緊急リベンジマッチ
最初の時よりも緊張した面持ちでずらずらと姿を現した若者たちだけど、少しはマシな面構えになったと思う。緊張はあっても浮ついた感じが抜けて、戦う者のピンと張った緊張感だ。
視線を送り続ける私に気付いたわけでもないだろうに、数人がこっちを見ると奴らは背筋を伸ばして気合を新たに入れ直したらしい。
うん、ほんの少しは期待できるかもね。
「グリーンズ審判長から改めてルールの確認が行わているようですが、一対八に変わったところ以外では特にルールの違いはありません。両者の距離が一旦離されまして、合図と共に試合開始となります」
魔法薬の効果はグラデーナから適当な説明があったはずだ。
単純に基礎的な身体能力の一時的向上と考えておけばいい。最初は戸惑うと思うけど、じきに慣れる。
それにフランネルのほうは本気じゃないんだ、リベンジマッチの意義を理解して早々に倒してしまう展開はないと、あっちのほうのさじ加減にも期待してるからね。
八人での共闘といっても、もちろん高度な連携なんか無理に決まってる。元から仲間同士ってわけじゃないんだ。同じギルド同士の連中なら多少の共闘の経験はあるかもしれないけど、連携の部分での期待は薄い。せめて数の有利を活かした戦いをやって欲しいもんだけどね。
まあ一応は奴らも期待の若手だ。少しは見せ場を作って欲しい。
「さあ、グリーンズ審判長の手が挙がりまして……ここからリベンジマッチの始まりだーーーーーー!」
試合が始まってもフランネルは例によって様子見だ。イニシアチブは若者たちに譲ってくれるらしい。
若者たち全員がさっそく動き出し、真っ直ぐに突っ込むんじゃなくて大きく左右に回り込むように走り始めた。魔法薬の効果が出てて、そこそこ速い。あんまり時間はなかったと思うけど、始まる前にあらかじめ作戦を考えたみたいね。
囲むような配置につくと、全員で魔法攻撃を放ちながら接近し始めた。これはなかなかに見応えのある攻撃だ。
まさに四方八方から押し寄せる攻撃には、さすがのフランネルも氷の壁一枚でのガードとはいかない。三百六十度をカバーする氷の盾に引き籠るなら余裕で防げるけど、消極的に過ぎて英雄としてはイマイチカッコ付かないからね。
いくら防御してても、絵面的にはボコボコにされてるようなもんだ。それを防ぎ切るってのはそれはそれで凄いんだけど、若者たちの魔力切れを狙う消極的な戦法は観客の好みとは合わない。
私ならアクティブ装甲で悠然と防いで見せるか、各個撃破を狙って突っ込むかなと思ったけど、奴はどうやら違う選択をしたらしい。
不必要なほど巨大な氷のドームを展開して、魔法攻撃を防ぐ方法を取りやがった。
「これは凄い防御魔法です! 分厚い氷の壁が挑戦者たちの猛攻を跳ね返しています!」
「挑戦者の攻撃は数も威力も申し分ないが、フランネルは次元の違いを見せつけているな。あれは破れまい」
規格外の防御魔法の展開なら見た目にも派手だ。引き籠るような防御はないと思ったんだけど、なかなかやるわね。
びくともしない防御には魔法攻撃を打ち込むだけ魔力の無駄だ。魔法能力に差がありすぎて、まったく勝負にならない。あれはもうどうしょうもないわね。やってる当人の若者たちも素直に諦めたらしい。
攻撃を中止したあとには、透き通った氷に囲まれたフランネルがいる。
その氷には空から降り注ぐ陽光が良い感じに差し込んで、幻想的な光の反射を演出してる。絵になってるけど、あそこまでいくとキザったらしいわね。
「氷の壁越しに睨み合う英雄と挑戦者ですが……おーっと、ここでフランネルが剣を抜き放ちました! 防御壁の中で剣を抜いてどうするつもりなのでしょうか!?」
剣を抜いたってことは、次は接近戦をやろうと誘ってるんだと思うけど、あの氷は若者たちじゃどうやっても突破できないだろう。誘っておいて引き籠るとは思えないけど、さてどうするつもりなのか。
「抜いた剣を両手持ちで頭上に高く掲げましたが……」
「ああ、これは面白いパフォーマンスを見せてくれるらしい。注目だぞ」
解説の総帥が思わせぶりなことを言うと、フランネルが動いた。
目にも止まらぬ速さで剣を振り下ろし、そのまま横に斜めに縦横無尽に剣を振り回した。
すると透き通った氷が徐々に白く曇っていき、最後にはド派手に砕け散って崩壊した。
「これはなんとー!? 自身で作り上げた氷の防御壁を、自身の剣で切り裂いて打ち破りましたー!」
なんだかフランネルの一人舞台のような感じだ。とても闘いの最中にやってることとは思えない演出よね。
さすがに遊ばれてるというよりも、ほとんど相手にされてないってことに挑戦者一同も気づいたらしい。若者たちの目付きがまた一段変わった。
「見惚れている場合ではありません、挑戦者たちが一斉に武器を構えて迫ります! これをフランネルは捌き切れるのかー!?」
八対一の接近戦。実力が近い者同士であれば、一の側には万にひとつも勝ち目はない。
だけど圧倒的な強者は、数の差などものともしない。それに仮に敵が二十人でも百人でも、同時に武器を打ち込まれるのはまあ八人程度が限度だろう。囲んだところで十人以上もが同時に攻撃できるスペースはない。つまりは八人程度を同時に捌ける技量があれば、あとは体力と集中力の問題になってくる。
八人同時に捌くってのも常識的にはおかしいレベルだけど、あれだけ実力差があるならフランネルはやりおおせるだろう。だからこその英雄であり、私もそのくらいの実力はあるはずだと認めてる。
息の合ってない人間の攻撃は同時にやってるように見えても案外そうはなってない。八人の攻撃はそれぞれ微妙な距離の遠さや近さ、早いのもあれば遅いのもある。実力と冷静さがあれば、数に惑わされずに対処することが可能だ。
そうした闘い方はウチだとジークルーネが最も得意としてる。頼れる我が副長は例え千人の敵に囲まれようと、決して怯むことなく全てを打倒してみせる。特別な強者にはそれが可能だ。
なんせ今回はひよっこが八人ぽっちしかいない。私の見立てだとフランネルはジークルーネに技量でも魔力でも及ばないけど、あいつら八人程度なら余裕で対処できるはずだ。
もう遠慮を感じさせない若者たちの攻撃は鋭さをもって英雄に襲い掛かる。
やっぱり完璧な連携とはいかず、タイミングとしては結構なズレがある。
フランネルは右手一本で使う剣を縦に横に薙いで攻撃を打ち払い、一歩か二歩動いただけで残りの攻撃を回避する。そこにはまだ余裕が見える。
若者たちの側から見れば、英雄に武器を使わせて対処させてるし、見た目のインパクトも悪くない。観客の盛り上がりも最高潮に思えるし、追加マッチはこの時点ですでに成功だと思える。
でも、まだまだここから本番だと期待してる。だって、まだ血の一滴も流れちゃいないんだからね。
「てめえら! そんなんじゃ、さっきとほとんど変わってねえじゃねえか! 気合入れねえと後でユカリにぶっ殺されちまうぞ!」
歓声に混じってひときわ大きな怒号が耳に入った。グラデーナが挑戦者側の入場口からヤジを飛ばしてるらしい。
殺すつもりなんて毛頭ないけどグラデーナの煽りには反応したみたいで、若者たちがギアを上げたのが見て取れる。魔法薬の出力上昇にも慣れてきたのかもしれない。
「男を見せろってんだよ、野郎ども! 見せ場の一つも作れねえまま負けちまったんじゃ、恥ずかしくてもう街にいらんねえぞ!」
もう応援てよりは罵声に近い煽りだ。それでも効果はあったらしい。
なにやらヤケクソ気味になってきた若者たちの攻撃は、もう捨て身の勢いだ。命を奪われないと分かり切った闘技場での試合だし、怪我の治癒には超高名なローザベルさんも控えてる。それを思ってか、もう開き直ったような清々しい我武者羅な攻撃にシフトした。
それよ、それ。最初からそれをやりなさいってのよ、まったく。
今までよりも明らかに深い踏み込みと思い切った武器の振りには、フランネルも徐々に苦しくなってきたのか余裕が剝がれつつある。氷の防御を使えば仕切り直しができるはずだけど、自分から接近戦をけしかけたんだから受けて立つ側のプライドとしてそれはできない。
若者たちはいい意味で調子に乗って攻撃の勢いは増すばかりだ。興奮して恐怖心が薄れ、フランネルの反撃で少々傷ついても意に介した様子もない。
「挑戦者たちの怒涛の攻撃に次ぐ攻撃です! このまま英雄を追い込んでしまうのでしょうかー!?」
「若者らしい勢いで見ていて気持ちがいいな。あの猛攻を凌いでいるフランネルの技量も素晴らしいが、挑戦者たちの勢いはまだ上がりそうだ」
本当に徐々に勢いを増してるのが凄いところだ。
ノリにノッてるとは、まさにこの状態。事前に私に言われたことやグラデーナの煽りもあったし、遊ばれてた英雄にひと泡吹かせられるかもしれないと思って、ここぞとばかりに攻めかかってる。どうだ見たか、これなら文句ないだろって感じよね。
瞬間の攻防を繰り広げてると、逸った若者がまさに捨て身の突撃でフランネルの剣を足に受けながらも、自身の剣をオーロラ鉱の鎧に掠らせた。
前のめりに倒れ込む若者に続けと、ここが勝負どころだとばかりに横手から槍を構えた若者が体当たりでもするような突進をかます。
辛うじて避けたフランネルを襲うのはまたもや捨て身の突進を敢行する剣士で、そいつは腕を切られるのも構わずにオーロラ鉱の鎧に剣をぶち当てる。
勢いにほんの少しだけ体勢を崩したフランネルには、ここぞとばかりに残った若者たちが殺到した。
どう見ても英雄がピンチに陥った。
観客の一部からは悲鳴にも似た歓声が上がった瞬間に、英雄は英雄たらしめる実力をここで紐解いて見せた。
フランネルはここまでは右手一本で剣を使って闘ってたけど、ピンチに際しては左の逆手で鞘を腰から取り外し、即席の二刀流になったんだ。ギリギリの判断でとっさにやったと思えるあれには、フランネルの本気の一端を見た気がした。
ノーマークだった左手から繰り出される本気に近い鈍器の一撃は、我武者羅に近寄った若者たちをまとめて吹っ飛ばしてしまった。
ただ吹っ飛ばすだけじゃなく、手加減してる余裕がなかった攻撃みたいで、いくつかの武器が壊されて残骸が転がり、腕の骨を折られるか脇腹を痛めた若者が一斉に倒れされた。
僅かな間が開いてから、物凄い大歓声が上がる。
「これは凄まじい、起死回生の一撃だーーー! なんとフランネルが剣の鞘で挑戦者たちを叩き伏せました!」
「フランネルの剣にだけ意識を集中していた挑戦者にとっては、不意打ちだったのだろう。見事にもらってしまったな」
「おっと、ここでグリーンズ審判長が続行不能と判断を下されました! 試合終了、試合終了です! こけら落としエキシビションマッチは、英雄フランネルの大逆転勝利で幕を閉じましたーーー!」
倒れた若者たちは担架に乗せられて運び出され、この後では勝利者インタビューのような時間になるらしい。
「悪くない一戦でした。お姉さま、彼らの動きが始めとは違ったように思いました」
「うん、特別に魔法薬をちょっとね。あれくらいしてやんないと、いい試合になりそうになかったからね。でも上手くハマったわ」
「想像以上に白熱したが、フランネルの最後のアレはおそらく本気を引き出していた。やられたといった顔をしているな」
派手な演出を伴った序盤から、息を吞む猛攻とピンチ、そして大逆転。興行としては完璧ね。まさに大成功に終わることができたと思う。
「いい闘いができたんだから、あいつも満足してるわよ。さてと、ここからは退場でまた忙しくなるわよ。みんなには最後のひと頑張りをしてもらわないと」
「ユカリ殿はこのあとはどうする? わたしはゼノビアの手伝いに行こうと思うが」
「フランネルと挑戦者たちを労いに行くわ。特に挑戦者たちにはハッパをかける時に、いい闘いができたら褒美をやるって話してたからね。何か希望があるなら聞いてやらないと。武器が壊されたのもいるから、その辺になるかなとは思うけどね」
「それはいい。素材の提供だけでも喜ぶだろうな」
興奮冷めやらぬ観客の叫びがこだますなか、闘いを振り返るようにマーガレットと総帥の話が続いてる。
私とヴァレリアが席を立つと、ジークルーネやほかの観戦してたメンバーも立ち上がって、最後の仕事に取りかかるのだった。
今日の大成功を大成功のままに終わらせるためにも、全員が帰るまではまだ頑張ってもらわないとね。
エキシビションマッチが終わりましたが、高額賞金や名誉がかかった勝負とは異なり、やはりどこかヌルい戦いになっていましたね。
闘技場の本番の試合が進んでいけば、より緊迫感のある試合が出てくる……かもしれません。たぶん。
次は閑話の予定です。




