合間の訪問者たち
今後ずっと語り草になるようなエキシビションマッチが終わっても、私たちキキョウ会に休んでる暇はない。
闘技会本番を目前に控えて最後の詰めの調整があれこれと現場の人間に圧しかかり、楽をさせてはくれない。祭りはこれからが本番なんだからね、準備万端のつもりでも土壇場には色々と舞い込むもんだ。これはみんなもあらかじめ分かってたことで、こうなるのはとっくに覚悟できてる。
大陸の遠方からやってくる闘技会出場予定者もいるから到着が遅いのもいたけど、さすがに前日までにはほとんどがエントリーし終えてる。
五千人規模の出場者がいるだけに全員が綺麗に揃ったわけじゃないし、ドタキャンする奴だって少なからずいるだろう。それでも目玉となる招待した闘技者はすでに揃ってるし、その点ではなんの心配もないのは良かった。
特に招待選手は昨日のエキシビションマッチを楽しんでくれたはずで、今頃は改めて闘志を高めてることだろう。
そして名のある闘技者にはエントリーの受付と同時にバイクの貸し出しを行って、興味のある人はさっそく街を乗り回してくれてると思う。これは個人的な考えによる娯楽の提供だけど、喜んでくれるなら誰にも文句はないだろう。闘技場の主役である闘技者には、エクセンブラにきて良かったと思ってもらわないと今後に関わるからね。
みんなが忙しそうにする事務所で、私も関係各所から届けられる報告書の山を読むだけで時間がどんどん過ぎていく。
「それにしても、この開催スケジュールで本当に上手く行くのでしょうか」
私の横でお茶休憩を取ってるフレデリカが不安そうに疑問を零した。
「心配してもしょうがないわ。その辺のことはアナスタシア・ユニオンのアドバイザーからも助言があったはずだし、大丈夫なんじゃないの?」
「分かってはいるのですけれどね」
なんせ五千人からなる参加者のトーナメント戦ともなれば、試合数も五千試合を数えることになる。
闘技会は五十日間にも及ぶ長丁場だけど、五千試合を消化しようとするなら、単純計算で一日当たりに百試合も消化しないといけないスケジュールだ。それだけ聞くと、とてもじゃないけど不可能に思えてしまう。
その例にもれず、私も最初に聞いたときは無理に決まってると思ったもんだけど、意外とサクサク進むらしいから大丈夫なんだとか。それというのも武器も魔法もありの試合だから殺傷能力が非常に高く、勝敗が決するのは早いらしい。たしかに、それもそうだ。実力伯仲で長引く試合なんて、そう多いもんじゃないだろう。
しかもトーナメント戦の最初のほうは予選と称してふるい落としにかかるから、丁寧に一試合ずつは進めて行かずに四試合も同時にやらせ、勝敗が決したら即座に次の試合をやらせるといった具合で、どんどん試合を消化させてしまうらしい。期間中はそうやって消化ペースを見ながら、長ければ朝から晩までずっとやるらしいしね。そういったやり方なら、一日に百試合以上は十分に消化できそうだ。
「まあ、そうは言ってもトラブル続出になると思うけどね。荒くれがたくさん集まるわけだし、スケジュール進行もきっと思ったように上手くは進まないわよ。それが織り込み済みだとしてもね」
「ええ、現地組には苦労をかけそうですね」
「言う事聞かないのや勝敗に納得いかないのが暴れ出すのは簡単に想像できるからね。もうウチくらいの暴力組織じゃないと、とてもじゃないけど出場者の管理は無理よ」
トーナメント戦の予選は五十人程度になるまで絞り込まれ、そこからはシードになってる招待選手が参戦する流れだ。そこまで行くと実力派同士の試合になるから、注目度も高くなる。一試合ずつが注目のカードと言ってもいい状態ね。
「だからこその凄まじいシノギにもなるわけですからね。お客様も全日程で満員になることはほぼ確実のようですし」
「そういうことよ」
行われる試合はその全てが賭けの対象だ。闘技場に詰めかけるのは六万人以上もの観客なんだから、莫大な金が動くことは想像に難くない。
賭け札の一日当たりの売り上げは少なくとも百億ジストは行くだろうと見込まれてる。捕らぬ狸の皮算用だけど、ひょっとしたら百五十億や二百億まであるかもしれない。
ちなみに賭け札の売り上げは全体の二十パーセントが利益として確保され、さらにそこからウチの取り分は二十五パーセントの約束になってる。
つまりは百億ジストの売り上げなら、配当を除いた興行側の利益は二十億ジストになり、ウチの取り分は五億ジストになる。これが一日当たりの儲けなんだから、とんでもない話よね。ここから人件費などを差し引くから粗利はもっと下がるけど、それを込みでもまあボロイ商売だ。
これだけの利益があるから、優勝賞金の五億ジストなんて余裕で出せるって寸法だ。
ほかにも入場料金の売り上げや売店の売り上げなんかもあって、その辺からも取り分はあるんだ。開催期間全体での我がキキョウ会の取り分は、おそらく三百億を超えるんじゃないかと思ってる。
さらにさらに、関連収入も爆増する見込みだ。
闘技会目当ての観光客はすでに物凄い人数が訪れてるから、賭博場や宿泊業、飲食業などなどシマでの売り上げも大幅なアップが見込まれる。もうウハウハで笑いが止まらない状態とはまさにこのこと。
もちろん我がキキョウ会だけが楽しい話じゃなく、エクセンブラ全体が盛り上がって金が乱れ飛ぶ状態だ。
景気が良いどころの話じゃないわよね。
「気の早い話ですけれど、この次はどうなるのですか?」
「次の闘技会ってこと?」
「ええ、今回のことにばかり集中していましたが、これほどの規模の経済効果が見込まれると、関係各所から次の話が挙がってきていてもおかしくないと思うのですけれど」
「それについてはまだ検討中みたいよ。今回だって完璧にできるってことはないだろうから、反省点を踏まえてって感じよね。とりあえずは来年の今頃に同じような規模の大会はやるってことでは内々にみんなが想定してる感じだけど、それ以外はまだ未定よ」
私の腹積もりとしては、メリハリをつけるためにも大規模大会は毎年秋に一回だけやる形でいいと思う。ほかの国でも規模の大きな大会ははそうみたいだしね。
それに加えて秋を除いた春、夏、冬の季節毎に数回ずつは小規模大会を開催したい考えで、たぶんほかの関係者も同じように考えてるだろう。
理由としては第一に利益だけど、運営のノウハウ蓄積やスタッフの常時雇用、闘技者の確保や育成などを考えれば、多少の休みは挟みつつも一年中に渡って闘技会は開催しないといけない。他国の闘技場はそうしてるみたいだから、エクセンブラでも同様になるのは確実だと思う。
私たちが知らないだけで、そういったスケジュールはある程度はもう決まってるのかもしれないけどね。まだ闘技会本番は始まってもいないわけだから、次の話が出るのはもう少しだけ先だろう。
まあ現時点でそんな話をされても、現場で苦労してるウチはうざんりするだけだから、あえて言われてないだけかもしれない。
「では闘技会が終わった直後か、その前に次の話がありそうですね。ところでユカリ、今回の儲けについては何か使い道を考えているのですか?」
「うん、メンバー全員に臨時ボーナスは出したいけど、あとはどうしようか。通常営業の利益だけでも先々まで見通しは立ってるから、あぶく銭っちゃあぶく銭よね。今のところは漠然とだけど、正業を拡大するか買収資金でいいかなと思ってるけど」
「その正業をどうするかというのと、買収先は考えているのかと聞きたかったのですけれど」
「今は未定よ。なんとなくの腹積もりはあるけど、全てはこの闘技会を乗り切ってからね」
色々と考えてる事はあるんだけど、みんなには闘技会に集中して欲しい。私の考えだって、明日には変わってるかもしれないふわっとしたものだし。ボーナスだけは確定だけど。
ただ、私はキキョウ会をもっともっとでっかい組織にしようと思ってるから、金はいくらあったって足りない。稼げる手段はこれからも獲得していくつもりで、それに繋がる金の使い方をしたい。
「さ、私はちょっとシマの様子を見てくるわ」
「この時間は人が多いと思いますけれど……それに一人でですか?」
「ヴァレリアは闘技場に行ってるし、別にどこかに用事があるわけじゃないからね。ずっと書類ばっか見て疲れたから、ちょっとした気分転換よ」
それだけ言うと墨色の外套を羽織って外に出た。
ガレージに止めてある私の乗り物は二つ。大型クルーザータイプのモンスターマシンであるブルームスターギャラクシー号と、それより小さな中型のニューマシンだ。
今日は鮮やかなブルーの塗装を基本色に金色のパーツが映えるニューマシンで行こう。
「命名、ニュートロンスターアンドロメダ号、いざ出発よ!」
颯爽と跨って魔力を注入。心地良い振動と音を刻むエンジンに頬を緩め、ガレージから躍り出た。
そして意気揚々と稲妻通りから六番通りに入ったところで……私の今日の冒険は終了した。
「……人通り多すぎ」
六番通りの様子を流し見しようと思ったんだけど、バイクで悠々と走れるほど道が空いてない。フレデリカには人が多いって言われたけど、まさかここまでとは。
行けないことはないけど混んでる道を走っても楽しくないし、わざわざ遠くまで行く気もしないってことで、すごすごと引き返した。
この分だと闘技者に貸し出したバイクも使ってもらえるか微妙な気がしてきた。目立ちたがり屋が乗る分には、ある意味で効果抜群とも思えるけど。
比較的空いてる稲妻通りをひと回りだけして本部に戻ると、ニュートロンスターアンドロメダ号をガレージに停めて中に入る。虚しい。
「ユカリ? もう戻ったのですか? でも早く戻ってくれて助かりました。お客様ですよ」
「客?」
玄関を開けて中に入るとすぐにフレデリカが出迎えた。応接用のソファーとテーブルが置いてある場所は衝立で区切られてて、その向こうに客人がいるらしい。
誰だろうと思いつつ、聞く前に会いに行く。
衝立の向こう側にいたのは、見るからに屈強で大柄な熊っぽい特徴を持つ獣人だった。ごつくてむさい野郎だと思いつつも、どこかで見たことがあるような。
「挨拶にくるのが遅れてすまない。あの時は本当に助かった、改めて感謝する」
いきなりなんだ、こいつ。
「えーっと……」
「覚えていないか? ナルクトプレスの森で助けられた者だ。奴隷として捕らわれていた状態からな」
「ナルクトプレス……ああ! あの時の」
思い出した。大陸西部への遠征前に、南部の小国家群に立ち寄った時のことだ。ナルクトプレスは最初に入った小国家群のうちの一国。
たしか、マクダリアン一家が残した麻薬プラントかなんかを探してた時に、怪しげな小屋を見つけたんだ。そこには奴隷として捕らわれた奴らが大勢いて、助けた中のリーダーっぽい奴がこの熊獣人だった気がする。
その時の出来事はともかく、食料や回復薬と引き換えにもらった改良型魔法封じの腕輪は印象深い。あれは何人かの好事家に高値で捌けたし、まだまだ在庫はあるからこれからも実用にも転売にも役立つだろう。
「礼をすると約束していた。遅れてしまったが、どうかこれを受け取ってくれ」
そういって差し出したのは革袋で、受け取りつつとりあえずはソファーに座る。
「これは?」
「村の特産だ。これくらいしか礼に渡せる物がなくてすまないが、中身を確かめてみてくれないか」
そこまで重くはない革袋の中身はなんだろうかと、袋の口を開けてテーブルにざらっと広げてしまう。
出たのは透き通った不格好な石、宝石の原石だ。
大半が柱状結晶のトルマリンらしく、緑色やピンクっぽいのが多い。大粒の物が多くて、場合によってはそこそこの値段がつきそうだ。
特に外側が緑色で中が赤っぽい原石は、スイカを思わせる色合いでとても面白い。金銭的価値とは別にして、単なる置物としても個人的には気に入った。
「ありがたく受け取るわ。でもこんなにもらって良かったの? そっちの村は羽振りがいいとか?」
「命の恩人への贈り物だ。俺の村は豊かではないが、一番良い物を贈らせてもらいたい」
「断る理由はないわ、ありがくもらっとく。せっかくきてくれたんだから、あの後の話を聞かせてよ」
捕らわれの身だった獣人たちは屈強な戦士のように思える印象だったけど、魔法封じの腕輪を付けられた状態で、蛇頭会系列と思われる奴らに捕まってた。
そのやり口は男たちが留守中の村に押し入り、女子供を人質にして男も従えるって方法だった。その後、通りすがりの私たちが助けたわけだけど、あの時のこいつらは逃げるんじゃなくて復讐を決意してた。こいつがここにいるってことは、見事に復讐を果たしたってことなんだろうけどね。
「人質がいなければ、あのような奴らに負けはしない。あなた方が去った後、夜になってから十人近くやってきたが、全員を血祭りにあげてやった。すべてあなた方のお陰だ」
「良かったじゃない。今はもう村を立て直して、こうしてやってきてくれたわけね」
あっさりした言い方で短く語ってくれたけど、あんまり思い出したくないのかもしれない。たしかに良い思い出じゃないだろうし、もう触れずにおこうか。
「ああ。ところでその石だが、価値はありそうか?」
「うん? まあ私の見立てでしかないけど悪くないわ。具体的にはちょっと難しいけど、例えばこの私の手よりも大きいのなら、原石の状態で捌いてもそうね、七十万から八十万ジストはするかな。ちゃんと鑑定して良い物だったら、もうちょっといくかもね」
磨いてみないとはっきりとはしないけど、見る限りじゃ不純物はほぼないように思える。色もいいし粒も大きいから、価値はそこそこ高いだろう。トルマリンはそんなに高価な宝石じゃないけど、磨いてみて不純物や空気が入ってないなら三百万ジストくらいの価値はあるかもね。専門家じゃないからテキトーな所感に過ぎないけど、大外れってことはないと思う。
「そうか。ところでひとつ、物は相談なのだが」
「あ、村長さん。ようこそいらっしゃいました。ごめんなさい、ユカリは今は別のお客様と――」
熊獣人がどこか言い難そうに相談とやらを切り出したところで、また誰か来客があったらしい。
闘技場も始まるし、知り合いが訪ねてくるにはいいタイミングなのかもね。
取り残していた出来事をここで回収しています。閑話は次回で終わり、闘技会本場が始まる予定です。