改装完了!
待ちに待ったリフォームの完成と、引き渡し予定日がついにやってきた。
進捗は随時フレデリカが確認してくれてたから、工事の遅れはなく引き渡されるはず。
朝からフレデリカが業者のところに行って、私たちはその帰りを待ってるんだ。鍵をもらってくるらしい。
「遅いな、フレデリカのやつ。まだ帰ってこないのか」
「落ち着けよ。しっかし楽しみだな」
「早くおうち見たーい!」
私も楽しみにしてる。話は聞いてるし図面も見てるから、どんな風にリフォームするのか分かってはいるんだけど、実際に完成を見るのは別だからね。
その後では家具や日用品を買いに行かないと。今日は忙しくなりそうだ。
「ただいま戻りました」
みんなで今や遅しと待ってると、ようやくフレデリカが帰った。
「遅い! いつまで待たせんだ!」
「まったく、待ちくたびれたぞ」
「早く見に行こう!」
「ええっ? わたしが出てから、それほど時間は経っていないはずですよ」
「それだけ楽しみだってことよ。さっそく行こうか」
それなりに長い間お世話になった宿を引き上げだ。ジャレンスのお薦めだけあって、リーズナブルな割になかなかいい宿だったと思う。だけど名残惜しむことはない。
私たちは新しい自分たちの住処を手に入れて、いまは楽しみと期待で一杯なんだから。
はやる気持ちを抑えて安全運転でジープを走らせる。拠点へと向かい、無事に到着した。
拠点を見るに、外観はあんまり変わったようには思えない。あくまでも内装の工事がメインだからか。
ガレージに駐車してから階段を昇って入り口を前にすると、まずは様変わりした扉に一同驚いた。
これまではシンプルで小さなガラス窓の付いた、極めて普通の扉だったはずだ。
だけど、いま目の前にある扉は、ガラス窓が無くなって重厚で頑丈な両開きの扉に変わってる。おまけにキキョウ紋が大きく刻印されてるんだ。なんか、めちゃくちゃ格好良くて威厳がある。
「おおっー! かっこいい!」
「……なんか凄い」
「スゲェ、入り口の時点でもう、わくわくするな!」
入り口と玄関は組織の顔。見る人はここからキキョウ会を推し量るとはジョセフィンの弁だ。ここは彼女が自分でデザインしたらしい。素直に凄いと思う。
インパクトのある扉をじっくりと見てから、魔道具の鍵を持ったフレデリカを先頭に中に入る。
小さな魔導具の鍵と扉は非接触式らしく、軽くかざしただけで自動で扉が開いた。
無駄に凝ってるけど、この鍵も人数分用意しないと不便だ。調達してもらわないと。
「瑕疵があれば、追加で工事を行ってもらわなければなりませんので、最初に全員で確認しましょう」
なるほど。それもそうね。
フレデリカの先導で玄関を通りすぎると二階は以前と変わらず、がらんとした空間が広がってる。
以前と違うのは、隅に小さな物置部屋をいくつか作ったことと、奥の壁に玄関扉と同じキキョウ紋が大きく刻印されてるところくらいだろうか。
「ここはそんなに変わりないな」
「二階の事務スペースは補修程度の改装しかしていませんからね。家具さえ整えれば、見栄えは良くなるでしょう。ここのデザインは統一感を持たせたいので、ジョセフィンさんにお願いしますね」
「もちろん、お任せあれ!」
いつになくジョセフィンのテンションも高い。
ここはみんながデスクワークをやる事務スペースや、客をもてなす応接用のスペースを設ける予定だ。
今はがらんとした感じだけど、あの入り口をデザインしたジョセフィンに任せておけば、期待以上に仕上げてくれるのは間違いない。相応に金はかかるだろうけど、これも必要経費だ。
森での活動で稼いだ金は全員同意のもと、半分を組織の運営資金に回してるから資金に余裕はできてる。これからは私のポケットマネーに頼ることは少なくなっていくだろう。
「奥の食堂とキッチンだった場所は大きく変わっているはずですよ。行ってみましょう」
騒ぎながらぞろぞろと移動。これから見ようとしてる場所の改装には、私個人としても大いに期待してる。
そして期待は現実に。元は大きなキッチンと食堂だった場所は様変わりした。
食堂はなくなり、キッチンは最低限の小さなものに。その代わりに大きな風呂場と脱衣所兼洗面所が作られた。洗濯用の魔道具コーナーもある。
「素晴らしいわ、フレデリカ!」
「予算の都合上、お風呂の内装は凝れなかったのですけれど、広々として良いものになったと思います」
「いまはこれで十分よ。設備や内装の充実は、稼いでから好きにやればいいんだしね」
もちろん私だけじゃなく、みんなが大満足のようだ。
ゆっくりと浸かれるお風呂は心と体のオアシス。一見して不備や雑な仕事も見当たらない。
「ちょっと水入れてみる?」
「あ、そこはちゃんと魔道具で水とお湯が出るようになっていますから、さっそくお湯を溜めておきますか? 保温まではさすがにできないのですけれど」
保温か。湯船が大きい分、湯を張るのに時間がかかる。好きなときに入れるよう今後の改装が欲しいところかな。
コストによっては源泉かけ流しのように、お湯をずっと出しっ放しでもいいかもしれない。少々の出費で収まるなら、快適であることを優先したい。
「まだ時間早いし、保温ができないなら後にしよう。そろそろ上を見に行かない? 自分の部屋がどうなったか早く見たいわ」
「そうだな。あたしもマイルームが気になるぜ!」
一応というか当然というか、改装に当たって部屋割りは事前に決めておいた。
いまは個室の鍵は全部開いてる状態で、鍵はフレデリカがすべて保管してくれてる。
「部屋はすべて確認しますから、自分の部屋を確認した後でほかの空き部屋も確認してください。確認が終わった部屋は分かるよう、部屋の扉は閉めておいてくださいね。終わったら四階も同じようにお願いします。それから個室の鍵は後でお渡ししますね」
「よっしゃ、行こうぜ」
各人、嬉しそうにマイルームに向かっていく。
新しい自分の部屋ってのは嬉しいもんだ。私だってワクワクしちゃうし。
私の部屋は三階の一番奥、会長だからと大きな部屋を割り当てられた。そして扉は重厚な特注品。玄関扉ほどじゃないけどね。改装に当たって、唯一口出しというか要望を伝えたのがこの扉だ。蹴破ったりできないよう特別頑丈にしてもらったんだ。後で鉱物魔法で補強もやる。
中に入ってみれば、二階と同じくがらんどうで何もなし。ただし会長の部屋だからか、これまた二階と同じように入り口正面の壁にはキキョウ紋の刻印が施されてあった。
それにしても広い。家具がないせいもあるかもしれないけど、図面上でほかの個室の数倍はあるだけのことはある。寝具や机に棚と揃えたところで、まだまだスペースがだだ余りになる。内緒話するなら私の部屋になるだろうし、応接スペースでも作ればちょうどいいのかな。
特に不備は無さそうなことから確認は終了だ。
部屋を出ると、隣の部屋の扉はまだ開いた状態だった。覗いてみれば、窓から外を見てるヴァレリアを見かけた。
当然のように私の部屋の隣を確保した妹分だったけど、満足げな横顔から察するにマイルームはやっぱり嬉しいらしい。
私たち以外のみんなも狭いながらも個室を用意して、全員が三階に住み込む予定だ。あ、ソフィさんとサラちゃんだけは割と広めの二人部屋だけどね。
十五人程度なら、三階と四階を使って広々とした個室を作ることもできたんだけど、今後も見越して部屋数を重視した結果だ。そうしたフレデリカやジョセフィンの主張に、ほかのみんなも納得していまの形になったらしい。
ただ『個室』というのは譲れない一線だったみたいだけどね。みんなも金出してるんだし、そのくらいの権利はあって当然だ。
三階は個室がメインになるけど二人部屋も少々ある。まだまだ部屋も余ってるし、水回りがないビジネスホテルのような感じと考えるばそれっぽいかな。
少し広めの空いた個室も用意してあって、客間としていくつかは内装を凝ったものにする予定らしい。色々考えられてる。
四階には個室はなく、二人部屋、四人部屋、大部屋といった区分けになってる。
今後、新入りが入った場合はここを利用させるつもりだ。働かせて有望なのがいれば、三階の個室を与えてもいい。
居住スペースはこんなところだ。改装と言っても、実は壁の区切り位置を変えたり増やしたりしたくらいだ。安っぽい感じはしないし、防音や耐久性も期待できる。
みんなで数々の部屋をチェックしてから、今度は屋上に上がった。
ここは特に利用することを考えてないから、何かやりたいことがあれば好きにして構わない。無駄に広いから有効活用するアイデアでもあれば任せるつもりだ。
「その内に何か思いつくだろ」
誰かの軽い呟きにうなずいて、最後に地下に向かう。
元は倉庫だった広い地下室は、棚だとかを取り払ってもらって、意図して何もない空間にしてもらった。
今日からここは訓練場だ。今後は街の外に鍛錬に出かけたりも頻繁にはできないだろうし、訓練は継続してやることに意味があるから、訓練場は必要だった。
元々の壁や床材、柱は頑丈な造りになってるし、私の魔法で補強すれば魔法攻撃の訓練だってできるはず。
魔道具のお陰で空調も良く効いてるから、外でやるよりむしろ快適かもしれない。
「まだ何もない空間だけどよ、秘密の特訓場って感じでかっこいいじゃねえか」
「ああ、ユカリ殿が補強してくれるから、思い切り暴れて大丈夫らしいぞ」
「マジかよ、思いっきり暴れらんのか!」
「どっかに保管庫でも置いて、回復薬を常備しておこうか。それから訓練用に刃引きした武器なんかも揃えたいわね」
「でしたら、ここの入り口付近に武器庫と薬品庫を設置しましょう。改装業者に追加発注しておきますね」
私がいなくてもいつでも訓練できる環境は整えてあげたい。即死さえしなければ回復薬でどうとでもなるんだし。使えるものは遠慮なく使って、どんどん強くなってもらいたい。
「そりゃいいな! ふっ、鍛えまくってユカリを最初に倒すのはあたしになってやるぜ」
「その前にわたしを倒せるようになることだな」
「上等だぜ!」
「いやいや、あたしのほうが先だろ」
「わたしだってもっと強くなります」
闘争心旺盛で大変結構だ。キキョウ会はこうでなくちゃね。メアリーさんまで燃えてる。私だってまだまだ成長するし楽しみだ。
地下室の補強は対物理、対魔法において、最高クラスの鉱物を大盤振る舞いでやってしまおう。レア鉱物すぎて具体的にはどうせ誰も分からないだろうし、部外者に見せるつもりもないしね。追加の改装が終わったら遠慮なくやってしまうつもりだ。
一通り改装の状態を見て回ったところ、不審な点はなく見事な改装が実施されたと思っていいだろう。ジャレンスの紹介にはハズレがない。
「これは玄関の鍵としても使えますから、失くないよう気を付けてくださいね。絶対ですよ」
いまからリフォーム業者に納品完了のサインと追加発注をしに行くらしいフレデリカが、みんなに鍵を渡してくれた。
個室の鍵は玄関の鍵と兼用らしい。なるほど、それなら鍵を複数持つ必要がなくていいのか。
誰かが鍵を落としたり盗まれたりすると、面倒なことになるらしいけどね。
「それなら頑丈なチェーンでも作って渡すから、失くしそうな人は首から下げるか服か何かに括り付けてなさい」
「あたしは飲んだら失くすかもしれないな。頼む」
「わたしも」
「あたしにも頼む」
結局、全員にチェーンを作って渡してあげた。私って、結構気が利く女よね。
フレデリカが帰るのを待って、以前魚を売りさばいたおばちゃんの食堂でランチタイムにした。
必要なことはさっさと終わらせたい性格だからね、稲妻通りの商店にはこのまま挨拶を済ませてしまいたい。まずは食事がてらに、この食堂だ。
「ブルーノさんのとこの若いのから話は聞いていたけど、まさかあなたたちだったなんてねぇ。頼りにしてるから、これからよろしくね」
「すぐ奥のビルがキキョウ会だから、なんか困ったことがあったらいつでも訪ねてよ」
食事は想像したとおり家庭の味といった風で私は気に入った。
この店は食事のみが基本で、夜は夕食の時間をすぎた頃には店を閉めるらしい。酒を飲みたい場合には別の店に行かなくちゃならない。稲妻通りに酒場はないから、その場合には結構移動しないといけない。需要さえあれば、キキョウ会が経営するのもありだ。
「また食べにくるわね」
「はいよ、待ってるからね」
その後も、あらかじめブルーノ組が稲妻通りの商店には話を通しておいてくれたらしく、どこでもスムーズに話ができた。根回しがありがたい。
当初考えてたとおり、キキョウ会のおひざ元である稲妻通りでできるだけ家具類や日用品は調達するつもりだ。話のついでに買ったり生産を注文したりで、結構な額を景気よく使ったから印象は悪くないだろう。
ただ、言葉にはしないけど、女だけの集団で実力を不安視する人も多いように感じた。もっと言えば舐めた態度のアホもいた。ブルーノ組が良く言い含めてくれてなかったら、ひと悶着あったかもしれない。もちろん、その場合には実力を見せつけるだけなんだけどね。
ご近所なんだしと、なるべく穏やかに話す私やフレデリカとは別に、わざとらしく威圧感を出したアンジェリーナやジークルーネたちのお陰もあって、順調に顔見せは進んだ。
日用品はともかく、家具類の調達に関しては欲しい数が多いから、稲妻通りの小規模店舗だけだと全員分はすぐには揃えられない。想定してたことだし、これはしょうがない。
空き部屋の分はすぐには必要ないから、適当に注文しておいて完成次第、後日の搬入にしてもらう。
ベッドや毛布は人数分だけはすぐに欲しいから、足りない分はメインストリートの大店に買いに行くことになる。それから自分たちで運び入れるのも面倒だから、設置までやってくれる店でどうせなら買いたい。幸い、稲妻通りの商店で購入できた分は設置までやってくれるらしい。運び入れの時の案内役として何人か拠点に戻して、挨拶兼買い物を続けた。
歩き回ったおかげで、なんとか必要な物は揃えることができた。
稲妻通りへの顔見せと挨拶は大変だったけど、おおむね順調に終わったと言える。以前、チンピラを引きずってブルーノ組に押しかけたのを見てた人もいたから、大袈裟な噂で私たちを歓迎して良いやら怖がって良いやら分からないといった人もいた。
キキョウ会のシマは当然、私たちの庇護の対象だからね。おかしなことをしなければ、なんら問題ないし、むしろ困ったことがあったら頼ってくれていいと言えば、一応は安心してくれたようだ。その代わりに用心棒代はきっちり取り立てる。
あとはキキョウ会の看板を注文したから、それが出来上がるまでは大人しくすることにした。
ブルーノにも看板を掲げてない組がどうのって言われたことがあるし、なるべく早く用意したい。看板職人のおっちゃんは急ぎで仕上げてくれるって言ってたから、すぐに完成するだろう。
まずは足りないものを買い足したり注文したりしながら、新しい拠点での生活に慣れることかな。
あ、そろそろ六番通りで注文した外套もできる頃よね。ちょっと早いけど様子を見に行ってみようかな。
どうせなら全員で墨色と月白、背中にキキョウ紋の入った外套を着て六番通りに繰り出したい。デビューはド派手に決めたいしね。
そうしてから本命の六番通りで活動を始めてもいいと思う。ブルーノ組には悪いけど、もう少し待ってもらおう。それまでにブルーノ組が新興の組織と手を結んだって噂くらいは流しておきたいな。
なんの脈絡もなくデビューするよりかは良いような気がするし、敵対組織への牽制や時間稼ぎにもなるだろうし。その辺はブルーノに協力してもらおうか。
調整や細かいことはフレデリカやジョセフィンに任せておけば、私があーだこーだ言うよりも上手くやってくれるに違いない。
やっぱり持つべきものは頼りになる仲間よね。
やっと拠点が出来ました。
これからどんどん忙しくなっていきます。