってますから、何の問題もないですよ。タンベリー以外にも手を伸ばしてるところですし」

「ならいいけど、早めにケリは付けたほうが良いわね。だったら雪解けと同時に片付けるわ。前に言ったとおり、私が行くからその時のサポートは頼むわね」

「ではそのつもりで準備しときますね」


 話はそれだけだったみたいで、お茶を飲みながら雑談してると、また呼び鈴が鳴った。

 今度はヴァレリアが普通にお茶を飲みにやってきたらしく、雑談に加わった。


「――ところでお姉さま、賞金首にされていると聞きました」

「らしいわね。メデク・レギサーモ帝国だっけ?」

「例の遠征の少し後からですね。大陸東部だとまだそこまで知れ渡ってはいないようですが、いずれ狙われるようになると思いますよ」

「今のところは特に喧嘩も売られてないんだけどね。そういや、賞金はいくらなの?」

「一億ジストですね」

「そんなもん?」

「お姉さまを甘く見過ぎています。もっと上げるよう、手紙を出します」


 賞金首には私だけじゃなく、色々な奴らがされてるらしいから特に気にする事はない。元より喧嘩上等なんだしね。

 でも賞金首なんて制度があるってことは、賞金稼ぎが職業の奴らがいるのかな? なかなか興味深い。

 博識なジョセフィンに面白おかしい他国のエピソードなんかを聞きつつ、目前に控えた話題に移る。


「冬季集中訓練が始まりましたね。第一陣がそろそろ終わる頃でしょうか」

「うん、私とヴァレリアも明日から出るわ」

「ユカリさんはずっと出ずっぱりなんですよね」

「私が率いるのは人数を絞った特別訓練だけど、その全員をいっぺんに連れてくわけにもいかないからね。三回に分けて順番にやる予定よ」


 もちろん闘身転化魔法を習得させるための特別訓練のことだ。これはその他のメンバーが北東の森でやる訓練とは違って、別の場所でやるつもりでいる。


「無事に使えるようになるでしょうか?」

「ヴァレリアたちなら、たぶんね」

「どのような訓練になるんです? 今回は情報局はその対象外になってますけど、多くのメンバーの間で話題になってますよ」

「そうね、決めてるのはとことん追い込むってところだけかな。基礎訓練はこれまでにやってもらってるから、あとは切っ掛けさえあればって感じだからね。細かい技術的なことよりも、切っ掛けを掴むことが重要よ」


 私自身が使えるようになったのも、追い込まれた状況があったからだ。

 あの時と同じシチュエーションは難しくても、似たような感じは可能と思う。


「不安です」

「大丈夫よ。心配してる暇なんてなくなるから」


 安心させるんだか不安に思わせるんだか、自分でもよく分からない励ましをしつつ、ティータイムを楽しんだ。



 そんでもって冬季集中特別訓練に出発の朝。

 天気は曇り。悪くはないけど、温度調節機能のある外套がなければ、かなりの寒さにこたえただろう。

 特別訓練の第一陣に選抜したメンバーが勢揃いし、彼女たちの戦闘服と背負った大荷物姿を前に開始を宣言する。


「訓練はこの場から始めるわ。言っとくけど移動中の私語は禁止よ、これも重要な要素と思っときなさい。そんじゃ行くわよ!」


 同行者はヴァレリアとジークルーネ、第一戦闘団長のアンジェリーナ、第二戦闘団長のメアリー、第六戦闘団長のヴェローネだ。

 本当はグラデーナも第一陣で同行したがったんだけど、会長と副長に副長代行までもが揃って不在は良くないってこともあったし、本部長のフレデリカと副本部長のエイプリルが、グラデーナに溜まってる書類を先に片付けろと主張して譲らず引き留めた。


 五人を引き連れ、宣言通りに訓練を早速始める。移動には車両を使わず、雪道を走らせるんだ。みんなを追い込むための訓練はここから始まる。

 目的地は北東の森じゃなく、ずっと北西のほうになる。


「ユカリ殿、目的地はまだ秘密なのか?」

「あえてね。肉体だけじゃなく、こうして精神にも負荷をかけるつもりよ。覚悟しときなさい!」


 それだけ一方的に告げて走り出した。

 拠点から街を出て北西方面に向かってるから、どこに行こうとしてるかは早々に気付く人はいるかもしれない。


 ザクザクと雪をかき分けて走るのは、物凄く体力を消耗する。

 連れてるのは強者しかいないからかなりのハイペースなんだけど、それでも速度はあんまり出てない。到着にどれくらいかかるのか、微妙に不安になる。

 みんなはどこに連れていかれるのかも知らされず、私どころじゃない不安があるに違いない。


 雪道だけど、その道はかつて通った道でもある。大陸中央にそびえ立つロマリエル山脈のほうを目指して向かうのは、懐かしの女子再教育収容所だ。

 今回は収容所を拠点にして、ロマリエル山脈の近くでみんなを追い込む。これがきっと一番手っ取り早い。


 リミッター付きの車両を使った旅でも通常は三日はかかる道のりだけど、私たちは雪道を足を使って走る。

 さらに私はみんなを追い込もうとしてるから、休憩をほとんど取らせない方針だ。

 無駄口を叩かず、ひたすら雪にまみれながら走り続けた。



 昼過ぎからのマラソンは日が落ちても雪が降り始めてもまだ続き、そろそろみんなの渇きと疲労、ストレスは相当なものになってるはずだ。

 暗闇の雪道をランタン型の魔道具の僅かな光で照らしながら、一心不乱に走り続ける。

 移動中の私語は禁止とした忠告を律義に守ってるみんなは、疲労や空腹を訴えることもせず我慢して付いてきてる。さすがだ。

 無言の訴えや疑問を感じながらも無視して走り続ける事さらに数時間。日付が変わるような時間になってから、ようやく足を止める。


「ストップ、休憩よ!」


 みんなは粗い呼吸を整えようとしながら、疲れから雪に埋もれるように倒れ込む。

 一面が銀世界で雪が降る状況じゃ、休憩するにも適さない。せめて屋根でもないとなんだけど、もちろんこれも修行の範疇ってことだ。


「落ち着いたら水分補給はしっかりね。食べ物は少しにしときなさい」

「お姉さま、どこまで走るんですか? まだ秘密ですか?」

「方角的にはロマリエル山脈方面だと思ったのだが……」

「わたしも思ったわ。アンジェリーナ、もしかして」

「ああ、だろうな」


 ジークルーネが方角を指摘し、ヴェローネとアンジェリーナが行き先を予測して顔を見合わせる。

 メアリーも故郷の村のほうに向かってることには気づいてたと思う。


「そういうことよ。目的地はロマリエル山脈の麓、女子再教育収容所を目指してるわ。ちなみに、そこまで本格的な休憩を取る場所はないわよ」


 ここで行き先を明かしても、精神的に楽になるとは思えない。

 目的地まではまだ遠く、私は到着するまで休ませないと宣言したんだ。精神的な疲労はむしろ増したかもしれない。

 案の定、考えるのも嫌になったのか、みんなは言葉少なに補給しつつ身体を休ませた。


 ある程度疲労が抜けたところでまた走り出す。

 じっとしてると外套を着てても顔や足は寒くなるし、目的地に着かない事にはちゃんとした休息が取れない事は分かり切ってる。だったら、四の五の言わずにさっさと走って目的地に到着したほうがいいんだ。

 厳しい寒さに襲われる深夜から朝方まで走ると、休憩をはさんでまた走る。これをひたすら繰り返した。



 圧しかかる寒さと疲労は、満足に取れない食事と睡眠も相まって、私も含めた全員を苦しめる。

 微妙な時間調整をしながら、ちょうど三日をかけて到着するように計算したペースに少し遅れながらも、許容範囲で到着を果たした。

 ただのランニングだってのに、思った以上の苦痛を持って心身を鍛え直す訓練になった。


 でもって、久しぶりに見る収容所。故郷に帰ったような不思議な気分になってしまうけど、遊びにきたわけじゃない。


「休むのはもう少し後よ。まずはあちこちの掃除、そしたらちゃんとした食事にしよう。食後は待望の睡眠時間よ」

「またここで寝泊まりする事になるとはな」

「懐かしいです」


 ジークルーネとメアリーは麓のほうの村で仲間になった経緯があるけど、ヴァレリアとアンジェリーナ、ヴェローネとはここで一緒だったんだ。ヴェローネを含むオフィリアたち元冒険者組は先に出所して、キキョウ会には後から加わったんだったっけ。


「ほらほら、早くしないといつまで経っても休めないわよ」


 廃墟同然の収容所の中は埃まみれだった。

 灯りや空調の魔道具はまだ生きてるみたいだったけど、最低限の掃除はしないと落ち着かない。

 寝床は当然として、台所や食堂に風呂だって掃除はしときたいところだ。まあ、浄化魔法を使うだけで終わるんだけど、とにかく広いからね。


 懐かしさに浸る間もなく慌ただしく掃除を終えると、久々に暖かい食事で満足感を得る。そしてやっとまともな睡眠時間だ。

 時間としてはまだ夕方だったけど、ぶっ倒れるようにして全員が眠ってしまう。それでも私だけは訓練教官としてのんきに眠ったりしない。

 せっかくいい感じに心身ともに追い込めてるってのに、ここで完全回復されちゃ意味ないからね。むしろここからが本番なんだ。


 寝静まった収容所の中で、魔力感知の網をどこまでも広く広く広げていく。

 みんなを極限の状態に追い込むための訓練として魔獣を探すんだ。

 目的の魔獣を探すために深く集中し、無事にいくつか見つけることができた。

 みんなが寝てから二時間くらいは経ってるだろうか。あと少しだけ寝かせてやったら、休息の時間は終わりだ。

 極限にまで追い込んでやろうじゃないの。

前回に引き続き抱えている諸々に少し触れ、定番の訓練、修行の始まりです。

強者である幹部を追い込む特別訓練。この模様をお贈りします。

次回、「追い込み訓練と教官の苦労」に続きます!


やらせるほうの苦労も偲ばれます……。

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[良い点] 女子再教育収容所……これはまた懐かしい処を! しっかし、跳ねっ返りどもを女性らしく矯正する施設で 戦闘力アップの修行とかwww 皮肉だwww 頭のおかしい巨漢の女……ゲフン、もといアンジェ…
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