大イベントの終わり
初代チャンピオンとの対決か。なんでこうなるのやらね。
ゆっくりと闘技場の中央に向かって進みながら観客席を見ると、仕事を終えたウチのメンバーがのんきに見物を決め込んでる。まあいいけど。
「待てよ、いくら総帥の推薦だからって、そんな武装で俺とやる気か? 武器はどうした」
今日の私は戦闘服じゃなく普段着だ。戦闘なんて想定してなかったんだから、そりゃそうだ。
いつものように特製の外套は着てるけど、形がスタイリッシュなAラインコートだから、一見しただけじゃ凄い防御力があるとは思えないだろうね。武器も持ち歩いてたりしないし。
「あんた、総帥を尊敬してそうな割には信じてないのね」
「そんなことはない。だが、さすがに武装もしてない女の上に、大した力も感じないんじゃな……」
完璧に近いほど無駄のない身体強化魔法は、並以上の魔力感知でも察知できない領域だ。チャンピオンでも私は無力な女に見えてるらしい。
「今から見せてやるわ。特別にね」
客観的に考えてチャンピオンにまで上り詰めたガルシアは強い。常識外れの強さと言ってもいいだろう。
魔力と魔法技術、身体能力と戦闘技術、平均的に隙なくレベルが高い。
エクセンブラ闘技会初代チャンピオンの称号に不足なしと私でも言ってやれるくらいのレベルはある。
だけど、それは一般の話。
我がキキョウ会は特別、特別に次元の異なる組織なんだ。
あり得ないほど高価で希少な物資を湯水の如く使える環境にあり、それを頼みにした常軌を逸する訓練プログラムを実施できる、おそらく世界で唯一の組織だと考えていい。これによって、多くの強者を内に抱える規格外の組織になってる。
はっきり言って目の前にいるチャンピオンくらいの強さの奴は、ウチじゃあゴロゴロしてるレベルでしかない。
ガルシアのレベルを評価するとウチの戦闘団メンバーの平均よりは若干上で、甘く見積もって幹部補佐に近いくらいの実力と考えていいかな。きっと補佐以上には到底及ばない。
戦闘団の幹部補佐以上のメンバーともなれば、単純に数えて四十人もいるんだ。団長が一人、副団長が一人、補佐が二人で、戦闘団は第十まである。この時点でガルシアを位置づけるなら、キキョウ会内部だとすでに四十番手以下の実力ってことになる。
さらには幹部や補佐じゃなくても戦闘団にはそれに並ぶくらい強いメンバーはまだまだいるし、当然ながら戦闘団以外にだって強者はたくさんいる。本部付若衆や警備局、戦闘支援団や情報局にだって強いのはたくさんいるんだ。まさしくゴロゴロしてるレベルでしかない。
でもってそんな強者揃いのメンバーを従える私のレベルは、さらに別の次元にある。
だから戦闘なんか必要ない。見せつけるだけでいい。
本気を見せれば、それだけで事足りる。
疑わしそうなガルシアを前に無駄話を切り上げ、ただ魔法を発動した。
【――真殻撃砕】
進化し続ける魔法の奥義を特別披露してやる。優勝者だからね、これはサービスだ。
【紅蓮の武威!!】
他者を圧倒し呑み込む、身体強化魔法の上を行く奥義。名付けて闘身転化魔法。
強者であればあるほど、これの凄さが分かるはずだ。闘うまでもなく、格の違いを思い知る。
魔法主体の戦法を得意とするガルシアはあんまり私の興味を引く対象じゃない。これと言って珍しい魔法適性の持ち主じゃないし、使い方も興味深いほどじゃなかった。
私なら特別なことをしなくても、面白味もなく普通に勝ってしまう。片手で捻って終わりとまでは言わないけど、万に一つも負けることなどあり得ない。
普通に闘って実力差を見せるのも悪くはない。だけどせっかくの総帥のご指名だからね。小細工抜きのこれを見せれば否応なく負けを認めるだろうし。
「ふう、実力差が分からないようなヘボじゃないわよね。どうする? 一発でも殴ったら、あんた死ぬかもよ?」
紅蓮のオーラを纏った私は地獄の修羅にでも見えるだろうか。さっきまでと違って、これは力を見せつけるものだ。
脅威を前に唖然とした様子を見てしまえば、もう十分だと思う。心が折れなきゃいいけど、向上心のあるチャンピオンだし大丈夫だろう。
憧れの総帥に挑みたいなら、最低でもこれを恐れないくらいの実力にならないとね。
「は、ははっ、ははははははっ、なんだよおい、なんだよそれは!」
並の人間なら気を失い、強者でも逃げ出すようなおぞましい魔力の奔流だ。これを見せても、恐れより興味が勝ったか。さすがはチャンピオンね。
「さあ? 私のレベルになるとこれくらい普通なのよ。あんたにとっては特別な何かに見えるのかもしれないけどね」
「言ってくれるぜ。とにかく約束だ、一戦頼む」
「まだやる気? だったら本気でかかってきなさい。こんな機会、滅多にないわよ」
力を見せるだけで終わるかと思ってたけど、やる気があるならやってやろう。一応は約束だ。
「俺が遠慮する立場じゃないな、本気で行くぞ!」
言うなり、ガルシアは思いっきり距離をとってから始めた。
決勝で見た小さな炎の魔法の連射、それと目には見えない風魔法の弾丸。一度見てるから芸がないと思っちゃうけど、普通じゃ対処は難しい密度と威力の攻撃だ。
私としてはどうにでもやりようがある。
それこそ一瞬でケリをつける手だっていくつもあるけど、ここはチャンピオンへの褒美と思って、納得できるように負かしてやろうと思う。
まずは防御の神髄を見よ。
励起状態のアクティブ装甲を展開すると、突っ立ったままに全てを防御する。魔力に反応して鋭く防御するこれは、見えてる攻撃も見えてない攻撃も関係なく防御できる。
高速高威力の魔法を追尾するように魔法の盾が自動的に防御し、私には一切届かせない。
遠距離魔法が通用しないデモンストレーションを数十秒程度見せてやると、次は前進し始める。
歩きながらでもアクティブ装甲の自動防御は有効だ。ムキになったように攻撃は厚くなったけど、通用しないことはそろそろ理解できたはずだ。そこであえて魔法の盾を消去する。
今度は回避、身体能力と見切りの神髄を見るがいい。
高密度の魔法の連射への回避と迎撃能力は、決勝を戦ったシャムロックも見せた離れ業だった。もちろん、私はその上を行く。
その場に立ち止まって対処するんじゃなく、前に進みながら避け続けるんだ。迎撃は行わず、全部避ける。
たった一つを避けるだけならなんてことはない。
だけど高速での連射、面のように迫る魔法を回避し続け、しかも前に進むなんてのは至難の業だ。
同時に襲いかかる複数の軌道から身をかわし、それだけじゃなく次に襲いくる攻撃も、その次も含めて考えて避けないと意味がない。
先の先の先、さらにその先までの軌道まで見切って、最小限の動きでないと前進しながらの回避は無理だ。単純な反射神経だけじゃ、とても無理な離れ業ってこと。
我ながら神技と言ってもいいんじゃないかって回避を存分に見せつけながら迫ると、ガルシアも私からさらに距離を取るように離れながら魔法を放つ。
私にとっては追いかけながらの回避となって、難易度は格段に跳ね上がる。だけど、なんら問題ない。
ただでさえ、私と奴とじゃ基礎的なありとあらゆる能力が違う。そこに闘身転化魔法を発動したら、もう天地の差が開いたと言っていい状態だ。
回避しながらも、ガルシアが逃げる速度を上回る速度で迫って翻弄する。もう遊ばれてることくらい承知してるだろう。
躍起になって繰り出される意地の魔法連打を、ただの一発も掠らせもせずに距離を詰める。目には見えてなくも、魔力感知でも視る私には魔法での不意打ちは無意味だ。魔法主体の奴は、これだからつまらない。
ほかに手がないなら、ここらで終わらせてやる。最後の数歩を一瞬で詰めた。
至近距離で魔法が放たれようとした腕を払ってどけると、すれ違うようにして背後に足を回し、そのまま胸を押して転ばせる。大外刈りのような感じかな。多少強めにこかして頭を打っても、下は砂だから大丈夫だろう。
背中と頭を打ったガルシアには、追撃をもろに食らわせたら殺してしまう。外して頭の横の地面を殴りつけた。
衝撃に揺れる地面。猛烈な威力の攻撃は外したからといって只じゃ済まない。
砂まみれになる程度はいいとして、風圧で耳はおかしくなってるだろうし、余波でダメージだってあるはずだ。むしろ思った以上のダメージを与えてしまったみたいで、闘いにもなってない一方的な挑戦はここで終了した。
気を失って耳から血を流すガルシアをさくっと回復してやると、念のために経過を見守る。
「お姉さま!」
「ひゅー! さっすが会長です!」
「チャンピオンを一方的にやりこめましたねー」
「うーん、あの決勝の激闘はなんだったんでしょうね……」
「おい、ユカリ。やりすぎたんじゃねえか?」
「アレを使わなくても勝てただろ」
見物人たちが勝手気ままな感想を投げてくる。私としてはチャンピオンへの褒美だけじゃなく、見てるメンバー諸君にも早く使えるようになれって見本の意味も含んでるんだけど。
それにこれは無意味に力の誇示をしただけじゃないんだ。ガルシアにはチャンピオンになったからって、あの程度で満足されちゃ困る。
総帥にしてもらった対戦の条件として、ガルシアにはエクセンブラ闘技場専属になってもらう内容がある。ガルシアの立場もあるから本当に私の思惑通りになったのか不明だけど、総帥が何も言わなかったってことはたぶん大丈夫なんだろう。すると少なくとも三年は専属の闘技者になるんだ。
こいつは初代チャンピオンであり専属の闘技者なんだから、もっと強いチャンピオンになって欲しい。私に追い付くことは無理だけど、努力の人なら今よりはもっとマシになるはずだ。
エクセンブラ闘技会のチャンピオンこそが世界最強。これが理想だ。
世界でも数ある闘技会の中で、現在最も名高のはベルリーザ闘技会だけど、そのお株を奪いに行きたい。
しばらくはガルシアを頂点とするエクセンブラ闘技場には、全体的にレベルを上げていってもらいたいんだ。その先駆者として初代チャンピオンが必死に訓練するなら、必然的にほかの闘技者だってそうなるはずだ。ウチがスカウトした連中だって、そこに追随していくだろう。
「うっ……くそ、畜生! なんだったんだ」
「もう目が覚めたか。思ったより元気そうだけど、気分はどう?」
「あっ!? お、おい、あれは一体……こうしてお前を見ると全然さっきと違うな」
身を起こしながら私を観察してるらしいけど、魔力感知の技術が未熟だから私の力を見抜けない。
「今の状態だって、あんたよりは強いってことくらい分かるようになりなさい。このエクセンブラはそこらのぬるい街とは違うのよ。あんたもここの専属になるんだから、その辺のことは覚えときなさい」
言葉の内容か私の雰囲気にか気圧されたらしく、敗北にイラついたようだったガルシアは態度を改めた。
「あ、ああ。総帥との約束だ、分かってる。それで、その……また俺と闘って欲しいんだが」
圧倒的な差を見せつけられてもへこたれないのは、素晴らしい素質だと誉めてやれる。それでこそ専属にした甲斐があるってもんだ。
「私との対戦料金は五億ジストよ。次からは払いなさい」
「ごっ、五億!? そいつはいくらなんでも」
「賞金があるじゃないの。それに一回だけでもこうして本気を見せてやったことに感謝するのね。ああ、場合によってはもうちょいまけてやってもいいわよ」
「なんだ、どうしたらいい?」
「これからは街の中の移動にはバイクを使いなさい。あんたはチャンピオンなんだからね、あんたが使ってるといい宣伝になるわ」
「バイク? そういえば貸し出しをやっていたな」
「一台預けるから普段使いしなさい。そうすれば少しくらいなら、まけてやってもいいかもね。なんにせよバイクは使いなさい。いいわね?」
「あ、ああ」
こいつはたぶん、私に頭が上がらなくなってると思う。いいように使ってやれ。
「それじゃ、チャンピオン。冬の闘技会はまだどういった形式になるか未定だけど、あんたには必ず出てもらうわ。それまでせいぜい、腕を上げておくことね。分かったら、さっさと帰った帰った!」
部外者に居座られると、私たち運営はいつまでも帰れないからね。用事が済んだら帰れってなもんだ。
残った雑事を済ませると、あとは外注の人たちに警備を任せて我がキキョウ会メンバーは全員が引き上げる。
今日はなんとか成功に終わらせた闘技会を祝って、盛大に打ち上げだ!
人数的にエピック・ジューンベルの宴会場じゃないと入りきらなかったんで、そこを使っての大宴会だ。
酒は少し前にシマに組み込んだ区画にあった酒蔵から大量に持ってこさせ、食事もこれでもかと山ほど持ってこさせる。飲食くらいの贅沢は、なんてことない。それに健啖家の多いウチのメンバーなら、どれだけ量があっても容赦なく貪り尽くすだろう。もしかしたら追加が必要かもね。
「みんな、ここまで準備期間も含めて長い間よくやってくれたわ。お陰で第一回闘技会は大成功に終わって、がっぽり儲けられたわよ。ボーナスに期待しときなさい!」
「おおおおおおーーーっ!」
「特にゼノビアたち、警備局の貢献は大きいわ。今日は死ぬほど飲んで食べて、明日はゆっくりと休みなさい。そんじゃ、前置きはここまでね。ゼノビア!」
「じゃあ、あたしから。警備局だけじゃなく、みんなの協力があったお陰だ。これまでお疲れ、また次に向けて頑張っていこう! 乾杯!!」
「乾杯!!!」
あとはもうどんちゃん騒ぎだ。防音の効いた宴会場は、どれだけ騒いだところで外に迷惑はかからない。
今日ばっかりは、色々な懸念や先々に控える仕事のことはすっかり忘れて、誰もが楽しくはしゃいで過ごす。
ウチは年齢的に私も含めて若いメンバーが多いから、エネルギーもあり余ってる状態だ。
仕事を忘れてプライベートな話題で盛り上がり、無礼講だからと私にもちょっかいかけてくるのが結構いる。酔った勢いだろう。大仕事を終えた解放感はやっぱり凄く感じる。そのくらいは仕方ない。
ボーナス査定に密かな影響を与えながらも、楽しい時が過ぎていった。
ここで闘技場メインのパートは終わり、一区切りとなります。
ちなみにですが、チャンピオンは凄く強いです。キキョウ会がおかしいだけです。
次回とその次は日常の小エピソードをアップする予定で、続いては恒例の冬季訓練パートをはさみ、その後はまた小エピソードをしばらく重ねていく感じになると思っています。ちょっと趣向を変えたエピソードも用意したいですね!




