退屈なお仕事タイム
闘技会は順調なペースで試合を消化していき、長いようで短かった予選は早くも終わりそうなところまできた。忙しさにかまけてると、長丁場もあっという間だ。
今日をもって五千人以上もいた参加者は百分の一以下にまで絞られ、あとはシードの招待選手を加えた残り六十四人からが本選となる。
さすがに五千人以上も集まる闘技会の上位者ともなれば、実力も折り紙付きだ。
私の目から見てもそこそこの強者が揃ったと思える。これから始まる本選はエクセンブラ闘技場として恥ずかしくない大会になると期待してる。
ここからは勝ち上がれば賞金が跳ねあがっていくから、そういう意味でも闘技者たちの真剣さは増す。
ベスト六十四の段階になっても賞金はまだ出ないけど、代わりにファイトマネーが増えて五十万ジストになる。それまでは参加賞のファイトマネーが三万で、一回闘うごとにそれが支払われた程度の稼ぎでしかない。だから別にここまで勝ち上がっても大きく儲けられたわけじゃない。
基本的な宿泊先と食事は運営が持つから出場者は滞在費としての意味じゃ損はしてないはずだけど、稼ぎって意味じゃこれからがまさに本番なんだ。
もちろん招待選手は招待された時点でファイトマネーとは別に高額報酬を受け取ってるわけで、一般参加者とは違うんだけど、そいつらにはプロの闘技者としてのプライドがある。あっさり一般参加者に負けるようじゃ、次は自分が一般参加になるかもしれないんだ。気合の入り方は、それこそ違うってもんだろう。
ここからの本選で一回でも勝てば上位三十二人となり、ファイトマネーとは別に賞金として百万ジストが入ることは確定する。
もし次も勝って上位十六人に入れば三百万だ。そして上位八人ともなれば、一気に賞金は一千万ジストに跳ね上がる。
上位四人に残れば三千万、三位決定戦に勝てば五千万、準優勝なら一億、そして優勝なら五億。
四位以上には高価な副賞もあるし、なにより名誉が付随する。
すでに名のある闘技者は別として、次回以降の闘技会にはシードとして呼ばれる立場になるだろうし、他国の闘技会からもお呼びがかかるかもしれない。
メディアの取材も殺到するだろう。国やギルドからの誘いだってあるだろうし、貴族や商会からも声をかけられることも確実だ。成功者としての人生を歩むことができる。
だから私としては他国の招待選手じゃなく、無名の地元参加者が優勝する展開を望んでる。無理かなとは思ってるけど、そっちのほうが闘技会として盛り上がるし面白い。
なんとも夢のある話じゃないか。まあ、そうなったらそうなったで身を持ち崩す奴が多そうだけどね。
「お姉さまは観戦に行かないのですか?」
「予選はもういいわ。なんとなくの結果も見えてるしね」
最初のほうの予選をひと通り見ただけあって、勝ち残ってる奴らの強さは大体分かってる。組み合わせを見ただけで、どっちが勝つかは読めるってもんだ。どうせ賭けには参加できないし、特別に応援してる奴だっていないしね。
「ヴァレリアは試合が見たければ会場に行ってきていいわよ。私は今日、色々と人に会う予定だけど、ウチのホテルで会合だから護衛の出番はないわよ」
「でしたら、アシュリーのところに行こうと思います」
「いいんじゃない? 訓練つけてやるもよし、気晴らしに遊ぶのもよし、出店も多いし街を見て回るだけでも楽しいわよ。いってらっしゃい」
「はい、いってきます」
アシュリーは闘技会で最初に目を付けた女の子だ。無謀な突撃を繰り返す捨て身の戦法で三回戦まで進んだけど、そこでプロの闘技者に当たって負けたらしい。
あの子は旧レトナークからの移民で、単純に賞金目当てで参加してたと聞いた。親の働き口がまだ決まっておらず、そのために幼ない妹と弟を食わせるため日銭を稼ごうとして奮闘してたんだとか。もっと深刻な事情があるんじゃないかってくらい凄まじい気迫の闘いだったと思うけど、事情を聴いてみればそこまででもなかった。
通常、人間は生存本能が働いて、捨て身の戦法なんて簡単にできるもんじゃない。やろうと思ったって、身体は思うように動かないもんだ。だからこそ訓練によって、それができるようにしていくのが普通なんだけど、あの子はその辺りの精神構造がおかしい。まあ闘技者として考えるなら、それは一種の才能であり見どころのある女の子だ。
あの日のヴァレリアは医務室に押し入って、驚くアシュリーを個室に連れて行ったらしい。上等な個室で休めることになったアシュリーは、すぐにヴァレリアが普通の同年代の女の子じゃないと知ることになる。
自己紹介を経て会話を重ねていきながら、ヴァレリアは裏工作を挟まずに正面から闘技者にならないかとスカウトにきたことを話してしまい、そしてアシュリーの事情を聞いてキキョウ会なら親の働き口をすぐにでも紹介できることなどを一気に話してしまった。
そうして闘技者としての訓練を受けるなら今後の生活保証もあるぞと金で釣るような話をすると、その場でろくな条件交渉もしないうちに決まってしまったらしい。どうやらアシュリーは金に弱い少女のようだ。
ヴァレリアは素直なアシュリーを気に入ったらしく、しょっちゅう様子を見に行ってる。
ほかにも闘技者育成プログラムは順調に走り始めてると言っていい。私が予選で目を付けた奴らは全員すでに敗退してることもあって、大きな注目を浴びることもなかった。思惑通りにスカウトできたこともあって、来年あたりにはあの中の誰かが闘技会で勝ち上がってると面白いんだけどね。
「会長、本部長、そろそろ車回してきまます」
「お願いね。ユカリも準備してください」
「もうそんな時間か」
今日はこれからエピック・ジューンベルで色んな人に会う。
フレデリカに言われて準備のために私室に行くと、ラフな格好からフォーマルっぽい格好にチェンジする。
私の服は下着からなにから全部がトーリエッタさんの特製で、例えなにを着たところで恥ずかしいってことはない。今回はエピック・ジューンベルの格調に合わせて、それっぽい服を一応は選んでおくといった感じかな。まあ適当だけど。
普段着にしてる簡素なシャツとパンツ、それと靴も脱ぎ棄てると適当に見繕った服をささっと着ていく。
クローゼットをざっと眺めて、光沢のある黒のブラウスに濃灰の細身のパンツ、それと焦げ茶色のローファー。これに月白のトレンチコートを羽織るだけでいい。全体的にシンプルだけど、トーリエッタさん作の服はそれ自体が高級感漂いまくってる。誰であれ、馬子にも衣裳の完成だ。
あとは化粧だけど、素でも超美人の私にメイクアップ系の化粧は不要だ。基礎化粧品の日常使用は美容の面でキキョウ会メンバーには義務としてるから、会長である私も早朝訓練のシャワー後には必ずやってる。私にはそれだけで十分!
紫紺の髪を梳いて結ばず後ろに流し、いつものティアドロップのサングラスで目元を隠すとこれで準備完了。
なんとなく似た雰囲気の格好になったフレデリカと共に、戦闘支援団のメンバーが表に回した車両に乗り込むと移動した。
わざわざエピック・ジューンベルに移動した大きな目的は、闘技会の理事たちとの会合とその後に控える大物との会合のためだ。
大きな目的の前に色々な用件を済ませたい思惑もあり、私と話したいって奴らをこの際まとめて呼んである。
まずは商業ギルドのジャレンス理事から始まって、闘技会には直接関わらない主要ギルドから今後の儲け話や要望を聞き、次いではブーラデッシュ商会のような知り合いの商会やそこが引き連れてきた仲間連中、そしてアイストーイ男爵のような貴族連中の話も聞いておく。連続した会合はなかなか大変だ。
暴力と財力を誇示し、広いコネを持ちさらに拡充する我がキキョウ会、そして会長である私と話をしたいって奴はごまんといる。
普段は仲の良い知り合い以外で時間を取ってやることはなかなかないけど、こうした機会にまとめて相手してやって、多少なりとも相手方の面目を立ててやる。勢力を広げるとこうした面倒もある程度は許容していかないと、どこかで躓く要因になり得るからね。これも会長としての仕事だ。
ただし、私は超偉そうにサングラス越しに睨み据えながら、ふんぞり返って適当な受け答えに終始するだけで、これといって気前のいいことは言ってやらない。実際の受け答えのほとんどはフレデリカがやってくれてるし、そのフレデリカも見た目の穏やかさや丁寧な言葉遣いとは裏腹に、言ってる内容はかなり厳しい。
昔からの知り合いはともかく、これはイメージ戦略の一環でもある。
エクセンブラは裏社会が仕切る街だってのは誰もが知る事実で、そのなかでも特に大きい組織はクラッド一家であることも間違いのない事実だ。
そしてアナスタシア・ユニオンはエクセンブラでこそ規模は劣るけど、大国ベルリーザに本拠を置くその一大勢力は、世界規模で見ればクラッド一家を圧倒する。
だからキキョウ会はエクセンブラにおける三大勢力の一角ではあっても、相対的に最も劣ると普通に思われてる。戦って負けるとは思ってないけど、組織としての規模が劣ってるのは事実だからね。
それにバルジャー・クラッドは怖い男だとは思うけど表向きには話せる男として通ってるし、アナスタシア・ユニオンの総帥も武闘派のイメージは強いけど話せる男って意味じゃ同様だ。
私だって聞く耳を持ってるし話せる女だとは思ってるけど、ほかと同列に思われると良くない事情がある。
女であることと、勢力が小さいことから、単純に舐められてしまいがちになるんだ。
私たちキキョウ会は、より危険な組織であるといったイメージを持たれることが必要なんだ。これまでもそうだったし、これまで以上にアンタッチャブルな組織として、隙を見せるわけにはいかない。
キキョウ会が、そしてその会長こそがエクセンブラにおいて最も危険な存在であると、まだ分かってない奴らにこういう機会に少しでも感じさせるのが私の真の目的だ。
だから常に威圧し、特に護衛の奴らに向かって恐怖心を抱かせる。主人の護衛が私をヤバいと思えば、それは自ずと主人に伝わる。つまんないことを考えさせないように釘を刺すにはこれが結構、効果的なんだ。
そうした会合をやり過ごすと、次は絶賛開催中の闘技会の理事が集まる時間だ。
主として貴族や大手商会の長、冒険者ギルドや傭兵ギルドの長が務める理事が揃うと、誰ともなく話が始まり進行していく。
私は特に口を挟まず、今のところは順調に進んでるといったそもそもはウチが報告してる内容を聞き流し、次いで売り上げの話に耳を傾ける。
トーナメントの大詰めを残した状態でも、予測を上回る売り上げに全員が笑顔だ。事前の取り決めに従った利益の分配には誰も文句は言えず、次回についてはまた話し合いが持たれると含みを残す。
取り分がコンマ一パーセント違うだけでも、かなりの大金になるからね。その辺の駆け引きは勝手にやればいいんだけど、一度決めた取り分の変更を要求するならウチだって動くことを分かってるんだろうか。
今は利益から二十五パーセントの取り分と大きな枠を持ってるウチだけど、そこを譲る気は一切なく、逆に今回の成功を盾に増やしに行くつもりだ。
宣伝や招待選手の面で大いに役に立った理事はいるけど、これといった働きが見えない理事もいるからね。そういう奴らの取り分は結託して減らす方向で考えよう。薄いサングラス越しに何人かに目線を送ると、おそらく意図を理解した理事はいたと思う。
そして肝心の次回だ。次回闘技会。ここに集まった誰もがやる気満々なのは疑う余地がない。
「当方としては熱が冷めないうちに次を開催したい考えです」
「異存ありませんな。皆様もその点については同様ではありませんか?」
私も含め、それについては全員が頷く。これについては予定調和みたいなもんだ。
「では具体的なスケジュール案をお配りします。こちらをどうぞ」
事前にある程度の打診はあって、これも急な話じゃないからすんなりと話が進んでいく。
冬は雪に閉ざされる事情があって、長距離の移動が難しい。基本的に集まる客は地元のエクセンブラと王都、近隣の町くらいと考えないといけない。
ただ、すでに訪れてる観光客がこのままエクセンブラに滞在し続ける場合も多いと考えられる。そもそもそれを見越して秋に開催した思惑もあるしね。
「招待した闘技者は大半が戻ってしまいますし、季節柄や初回のインパクトがなくなることから、今回ほどの集客は見込めません。次回の闘技会につきましては、参加人数やスポンサーがどの程度集まるかも加味して、具体的な方式については今後の課題としましょう」
年がら年中、同じことをやるわけにもいかないから、それも分かってることだ。
今後の課題は持ち帰ってそれぞれで考えるとして、大枠としての話はまとまった。
「現場の意見として、キキョウ会から何かありますか?」
ここに集まってるのは十把一絡げの奴らとは違う、名目上は私と同格の理事連中だ。話を振られたからには一応の礼儀は通す。フレデリカには振らずに私自身で答えてやる。
「そうですね……私としては各ギルドや兵の引退者から、もっと多くの人を雇い入れたいと考えています」
「おお、闘技場は激務と聞いていますが、待遇面では非常に良いと評判になっていましてね。口を利いてくれないかと問い合わせが多かったのですよ」
「こちらもだ。そうした枠を広げていただけるなら、とてもありがたいことだ」
ギルド代表の理事は、引退者の働き口を確保することも仕事のうちだ。しかも美味しい働き口を紹介できるとなれば、それはギルド内での力を増すことにも繋がってくる。
私としてはそうした供与をしてやってるつもりよりも、単純にキキョウ会メンバーの負担を減らしたいだけのつもりなんだけどね。ウチのメンバーは最終的には要所にだけいればいいと思ってる。
外部委託すれば人件費はかかるけど、ウチのメンバーにはほかのことをやってもらったほうが結局はより大きな儲けに繋がるんだ。
「そうした枠を徐々に広げていくことはお約束しましょう。こちらで用意できる枠から、ご興味のある方々で具体的には調整いただきたいと考えています。闘技会終了後にまた話し合いの機会を設けましょう」
ウチの都合は伏せて、せいぜい恩を売っておく。ありがたく思うがいい。
あとは予定の時間まで雑談交じりに和やかな時間が過ぎていく。
闘技会は全体的にすごぶる良い調子で進んでるから、誰も彼も機嫌がいいこともあって会合はつつがなく終わった。
そうして、次に控えた大物との秘密会談が始まる。
これについては全然内容を知らされてないから、ちょっとばかし不安がある。なにを聞かされることになるやらね。
ちょっと横に逸れたような裏方の話となりました。この間に予選が終わっている想定です。
次回は未来の展開(規模の大きなエピソードになる予定です。)に闘技場関連から繋がり、その次には闘技会本選に戻ります。




