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ブラッディ・メアリー

 拠点の改装完了まで、もう間もなくといったある日。


 メアリーさんが無茶な鍛錬を積んで、みんなを心配させる事態になった。

 それはそれはストイックに、まるで取り憑かれたかのように我武者羅になって、鬼気迫る勢いで自分を追い込み始めた。


 私は彼女に求められるままに、傷回復薬だけじゃなく、体力回復薬や魔力回復薬もどんどん提供してしまう。無駄遣いするわけじゃなく、鍛錬のためだと言うなら提供は惜しまない。私はやればいいと思う。

 本人が納得するまで、それこそぶっ倒れるまで好きにしたらいいんだ。


 もちろん単独じゃなく、ほかの戦闘狂たちが訓練に付き合ってるらしいから、本当に危険なことがあれば止めてくれるはずだ。私も回復薬の提供だけじゃなくて、ちょっとしたアドバイスくらいはしてる。


 森での魔獣を対象にした狩猟は、地道なトレーニング以外に彼女の実戦経験を向上させ、大いに自信をつけさせた。

 そうは言っても実際には周りにいるキキョウ会の誰かが、さりげなくサポートしてあげる状況だから、ヘマをしたところで危険に陥る可能性はほぼない。

 そろそろ『本当の実戦』を、それも誰にも頼れない状況でどうするかってのを経験させてあげたいし、その様子を見てみたい気持ちもある。

 メアリーさんがいない隙をついて、ほかのみんなと相談だ。決して悪だくみじゃない。



 今日も元気に森での訓練だ。やりすぎない程度に、狩りと採集もちょっとは行う。

 しかし今日はいつもとは違う。本人だけには内緒の、メアリーさんに対する『テスト』を実行する日。

 適性を見極め、さらなる成長をうながす一石二鳥の作戦だ。


 作戦をやり易くするために、今日は森に入る人数を減らしてる。

 採集班はソフィさんのみに限定して、サラちゃんやフレデリカたちは護衛をつけて街で休息を兼ねたお留守番だ。これで森にきた戦闘班以外の人員はソフィさんのみとなった。


 作戦は単純だ。私、ヴァレリア、メアリーさんはソフィさんの護衛に残り、ほかは狩りに出かけるフリをする。

 頃合いを見計らって、狩猟班から救援信号を上げてもらい、私とヴァレリアが救援のために護衛を離脱する算段だ。こうしてメアリーさんとソフィさんだけの状況を作り出す。そこからが本番。


 さっそく動き出す狩猟班と分かれて採集ポイントに到着すると、いつもと同じように指示を出す。


「じゃあ、ヴァレリアとメアリーさんは周辺の状況確認に行って」


 きびきびとした動きで駆け出していく二人。メアリーさんも結構、サマになってるわね。


 私は休憩用の椅子を作るべく、鉱物魔法のイメージを固めて実行した。

 生成したのは無駄に頑丈でツルツルの椅子だ。腰を下ろすところが真円を描くそれは、合金の超硬スチールもかくやというほどの無駄に硬く、ツルツルのピカピカに仕上げてみた。背もたれは作ってないから、椅子というよりは丸い台座みたいな感じだけどね。


 実は普段のこうした無駄なこだわりは、様々な魔法をクオリティ高くできるようにするための訓練の一環になってるんだ。普段から雑な魔法を使ってると、とっさに使った時の魔法も雑になる。厳しい状況でそれは命とりだと私は思う。普段からの行いが重要だ。


 森の中に突如出現したこの異様な物体は、帰るときにはきちんと消しておかないといけないかな。


「凄いですね。綺麗な形です」


 近くで見てたソフィさんが、興味深げにペタペタと触ってみせる。

 妙な満足感を持ってツルピカの台座を眺めてると、周辺確認を終えたヴァレリアとメアリーさんが戻った。


「お姉さま、これは。見事にツルツルのピカピカです」

「これは綺麗な丸型ですね……」


 感心してるのやら呆れてるのやら。

 ソフィさんはツルピカの台座を触るのに満足したのか飽きたのか、離れて採集を開始した。私とヴァレリアは合図があるのを待ちながらソフィさんの採集を手伝う。


 作戦としては、この間に狩猟班がほどほどに強そうな森の魔獣を確保しておく。そして救援信号が上がって私とヴァレリアがいなくなった後に、メアリーさんとソフィさんに向かって魔獣をけしかけるんだ。

 魔獣を捕まえる係と、救援信号を上げる係は離れた場所にいるんだけど、ほかの人員は万一がないように実は近くに隠れてる。私とヴァレリアも救援に向かったフリをして、近くから見守るつもりだ。



 森の穏やかな空気のなかで和気藹々と採集活動。

 内心で今か今かと待ってると、遠くのほうで眩い光が打ち上がった。あらかじめ決めておいた救援の合図だ。しかも方角の違う二か所でほぼ同時に。これも予定どおり。

 救援を要請するほどの事態となれば、戦闘力の高い者が向かわねばならない。それも早急に、二か所も。

 必然として、私とヴァレリアが向かうことはメアリーさんも理解する。


「ヴァレリア、北は任せるわよ」

「はい、お姉さま。すぐに向かいます」

「メアリーさん、あいつらが救援信号を出すくらいだから、少し時間かかるかも。戻るまでここはお願いね」

「は、はい! お気をつけて」


 残されたメアリーさんは緊張した様子で、それでも力強くうなずいた。事情を知ってるソフィさんに目配せすれば、こっちは任せておけとばかりの笑顔だ。頼もしい。


 すぐにヴァレリアと別々の方向に駆けていき、十分離れたところで停止する。

 今度は気配を消しながら、メアリーさんたちを見守ってるジークルーネとアンジェリーナが潜むポイントに合流した。


「ユカリ殿、早かったな」

「二人の様子は?」

「ソフィは素知らぬ態度で採集を続けている。メアリーは周辺監視に集中しているようだが、この距離なら気付かれまい。なあ、アンジェリーナ」

「ああ、体力や戦闘技術の向上は目覚ましいが、索敵はまだまだだ」


 そんな感想を聞いてると、ヴァレリアや救援信号を上げる班も合流した。


「あとは魔獣の捕獲班か。ちょうどいいのが捕まってるといいんだけどね」


 当日にならないと何が捕まえられるか不明だから、そこは出たとこ勝負だ。

 魔獣の捕獲があまりに遅いと、救援に向かった私とヴァレリアの帰りも異常に遅くなってしまう。そっち方面で無駄な心配をかけるわけにもいかないから、早く達成してもらわないと。

 そう思ったら、離れたところから唸り声と枝がバキバキと折れる音が聞こえた。なにか近づいてくるらしい。


「噂をすれば、だな」


 どうやら速度優先のオーダーは無事守られたようだ。

 心配なんか杞憂だったわね。



 森の開けた空間にいるメアリーさんとソフィさん。

 一見のどかな場所に突如として現れた巨大魔獣……いや、いくらなんでも大きすぎ!


「おいおい、あれ大丈夫なのか?」

「……ヤバいかもな」


 登場したのはヘラジカに似た巨体に、幅広のツノを持った魔獣だった。

 森で出会う通常サイズのであれば、メアリーさんでも問題なく対処できるはずの魔獣だ。だけどこいつは大きすぎる。

 大きさに比例して獰猛さも増すのか、遠目に見ても荒れ狂ってるのが分かる。捕獲班にこっぴどく鞭でも打たれたのかもしれない。


 普通よりも巨体で狂暴そうな魔獣とはいえ、私たちのような戦闘班にとっては所詮はただデカいだけの獲物でしかない。でもメアリーさんには十分な脅威だと思われる。


 いざとなれば助けに入るけど、これはやりすぎだったんじゃ?

 観察を続けてると私たちの心配をよそに、メアリーさんは思ったよりも落ち着いてるように見えた。と言うよりもヤル気だ。


「大丈夫。ソフィさんはわたしが守るから」


 普段の穏やかな表情じゃなく、いつか見た鬼の形相に変わってる。

 背後のソフィさんを気遣い、シカ魔獣の突進を避けても大丈夫なように、じりじりと立ち位置を変えてる。顔は怖くなってるけど、やっぱり冷静だ。


 私とヴァレリアの戦い方に憧れるメアリーさんは武器を持たない。

 この手の巨大魔獣に武器なしで戦うのは普通は無理だし、常識的にはそんなことをするくらいなら逃げたほうがいい。私やヴァレリアなら殴り殺せるけど、メアリーさんにはまだ無理だ。体力や技術、身体強化魔法の向上があっても、火力がまだまだ足りない。


 一応、手がないこともないけど、実戦だとその手はまだ使えないはず。

 どうするつもりにしても、逃げることを選択せずに戦うことを選んだのなら最後まで見守りたい。ギリギリまでね。


 シカ魔獣は基本的には突進を繰り返す。イノシシじゃないはずなのに猪突猛進だ。

 メアリーさんはソフィさんの位置を気にしながら、ひらりひらりと回避し続ける。避けるだけなら余裕そうね。

 だけど、攻め手がない。ただひたすら回避に専念してるのは、ひょっとしたら私たちの誰かが帰ってくるまで粘るつもりなのかもしれない。それはそれで賢明な判断なんだけどね。


 ただ見る限り、必死にどうにかしようと考えながら避けてるのはなんとなく分かる。あれは助けを求めようとしてる顔じゃない。

 さてね、どうするつもりなのやら。


 しばらくはソフィさんのほうにシカ魔獣が行かないよう、それからなるべく体力を消費しないように省エネで避けてたのに、方針を変えたのか何か思いついたのか、いきなり行動を変えた。

 私が魔法で作った椅子、もとい台座の上に立って、シカ魔獣を待ち構えたんだ。誘ってるのかな。


「こっちに来なさい! このケダモノめっ!」


 意味が通じたのか単に獲物が観念したとでも思ったのか、シカ魔獣は一度立ち止まり、じっくりと狙いを定めるような挙動を取った。そして猛然と台座の上に立つメアリーさん目掛けて突っ走り、前足を高く上げて襲いかかった。


 メアリーさんは足が振り下ろされる瞬間を見極めて、後方に飛び退ってギリギリ避ける。

 だけど、ただ避けただけじゃない。その寸前に水魔法を使ったんだ。シカ魔獣相手じゃなく、自分が直前まで立ってた台座に向かって。極めて弱い、ただ水を出すだけの魔法を。

 ツルツルの台座は水でびしょ濡れになる。そこに振り下ろされるシカ魔獣の両の足。


 普通の台座や岩であれば、シカ魔獣のひづめで砕け散っただろう重量感のある攻撃だ。だけどそこにあったのは、私特製の無駄に硬く頑丈な合金の台座。しかもツルツルで、おまけにメアリーさんの水魔法でびしょ濡れ。

 シカ魔獣の前足が台座に振り下ろされると、ズルッと滑り勢い余って顔面をその台座に打ち付けてしまった。


 あー、痛そう。あれは魔獣でも無視できないダメージがあると思えた。上手いことを考えたもんね。

 自爆した形となったシカ魔獣は意識が朦朧としてるのか、ろくに動くこともできないらしく台座にもたれかかったままだ。

 そこに悠然と歩み寄るメアリーさん。もう鬼の形相じゃなく、薄っすらとした微笑みを浮かべてる。なぜかそっちのほうが怖いと感じるのは気のせいだろうか。



 メアリーさんの魔法適正は水魔法。それも最下級である第七級しか使えないという話だった。本人はそれが強いコンプレックスになってるみたいだったけど、魔法は使いようだ。その考え方は以前に叩き込んでおいたし、切り札も授けてある。

 そもそも魔法はイメージがとっても重要。個人差はあれど、魔力だって鍛えれば増える。ならば、永遠にこのまま第七級までしか使えない道理はない。自分の中で意識改革さえできれば、上位の魔法を使うようになれると私は考えてるし、それはほぼ間違いないと思う。


 でも、そんな展望があったところで、今現在使えるのは第七級の下級水魔法だけだ。

 これだと適性が無い人よりも強い水流を発生させるとか、水流を大雑把に操るだとか、その程度が関の山。でも工夫の余地なんていくらでもあるはずだ。


 異世界人の私が思いつく水魔法なんて単純なものだ。

 水流を発生させることができるなら、それを圧縮して一気に解放してやるだけで、もっと強い水流が生み出せる。

 一回で出せる水の量に限界があるなら、むしろ分かりやすい。その一回分を凝縮するんだ。

 たとえば三十秒間に渡って水を出せるなら、その三十秒分を、一秒以下で捻り出せ! 無理でも何でも出して見せろ! イメージしろ! できないわけがない!


 我ながら無茶を言ったものだ。でも現時点でそこまでできなかったとしても、そこに近づく努力があれば、いつかは成せる。

 無理なことなんてない。魔法はイメージなんだから、必ずできる。


 それができるようになったのなら次だ。

 ドバっと広げて出すな! ホースの先を摘まんだら勢いが増して水が出るだろう?

 もっと細かく、小さい穴から水を出せ。その細く小さな穴から、一秒以下なんてもんじゃない、ゼロコンマ一秒で水を一気に出せ! 出してみろ!


 これが私のアドバイス。我ながら大雑把すぎて、アドバイスと言えるか怪しいもんだけどね。


 ウォータージェットなんて単純な話だ。もしできるようになるなら、水を垂れ流すよりも戦闘で使えて有効でしょ?

 でもそれだけじゃ威力が全然足りない。次が私が授けた切札。

 それはダイヤモンドの砂粒だ。指先から極限まで絞った水流にこの砂粒を混ぜて放つんだ。魔導鉱物を使ったミスリルの鎧なんかは無理でも、少々硬い程度の防御ならそれごと打ち破ってくれるだろう。


 実際にはこの訓練の過程で、魔力量もイメージ力も増していくはずだから、第六級以上の魔法も使えるようになってるのかもしれない。生成できる水量は徐々に増えてるはずだし、操作能力だって必ず向上する。

 私が想像するウォータージェットほどの威力が得られなかったとしても、十分に訓練の価値はあったはずだ。少なくとも暴徒鎮圧に使われる放水程度の威力は見込める。



 顔面を強打したシカ魔獣はダメージが大きいようで、脳震盪でも起こしたのかまともに身動きできない。

 メアリーさんは優し気な微笑みを浮かべたままシカ魔獣を見つめると、その首筋をひと撫でした。

 瞬間、シカ魔獣の首筋から吹き上がる鮮血。


 ウォータージェットの魔法は期待した程度の威力はあるらしい。

 でも発動にはまだ時間がかかるらしく、実戦の最中での使用はできなかったと考えられる。ああして相手が倒れてる間になら、準備を整えて発動できるけど、いまはまだ最後のとどめに使えるくらいか。


 あの技が接近戦で動きながら使うことができるようになれば、強力な武器になることは確実だ。今後にかなり期待できる。


 それにしてもだ。

 鮮血を浴びるメアリーさんは、恐ろしく絵になる立ち姿だった。

メアリーの個人回ぽい内容になりました。

如何でしたでしょうか。

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