少しずつ広がる世界
元は東の隣国にして、現在は分裂した小勢力がしのぎを削る状況にある地域、そこは旧レトナーク王国。
そんな崩壊国家にあっても人々の営みは存続し続けてる。
旧レトナークの中でも比較的に大きな街であるボイグルで不審な動きあると分かり、偵察が向かってからもう十数日が経った。
毎度の事だけど嫌だと思う事ほどよく当たる。
偵察によって残念ながら深刻な状況にあると報告がもたらされてしまった。
情報局長が招集した幹部会で今からその説明が始まる。いつもは通常業務後の夜にやる幹部会だけど、今日のは急を要する内容だから昼過ぎからだ。
ジークルーネの仕切りで開始を告げると、さっそくジョセフィンが話す。
「この前の記者の件ですが、吐いた事は嘘ではなかったようです。例の八百長の噂をばら撒こうとする動きは本当でした。そして爆弾テロ……テロというには政治的な動機やなにがしかの要求などがいまいち不明ですが、とにかく爆弾の準備をしていたことは確定しました」
私とジークルーネはちょうどジョセフィンと一緒にいた時に報告を受けたからすでに聞いてたけど、この報告には幹部のみんなも深刻な顔になる。
「理由はなんなんだ? そのボイグルって街の奴らにあたしらが恨みでも買ってんのか?」
「ええ、聞き覚えがない街ですが、どういうことなのでしょう?」
動機は気になるポイントだ。裏社会の組織が時間も金もかけてやるからには、利益に絡むかメンツがかかってないといけない。
キキョウ会がその街に縁がないとするなら、仕掛ける側にどんな理由があるのかが謎だ。
「実行しようとしているのは地元で最大の裏の組織でボイド組というところです。構成員は五百人を超える規模ですが戦力評価は並以下と考えています。これといった強者はなく、小さな組織の寄せ集めで街中に分散していますので、攻め込めば容易に各個撃破できると予測します。懸念点としては道具を潤沢に持っている組織のようで、特に所持している爆弾の数が非常に多いらしいとの事でした」
「……それはおかしな話ではないですか? 爆発物がそこまで簡単に手に入るとは思えないのですが」
シャーロットの疑問はもっともだ。
爆弾を作るには魔道具の知識が必要になるし、魔道具ギルドは軍にすら爆弾なんか提供しない。あのギルドは魔道具の軍事利用を著しく制限しようとしてるのは明らかで、それは軍用車両ですらリミッター解除は許されてない事や大規模な攻撃的魔道具が配備されてないことからも分かる。
例外は結界魔法の魔道具のような防御面に特化した物になるのかな。武器についてはあくまでも個人用としての装備ならありみたいだし、その辺の細かいポリシーは不明だけどね。
とにかく非合法な爆弾を手に入れるにしても、少数ならともかく大量に確保するのは常識的には難しいはずだ。
「爆弾か。嫌な事を思い出させやがるな」
まさしく。あれによって私たちは痛打を受けたんだ。この街、特に私たちのシマで再び使われるなんて許してはならない。
爆弾と言えばエクセンブラ裏社会において、使ってはならない暗黙の掟だった過去がある。それを破って使った外道どものことは忘れてない。
今はもう暗黙の掟じゃなく明文化された掟になってるから、ウチは当然としてクラッド一家もアナスタシア・ユニオンも使うことはない。荒くれの新参者だって使うことなんてできはしない。それを使うどころか手に入れようとしただけで、エクセンブラの全てを敵に回すことになる。
もちろん普通の法の支配がまかり通る町なんかでも使えない。
だけど崩壊国家にまともな秩序は存在しない。旧レトナークってのはそういう地域だと考えないといけないってことだ。無法地帯なんて、やったもん勝ちの世界だからね。
爆発物なんてのは効率的に殺しにも脅しにも使えるんだから、ルール無用の世界で手に入るなら使う奴らだってそりゃいるだろう。
「エクセンブラの掟や常識は通用しないと考えないといけないな」
「崩壊国家の裏社会ですからね。でも爆弾の入手経路はどうなっているのでしょうか?」
「そこまで掴めてますよ。なんのことはないです、崩壊国家なんで色々な技術者がフリーであぶれてるんですよ。魔道具技師崩れとか、なりそこないとかも含めて。まともな人材はとっくに他国に移動してると思いますが、まともでない人も一定数はどこにでもいますからね」
「あたしらが言えた義理じゃねえが、それはそうだな」
なるほど、そんな奴らが小銭稼ぎに粗悪な爆弾を大量に作ってることは十分に考えられる。
入手経路としては地元で普通に調達できるわけか。もしかしたら他国からもクズ魔道具を爆弾に改造した物だって、旧レトナークの武装勢力には流れてるのかもしれない。
「ブツが確認できてんなら、理由が不明でも仕掛けてくんのは間違いなさそうだな」
「ですね。でも理由が分からずに潰しても、別の組織から同じような事をされそうな気がするんですよね。最悪は同時進行で別の組織が動いている可能性もありますし」
「そのボイド組ってのが単独で考えて動いてるならともかく、裏で糸引いてる奴がいた場合が面倒だな。ユカリ、どうする?」
ふーむ。
「分からないことが多いわね。闘技場を狙う理由、ついでにお偉いさんまで狙う理由、八百長の噂を流そうとする理由、肝心なことが全然見えてないわ」
「探りを入れてはいるんですが、理由まではなかなか見えてこないんですよね。手っ取り早くボイド組の連中を何人か捕まえて尋問しますか?」
これまでに乱暴な手段を取らせなかったのは、他国というか他地域の組織と問題を起こすのを避けたかった事情がある。
闘技会の開催を控えてる状況で、もし誤解で喧嘩を売って面倒なことになったら目も当てられない。ウチの運営能力にケチまでつけられかねないんだ。だから慎重に探りを入れる必要があった。誤解じゃなく喧嘩を売られてるのが確実ならそれを買うのは問題ない。
それにもしクラッド一家やアナスタシア・ユニオンに縁のある組織だった場合には、勝手に喧嘩を始めるのはマズいことになる。
現状で上手くいってるエクセンブラの体制に重大な問題が発生しかねないから、事情説明して了解を取ったり代わりに話を付けてもらったり、そうした手段を講じないといけなくなる恐れもあった。
ボイド組についてはすでに問題ない事は確認済みで、そこだけは複雑にならなくて本当に良かったと思う。
「いいのではないですか? 状況からして喧嘩を売られているのはもう確定でしょう。攻勢に出たところで文句を言われる筋合いはないはずです」
そのとおりね。しかも相手は崩壊国家のならず者だ。手段なんて選ばない上に道理も通じない奴らと心得るべき。
やるなら徹底的に、そして先手必勝だ。
「メアリーの言うとおりだぜ。なあ、ユカリ」
「うん、まどろっこしい真似は抜きでいくわ。向こうは隠してるつもりかもしれないけど、こっちにはもうバレてんだからね。先に仕掛けてぶっ潰すわよ。情報局はその他の動きを徹底して警戒、奴らの事情やら理由やらは潰した後で聞き出すことにするわ」
今回はたまたま早く情報を得ることができた。せっかくのそれを活かして早め早めに動いてしまえば、何か二重三重の思惑があったとしても先手を取っていけるはずだ。
「おしっ、分かり易くてあたし好みだぜ! あたしのトコにはボイグル出身のメンバーが何人かいたはずだ。適任だろ、行かせてくれ!」
「あ、ポーラさんずるいですよ」
我先にといったリアクションはウチのメンバーのいいところだ。
数人から立候補や行きたそうな顔をしてるのもいたけど、地元出身のメンバーが複数人もいるなら任せるのは道理と思う。現地協力者にも期待できるかもしれないしね。
第五戦闘団だけだと三十人程度だからボイド組総数五百に対しては大きな開きがあるけど、これも正面から全部と戦うわけじゃなく各個撃破になるなら全然問題ない。私たちにはそのくらいは易々とできる力がある。だからこそのアンタッチャブルだ。それを旧レトナークの奴らに教えてやるいい機会とも考えられる。
「そういうことならボーラに任せるわ。第五戦闘団は準備が出来次第全力出撃。現地の情報局メンバーと合流してボイド組を強襲、特に爆発物は残さず全て破壊すること。尋問も現地でやっちゃって。シェルビーの戦闘支援団からもメンバーを選抜して同行、協力してやって」
「あ、グレイリースも行って尋問はやって欲しいな。ちょっと今回の件は色々と気になるんで」
ジョセフィンからの注文が入って、それは即了承。
「そういやジョセフィン、噂話の件はどうすんの? 八百長やら爆弾騒ぎやらは今はなくても何かの拍子に広がるかもしれないわよ」
「すでに動いてますから皆さんは特に何もしないでください。正誤交えて色々な噂をバラいまているところですから、もし悪意ある噂が流されたとしても、八百長も爆弾もたくさんある与太話のひとつとして埋もれるはずです」
やられる前にこっちから盛大にやってるわけか。大したもんね。
相変わらずの仕事ぶりに感心した空気になったところで、改めて告げる。
「情報局が良い仕事してくれてるけど、残りのみんなも噂話や街の雰囲気には十分に注意すること。闘技会の当日まではもちろんのこと、闘技会のオープンが無事に終わってもしばらくは気を抜けないわよ!」
「おう!」
気を引き締めるように言って今回の幹部会は終了とした。
話し合いが終わると忙しく動くのは第五戦闘団長のポーラと戦闘支援団長のシェルビー、そして情報局副局長グレイリースだ。
今日の幹部会は全員参加だったけど、幹部以外は通常業務だったり休みだったりで幹部会の話の内容を知るはずもない。
ポーラは戦闘団メンバーの招集と出撃準備、シェルビーも同行させるメンバーの選抜と物資の準備がある。グレイリースも単独じゃなく情報局から同行者を選抜し、出発の準備を急がせる。
街に残るメンバーも気合の入れどころだ。
通常の見回りは普段は見逃すような場所まで探りを入れ、シマの人々に怪しい奴を見なかったかなどの情報収集もやる。こうした情報収集は戦闘団や情報局だけじゃなく、色町を仕切る管理局も得意分野だ。
さらには建設局や研究開発局でさえも関係するギルドや商会に密な伝手を持ってる。
時間をかけて築き上げた情報網をもってすれば、知ろうと思って知れないことは大分少なくなったはずだ。
警備局は闘技場にアリの一匹さえ侵入を許さない警戒を徹底し、事務局と広報局は連携して情報収集だけじゃなく関係各所に現在の状況を伝え、多方面からの情報の支援を求める。闘技会は私たちだけがやる興行じゃないんだ。万が一を許さないため万全を敷く。
忙しいキキョウ会で普段と変わらないのは内部監査の情報監察局と見習い指導の教導局、それとローザベルさんとコレットさんの治癒局くらいかな。あとは私とヴァレリアもそうか。
ジークルーネとグラデーナは時間さえあれば本部付直率若衆の訓練に時間を当ててるけど、これも普段と同じと言えば同じかな。
ポーラを遠征隊長にした一行が旅立ってからまた数日が経過した。
穏やかになりつつある秋の空を見ながら、本部の屋上庭園でティータイムとしゃれこむ。
リリィが手入れしてくれてる庭園には秋の花の代表格と言える秋桜っぽい花が色とりどりに咲き乱れて楽しい気分にさせてくれる。
「お姉さま、お茶のお代わりはいかがですか?」
ティータイムのお供には妹分とフレデリカが一緒だ。
みんなで花を観賞し空を行く雲を眺め、リラックスしながらお茶の香りと味を楽しむ。
「うん、頼むわ。いいお茶だけど、これってトーリエッタさんからの差し入れだっけ?」
「ええ、ブリオンヴェストが二号店を出した際にはユカリから素材の提供が大盤振る舞いでしたからね。そのお礼として大量に高級な銘柄のお茶やお酒が届きました。二号店でも引き続き最優先で注文を引き受けてもらえるらしいですね」
私だけじゃなくキキョウ会として贔屓にしてる服飾店ブリオンヴェストが儲けまくってるのは知ってたけど、弟子もたくさん増えた影響で少し前に二号店を開く運びとなった。
「一等地をウチが用意したんだし、そのくらいの便宜は図ってもらわないとね。まあトーリエッタさんと私の仲でなら今さらな話だけど」
「最近はわたしの服もなぜか自動的に出てきます……」
新しい店舗は中央通りに空きが出たことから、そこをウチが押さえて使ってもらうう事にした。
相変わらず私の服は下着から戦闘装束に至るまで全部がトーリエッタさん作で、普通に友達としても付き合いが続いてる。そんでもってトーリエッタさんが勝手に私の服を作るように、弟子の一人がヴァレリアの服を勝手に作るようになってしまってるらしい。
「今となってはブリオンヴェストのオートクチュールは大商会の大旦那でも簡単には手に入れられないほどの人気になっていますからね。自動的に出てくるなんて聞いたら、どれだけの人がうらやましがるか」
「フレデリカも言えば作ってもらえると思うわよ?」
「必要があればお願いしますけれど、最低限は揃えていますから」
こいつは相変わらず金と暇があれば魔道具蒐集や研究に没頭してるらしい。
勝てないくせに好きだったギャンブルに興味を無くしつつあるのはいいことなのかもしれないけど、突っ込む金が多いのは変わらないらしい。金遣いの荒い私には何も言う資格はないけど。
「それにしても三大ファミリー態勢が敷かれてからというもの、街の商店は競争は激しくても多くが順調らしいですからね。例のトラブルも今のところは影響なく、平和なものですね」
旧レトナークの街でポーラたちが今まさに奮闘してるはずなんだけど、エクセンブラにいるとそんな殺伐とした空気は感じられないからね。のんびりとした平和な空気そのものだ。
すると、そんな考えがフラグにでもなったのか、屋上に姿を現したのは情報局長だ。
「あー、いい香りですね。わたしにも一杯くださいな」
ジョセフィンはティーポットの横に陣取るヴァレリアに頼むと、いつものように疲れた感じでだらしくなく椅子に座った。
無造作に茶菓子を掴んで口に放り込むと、入れたばかりの熱い紅茶をぐびりと飲み込んで熱い熱いと涙目になる。
疲れて注意散漫になってるみたいけど、私たちはその様子を呆れて見守る。
「なにやってんのよ、まったく。で、ただ休憩しにきたわけじゃないんでしょ?」
「ええ、まあ。ボイグルの街から今しがた報告が届きましたんで、そのお知らせです」
少なくとも朗報って感じじゃない事はたしかね。
今度はどんな面倒事が起こったのか、発覚したのか。
なんにしたって、逃げるわけにはいかないんだ。受けて立つとも。
「さくっと言っちゃいますけど、黒幕にドンディッチの組織が浮かび上がりました」
「……は? ドンディッチって、北の隣国よね?」
東の崩壊国家から、今度は北の隣国に話が飛んだ。
うーむ、なにがどう繋がってるのやら。そんでもって想像してたよりも、もっと面倒くさそうな気がする。
ちょっと勘弁して欲しいわね。




