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エキシビションマッチ

 熱の入ったマーガレットの実況に呼応するように観客のボルテージは際限なく上がっていく。

 試合が始まる前から凄まじい盛り上がりだ。


「実況はキキョウ会広報局のマーガレットが務めさせていただきます。いやあ、総帥。物凄い熱気です、期待が高まりますね」

「ああ、解説として招かれた身だが俺も楽しみにしている」

「解説にはなんと、アナスタシア・ユニオンの総帥にいらしていただきました。かの名高いベルリーザ闘技会で優勝経験をお持ちの総帥です。こちらの解説も非常に楽しみですね」


 こっちも意外な人が引き受けてくれたもんだ。

 総帥はマーガレットが紹介したように、ベルリーザ闘技会での優勝経験がある有名人だ。立場があってもう闘技会には出場しないらしいけど、盛り上げるためならってことで解説を引き受けてくれた。乗り気なのは意外だったけど、きっと総帥は普通に闘技会が好きなんだろうね。


「続きましては挑戦者たちの入場です! 八人の勇気ある若者たちにも、どうぞ期待を込めた歓声をお送りください! まずは冒険者ギルドが誇る未来の英雄候補――」


 初々しさ見せる若き冒険者と傭兵が、マーガレットの紹介順に入場していく。彼らへの紹介も随分と盛りに盛った派手なものだ。英雄候補だなんて、言われるほうも微妙な気持ちだろうに。

 それに応える怒号のような歓声は応援してるのかヤジなのかさっぱり不明だ。興奮して発しただけの意味のない叫びとも取れる。


 今日はただのエキシビションマッチなのに、フランネルは闘技場の王者のようなたたずまいで若き挑戦者たちを見据える。自然体なのかあえてそうしてるのかは謎だけど、挑戦者たちは早くも雰囲気に呑まれてるっぽい。


「さて、ご承知のように本日は英雄フランネルに八人の挑戦者が次々と挑む試合形式です。総帥、未来の英雄候補を八人も相手にしては、さすがのフランネルも苦戦を免れないのではないでしょうか?」

「そんな事はない。見れば分かるがフランネルは戦う前から挑戦者たちを委縮させているだろう? 英雄と呼ばれる実力者が持つ雰囲気だけで、すでに格の違いを見せつけ圧倒している」

「では実際の戦いにおいても、一方的な展開となってしまうのでしょうか?」

「どうだろうな。挑戦者もまた未来の英雄候補と呼ばれる若者たちだ。素晴らしい闘いを見せてくれると期待しよう」


 魔道具の性能がかなり高いらしく、怒号渦巻く闘技場でも二人の声が良く聞こえるから不思議だ。

 実況と解説の茶番のようなやりとりだけど、これによって観衆の理解を深め、試合への期待も高める。台本でも用意してるならともかく、即興でやってるなら大したもんだ。


「最後に審判長をご紹介します。審判長のグリーンズさんは、長年に渡ってベルリーザ闘技場でジャッジを下されていましたが、二年前に勇退されています。今回は我らがエクセンブラ闘技場の招きにお応えいただき、こうして現場復帰なされました。そのグリーンズ審判長によって、ルール説明がされ始めたところです。わたしからもルールをご説明しますと、武器、魔法の使用制限は特にありませんが、命を奪う行為だけは禁止となっています。審判は勝敗の裁定だけではなく、危険行為を止める役割を持ちますので試合に割って入ることがあります」


 試合なんだから審判は当然いる。本人同士で勝敗を決めるんじゃ、最悪は命のやり取りになりかねないからね。

 審判は役柄からしてかなりの強者じゃないと務まらないし、グリーンズさんとやらはやっぱりそれなりの強者らしい。もう爺さんだけど私が見たところ、魔力量や立ち居振る舞いから並々ならぬ実力を感じ取れる。全盛期はさぞかし強かったんだろうし、年老いた今でも並の現役闘技者より強そうな気がする。


 ただし、もちろん審判一人だけで上位クラスの強い闘技者を抑えるのは難しい事情があるから、もしもの時には審判団によって集団で押さえる方式だ。その審判団にはウチのメンバーも少しだけ入ってる。ウチのメンバーは審判ってよりは、ただの実力行使要員だけどね。


「そろそろ試合開始のお時間です。一人を除いた挑戦者が下がり、英雄と相対しました! グリーンズ審判長の合図によって、さっそく試合開始だー!」


 最初に名前を呼ばれた若者が、酷く緊張した様子で剣を抜いた。オーソドックスで武骨な剣だけど、それこそが実戦派の証だと期待させる。

 さて、フランネルはどう戦うのか。普通に戦ったらフランネルの圧勝で勝負にもならない実力差がある。

 エキシビションマッチは盛り上げ役で、奴もそれは十分に承知してるはずだ。どうやって、それを成し遂げるのか見ものね。


 剣を抜いた若者と微動だにせず待ち構える英雄。

 放っておけばいつまでも動きそうにない状態を観客の怒号が突き動かす。

 動くのは当然のように若者で、英雄は怒号など聞こえてないかのように涼し気だ。


 背中を押されるようにして動いた若者が身体強化魔法を伴った突進で迫り剣を振り上げると、英雄が練り上げた魔法が具現化する。

 剣の間合いに入った若者が突如として出現した氷の壁にぶち当たって止められ、フランネルが一歩詰め寄って蹴りを放った。猛烈なミドルキックは氷を砕きながら若者を派手に吹っ飛ばす。

 砕け散った氷の欠片が盛大に宙を舞って、日の光をキラキラと乱反射させる。その光の欠片に紛れながら若者は倒れ伏した。皮鎧に包まれた腹部を押さえた若者は立ち上がれず、そのまま一戦目の勝敗が決してしまった。


「おーっと、一撃! 蹴りの一撃でフランネルが勝利しましたー! 総帥、すぐに終わってしまいましたが今のは何が起こったのでしょう?」

「あれは氷の魔法による防御で相手の攻撃と勢いを殺し、反撃に繋げる見事な技だ。蹴りを使うのは意外だったが、剣を抜かせることもできなかった挑戦者は悔しいだろうな」


 うーん、なんというか英雄らしからぬ正統派騎士とは違った戦い方ね。あの蹴っ飛ばすスタイルはウチの影響を受けてる気がするけど、まあ盛り上がってるしいいのかな。

 ただ単に蹴りで跳ね返すこともできたんだろうけど、わざわざ氷の魔法を使って派手にした印象を受ける。ちゃんと盛り上げ役をやってくれてるようで、こっちとしてもありがたいわね。


 倒れた若者が担架でそそくさと運び出されると、即座に次の若者が闘技場に入った。


「興奮冷めやらぬうちに次の挑戦者の登場です! あの大柄な体躯はフランネルを凌駕し、背負った大剣からは凄みを感じますが、さてどうなるでしょう!」


 大歓声と熱が冷めないうちに次が始まる。楽勝だった英雄に休憩時間など不要だ。事前に打ち合わせをしたのか、審判長もその辺のことはよく分かってるみたいね。

 次の挑戦者は人一倍大きな体格とそれに相応しい大きな剣を持ってる奴だ。ウチのゼノビアが大剣使いだけど、それと似た感じなのかな。


 挑戦者は一人目と同じように緊張した面持ちで大剣を構えると、今度はフランネルのほうが待たずに仕掛けた。

 またもや氷の壁だ。それをまだ間合いの遠い若者の前に出現させた。

 自分の目の前に壁が現れた場合、血気盛んな者であれば避けずに壊して進もうとするだろう。挑戦者の若者はまさにそれを実行した。

 横薙ぎに払った大剣は見事に氷の壁を砕き、キラキラとした欠片を舞い上がらせる。

 フランネルは破壊の直後にまた氷の壁を出現させ、若者も即座に剣を振って破壊する。


 挑発するように何度も現れる氷の壁を若者は応えるように破壊しまくる。

 私からしてみれば、あれもおかしい。フランネルの氷はああも容易く砕けたりしないはずなんだ。

 たぶんだけど、あえて派手に砕け散るように調整した氷なんだろうね。


 まるで氷の破壊ショーのような一幕がしばらく続くと、やがて若者の息が乱れ始め、肩で息をするようになった。

 そろそろ潮時ばかりに、今までとは一層違った分厚い氷が出現すると、若者の大剣は氷に阻まれ砕けない。

 結果が分かり切ってたようなタイミングで駆け寄ったフランネルが鞘に収まったままの剣を横に薙ぐ。流れるような力のこもってなさそうな一撃だったにもかかわらず、これまでで一番ド派手に氷を砕いて撒き散らかし、ついでに氷に食い込んだ大剣に打ち合わせるようにして若者も吹っ飛ばした。


 若者は剣を打ち合わされた際に手首が折れたらしく、審判長によって続行不能とジャッジが下された。


「決着ーっ、決着です! 砕けた氷が乱れ飛ぶ派手な一戦でしたが、やはり挑戦者は一方的にやりこめられてしまいましたね」

「そのとおりだ。挑戦者は氷の魔法で足止めされ、体力を大きく消費させれられたな」

「フランネルの作戦に挑戦者がまんまとハマってしまった一戦でした! 続けて三人目の挑戦者です!」


 次の試合が始まると、今度は様子見をせずに挑戦者が先手を取った。

 無闇な突進をするんじゃなく、炎の矢をばら撒きまくったんだ。


「挑戦者は魔法主体な戦法を得意としているのでしょうかー!? これは高威力な魔法ですね!」

「第四級魔法と見受ける。矢の形状は一点に集中する威力を高度に増幅させているのだろう。それも連続で放つ短い間隔と、一発一発の威力を考えれば申し分ないな。先手を取って一気に決めるつもりなのだろう」

「この猛攻をフランネルはどう凌ぐのでしょうかー!」


 続々と着弾する炎の矢に対し、フランネルはやっぱり氷の壁で対処する。

 分厚い氷はことごとくを阻み、英雄の立ち位置を動かすことすらない。


 なんというか威力自体はそこそこなんだけど、攻撃に工夫がないわね。あえて威力を弱くした攻撃の中にすっごく強いのを混ぜ込んでおくとか、正面からの弾幕に紛れて横から着弾させるとか、なんか工夫が欲しいところよね。

 正面から押し切る作戦なのかもしれないし、場合によっちゃそれもありだけど、格上に挑むなら正面突破は無理と心得ないと。

 と、思ったら氷の壁を上から迂回する曲射がフランネルに襲い掛かった。うん、正面に気を取らせてから放つ、なかなかいい不意打ちだ。しかも最大限に魔力を込めた必殺の一撃。


 だけどその程度に引っ掛かる英雄じゃない。お見通しとばかりに横にずれると、あっさり避けてしまった。

 すると挑戦者は張り切り過ぎたのか魔力が切れてへたりこんでしまった。


「炎と氷の激突は相性としては炎が有利と思われましたが、英雄の牙城を穿つことは叶いませんでしたね」

「相性の有利不利は確実にあったはずだが、魔力量がそれを覆した見どころある一戦だったと思う。こうした戦いはなかなか見る機会はないだろうな」

「では見ることのできた我々は非常にラッキーですね!」



 この後も四人目、五人目とフランネルの楽勝ムードで進んでいった。

 フランネルが勝つことは予定通りだし、観客も盛り上がってるのはいい。まさにプラン通りだ。


 だけどね、同じような展開が八人目まで続くかと思うと私としてはちょっと退屈だ。

 挑戦者一人当たりの戦闘時間は一分前後なのかな、長くても三分はかかってないと思う。このままだと余りにも早く終わっちゃうから、フランネルにはもうちょっと考えてもらいたいわね。まあ分かってると思うけど。


 一応は救国の英雄がちょっと期待されてる程度の若者と戦ってるんだから、実力差があるのは当たり前なんだけど、そうした理由を考えなければ客観的にはお粗末で一方的な闘いだ。

 集まった観客は英雄の活躍を見れて満足、挑戦者も英雄の胸を借りられて満足って感じに終わるだろうけど、私としてはどうにも物足りない。


 やっぱり試合で盛り上がる展開のひとつといえば、悪役ヒールが善玉を苦しめる展開だ。

 挑戦者は別に悪役ってわけじゃないけど、英雄を苦しめる展開はやっぱり盛り上がるはずだ。ちょっとでいいから、ヒヤッとするシーンは欲しい。それでこそ、今後ずっと語り草になるような名場面となる。


「ジークルーネ、ちょっと選手控室に顔出してくるわ」

「激励に行かれるのか? 試合前にグラデーナと気合を入れたと聞いていたのだが」

「まあね。でも、このまま終わったんじゃつまんないわ。改めて気合入れてやるつもりよ」


 試合に少しだけ追加要素があったって、盛り上がるなら誰も文句はないだろう。それこそ胸を貸してるほうのフランネルだってね。

 グラデーナが今も挑戦者の傍で気合を入れてくれてるはずなんだけど、それでもまだ足りない。だから少しだけインチキしてやるつもりだ。


「みんなはここで楽しみにしてなさい。ここからがエキシビションマッチの本番よ」


 ヴァレリアやジークルーネが一緒についてこようとしたけど、ここに留めて私だけで移動した。


 この私の前でぬるい試合のまま終わらせたりなんかさせない。エキシビションマッチだからこそ、手を加える余地がある。

 だったら、それをやらない手はないんだ。

次話「気合注入、乙女の激励!」に続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >マーガレットの実況 うむ。実に見事。性に合っているのかwww そして何気にアナスタシア・ユニオンの総帥も解説が上手い 他の闘技場でも解説を頼まれた事があるんかな? [気になる点] >ア…
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