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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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この先一年の展望

 理事たちとの会合を終えると、今度は会議室じゃなく待ち合わせ相手が宿泊する客室に向かう。

 現在、最上階とその下の階はフロア丸ごと貸し切り状態だ。超VIPがいるからね。

 フレデリカを伴って最上階に入ると、オーロラトーチ騎士団の面々が行う警備を抜けて目的の部屋に入った。


「いらっしゃい、ユカリノーウェ。フレデリカさんも、さあこちらにどうぞ」


 屋敷の主人のような態度で出迎えるのは、ロスメルタ・ユリアナ・オーヴェルスタ公爵夫人だ。

 私は普通に、フレデリカは恐縮しながら、ロスメルタが勧めるティーテーブルの椅子に着く。

 人払いされてるのか廊下にいる護衛の騎士を除いて、この部屋にも隣の部屋にもほかに人はいないらしい。いくら旧知の間柄とはいえ、裏社会の人物と単独で会うなんて剛毅な女だ。


「一人だけ? もうちょっと用心したほうがいいわよ」

「公式な場ではないし、誰かがいるとわたくしがリラックスできないわ」


 余裕を見せつけ、手ずから紅茶まで入れてくれた。


「まあいいけど、もしかして私たち以外の誰にも聞かせたくない話?」


 この女は慎重だ。自分の腹心を信じてないわけじゃないはずだけど、情報はどこからどうやって漏れるか分かったもんじゃない。秘密を知る人物は誰を信じる信じないとかの問題じゃなく、常に最小限が望ましい。

 まあこいつほどの策士となると、秘密が漏れることも見越してそれすら利用するとは思うけどね。今回はそういうのも嫌がったってことなのかな。


「ふふっ、ユカリノーウェたちは揺るぎないから頼りにできるのよ」

「褒めても懐柔されないわよ」


 なにを企んでるか分かったもんじゃない相手の誉め言葉なんて素直に聞けない。

 たしかに、ウチは他者の暴力に屈せず、金に転ぶほど先が見えてないアホでもないし、資金は潤沢で余裕がある。ロスメルタを裏切ることは、ブレナーク王国でやっていけなくなるってことも十分に承知してる。

 エクセンブラを本拠地と定める私たちは、ここで商売できなくなると非常に辛い。個人的な友誼もあるし、そりゃ裏切る可能性は国内で考えて限りなく低い存在だ。


 魅力的な笑みを浮かべるロスメルタだけど、こいつの笑顔はやっぱりどこか怖い。素直に受け取れるもんじゃないわね。

 フレデリカも交えてちょっとした雑談を経ると、いよいよ本題に入る。


「ところで、ユカリノーウェ。今回の闘技会ではとても大きな富が集まったわね?」

「まあね。どこもかしこも景気のいい話ばっかりよ。エクセンブラだけじゃなく、王都だって恩恵は大きいわよね」

「お陰様でね。利権を握る貴族や商会を通じて、王都にも王宮にも多大な利益が転がり込んでいるわ」


 闘技会で生まれる利益はまさに巨額だ。そこ単独で見た場合だけでも数千億ジストが動き、波及する経済効果まで含めれば、どれだけ莫大な額になったことか。


「あなたたちは得た収入の使途は決まっているのかしら?」

「ざっとはね。適当な希望は私が投げて、幹部会とフレデリカが具体的に按配してくれるわ」


 私とロスメルタの視線がフレデリカに向くと、金髪メガネ美女は説明を始める。


「ええと、簡単にご説明しますと、メンバーへのボーナス支給とセクション毎の予算の増が一番の大枠です。あとは新規事業への投資やそれにまつわる経費諸々で大半は使い切ってしまうと思います」

「貯め込んでもしょうがないからね。ガンガン使ってくわよ」

「さすがはわたくしの見込んだキキョウ会、よく分かっているわね。なにかと懐に貯め込もうとするのが多くて、困ってしまうのよね」


 金は天下の回り物なんだ。少々ならともかく、ごっそりため込む奴がたくさんいると、それは問題になってくる。

 闘技会ってのは莫大な富を生み出す興行だ。儲けが出れば、その使い道の問題が出てくる。大きく儲けたそのカネを何に使うのかってね。

 なるほど、ロスメルタの本題は稼いだ金の使い道に関してかな。私たちのじゃなく、王宮か王国としての。


「で、そっちも貯め込まずにどうしようっての? それが本題よね」


 さっそくズバリ切り込んだ。


「ええ、儲けの使途は以前より考えていたのだけど、現実になったからには実際に使っていくわ。そこであなたたちを呼んだのよ」

「しょーがないわね、とりあえず聞くだけ聞くわ」


 ここにきた以上、当然ながら話を聞く。ロスメルタは厄介で面倒な事ばっかり頼んでくるけど、その分だけ必ず見返りがある。


「主な使途は軍事費で決まりよ。これから注ぎ込んでいくのだけど、理由は分かるわね?」


 王宮は当初、王都の復興と発展をメインに金を投じてたけど、メデク・レギサーモ帝国との戦いの予兆を感じてからは軍事費に大きく割くようになった。

 帝国との戦争は完全に終結したとは言い難い感じで終わってるけど、ブレナーク王国としての標的は大陸西部じゃなく、ずっと前からすぐ近くにあった。目と鼻の先の問題こそがより重要だ。


「旧レトナーク。本格的におっぱじめようってわけね?」

「火種をいつまでも放置できないの。王国として多方面の情勢から、そして資金面で考えても、慎重論を唱える必要がなくなったわ」


 闘技場から生まれる余剰な金を軍事に注ぎ込み、かねてよりの考えを決行する段階にシフトする。それすなわち、旧レトナークへの侵攻と平定だ。


 かつてレトナークはこのブレナーク王国へ侵攻し、それは勝利に終わったはずだったんだけど、内乱によって勝手に滅んでしまった。小勢力に分裂した旧レトナークの勢力同士が争ううちに、ブレナーク王国は復活し情勢は一変した。

 一度は叩き潰されたブレナーク王国はロスメルタを中心にして王都の復活、そして王国の復活を成し遂げ、先般では大陸西部で覇を唱えるメデク・レギサーモ帝国にも痛打を与える事に成功した。


 王国としてはもう完全復活を成し遂げたどころか、以前よりも隆盛を極めると評して間違いない。だけど、国ですらなくなった旧レトナークは外交もできない危険な存在だ。

 つい少し前には闘技場に対して爆弾テロを目論んだ事件まであったんだ。危険な存在を放置できない事情はあるし、旧レトナークを征伐しろって風潮もずっと前から燻ぶってるから国民感情の面でもやったほうが受けはいい。

 それ以外にだって利権含めた思惑は多種多様に渦巻いてる状況だろうし、軍閥の意向も無視できない事情も絡みそうだ。まあ、政治上の理由は私にはどうでもいいけど。


「ちなみにいつから始めるつもり?」

「夏には侵攻を開始するつもりよ」


 今は秋真っただ中のとても気持ちいい季節だ。来年の夏に向けてなら、これから動き始めても十分以上の準備期間がある。

 それでもって。


「私たちに内密に話す理由はなによ? まさか露払いをしろなんて言わないわよね」


 問題はそこだ。なにを求めてるのか分からない。

 今回は対メデク・レギサーモ帝国の時のような不意打ちで痛打だけを与えるような戦いじゃない。旧レトナークを丸ごと飲み込んで、ブレナーク王国の版図を広げる侵略戦争なんだ。

 すると敵を倒すだけじゃなく町を押さえて統治までしないといけない。軍事に金を投入するってのは戦力だけじゃなく、勝つのは当然として侵略したあとのことまで考えた全体像としての戦略を練ってるはず。


 もちろん戦争自体は正規軍を主力とした編成で、それ以外を使うとしても傭兵くらいのものだろう。それに戦争自体は正面からやっても普通に勝つだろうけど、このロスメルタが普通のまま仕掛けるはずはない。ずっと前からの懸念事項だったんだから、それなりの仕込みをしてるはずだ。

 馬鹿正直に正面から攻めるだけじゃなく、浸透工作によって内側からも崩す策も当然のように進行中のはずだ。懐柔や裏切りはそこら中で起こり、戦わずして獲れる町だって、いくつもあるに違いない。


 勝利が確定してる戦争で、私たちのようなイレギュラーを投入したい意図が不明だ。


「ふふ、そんなこと言わないわ。あなたたちにやって欲しいのはちょっとした賊退治なの」

「賊退治~? あのね、なに企んでんのよ」


 いよいよ怪しい話だ。盗賊退治なんてそれこそ正規軍で踏み潰せばいいだけだ。私たちに借りを作る必要なんてない。


「フレデリカさん、レトナークを飲み込んだら何を得られるかしら?」


 急に振られたフレデリカが戸惑いながら答える。


「……そうですね、まずはブレナーク王国とほぼ同じ大きさの土地が得られます。これによって様々な資源を獲得することはもちろん、王宮は有力な新興貴族に対して治める土地を与えられますね。あとは……海、もしかしてここが焦点ですか?」

「そのとおりよ。内陸国家のブレナーク王国が海岸線にまで版図を広げることになるのだけど、問題はそこよ」


 ふーむ、海か。懐かしいわね。随分と長いこと見てない。

 突発的に湧き上がる感傷よりも、疑問を優先する。焦点が海?


「あれ、さっき賊退治とか言ってたわよね。まさか……」


 嫌な予感が口をついて出ると、ロスメルタは魅力的な笑みを浮かべる。


「海賊退治、やってちょうだいね」


 笑顔で言うな、まったく。

 いきなりの注文を聞いたところで意味不明なことから、詳細を説明させると一応はやって欲しい理由は見えた。


 まず基本的なところで侵略戦争は国が行うけど、ブレナーク王国は陸軍がほとんどを占める。それは別にいい。普通に陸を侵攻して旧レトナークの小勢力を次々と破っていけばそれで終わりだ。これは問題なく完遂すると思う。

 だけど問題は海。そこにはレトナークが王国の時代に海軍があったらしい。王国はとっくになくなってるわけで、じゃあ旧海軍の奴らはどうしてるかといえば、海賊に成り果ててしまってるんだとか。そんでもって旧レトナーク近海は海賊が跋扈する無法地帯になってると、こういう状況らしい。


 内陸国家であるブレナーク王国は海軍を持たない。一応は広い河川を有してるから水軍はあるんだけど、規模も舟もかなり小さく旧海軍の船と戦うなんてとても無理。対抗し得る軍を今から準備したんじゃ、実現するのはいつになるのかって話でもある。軍船に対抗できる船をどこで調達するのかって問題もあるわね。


 そこで少数精鋭、どんな敵だろうと問答無用に殴って黙らせる私たちにお鉢回ってきたと。いやいや、それもおかしいからね。


「事情は分かったけど、私たちだって海での戦いなんて経験ないわよ? それに船で逃げられたらどうしょうもないし。陸地から見える海賊船を沈めるだけでいいなら、なんとかなるかもしれないけど」

「あら、そんな単純な事ならあなたたちにお願いしないわ」

「ん、どういうことよ?」

「だって海軍を一から作るなんて大変なのよ。だから海賊をそのまま軍として使いたいの。彼らは元は海軍なのだから、ユカリノーウェが説得して引き入れてちょうだいね」


 おい、なんてハードルの高い事を平気で言う女なんだ。

 海ってシチュエーションでどうしたらいいか不明だし、港にだって伝手はない。そもそも大陸東端の海まで行くんだって、それなりの労力がかかる。

 しかも単に敵を倒すんじゃなく、味方に引き入れろ?


 私は大抵の不可能は可能に変えられると思ってる傲慢な女だけど、今回ばかりはちょっと成功までのビジョンが見えない。


「ふふ、ユカリノーウェでも困るのね?」

「あんたね、そりゃ無理目な事を平然と頼まれればそうなるわよ。断っていい?」

「いいのかしら。港の利権、欲しくない?」


 それが今回のエサか。


「……うーん」


 食いつきたくもなる。この場合、漁師が使う小さな漁港とはまた別の話だろう。港の利権と言えば、ぱっと思いつくだけでもいくつかある。


 まずは港で発生する普通の仕事だ。普通とはいえ、この仕事は規模がでかい。

 この世界の魔法文明はかなりレベルが高いと思うけど、魔法による人力頼りな面が結構あって、それは港でもそうなってると聞く。巨大なコンテナ船やクレーンのようなものはなく、あくまでも魔法を使った人力が主体で、あとは魔道具を少し使うくらいだ。たぶん海運がそこまで盛んじゃないからだろうけどね。


 人力での港湾作業と言えば船への荷揚げや荷下ろしがあり、それは船からはしけ、桟橋へと移動させる段階があって大変な作業だ。しかも貨物船を扱うとなれば、積荷の量は膨大で作業員の数も相当数が必要になる一大事業といっても過言じゃない。ここを仕切れるとなると、それだけでビジネスとして非常にでかい。


 今は海賊に荒らされてるからまともに港を使ってる船は存在せず、ブレナーク王国に入ってくる物資であっても一旦は北のドンディッチを経由する事になってる。海路を使えばそうなるし、陸路でも必ずドンディッチなどを経由する流れになってるわけね。これが港を使って直接、他国と取引できるようになるとコストの面でも影響は大きいだろう。


「ユカリ、規模の大きな正業が取れますね」

「うん、そうね。港が手に入ると、それだけじゃ済まないことにもなるわ」


 さらには裏社会ならではの特典も見込める。


 例えば密輸だ。港の仕切り役なんだから、海の玄関口の一つを預かる組織として非常に容易く実行可能になる。他国からなんだって仕入れることができるし、逆に外に出すこともね。

 ブツだけじゃなく人だってそう。ウチは人身売買をやる気はないけど、逃亡を支援したり逆に受け入れたりね。罪人じゃなくたって、秘密の出入国をしたい人は一定数いるだろうし。それらを収益に繋げることも可能になるかもしれない。


「ちなみに港って言ってもいくつもあるはずよね。海賊の拠点はどのくらいあるわけ?」

「色々とあるのだけど、キキョウ会にお願いしたいのはブレストフロー島の港だけよ。そこには旧レトナーク最大の軍港があってね、そこが最も脅威なの。軍港は海軍が使うからあげられないのだけど、軍港を除いた最大級の港の一つをあなたたちへの報酬にするわ」


 なんか想像してた海賊とは違うわね。

 それにレトナークの海岸線の具体的な地名や島、地理までは把握してないから勉強が必要だ。ブレストフロー島ってのに軍港があることは話から分かったけど、どのくらいの大きさでどこにあるのかも私は知らない。


 それにしても海賊なんぞが軍港を使ってるとは贅沢な。さすがは元海軍って感じなのかな。

 ちょっとひと筋縄ではいきそうにないけど、夏まではまだずっと先の話だ。準備期間は十分にある。というかウチに準備させるために、極秘のはずの話を早く持ってきたんだろう。いや、この場で人払いしてるのは、ウチが海賊を潰す作戦こそが秘密の話だからかな。


 とにかく現地のことだけじゃなく、他にも利権を欲しがる奴らがいそうなことなど、利害調整面でも色々と気になるけどとりあえずはいいかな。


「……ふーむ、面倒事に見合う価値はありそうね。独自に調査を進めるけど、闘技会が終わってからになるわよ」

「準備はユカリノーウェたちの好きに進めてちょうだい。ただ、分かっていると思うけど」

「当然、秘密裏にね。調べるのはそれでいいとして、派手に動いていいのはいつから?」

「夏の初めには侵攻を開始するから、そのタイミングでね。遅くても夏が終わるまでには片付けて欲しいと思っているわ。そちらでも調べ事や要望など出るでしょうし、また冬の闘技会の時にでもこの件は話しましょう」

「そうね」


 今の段階だと疑問点が多すぎて、質問するにも纏まらない。

 まだ極秘の作戦だからウチに持ち帰っても幹部会で広く意見を聞くのも無理だけど、情報局の幹部とジークルーネくらいには相談したいところだ。

 先方の用件が済むと、ロスメルタは別の人に会う用事があるというこで退散する。


「ユカリ、また忙しくなりそうですね」

「夏の海賊退治までには準備が必要だし、ほかにも色々あるわよね、きっと」


 この秋は無事に闘技会を終わらせてひと段落と思うけど、冬にもまた次回闘技会があるし、冬季恒例の特別訓練も忘れず実施する予定だ。

 春になってもまた闘技会はあるだろうし、雪解けから活気づく一番忙しい季節でもある。我がキキョウ会にとっても色々とやらなきゃならないことはある上に、きっと想定しない仕事も多く舞い込むだろう。

 さてさて、また忙しくなるわね。

リアル時間にしてもまだまだ先になると思いますが、先の展開をここで予告する内容になっています。

たぶん、皆さんが忘れた頃になってやっと海に到着するのではないかと思いますが、気長にやっていく所存です!

次回から闘技場の様子に戻り、優勝者決定とその後のオマケ的展開まで寄り道せずに進む予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロスメルタ様の出番再び! キ―マ―シ―(n‘∀‘)η―タ―ワ―ァ!! 相変わらずの女狐っぷりというか、むしろ九尾の狐の化けた妖女のよう 確かに上品な公爵夫人でもあるのですが、裏の顔が怖い…
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