待望のお引越し
闘技会をちょっとだけ懐かしいなと思い始めた秋の終盤。
大イベントが終わったからって、我がキキョウ会は忙しい日々が途切れたりしない。
迫りつつある冬を前に、今日は朝から待ちに待った報告を聞くことになった。
「構想の八割程度ですけれど、ひとまずの完成と見て良いと思います。内装を含めて拠点とするには十分な状態になりました」
「やっと新本部に住めるわけね。こことは遂におさらばか」
「ええ、支部として残すことには決まっていますけれど、わたしたちが頻繁に訪れることはなくなるでしょうね」
かなりの時間を要したけど、ようやく新本部が完成したらしい。
完成といっても、まだ地下構造で考えてる一部の計画が全然進んでない。でも肝心の上物は内装まで含めて全部終わったんで、引っ越すのはもう大丈夫らしい。
この本部に思い入れはあるけど、振り切って新しい拠点に行くとしよう。これも新ステージに向けての旅立ちだ。
「感傷に浸る時間はこれまでに十分あったわ。準備ができたからには、とっとと引っ越すわよ。荷造り用の箱はこれ使いなさい」
言いながら軽量アルミニウム合金の箱をどどんと空きスペース一杯に生成してしまう。いま事務所にいるメンバー分くらいなら、これで足りるだろう。
準備の良いメンバーならすでに荷造りを始めてるかもしれないけど、私も含めてほとんどはやってないと思う。
「今から荷造りですか?」
「それだけじゃくて移動もするわよ。私が率先して移んないと、忙しさにかまけていつまで経ってもやんないかもしれないからね」
実際には結構楽しみにしてるメンバーが多いからスムーズに行くと思うけど、会長の私がここに留まってると遠慮するメンバーはいるかもしれない。私から率先してやるのが一番いい。
「ほら、フレデリカもエイプリルたちも、仕事に一区切りつけたら準備するわよ!」
セクション毎に仕事の都合があるし、キキョウ会メンバーの全員が揃って一緒にやる必要はない。準備ができた人や部署から、どんどんやってしまうのが効率的だ。宣言するとさっそく私室に向かった。
普通に考えて引っ越しは大変なイベントだ。
関係各所への連絡は手分けしてやれるからいいんだけど、メインとなる荷物運びが楽には済まない。仕事として頼めばどこかが引き受けてくれるとは思うけど、部外者に見られたくなかったり触られたくなかったりする物は結構ある。新本部の内部も部外者にはあんまり見せたくないから、自分たちだけでやるのがいい。
もう長い期間に渡ってここに住んでたから、個人個人の荷物の量もそれなりに多い。
私の場合はトーリエッタさんが季節毎に大量に作ってくれる服が一番多く、買い集めたアクセサリーや本も大量にある。お茶や酒類もいざ片付けようとすれば結構な量になってるし、仕事で使う書類や研究用に集めた鉱物標本やらも山積みだ。
実験で作った回復薬や魔法薬、その他薬品やら化粧品やら金属の塊やなんかも大量にあるけど、これはゴミみたいなもんね。この機会にまとめて処分かな。
ちなみに新本部における各メンバーの私室は、ホテルみたいな感じでどどんとでっかいのを一棟こさえてある。
今後もまだまだ増えるメンバーを見越した部屋数を十分に確保しつつ、全てが個室で一番狭い部屋でも八畳間くらいのスペースにプラスしてクローゼットくらいは備え付けてある。空調等の設備は最新式だし、悪くない住み心地になってると思う。
生活棟と呼んでるそこは先行して完成済みで、家具も含めた内装はすでに個人個人でほぼ準備済み。だから荷物を運んでしまえば、もう生活することが可能な状態だった。
今回のフレデリカの報告で、各部署が仕事をしたり待機したりする部屋や応接用の部屋を備える執務棟、一部は執務棟と機能が被るけど大人数が使う物資を保管する倉庫棟、そんでもって駐車場や訓練場などの共用施設まで完成したことから、拠点を移すには十分となったってわけだ。まだ完成してないのは庭園と秘密の地下施設くらいかな。
「ユカリ、ちょっといいですか」
せっせと荷造りしてるとフレデリカが様子を見にきたらしい。
「なに? あんたも一緒に移動するんだから、さっさと準備しなさいよ」
「引っ越しも良いですけれど、午後の予定を忘れていませんよね?」
「さすがに忘れてないわよ。めでたい日なんだから」
「でしたら結構です。あ、もしかして新本部でする気ですか?」
「どうせならね。ちょうど今日から移動できるんだし、部屋は最初からそっちに持たせてやったほうがいいわよ」
「それはそうですね。ではフウラヴェネタには新本部のほうに連れてくるよう連絡しておきます」
めでたいことに、今日は新たな仲間が加わる。
見習いを卒業し、晴れて正規メンバーとして迎え入れるイベントがあるんだ。そんな大したイベントじゃないけど、一つの節目として卒業する側にとっては大事な日になるだろう。
三時間程度を使って自分の荷物をまとめてると、この間にはヴァレリアやジークルーネたちが戻って同じく荷造りに取りかかり、情報局のメンバーたちもやる事を早く済ませたいと言って準備を始めた。
私は空きスペースにこれでもかと大量の箱を作ってやって、荷造りを支援してやる。
昼になって近所のおばちゃんの食堂で空腹を満たすと、六番通りの大駐車場まで足を延ばして何台ものトラックを本部に回す。
荷造りのできたメンバーからガンガントラックに載せてしまい、早くも移動の準備まで完了だ。大変な力仕事なんだけど、ウチは誰もが腕力も体力も並外れてるから、荷運びくらいあっという間に終わってしまう。やるつもりはないけど、引っ越し屋でも食っていけるかもね。
「そんじゃ、第一陣は出発するわよ」
午後から本部に戻ったメンバーたちも荷造りを始めてて、やたらと慌ただしい雰囲気になりつつある。別に焦る必要なんてどこにもないんだけどね。
「ちょっと待ってくれ、ユカリ。箱が全然足りそうにねえ」
「じゃあ地下訓練場に大量生産するから、それ使って」
本部に戻ったメンバーが次々と荷造りを始める影響で早くも準備した箱が足りないらしい。これは気合い入れていっぱい作ってしまおう。
外まで呼びにきたグラデーナと地下訓練場に入ると、過剰なほどの箱を作ってやって後を任せた。
ついでに随分前から手狭になってて本部に部屋を持ってないメンバーたちにも、新本部に引っ越すよう通達を回してもらう。こっちがひと段落したら、時間のあるメンバーたちにはそっちの引っ越しを手伝いに行かせよう。
「そんじゃ、行くわよ!」
私はバイクも移動させたいから、トラックじゃなくブルームスターギャラクシー号で移動する。また戻って次はニュートロンスターアンドロメダ号も移動させないといけない。
颯爽とモンスターマシンに跨ると、トラック群を引き連れて新本部に向かった。
それほど遠くない距離の新本部に向かって間もなく見えるのは、何度も通って見慣れたはずのながーく続く漆黒の巨壁だ。ちょっとしたショッピングモールくらいなら丸々入るような広大な敷地を取り囲んでる。
高さ約十五メートル、厚さ約三メートルにもなる複合装甲で、盤石の防御力を誇る要塞の外殻。これを見ただけで敵対する意識を挫く迫力があるに違いない。
閑静でハイソな住宅街に突如として現れる、如何にも悪の組織の拠点ぽい要塞はやっぱり異様だ。狙ってやってることだけど威圧感が凄すぎる。
長大な漆黒の巨壁を横に見ながら通過すると、正門前にいた警備に目配せしながら中に入る。
門を抜けるとすぐに道が分かれる。
地上をそのまま伸びる道と、地下に向かう道だ。私たちは地下の大駐車場に向かって下りて行く。地上にも小さな駐車場はあるけど、そっちはゲスト用だ。
地下へ伸びるゆとりのある大通路は巨大装甲兵員輸送車であるデルタ号でも普通にすれ違えるような広さがある。贅沢な造りだ。等間隔に設置された照明は十分な光量があり、消火排煙設備や排水設備も目に入る。外套を着てると分かり難いけど、空調まで完璧に効いてるはずだ。
スロープを下って駐車場に入ると、会長専用の駐車スペースにバイクを止める。
うん、ここまででも機能的で素晴らしい新拠点だと胸を張れる。
続々と入ってくるトラックやバイクも駐車され、みんなも下車すると新本部の良さに早くも胸を躍らせてるように見えた。ここには色々な用事でみんなも訪れてるはずだから、別に初めてってわけじゃないんだけどね。いざ住居や仕事場として本格稼働となれば、気持ちも違うんだろう。私もそうだし。
それにしても広い。
この大駐車場は地下構造の第一層に位置し、広々とした面積の半分ほどを使ってる。相当数の台数が駐車可能だから、組織として所持してる車両だけじゃなく、個人所有の車両まで収容しても全然問題ない。
ウチでもそんなに持ってる人は多くないし、いてもバイク派が多いからね。駐車スペースはそんなに取らない。
地下第一層のもう半分は情報局などの一部セクションの仕事場や作業場なんかがある。魔力認証キーの扉を抜けて、警備の人間まで置いた通路を過ぎればそこに入れる感じだ。そこだけでも秘密基地めいた様相になってるかもしれない。
今は用はないけど地下第二層は広々とした訓練場がメインで、これまでの本部と同じく訓練用の武器庫や薬品庫もここに設置済みだ。今までの手狭な地下訓練場と比べると圧倒的に広いから、大人数での模擬戦だって存分にやれると思う。
地下は第三層も用意してるけど、そこはまだ何もない空間で未完成部分だ。ちなみに地下はどこまでも深く利用できるから、必要があれば第四層、第五層と拡張することが可能だ。今のところ予定はないけど。
「そっちのドアから生活棟に入れるわ。全員、自分の部屋は分かってるわね?」
「分からない人は事務局のメンバーに聞いてください。私室の扉にはネームプレートも付けていますから、間違えないでくださいね」
地上に高く伸びる各棟には、地下駐車場からそのまま上がれる。
入り口は搬入口も兼ねるから広いし、階段だけじゃなくエレベーターの魔道具まで備えてる。しかも生活棟と執務棟、倉庫棟には各四基ずつも大きなエレベーターを備える贅沢仕様だ。一基で二十人以上は一度に乗れる。
こんな大規模な施設で高価な魔道具を設置しまくった拠点を持ってるのはエクセンブラじゃ他にはないだろうし、王都でもそうはない。たぶん、王宮とか一部の限られた場所だけになるだろう。
みんなでエレベーターに荷物を詰め込んで運ぶのと同時に、階段を使っても各々で運び入れてしまう。
ちなみに生活棟の一階と二階は共用スペースが占める。ロビーや多目的スペースに遊技場があったり、大浴場にサウナまで完備してる。料理好きのためのキッチンなんかもあるし、色々とメンバーの要望を取り入れた形だ。
三階から上がメンバーの私室で、私の部屋は移動が楽になるように低層の三階に用意してもらってる。
一応は平のメンバーの精神衛生を考えて、幹部の部屋があるフロアとそれ以外は分ける部屋割りにしてるらしい。私が三階に陣取ったおかげで、このフロアは幹部用だ。それに加えて最上階も幹部用フロアってことになるみたいね。あとは事務局が適当に振り分けてるらしい。
私は怪力と無尽蔵の体力を活かして階段を使って荷物を運び入れると、さっそく荷物を広げてクローゼットや棚に収納を始める。一気にやらないと、ずっと箱に入れっぱなしなんてことにもなりかねないからね。こういうのは最初が肝心なんだ。
組織としての体裁があって、会長だから私の部屋はかなり広い。前の部屋も広かったけど、さらに大きくなってる。
執務棟に私の仕事部屋は用意されてるけど、幹部は私室で内密の話をするケースも結構あるから、ここでも会議室の機能を持たせてるんだ。
通路から部屋に入ると、中央の奥には大きな執務机があって、右手には十六人もが座れるソファーとローテーブル、左手には同人数が着ける会議卓まである。この仕事部屋から奥に入った場所がプライベートエリアって感じだ。
そっちの部屋とクローゼットを生活感のある空間へと変えていった。
私が片づけをしてる間にもトラックは新旧本部や他の寮との往復を繰り返し、急ピッチで新本部への移行が進んでいく。
しばらくすると日当たり良好最上階の角部屋をぶんどった本部長様が私の部屋にやってきた。
「ユカリ、そろそろフウラヴェネタたちが到着します。執務棟に行きましょう」
「うん。あんたの部屋は片付け進んでんの?」
「運び入れの前に、まだ元の部屋が片付きませんね。特に解析中の魔道具は雑に扱えませんから、荷造りも今日中には終わりそうもありません。一部はこちらへ運び込みましたけれど、あと数日は……」
フレデリカは趣味の魔道具蒐集と研究は今も熱心にやってる。改造にも手を出してるから、こいつの部屋は研究室みたいな感じになってて、片付けは大変そうだなとは思ってた。
「事務所の引っ越しもあるからね、完全に移転するのはもうちょっとかかるかな。まあいいわ、行こう」
三階から二階に下りると渡り廊下を通って執務棟に行く。
地上部分の建屋としては、大きく生活棟と執務棟、倉庫棟に別れる。各棟は二階の渡り廊下を介して繋がり、地下を通じても移動できるし、もちろん地上からでの行き来も可能で、屋上にも橋を渡して繋がってる。
執務棟はゲストを招き入れる場所でもあるため、ちょっと内装も立派な感じだ。仕事部屋はともかく、誰の目にも触れる廊下や応接室は特にそうなってる。
いくつかある会議室の一つに入ると、そこには期待に胸を膨らませる一同と引率のフウラヴェネタを含む教導局の幹部がいた。
新人の人数はあらかじめ知ってたけど、結構な人数になる。
「待たせたわね」
「いえ、会長。本部長もご足労いただきありがとうございます。一同、ここに揃っています」
入室した私とフレデリカを出迎えたフウラヴェネタたちは直立不動でかしこまった雰囲気を演出する。
毎度の様子を感じながら部屋の奥に進んで、机に置かれた荷物の横に陣取る。これは新メンバーのために用意した外套だ。各人の希望に沿って特注した墨色と月白、背中にキキョウ紋が入ったこれを渡すことによって、正式に見習いから正規メンバーへと昇格した証になる。
よし、さっさと始めよう。私はいちいち新人に訓示なんて垂れない。
心構えの話は教導局のメンバーが散々やってくれてるからね。蛇足ってもんだ。だから簡単にさくっとやる。
「ここまでよく頑張ったわね。私は会長の紫乃上よ、これから一緒にやっていく仲間として歓迎するわ」
なるべく優しく声をかけて、一人ひとりと目を合わせるように顔を見る。
ここでじーんとして泣き出すのがいるのも毎度のことだ。
大変な見習い過程を修了してここにいるんだから、苦労が報われて嬉しいだろう。
「フレデリカ」
「ええ、順番に呼びますので、受け取りに出てくださいね。では――」
私はちょっと偉そうに、フレデリカは緊張を和らげるように優しく、フウラヴェネタたちは緊張した様子の新人たちを見守るように進行していく。
ありきたりな激励の言葉をかけながら二色の外套と紫水晶のバッジを手渡すと、新人は初々しい反応を示していった。
うんうん、良き日だ。彼女たちのこれからの成長にも期待させてもらおう。
滞りなく卒業式だか入会式だかを終えると、フウラヴェネタ以外は会議室を出て行く。
フレデリカも新人たちへの部屋の案内で出て行った。
日常の一幕でした。
お引越しで心機一転、新たな気持ちでスタートです。




