看板闘技者スカウト活動
朝から闘技会の試合を眺め続けて、昼を少し回った時間帯。
もういい加減に飽きたなと思ってると、ようやく面白い奴が現れた。
「右手前のあの子、なかなかです」
ヴァレリアも目を付けたらしい。
四試合同時にやってるから私は全体を見渡すように視界に収めてたけど、今だけその試合に注目する。
「気合だけは一丁前ね。だけどそれができる奴とできない奴の差は大きいわ、見どころあるわね」
目を引いたのは見た目としてはヴァレリアと同年代、十代後半くらいの感じの少女だ。
やせ型の細い体をボロい皮鎧に包み、小ぶりのナイフ一本を頼みに奮闘してる。後ろで束ねた長い髪を跳ねさせながら、無謀な突撃を繰り返す。まるで命など惜しくないと叫んでるかのような異常な戦いぶりだ。
技術としては全然、粗くてダメダメ。だけど瞬間の判断力と対応力が並外れてて、それと凄まじい気迫によって格上にも伍する闘いを成立させてる。見てられないほど危ないけどね。
「あっ、勝ちました」
少女は相手の槍に右足を貫かれながらも、ナイフを首元に押し当てたんだ。
大怪我を負ってるのに少しも動揺せず、降参しなければ喉元を掻き切るぞと言わんばかりに睨み付け、少女の気迫に呑まれたのか殺しは御法度の試合なのに相手は手を上げて降参した。
「勝つには勝ったけど、ほぼ相打ちね。完全治癒が約束されてるからって、あそこまで負傷覚悟でやるのは珍しいわ」
まさに勝利をもぎ取った形で、勝利の宣告を受けると共に倒れて運ばれていった。
この試合はやっぱり人目を引いたらしく、ひと際大きな歓声が上がってた。歓声ってよりは、意外な勝利に賭けで負けた悲鳴が多かったのかな。
「欲しいですね、お姉さま」
妹分は随分とあの子を気に入ったらしい。しょうがない。
「ヴァレリア、医務室に行ってあの子と話してきてくれる? ちょっと異常な戦いぶりだったからね、なにか理由があるはずよ」
「はい、闘技者用の個室を使わせてもらいます。それと少し手ほどきしてきてもいいですか?」
「あの子が望むならね。装備もボロすぎたから、これも受け入れるなら適当に見繕ってプレゼントしてやりなさい」
「お姉さまはまだ試合を見ていますか?」
「うん、またああいうのが出てこないとも限らないからね。今日中に終わるか分かんないけど、一回戦くらいは全部見るつもりよ」
ヴァレリアとあの子の年はたぶん近いだろう。そんな少女同士なら世間話からスムーズに仲良くなれるかもしれない。
しかも私の妹分は可愛いし、めちゃくちゃ強い。興味を抱かずにはいられない存在だ。それにあれだけ我武者羅に一生懸命闘う子なら、何か支援が得られるなら素直に受け入れそうな気もする。今は任せてみよう。上手くすれば闘技者として育てられるかもしれない。
一人で観戦をしばらく続けてると、観戦ブースにジークルーネがやってきた。
早朝から働いてたから少し疲れた様子で私の隣に座ると、手に持ってたドリンクを一気に飲み干した。
「お疲れ。初日はどう?」
「ゼノビアたち警備局が上手く仕切ってくれている。それとキキョウ紋の威光が効いているのか、想像したほどトラブルは多くないな」
想像したよりは、ね。
ここから見てた限りじゃ客席でのトラブルは頻繁にあったし、審判に文句をつけてぶちのめされる闘技者も数人どころじゃなくいたはずだ。それに闘技者同士の勝敗をめぐるトラブルも控室のほうでは結構あるとも、ちょくちょく入る報告で聞いてる。
まあ現場でやってるみんなが予想よりも楽だと思ってるなら、別にいいのかな。
「そう、それは良かったわ」
「ユカリ殿はずっとここに?」
「朝からね。ウチの看板闘技者として売り出せそうなのがいないか物色してるところよ」
「闘技者育成プログラムは早速発動させられそうか」
「まだスカウトしたいと思ったのは一人だけよ。向こうが乗ってくるかも分かんないし、候補はあと少なくとも四、五人は欲しいわね」
普通にそこそこ強い程度の奴じゃ看板にはなれない。圧倒的な強さや才能とそれにプラスして何か魅力がないといけない。
さっきの少女にはそれがあった。まだまだ粗い原石だったけど、磨けば光る才能は飛び抜けてたと思う。少女ってのも闘技者界隈じゃ珍しいからね、十分に看板足り得る素質がある。
「ユカリ殿の目は厳しいからな、人数を賄うためにわたしもここで観戦しようか?」
「まあ最初から理想的な人材を集めようとしたって無理よね。ちょっとだけなら妥協してもいいから、ジークルーネも手伝って」
「了解した、休憩がてらしばらく手伝おう」
たしかに、完璧を求めるのは良くない。
それに弱くても、なんか応援したくなる人ってのはいるもんだ。そういうのを抱えておくのも、興行面を考えると普通にありだ。強者だけにこだわると、それはそれでつまんないメンツになりそうでもある。
「計画ってのはなるべく温まってるうちに発動させときたいからね。どうにか初日の今日、何人かは目星をつけたいわ」
看板闘技者を育てるためのプログラムを私たちは用意してる。
キキョウ会メンバーとは異なる存在として抱えておくためには、外部の人間の協力が不可欠だ。それこそが闘技育成プログラムの裏事情だ。
基本的な形式としてはエクセンブラ貴族を育成対象者のパトロンにさせる。この貴族はもちろんウチの賄賂漬けになってる傀儡だけど、そんなことは外部に知られてないからね。そういうのが情報局の活躍のお陰で何人もいるんだ。
傀儡貴族には対象とした闘技者を一人ひとり、バラバラにパトロンとしてつけて支援させる。
継続的な生活費や訓練費、闘技会で勝ち上がれば高額ボーナス支給、これと引き換えに専属闘技者にならないかと破格の条件で持ち掛けさせる。もし闘技者になることを目指して参加してる人なら、それは夢のような話だろう。ちょっとした腕試しで参加してる人でも、誘いがあれば心が大きく揺れ動くに違いない。しかも商業ギルドに仲介させて、詐欺の可能性がないと思わせる配慮まで考えた親切具合だ。
うまい話には裏があるもんだけど、この場合の裏は特に誰も損をしない、むしろ関係者の誰にとっても良い話っておまけつきでもある。
こうしてキキョウ会のキの字も出ないままにお抱えにしてしまう作戦となる。さっきの少女はヴァレリアが気に入ったから、ちょっとイレギュラーな対応になるけど。
あとは戦闘訓練の支援として、傀儡貴族がコーチを雇いウチのメンバーを派遣させる。そこからは地獄の訓練の始まりだ。ジャブジャブと湯水の如く回復薬を使いながら、限界まで絞り上げるキキョウ会式戦闘訓練を施していく。
ウチのメンバーと同じ調子でやりすぎるわけにはいかないけど、一応は専属闘技者として契約で縛るからある程度は頑張らせる。ただ、それに耐えられる精神の持ち主である必要はあるわね。それと強くなるための意欲が強かったり、闘技会で勝ち上がるための理由があったりする人物が望ましいかな。
そんな事を考えつつ誰かいいのがいないかと探し、時折りジークルーネとあーでもないこーでもないと雑談しながら目星をつけていく。
「あの体格の良い獣人はどう思う? 戦闘センスは悪くなさそうだが」
「悪くはないけど、なーんか地味じゃない? 戦い方もルックスもイマイチぱっとしないわね」
「では向こうの少女はどうだ? あれはまったくダメだが、愛嬌だけは人一倍だ」
「ふーむ、そういうのを鍛えるのもサクセスストーリーとしては意外と面白いかもね。なんであんな喧嘩もしたことなさそうなド素人が参加してんのか不思議だけど」
高みから見下ろすように勝手な事を言いながら寸評を繰り返す。
「ああ、あれはいいわね。戦いのほうは置いといて、とにかく美人だわ」
「ユカリ殿、その基準でいいのか……」
「飛び抜けてればなんだっていいのよ。闘技会で優勝を狙えるほどにはならないだろうけど、人気の面じゃ期待できるわ」
なんせ闘技会の試合は賭け事の対象だ。強さにかかわらず、人物として人気があれば賭けの対象として盛り上がる。闘技者ってのは人気商売な側面もあるし、それは利益に直結するんだからね。
ルックスの良さだって一つの才能なんだ、私はどんな才能だって高く買う。
「ではあの青年はどうだろう。見た目の良さは群を抜いているように思う」
「あれか。あれはダメよ、なんかスカしてて気に入らないわ」
「先ほどと言っていることが違うような……」
「なに言ってんの、闘技場は圧倒的に男がメインの客層よ? イケメンはイケメンでも男が気に入るタイプと嫌われるタイプに分かれるわ。そんでもってあれは嫌われるタイプの奴よ。感心するほど強いわけでも才能を感じるわけでもないし、一生懸命さもない舐めきったようなあの態度。あれが負けるところを見たい客は多いだろうけど、活躍なんて誰も望まないわよ。そんな奴をウチが鍛えるわけにはいかないわ」
「そういうものか……」
悪役ってのもそれなりの需要があると思うけど、あのタイプは悪役にしても人気は出ないと思う。
それに悪役ってのは強くないと務まらない。人気者を苦しめる強さがあるから悪役として成り立つんであって、あいつ程度じゃその方面で中途半端だ。
「うーん、やっぱり掘り出しものってのはなかなかいないもんねー」
「あの娘はユカリ殿の目には留まらないのか? 先ほどの女と同じように見目の良いタイプと思うが」
「悪くはないわ。さっきの女がいなきゃ気にかけたと思うけど、似たようなのを二人抱えてもしょうがないわよ。第二候補として、一応は覚えとくけど」
「それもそうか。おお、あの男は強い。注目に値しそうに思ったが」
ふるい落としの予選には珍しく本格的に強い男だ。一瞬で相手を倒したけど、それだけでも強さの片鱗がありありと見て取れた。
「いいわね、エクセンブラをホームにした闘技者にならないか声だけでもかけてみたいわ。ただ、あれだけ完成されてると育成プログラムに放り込むのはちょっと違うかもね」
「たしかに。それとあれは雰囲気からして傭兵だろうか。闘技者志望というよりは、腕試しか名を上げてどこかの騎士団にスカウトされることが目的かもしれないな」
参加目的は色々とあるだろう。ただの興味本位から、腕試し、勝ち上がって名を上げる、スカウト目的、賞金目当て、運営からしてみれば目的なんてなんでもいい。色んな奴が参加してくれたほうが盛り上がる。
「……ほう、あの少年はどうだろう。なかなかの紅顔の美少年ぶりかと思うが」
「へえ、ジークルーネの趣味?」
「それは誤解だが、実際どう思う?」
「いいと思うわ。さっきの美人よりも戦闘センスありそうだし、あれはお買い得ね。なんとしても確保しときたいわ」
真面目なんだか不真面目なんだか分からない寸評を繰り広げながら、夕方から夜に入っても観戦を続ける。
観戦しながら、もそもそと夕食を済ませ、いい加減に疲れてそろそろ帰ろうかと思い始めた。
「ふう、見てるだけでも疲れたわ。今日の初日でかなりの試合を消化したんじゃない?」
「具体的にどの程度ふるい落とせたのか聞いてみなければ分からないが、おそらく初日としては十分以上のペースになっただろう。明日は今日よりも試合の間隔を空けて調整することになるだろうな」
結局は夜まで私と一緒に観戦を続けたジークルーネと話してると、思ったとおりにアナウンスが流れて終了の予告が始まった。
今やってる試合を除いて、あと四試合で終わるらしい。
会場は最後の賭け札を買おうとした客で慌ただしくなり、ダメ押しのような忙しさとなって疲れたスタッフに襲いかかった。
結局、丸一日スカウト活動というか目星を付ける観戦を続けた結果、闘技者育成プログラムを受けさせることに決めたのは五人。
最初に目を付けた無謀な闘い方をする気迫に溢れた少女。
戦闘技術としては何もかもダメで才能も感じられないけど、凄く頑張ってた愛嬌のある少女。
槍使いでそこそこ強い二十歳前後の美女。
ちょっとした才能がありそうな十代半ばの美少年。
最後に地元出身で長年に渡って兵士をやってた中年くらいの見た目の普通のおっさん。このおっさんだけ異色だけど、こいつは意外に伸びそうな気がしたんだ。遅咲きで活躍する闘技者ってのもそれはそれで注目を集めそうだからね。
交渉がまだこれからだから上手く行くかは不明だけど、ダメならダメでまた次を探せばいい。
それに私たちの思惑とは別に、これからは普通にエクセンブラの貴族や商会が抱える闘技者たちは出てくるはずだ。誰かのお抱えじゃなくても単純に地元出身の闘技者として生計を立てようとする人だっているだろうし、そういう奴らが看板として活躍したって私たちに何も損はない。
人気者になってくれるのが多数出てくれれば、それだけ闘技会は盛り上がるんだ。
得てして予期しないところから、そういうのは出るもんだしね。
大雑把に闘技会予選の様子をお送りしました。
ありがちなトーナメント編ですが、主人公が参加者ではなく運営側として見守る展開はなかなか珍しいのではないかと思っています。
退屈な試合をずっと繰り返しても仕方ありませんので、次回はちょっとばかし時が早送りされた状態になっている予定です。




