ファイナリスト
ついに始まった闘技会の本選。ここからが一番の盛り上がりどころだ。
上位六十四人から始まった強者同士の対決は、観客を大いに魅了しながら白熱した闘いを終えていく。
予選に比べて試合数は断然少ないけど、その代わりに一試合に投入される掛け金は莫大な額だ。本選からは金持ち連中も本格的に賭け札を買い始めるから、売り上げが大幅減なんてことには全然ならない。実に景気が良い!
ただし、個人的に気になるのはやっぱり勝ち上がってるメンツについてだ。
地元の無名選手なんてのは、三十二人に絞られた段階で消え去った。残ったのは全員がプロの闘技者で、トップの八人に至るともう外国の招待選手が総なめの状態になってしまった。
肝心の試合内容が白熱しててレベルが高いから観客の不満は聞こえてこないけど、地元選手の活躍はいずれ必要になるだろう。
今日は大詰めの三位決定戦と決勝が行われるんだけど、実は私は本選に入ってから試合を全然観戦できてなかったりする。合間にちょろっと観た程度だ。
それというのも注目の試合の日や、今日の決勝に向けてお偉いさんが試合を見にくる影響で、無視できない会合が次々とセットされてしまってたんだ。そんなこと続きで、ここのところは闘技場でのんきに試合観戦とはいかなくなってしまってた。
でも今日ばかりはさすがにじっくりと観戦する。三決のあった午後一番はこれまた要人対応で見逃したけど、決勝戦くらいは見とかないとね。個人的にも興味あるし。
キキョウ会専用観戦ブースには、時間のあるメンバーが集まって今か今かとその時を待ってる。
「今日はゼノビアも観戦? 珍しいわね」
「副長や警備局のメンバーが気を利かせてくれてね。ありがたいよ」
「ゼノビアはここまでで最大の功労者じゃねえか。決勝くらいは仕事を忘れて観戦しねえとな」
気遣いレベルマックスのジークルーネが裏方に回ったらしい。警備局はゼノビア以外の副局長や補佐だって頑張ってるから、彼女たちに任せとけば別に大丈夫とは思うんだけどね。でもジークルーネが代わりを務めると言ったからこそ、ゼノビアも観戦する気になったんだろう。
「お姉さまはどっちが勝つと思いますか?」
「うーん、そうね……」
物凄い大歓声と共に決勝の舞台に立つ二人が入場してきた。
ここでエキシビションマッチの時と同様のアナウンスが響き渡る。
「お聞きください、この凄まじい歓声を! ここまでの激闘が物語る声援となっているのではないでしょうか!」
お馴染みにのようにも思えるマーガレットの実況だけど、彼女のこれはエキシビションマッチ以来らしい。
そもそも予選は四試合も同時にやってるから実況なんてなかったし、事務的に勝敗を伝える役目は広報局の別のメンバーが担当してたようだ。
決勝トーナメントに入ってからもマーガレットは実況を担当せず、こうして決勝にだけ登場してるらしい。これも特別感を出す演出の一つなんだろう。
「さて、ここで改めて決勝の舞台に立つ両雄をご紹介いたしましょう! まずは黒衣を身に纏った姿がトレードマークのシャムロック選手からですが、かつては大陸の西に浮かぶ未踏領域にまで足を踏み込んだ、名うての冒険者だったそうです。そんな経歴を持つシャムロック選手ですが、五年前からベルリーザ闘技会で活躍を始め、二年前には優勝を果たすまでに至った偉大な闘技者です!」
シャムロックは如何にも戦士然とした体格と風貌を持つ男だ。ちょい悪系のカッコいいオヤジって感じかな。
西の未踏領域はクラッド一家のあの《雲切り》もそこで腕を磨いたとされる難所だ。そんな場所を舞台に冒険した経歴と共に、やっぱりベルリーザ闘技会での優勝の経歴は凄まじい。これを聞くだけでも、相当なレベルの強者だってのが理解できる。
マーガレットはここまでの闘いの軌跡なんかにも触れつつ、次の選手紹介に移った。
「対しますは奇しくもシャムロック選手と同じくベルリーザ闘技会で名を上げる新進気鋭の闘技者、ガルシア選手です! ガルシア選手は昨年のベルリーザ闘技会で彗星の如く現れ、準優勝を果たしたまさしく注目のニューヒーローです! 今年のベルリーザ闘技会には出場されなかったようですが、お二人は同じくベルリーザ闘技場を拠点とされていて、今回が初の対決となるそうです。このような夢の対戦がエクセンブラ闘技場で観れてしまって良かったのでしょうか!? しかも決勝の大舞台です、これは期待しかできません!」
先に紹介されたシャムロックが歴戦の戦士然とした風格を持ってるのに対し、ガルシアはより大きな体格と若さ、それと愛想の良さが特徴かな。紹介と歓声に対して、大きな剣を振り回すパフォーマンスと笑顔で応えてる。
「あたしは断然、シャムロックだな。あれは小細工抜きに強い野郎だぜ。剣の腕だけなら、あたしでもやべえかもな」
「ああ、こうして見るだけでも強さは伝わってくる。でもガルシアの魔法能力はまだ底が見えないと話に聞いたけどね」
グラデーナはシャムロックを推し、ゼノビアはガルシアが気になってるみたいね。
決勝の舞台に立つ両者は戦う前から身体強化魔法の出力を上げて、見た目には分からない闘いを早くも始めてる。良い闘志だ。
我がキキョウ会メンバーの特に戦闘団所属は、世間の常識からはかけ離れた戦闘力を持ってるから比較するのは野暮だけど、決勝の舞台に立つ二人の男はその非常識な基準から見てもなかなかのものと思える。
シードだった二人がどういった戦いをするのか、予選しか見てない私は実のところ知らない。
誇示する身体強化魔法の具合だけ見ると、ほぼ互角と言っていい実力と思う。あとは経験や技量、相性次第、それと運かな。
「どっちが勝っても文句ない決勝になりそうね。私には予想つかないくらい、いい勝負になるんじゃない?」
「お姉さまでも予想は難しいですか」
賭け札が買えるなら、もう少し熱い気持ちで観戦するかもしれないけどね。いい勝負さえしてくれるなら、ベルリーザ闘技場を拠点にする二人の決勝なんて、どっちが勝ってもいい。どっちかが地元選手だったら、断然応援することになっただろうけど。
「グリーンズ審判長による注意が両選手にされているところですが、さて総帥。非常に楽しみな決勝カードになりましたね」
「実際のところ、これはベルリーザ闘技場が歯ぎしりしそうな決勝だろうな。ここまでには有力な闘技者が数多くいたはずだが、これも巡り合わせの妙なのだろう」
ここでもまたマーガレットと同じく、総帥のご登場だ。またもや解説役を嬉々として引き受けてくれたらしい。
それにしてもベルリーザの影響が多くみられる決勝だ。
決勝の舞台に立つ闘技者二人もそうだし、審判長のグリーンズさんもすでに一度は引退済みだったとはいえ、元はベルリーザ闘技場にいた人だ。それに解説の総帥はベルリーザ闘技会での優勝経験を持ってる。
大陸北部の超大国は、こんなところでも大きな影響力を見せつけてくれるらしい。
ちょっとばかし思うところはあるけど、今回の闘技会は盛り上がることが全てだ。素晴らしい決勝の試合を見せてくれるなら、それでいい。エクセンブラ闘技会初代チャンピオンの名誉は快く贈ってやりたいと思う。
実況と解説が繰り広げる会話が続いてひと段落すると、闘技場の空気は温まり切った状態になった。
今か今かと期待に胸を膨らませる観衆の気持ちを汲んだようなタイミングで、その時が訪れた。
「ここでついにエクセンブラ闘技場における初代チャンピオンが決まろうとしています。いずれの男がその栄冠に輝くのでしょうか。距離を取った両雄がそれぞれ武器を構えます。そしてグリーンズ審判長の手が挙がり…………振り下ろされました、試合開始、試合開始です! 決勝の舞台が、伝説の始まりが、ここでたったいま、戦いの幕が切って落とされました!」
白い砂の敷き詰められた舞台には、二人の猛者が距離を空けて立つ。
シャムロックは試合開始と同時に、白砂を爆発的に巻き上げるダッシュで迫ろうとする。
ガルシアは逆に下がりながら炎弾の魔法を連射して迎え撃つ。
炎弾は小さな光の玉のようにも見えるけど、火魔法によるものだ。たぶんピンポン玉くらいの大きさしかない魔法は、一発一発がかなりの威力を持った魔法攻撃。しかも連射速度が凄まじく、一秒あたりに三発くらいは発射してるんじゃないかな。
連なる光の玉の連射に突っ込む形になったシャムロックだったけど、そこは決勝の舞台まで勝ち上がった男だ。あっさりとやられるはずもない。
直撃の寸前で突っ込む軌道を変えると、回り込むように走って少しずつ距離を詰める。迫りくる炎弾にギリギリで当たらず、通りすぎた魔法が客席を守る結界魔法のシールドに当たって続々と爆発炎上し、会場を沸かせる。
反時計回りに回り込むシャムロックが高速で距離を詰めていくと、ガルシアは近い距離を嫌ったのか巨大な炎の壁を生み出して接近を阻む。炎の輝きに目を奪われがちになるけど、シャムロックのほうもここで魔法を使った。
シャムロックの身体が青い風に包まれると、炎の壁に突っ込んで突破し、銀色に輝く剣を胴薙ぎに走らせた。一連の動作は極めて速く見事な技量の高さと言える。
攻撃を受ける側に回ったガルシアも只者じゃない。炎弾の連射と炎の壁を突破されても動揺の素振りはまるでなく、予見してたとばかりに大きな剣で迎え撃つ。シャムロックが振るう剣と同じ軌道を描いて交錯した剣は、強引な力押しでガルシアが押し返した形になった。そしてすかさず距離を取った。
「いきなりの凄まじい攻防です! 魔法と剣のどちらも決勝に相応しいハイレベルな闘いではないでしょうか!」
「ああ、見事だ。シャムロックの見切りと間合いの取り方、ガルシアの魔法能力だけに収まらない近接戦闘能力、序盤の攻防はまさに互角だ」
実際にいい勝負だ。
最初の攻防は互いにあわよくば決着を狙ったものだったとは思うけど、それでも様子見の意味合いが強かったはずだ。初対決の両者が互いの力量を確認したって感じかな。
身体強化魔法の出力は上等、技量も高く闘い慣れてもいる。さすがは名高いベルリーザ闘技会で勝ち上がれるほどの奴らだ。
「おおっと、今度はガルシア選手から仕掛けるようです!」
一度は距離を離した両者だったけど、特に休む間もなく続きを始めた。
マーガレットが言うように、ガルシアのほうから前に出たんだけど、これがまた面白い。さっきまでの炎弾を放ちながら、ただし相手を狙ったんじゃなく、無差別にばら撒くようにしながらだ。
ああして適当にばら撒かれる攻撃のほうが避けにくかったりする。自分を狙ってると分かってれば、コースを外して動けば避けられるし、防御態勢も取りやすい。フェイントで狙いそのものを外すこともできるわね。
だけど適当にばら撒かれると、どこに着弾するかは前もって予想ができないから対応の難度が上がる。もちろん攻撃側はその分だけ燃費が悪くなるんで、普通は多用できる手段じゃないんだけどね。魔力量が桁はずれに多いか、もしくは早く終わらせたい理由があるかってことになるのかな。
「ほう、ガルシアは早々に決着を付けにきたのかもしれないな。長期戦を見越した闘い方をしないようだ」
「短期決戦を狙っているのですね。なぜでしょう?」
「攻撃と回避は、通常は攻撃のほうが多量の魔力を消費する。ガルシアが攻撃を続け、シャムロックが回避を続けるなら、魔力切れで追い込まれる可能性があるだろうな」
「そこまでのことを一度の攻防で読み切ったということですか!?」
たった一度の攻防でも、やり合えばなんとなくでも互いの力量は分かるもんだ。特に強者同士であればね。魔法能力も、一度合わせただけの剣の技量でも。
ただ、闘いってのは目に見えるだけが全てじゃない。私が視るに、焦ってるのは――。
「シャムロック選手が多量の魔法攻撃にさらされながらも、青い風を身に纏って華麗に避け続けています! これは凄い身のこなしです!」
「あれとは別に避けながら攻撃を加えていることには気付いているか?」
「どういうことでしょうか?」
「常に青い風を使っているから気付きにくいが、実はシャムロックは攻撃にも風魔法を使っている。目には見えない風を、最初からな」
「なんと、ということはガルシア選手も防御や回避をしているのでしょうか。そのようには見受けられなかったのですが」
「炎の魔法を使いながら、シャムロックと同じ風魔法も使って打ち消している。見えない攻防をも繰り広げているということだ」
「皆様、お聞きになりましたでしょうか!? 只今、目の前で繰り広げられている攻防とは別に、もう一つの攻防も同時進行しているのだそうです! 凄まじい高度な激戦です!」
見えてないにもかかわらず、観客の興奮は総帥とマーガレットの説明で最高潮の興奮に高まる。
でもさすがは総帥、良く気付いてる。同時進行してたもう一つの攻防は、かなりのレベルの強者じゃないと気付けないものだ。魔力感知に長けた者同士の魔法戦は見応えあるわね。
シャムロックは風の魔法で回避と攻撃、これを繰り返しながら最終的には接近戦で仕留めるタイプだろう。
ガルシアのほうはあれは完全に魔法主体だ。火の魔法に加えて風の魔法まで高度に使えるってことは、それなりの種族特性を持ってる証だ。手にした大きな剣はこけ脅しとまでは言わないけど、奴にとっての最高の武器は魔法で間違いない。
なんだろうね、ガルシアはウチのアルベルトと同じようなタイプなのかな。アルベルトは超一級品の弓の腕と魔法の腕を持ってるけど、なぜかハンマーを愛用する変わり者だ。きっと得意かどうかは別として、大きな剣にこだわりがあるんだろうね。
近距離で剣を主体に闘えば、おそらくシャムロックが勝つ。だけどガルシアの魔法能力は高く、特に魔力量で圧倒してると考えるべきだ。
ばら撒き続ける炎の魔法はさらに密度を増して回避を困難にさせ、接近戦には持ち込ませない。強引に突破を図ろうすれば、連射をもろに食らって終わりだろう。
身に纏った青い風がより輝き、シャムロックは動きを一層シャープにしていくんだけど、ガルシアの魔法はもっともっとその密度を増していった。下の砂地や結界魔法に外した魔法がガンガンぶつかってド派手な軌跡を残し続ける。
「これは激しい! ガルシア選手の小さな火の魔法が、凄まじい爆発の連続を会場に轟かせています!」
「シャムロックは苦しいな。このままでは押し切られるぞ」
「なんと、このまま決着となってしまうのかーーー!?」
クリフハンガー的な終わり方ですみません。
次話「初代チャンピオンとその願い」に続きます。




