初代チャンピオンとその願い
魔法攻撃の物量で圧倒するガルシアの戦法は派手で見事だ。特に連射性能が優秀で、相手に小細工を許す隙がない。
だけどシャムロックも大した奴だ。面のように押し寄せる小さくても高威力の魔法の嵐を、抜群の身体能力と見切りで避け続けてる。
攻撃を続けるほうは魔力量が心配になるところで、避け続けるほうは集中力と体力が心配になる展開だ。
でもガルシアの魔力にはまだまだ余裕がある。見せつけるような魔法攻撃の連打には魔力切れを想像させる余地がない。シャムロックは反撃に転ずる余裕もなく、このままずっと無傷で避け続けるのは難しいと想像するしかない。
素人目にはどっちが先に力尽きるかって感じだろうけど、もう結果はほぼ見えてる。
「総帥、ここが正念場ですね?」
「そうなるな。あとはシャムロックがこの状況を打破できる切り札を持つかどうだ」
解説の総帥は多くは語らないみたいだけど、やっぱりこのままだとガルシアが勝つと分かってるわね。
ただね、切り札といってもなかなか難しい。
強者はそれぞれいくつかの切り札を持ってるもんだけど、どんな状況にも対応できる切り札なんてそうあるもんじゃない。陥った状況で役立つ切り札があるかどうかだ。
「おおーっと!? あれはなんでしょうか? シャムロック選手の剣が青く光り始めたように見えます!」
マーガレットの言うように、銀色だった剣の色が変わってる。
いよいよ切り札を使うみたいね。破れかぶれに使うのか、それとも本当にこの窮地を乗り切れる技なのか。
シャムロックは回避への集中が鈍ったらしく、炎の魔法を何発か受けてしまって、そのダメージは少なくないように見受ける。だけど諦めずに避け続け、いよいよ切り札は発動されそうだ。
ガルシアのほうも黙ってはおらず、攻撃の密度は増したけど阻止まではいかない。
観客の緊張が高まる。
ここにいるみんなが理解してる。切り札がどう働くかによって、勝利者が決まることを。
「見逃すな、そろそろ出るぞ」
親切にも総帥が発動タイミングを予告し、見てる側は息を潜めるように見守った。
発動前に半歩だけ動いたシャムロックの足元に魔法が着弾し、ほぼ同時に切り札が放たれた。
乾坤一擲。のるかそるかの大勝負のような一撃は、流星のような攻撃だった。
輝く青の光線がガルシアの少しだけ上に貫くように通り抜ける。
外したか? と思いきや、あれはブラフだ。
青い光線とほぼ同じタイミングで、銀色の剣がシャムロックの手元から射出されたんだ。
銀の線を描くような超速のそれは、たぶん私でも見てから避けるのは無理な一射だろう。もちろん威力も申し分ない。
その一射はガルシアを傷つけながら通り過ぎ、白砂の地面にぶつかって爆発的に大量の砂を巻き上げた。
ガルシアが纏う鎧の脇腹部分を粉砕した一撃だったけど、ガルシアは倒れずに魔法の連射をシャムロックに叩き込んだ。
諦めたわけじゃないだろうけど、精細な動きを失ったシャムロックは対応できずにもろに食らって爆発に包まれた。
慌てて審判長のグリーンズさんが小型の盾を構えて割って入り、随伴の審判団も魔法防御を展開して試合を止めた。つまりは勝負あり。
瞬間的な静寂の後では割れんばかりの歓声が轟く。
「決まったーーー! 決まりました! 逆転の一撃は惜しくも外れ、ガルシア選手が勝利をその手に収めましたー! チャンピオンです、チャンピオンが決まりました! エクセンブラ闘技会初代チャンピオンの栄冠に輝いたのは、ベルリーザからやってきた若き闘技者ガルシア選手です!」
わっと湧き上がる会場にマーガレットの勝利宣告がこだまして、健闘を称える声や賭けの勝敗の悲喜交々が怒号となって渦巻いた。
勝利したガルシアも脇腹を酷く抉られたみたいで、片膝をついた状態で苦しそうにしてる。
両者の元には近くに控えてたローザベルさんとコレットさんがさっそく治癒に当たってるから、問題なく回復するはずだ。
「いやー、総帥。シャムロック選手の最後の攻撃はいかがでしたでしょうか?」
「非常に惜しかったと思う。目立つ青の風魔法を囮に使った剣の射出、あれが完全に決まっていれば勝者は逆になっていただろうな。だが、発動の直前に当てたガルシアの攻撃が、僅かにあの一射を逸らしていた。これも見事な攻撃の組み立てと防御だ」
「なるほどー、本当に瞬間の攻防ですね。お聞きになりましたでしょうか、まさしくどちらが勝利していてもおかしくなかった名勝負ではないでしょうか! 改めまして見事な勝負を演じてくださった両雄に、盛大な拍手と歓声をお贈りください!」
解説のとおりだ。切り札を放つ一瞬前に当たったのが効いた。あれで攻撃の軌道がズレてなければ、ガルシアが敗北したかもね。
私たちも立ち上がって、両者に拍手を送る。素直にいい闘いだったと思う。ギリギリの高度な勝負は初代チャンピオンを決めるのに相応しい一戦だった。多くの観客にとって、名勝負として記憶に残るんじゃないかな。
「ここからの退場が最後の大仕事だ。あたしは仕事に戻るよ」
「おう、終わったら今日は宴会だ。早く帰ってこいよな」
「ゼノビア、最後まで頼むわね」
最後の仕事を果たすべくゼノビアが席を立っても、私はこのまま観戦ブースに居座って見届ける。
決勝戦を振り返るようなマーガレットと総帥の話が続くなかで、シャムロックとガルシアの治癒が終わると、お次は勝利者インタビューだ。負けたシャムロックは大人しく控室に引き上げていく。
「ガルシア選手、ガルシア選手! 見事、エクセンブラ闘技会初代チャンピオンに輝いた、今のお気持ちをお聞かせください!」
「いやー、マジで危なかった。運が味方してくれたと思う。それでもシャムロックさんに勝てたのは嬉しいね。優勝できてこんなに嬉しいことはない」
広報局メンバーのインタビューには、明るい性格のガルシアが快活に応じてる。
闘技者ってのは無頼漢が多いイメージだし、実際にそうだと思うけどガルシアは案外、親しみ易い性格のようだ。
会場ではさっさと帰ってしまう客は少ないようで、聞いてる観客もガルシアには好感を抱いたように思える。
いくつかのお決まりのようなやり取りを経ると、今度はガルシアが意外な事を言い出した。
「ちょっと悪い、いいですか? 解説者の総帥! 総帥、聞こえてますか?」
なにを考えてるのか、ガルシアが総帥に話しかけた。もしかして知り合いだったり?
まさか優勝者の呼びかけを無視するはずもなく、総帥が応える。
「話しかけられるとは思っていなかったが……まずは優勝おめでとうと言わせてもらう」
「ありがとうございます! せっかく優勝できたんで、一つお願いを聞いてもらえませんか」
「優勝祝いでもねだるつもりか? 同じベルリーザ出身のよしみで、できることであれば叶えてやりたいが……」
妙なやり取りが始まったわね。
公衆の面前じゃなく、あとで個人的にやればいいと思うんだけどね。総帥も同じことを思ってるだろう。闘技会優勝者が面会を希望するなら、総帥だって無下にはしないだろうし。
突如始まった不思議なやりとりを、私たち観客一同は興味深く見守る。
「だったら、総帥! 俺と、俺と闘ってください! ベルリーザ闘技会史上最強と呼ばれるあなたとどうしてもやりたくて、ここまできて優勝したんです!」
なんとまあ、熱い告白じゃないか。
ガルシアは去年、ベルリーザの闘技会で準優勝してるって紹介があったけど、今年の夏にも闘技会はあったはずなんだ。シャムロックもそうだけど、今年の戦績については言及されてなかった。
こうなるともしかしたら、二人は総帥に挑戦状を叩きつけるために、わざわざエクセンブラ闘技会までやってきたのかもしれない。
「お願いします!」
生意気な態度とは程遠い、真剣な様子で対戦を願い申し出る姿は好感を抱かせる。元よりガルシアはインタビューで性格の良さを感じさせてたんだ。
もし嫌だったとしても、そんな殊勝な態度を貫く若き優勝者の願いを無視するなんてのは難しい。
あそこまで言うなら別にやってやればいいんじゃないかと思うけど、総帥は意外にも無表情だ。そんでもって冷たくならないように言い放つ。
「すまないが、俺はもう闘技者としてはとっくの昔に引退した身だ。落胆させてしまうだけだろう」
「そんなことはないはずです!」
うん、私もそう思う。こう言っちゃなんだけど、私が見る限り総帥はガルシアよりも確実に強い。
でもやりたくない気持ちも分かる気はする。もう引退した身なのに出しゃばるのは気が咎めるだろう。しかも優勝者に勝ってしまうのはね。なんで引退したのかは知らないけど、今はアナスタシア・ユニオンでの立場ってもんだってあるだろうし。ひょっとしたら余人には想像もつかない理由だってあるかもしれないんだ。他人が無理強いできることじゃない。
「他の願いならば聞き届けてやれると思うのだがな」
「強い人と闘う事だけが俺の望みです! だから総帥、どうか」
純粋に強くなりたい、その高みを目指してるのかな。ガルシアは真剣に頼み続けてるけど、総帥がほだされる感じはない。
完全に他人事のつもりでどうなるのか眺めてると、総帥がちらっと私を見た気がした。きっと気のせいだろう。自意識過剰は良くないわね。
「なら俺が認める強者を紹介してやる。それでどうだ?」
「え、それはどういう……」
「この話はここまでだ。控室で待っていろ、後で望みを叶えてやる」
総帥は話を打ち切ると席を立って解説者と実況のブースを出て行った。
「あー、うん。なんか面倒な展開になりそうね。さっさと帰ろうかな」
「さっきの総帥、お姉さまのことを見ていました」
「だな。ユカリ、優勝者の願いくらい聞いてやれよ」
「なんで私が。グラデーナでもヴァレリアでもいいんじゃないの?」
「別にあたしでもいいけどよ、あいつをベルリーザ闘技会から引き抜くチャンスじゃねえか?」
「お姉さまなら簡単です」
うーん、どうするかな。
いくら優勝者だからって、賞金やら副賞やらで十分な報いは与えられるんだ。プラスアルファまで用意してやる必要はない。だけどこっちに利益があるなら話は別だ。
初代チャンピオンをエクセンブラ闘技場の専属にできるなら大いに意味がある。目標が身近にいれば闘技者の育成に身が入るし、他の挑戦者たちにもいい刺激になる。初代チャンピオンが二度と出場しないなんて危機が回避できるのも喜ばしいことだ。それと総帥への貸しにもなるわね。
良いことが見込めても私がいまいち乗り気になれないのは、やっぱりガルシアが初代チャンピオンだからだ。それもなりたてホヤホヤだ。
そんな存在を裏方の私が倒しちゃったんじゃ、水を差すどころじゃないのよね。だから観客の前でやるのは絶対にダメだ。秘密の対戦なら、まあいいのかな。外注のスタッフには外で仕事してもらって、キキョウ会メンバーだけなら見られてもいいし。
「会長、お客様がいらしてます」
「総帥でしょ? いま行くわ」
通路側にいた警備局メンバーが呼びにきた時点で分かってしまう。
しょうがない、まず話だ。こっちの条件を呑むなら受けてやらないこともない。
「お姉さま、ここで観ていてもいいですか?」
「なんだ、さっそくやっちまうのか?」
「うん。客が引けたらすぐにやって終わらせるわ。その前に向こうが私の条件を呑むなら、だけど。あと運営スタッフほうでも、ウチのメンバー以外の人払いはやっといて」
グラデーナたちに頼んでから通路に出ると、総帥と一緒に歩きながら話す。
「あのさ、面倒をこっちに振らないでよ。総帥がやってやれば良かったんじゃないの?」
「すまんな。あの手の挑戦を受けていたのではキリがない。だが、これは渡りに船ではなかったか?」
「否定はしないわ。でも条件交渉はそっちでやって。総帥が話したほうが、早いだろうし」
「いいだろう。エクセンブラ闘技場への引き抜きでいいか?」
「そうだけど、少なくとも三年は専属でいて欲しいわ。それが呑めるなら、私がいっちょ揉んでやるわよ。あと、この対戦は秘密裏で他言無用、あんたにも見せないわ」
「俺にもか?」
「女の秘密を覗き見るつもり? 趣味が悪いわね」
呆れたような溜息を吐く総帥には、これはあんたへの貸しでもあるぞと念を押す図々しさまで発揮し、選手控室までやってきた。
「観客がいなくなったら、すぐに始めるわよ。その間に話は付けといて。私はあっちで待ってるわ」
顎で行き先を示し、白砂の戦闘フィールドに向かう。
まだ退場中だからそれまでは入らず、通路の中から引けていく様子を見守った。
しばらく待って客がいなくなると、あれだけ騒がしかった闘技場が静まり返って寂しさを覚える。祭りの後って感じね。
これまでの長かった準備期間からのことを思い返してると、話が済んだらしい二人が近づいてきた。
「え……総帥、こいつですか?」
「いきなりこいつ呼ばわり? 失礼な奴ね」
私は女としては割と長身だし、態度がデカいから大きく見える。か弱い女子には思われないはずだけど、ガルシアは筋骨隆々とした大男だ。
体格だけを比較するなら対戦は不適当に思うのが普通。それは力を見抜かせない私の魔法技術が優れてる証拠でもある。
「条件は全て受け入れさせた。後は頼んだぞ」
「そんじゃ、今日は解説お疲れさま。ほら、さっさと始めるわよ」
これは向こうの頼みだからね。私たちにメリットはあっても、仕方なく受け入れてやった側だ。
世界の超大手組織であるアナスタシア・ユニオンの総帥に対する不遜な態度も、ここエクセンブラじゃあ三大組織の長同士だ。誰にどう思われようが遠慮なんかしない。
総帥は困惑するガルシアを残したまま、笑いながら帰っていった。
結局、対戦することになりました。
闘技場がメインのエピソードは次回までになる予定です。




