トラブル解決手段の提示と本番開始
「時間を取らせてすまない。忙しいようなら俺は出直すが」
「そこまで遠慮しなくていいわ。で、相談ってのは?」
屈強な熊獣人は意外と遠慮深いらしい。
もう一人の訪問者はフレデリカが応対してるらしく、しばらくは放っておいていいだろう。
熊獣人からもらった原石を弄びながら、磨いた宝石とは違う原石だけが持つ複雑な形や色が成す美を楽しむ。
「すまない。実はその石を買ってくれるところを探している」
「売りたいわけね。これまではどうしてたわけ? 引き取り先が急に買ってくれなくなったとか?」
「いや、例の奴らを締め上げたら、命乞いにその石が採れる場所を吐いた。だが掘って石を採ることはできても、買い手が見つからなくてな……」
良い物があったところで、売り先がなければ意味はない。販路の開拓ってところかな。
「そういうこと。ウチで引き受けてもいいわよ。ただ、この種類の原石だと大粒ならともかく小粒だと価値は低いから、大金を稼ぐってほどにはならないけどね」
「それでも構わない。売れるなら助かる」
ほっとしたような感じだ。村の経営状態は苦しいのかもしれないわね。
まあこっちもボランティア活動に興味はない。多少なりとも稼ぎになると見込んだからこその良い返事だ。
エクセンブラは成長し続ける大都市だけあって色んなものの重要が高い。トルマリンは金持ち向けの需要は少ないかもしれないけど、それでも十分に捌ける余地があるだろう。
原石を転売するだけでもいいし、磨いてから売るのもいい。密輸じゃなくて正業としてやるのもいいわね。
「平均的にどれくらいの質でどれくらいの採掘量かっても重要だから、ちょっと先になるけど一度現地に誰かをやるわ。もしかしたら高価な石も出るかもしれないし、調査したほうがいいわよ。そうしてから具体的な話を詰めていこうか。それと村ではほかにどうやって収入を得てるわけ? 良ければほかにも相談に乗れるかもよ?」
これは我がキキョウ会にとって、南部の小国家群への間口を広げるチャンスでもある。
「村では主に狩りと畑で作物を育てているが、ほとんどが自分たちの食い扶持だけで消えていく。物資を買おうにも、金を稼ぐ手段があまりない状態だ。以前は国境紛争の臨時雇いで稼げていたのだが、最近はそれも少なくてな」
「傭兵みたいなことやって稼いでたわけね」
ふーむ、どうしたもんかな。
戦闘力はそこそこありそうな連中だったと思うけど、エクセンブラに呼んで使えるかと言うとそれは微妙だ。闘技場で働く人員はまだ欲しいんだけど、戦える男たちを村から引き離すのは無理だろうしね。でもあの戦闘力は腐らせておくには、ちょっともったいないわね。
「――そうだったのですか。近隣に賊が」
「はい、そこで護衛を雇いたいと考えていまして、その相談に参りました。どこからか拠点を移したのか規模の大きな賊らしく、村の男たちだけでは手に負えません。幸いまだこちらの村の存在は気取られていないようなのですが、時間の問題でしょう」
ふと、フレデリカと彼女が応対中の客の会話が聞こえた。賊に対処する護衛が欲しいとは物騒な相談だ。
そういや、誰なんだっけ?
気になったんで、熊獣人にちょっとごめんと断ってから衝立の向こう側を覗き見た。
「あ、ダンディ村長」
フレデリカと話してたのは見覚えのある壮年の獣人だった。短く刈った白髪とヒゲ面がワイルド系俳優を思わせるダンディ村長だ。
これまた南部の小国家群に立ち寄った時に、マクダリアン一家がやってたミスリル鉱床での強制労働から助けてやったことから繋がりができた関係でもある。
今はミスリルインゴットと共に、麻薬畑をリリィ特製の野菜畑に変更してもらって、それらの買取で関係が続いてる。
そのダンディ村長が護衛を求める相談?
ようは賊にいつ狙われるか分からないから、ウチから人を出してくれないかってことだろうけど、それは難しい。闘技場真っ盛りのこの時期は、誰かを貸し出すどころか足りてないんだからね。しかも護衛は先々のことじゃなくて、今すぐにでもどうにかしたい問題のはず。
「なるほど、見事に需要と供給の一致がここにあるわけね」
「どうした?」
「ちょっときて、いい話よ」
話の見えてない熊獣人を連れてフレデリカとダンディ村長のところに行くと、簡単に双方を紹介して本題に入る。
「村長、悪いけどウチは忙しくて人を出せる状態じゃないわ。代わりにこの人たちを雇うのはどう? 護衛の料金は経費としてこっちで持つわよ」
村からの輸入は随分と安く買い叩いてるから、護衛の経費くらいは全然問題ない。賊に横取りされるとその補填に労力がかかって面倒でもある。
それにウチの人員を出さなくていいなら、少々の金がかかるくらいどうでもいい。経費なのは本当だから村に負担させるのは良くないし、押し付けてしまうと良い関係は保てないだろう。
「会長からのご紹介でしたら、こちらとしては是非もない。ところで、こちらの御仁はキキョウ会の方とは違うようですが」
「うん、ナルクトプレスの人でまあ簡単に言えばそっちの村と同じような経緯で知り合った間柄よ」
熊獣人もなんとなく話の流れが見えてきたらしい。
「賊の問題は他人事ではない。護衛を仕事として任せてもらえるなら、こちらとしてもありがたい」
熊獣人の村があるナルクトプレスとダンディ村長の村があるトレスマリアは隣国同士だし、村と村の距離も話を聞く限りそれほど遠くはなさそうだ。熊獣人の村から出せる護衛戦力も十分に当てにできる人数だった。
両国の関係は知らないけど、少なくともこの場にいる二人からネガティブな感情は感じられない。まさに需要と供給の一致で、どっちもこれで助かったというような感情がうかがえた。
二つの村の橋渡しをしてやり、経費の護衛料はひとまずの形だけど前払いのつもりでフレデリカが計算中だ。
問題をまとめてサクッと解決できて、良かった良かった。
賊の戦力がどの程度か不明だけど、不足ならまた相談があるだろう。それと、もし賊を壊滅に追いやったとしても継続的に護衛は雇っておくべきだ。
今回は先に賊の存在を察知できたから良かったものの、そういうパターンのほうが少ないはず。常に護衛を配置しておけば安心だし、雇われるほうも雇用が安定して気分が楽だろうしね。
ウチとしては人件費の安い彼らを常時雇っておくことに対する不満もないんだ。その程度の出費で安心が買えるなら、破格の条件でさえある。
この先の護衛について常時雇用の考えを話してやると、二人ともやっぱり安心したみたいだ。
キキョウ会とのビジネスは利益になる。これが南部の小国家群に徐々にでも広がっていくといいんだけどね。
せっかく闘技会をやってる時期にエクセンブラまできたんだから、本当ならついでに見ていってもらおうとしたんだけど、賊への対処で村長たちは遊んでる場合じゃない。
特に護衛を引き受けた熊獣人の側は、村人への説明もしなきゃいけないし諸々の準備で忙しくなるだろう。回復薬はダンディ村長のほうにある程度のまとまった数を預けてあるから、もしもの場合にはそれでなんとかしてもらえばいい。
「なんかあったら相談くらいいつでも乗るわ。そんじゃ、気を付けて帰りなさい」
「いつも助かります」
「すまない、恩に着る」
存分に感謝するがいいと思いながら訪問者を見送ると、また慌ただしい日々に戻っていった。
やっぱり時間ができたら外に出よう。シマうちでのシノギはまだまだ増やせると思うけど、外に出ると新たな出会いや稼ぎの話を拾ってこられる。
春以降の話になるけど、今はそれをひとつの楽しみにしておこう。
エキシビションマッチから闘技会本番までの合間が光の如く過ぎ去り、いよいよ本番は始まった。
最初のほうは朝から晩までずっとやってる闘技場だから、貴賓用のボックス席以外だと指定席みたいな上等な制度はない。
入場券を買ったらあとは勝手に空いてる席に座って、飽きるまでいたら出て行く方式になってる。だから入れ替わりも頻繁にある想定だ。
闘技場に人が溢れ返らないようにコントロールするのは、警備局トップのゼノビアが全体を見ながらやる。これはさじ加減が大変だと思うけど、ジークルーネやグラデーナもサポートしてるし、そもそも厳密にやれと言うつもりは誰にもないから結構適当でも問題ない。
例えば席に座れなかったとしても、そこらで立ち見でもしとけばいいと思ってるし、スタッフの言う事を聞かない奴や暴れるような奴は容赦なく叩き出す方針でもある。
だからこそ、暴力組織である我がキキョウ会が現場を仕切ってるんだ。
悠長に説得なんてまどろっこしい真似はしない。邪魔な奴らは叩き出す。地元の連中ならキキョウ紋を見て無駄な抵抗はしないと思ってるけど、観光客には通用しないと思うし、賭けが絡むから熱くなってしまう場合は多いと考えられる。
自由席だから席を巡ってのトラブルだってあるし、興奮から意味不明に暴れる奴らだってそれなりにいる状況だ。
めでたく始まった、闘技会の初日。
私は関係者席で騒がしい客席を気にしながら、退屈な試合を眺める。
前もって想像した通りの退屈な試合が続く。
見下ろす闘技場の敷き詰められた白い砂の上では、四組の試合が同時に行われ、決着がつくとすぐに次の試合が始まる。まさにガンガン試合を消化してるって感じだ。
最初のほうの試合の組み合わせは完全にランダムだから実力差が酷い場合には、ちょっとした腕自慢とプロの闘技者が当たって一瞬で決する場合もあるし、素人に毛が生えた程度の男同士で遠慮がちに剣を打ち合わせるだけの闘いとは言えないようなしょぼい立ち合いの場合もある。
試合としてのクオリティは低いけど、ある意味じゃバラエティに富んでて面白いと言えなくもない。
それでも全ての試合は賭けの対象だから、どんなにしょぼくても一瞬で勝敗が決するものであっても、観客の一喜一憂する怒号が響き渡る。
「お姉さま、思っていたのと違います……」
横で一緒に見てるヴァレリアが想像してるのは、もっとトーナメント戦が進んで強者同士が当たる試合だろうね。玉石混合で石のほうが圧倒的多数の序盤はこんなもんだ。
今日は本番の初日ってことで、私とヴァレリア以外はのんきに試合を見てたりしない。
通常業務のメンバー以外で闘技場にきてるみんなは、誰もが働いてる状態だ。
私は理事としてどんなもんか観戦してるだけだけど、これも一応は仕事になる。ヴァレリアは私の護衛だから一緒にいると、まあそんな感じだ。
ただし、私もボケっと見てるばかりじゃない。そんなつまんない仕事なら、普通にサボって有意義なことや楽しいことをを優先する。
なんでつまんない試合を見てるかと言えば、目的はやっぱり強者に目を付けることだ。他国の闘技場をホームグラウンドにしてる闘技者をエクセンブラをメインに変えてもらうようにするのはやっぱり難しい事情があるから、在野の見込みのある奴を探すんだ。
エクセンブラでやってる闘技会なんだから、参加者はエクセンブラからや近隣の町や国からの人が圧倒的に多い。そのなかにはまだ見ぬ強者だっているはずで、そういう奴らに目を付けて確保することが、今後の闘技場運営にとって大事になってくる。
いつまでも他国の招待選手頼りじゃ、エクセンブラ闘技場が情けない。
闘技者は何万、何十万、あるいは何百万人といった人が注目する試合の舞台に立つ存在だ。
だからこそ強い闘技者は有名人だし、尊敬され注目を集める。そういう闘技者が何人もいる闘技場ってのは、当然ながら世界的な注目度も高くなるってわけだ。そして注目が集まれば、人も集まり金も集まる。
まだ誰の唾も付いてない見込みのある奴を闘技者として育てることも、私たちの仕事には含まれてるってことよね。
「なかなか面白そうなのは出てこないわね」
参加者の九割以上が男だけど、少しだけ女の参加者もいる。
エクセンブラ闘技場は女の組織であるキキョウ会が仕切る世界で唯一の闘技場なんだ。そこで活躍する闘技者として、できれば女の強者が出現して欲しいと思ってる。まあまあなのは見るけど、強者というほどの人や今後に期待が持てそうななのは今のところ見当たらない。
ウチのメンバーを出せば余裕で活躍するけど、それは話が違うんだ。第一、裏方やってるはずのウチのメンバーが表に出て行って活躍したんじゃ、他の闘技者がやる気をなくしそうだ。内輪でだけ盛り上がってしまいそうでもあるし、八百長の疑いだって持たれるだろうしね。
そういった事情から女の闘技者を見出して育てるにしても、ウチの関係者と思われるのは良くない。一線を引いた扱いになる予定で、そのためのプランはすでにある。あくまでもキキョウ会メンバーをスカウトするわけじゃないから、見どころがあれば男でも引っ張るつもりでもいる。
「喉乾きました、何かもらってきます。お姉さまはなにがいいですか?」
「じゃあ、なんか果汁を絞ったものを適当に。特大サイズでね」
退屈したヴァレリアが席を外すと、私も試合に目を向けながらも別のことを考える。
エクセンブラ闘技場の特色をもっともっと出していきたいと思うんだ。せっかく新しくできた闘技場なのに、今のところは他国のそれと大した違いはないだろう。
年一回の秋の闘技会はこの方式でいいかもしれないけど、それ以外はちょっと工夫が欲しいわね。
それと、せっかく女の組織のウチが仕切る闘技場なんだから、その辺でも特色を出していきたい。例えば、そうね。
「うーん、やっぱり衣装かな。普段と同じじゃ、面白味がないわね」
キキョウ会メンバーが墨色か月白の外套を着てるのはいつものこととして、会場スタッフを示す赤い腕章を付けてるだけなのが今の状態だ。ウチのメンバーじゃない雇いのスタッフたちも赤い腕章が共通なだけで、てんでバラバラな恰好はどうにも締まりがない。
超高級ホテルのエピック・ジューンベル・ホテル&リゾーツが他と一線を画すクオリティを目指したように、この闘技場もそうあるべきだと改めて思う。
仕切り役であるキキョウ会メンバー用として闘技場でのみ纏う専用のユニフォームは作るとして、その他のスタッフにも制服を用意したい。
揃いの制服は帰属意識を持たせるし、連帯感や一体感を持たせるのに役立つ。特に雇いの連中は各ギルドや兵の引退者が多いから、元からの仲間意識なんてない連中だ。それが制服を着せるだけで一定の効果が見込めるなら安いもんだと思う。
それに制服を着てると目立つから客に向けて存在のアピールになるし、スタッフ自身が変な事をやりにくくなる抑制効果も見込める。仕事に対してのオンとオフの切り替えにも役立つと思うしね。
うん、これは次回までの課題にしておこう。しかも単純にそういうのは絶対、カッコいいはずだ。
まったく盛り上がらない闘技場の序盤の様子をお送りしています。
次回「看板闘技者スカウト活動」に続きます。
試合内容を辛口で見守ります!




