いつ何時でも余計な事を企む奴らはいる!
「おいお前、キキョウ会ってやつだろ? ちょうどいい所で見つけたぜ。何度も取材を申し込んだんだが、門前払い食らっちまってよ。これは幸運の女神の導きに違いねえや。逃がさねえからな」
勝手な事をほざきながら私の隣に座った。取材ってことは記者の端くれなんだろう。ふざけた態度からして、どうせフリーのチンピラ記者か、ろくでもない三流ゴシップ誌あたりだろう。不意の遭遇から突撃取材ってわけね。
しーんとなった王女の雨宿り亭で最初に立ち上がったのは、よく見かける常連のおっちゃんとおばちゃんだった。
私はカウンター席に座ったまま顔だけ向けて視線で制すると、察してくれたらしく黙って座ってくれた。ウチのシマでのトラブルはウチで解決しないとね。それにここはウチの店、直営店だ。手出し口出しは無用に願いたい。
ついでに用心棒席に陣取るメンバーにも顔を向けて、しばらく様子を見るから待てと合図した。
キキョウ会は表向きにももうクラッド一家やアナスタシア・ユニオンと肩を並べる三大ファミリーの一角だ。これは三者会合での合意内容の一部を意図的に新聞ギルドに流して、街の住人には認知させてるからもう周知の事実で間違いない。特に相互不可侵協定の成立は大きな歓迎を持って喜ばれたはずだ。
「おう姉ちゃん、俺にもこいつと同じ酒持ってこい!」
普通なら今さらチンピラのような記者に舐めた態度を取られる事なんてあり得ない。
エクセンブラにそこそこ長く住んでる人にとって、もうキキョウ会は手を出してはいけない組織として十分に通ってるはずなんだ。三大ファミリーにまでのしあがった組織でもあるし、なによりアンタッチャブルとしてね。私たちと敵対した奴らがどんな目に遭っていったか、尾ひれまでついて十分以上に知れ渡ってる。
それが昔に戻ったようなこのふざけた態度。しかも私が会長であることも知った様子もない。明らかに新参者だ。
「それでよ、おい聞いてんのか?」
人が増えて活気づくのはいいんだけど、分かってない奴が増えるのは面倒でもあるわね。まあその辺は仕方ないと諦めるしかないのかな。
ただ、理由が不明だ。普通なら取材対象がどんな組織かってくらいは知った上で取材するだろう。それなのにこの舐めた態度。
本当に実情を理解してないのか、信じてないのか。場合によってはこれから先を考えて、ちょっとした見せしめが必要かもしれない。新参者向けにね。それも定期的に必要なのかも。
それはそれとして、記者の態度の理由は気になる。それになにを聞きたいのかも。
答えてやるつもりは一切ないけど、勝手に話し始めるのを待つことにした。
一瞬だけ視線をくれてやって、グラスに口を付ける。さっさと話せって意味だけど通じたかな。
「ちっ、陰気な女だぜ。まあいい、そんでお前らキキョウ会ってのはよ、闘技会で八百長やらかすってのは本当か?」
思わずむせそうになってしまった。いきなり妙な話をぶっこんできたわね。
店にいるみんなも瞬間的な驚きから怒りに変わって今にも爆発しそうな感じだ。
余所者らしき無礼な態度の奴が、よりにもよってキキョウ会のシマの直営店でこの発言だ。ウチのメンバーはもちろんのこと、常連の人たちもかつての荒れた六番通りを知ってるだけに、平和をもたらし持続させるキキョウ会への信用は大きく育ってる。
しかも闘技会はウチの仕切りで盛大にやる祭みたいなもんだから、みんなだって楽しみにしてるイベントなんだ。それにケチを付けようってんだから、余所者がなに知った風な口を利くのかと誰だって言いたくなる。言いたいけど、私が静かにしてるから抑えてくれてるだけだ。
それにしても質問の意図が分からない。
信用問題だから八百長なんてのは長い目で見てやるだけ損だ。真っ当にやっても莫大な儲けが確実である胴元がそんなことをする意味はない。
万が一、何らかの理由で八百長を画策するにしても、聞かれて素直に八百長やりますなんて言うはずがない。
私を怒らせることが目的?
感情的になれば人間、余計な事を口走りやすくもなる。典型的な記者のやり口ではあるけど。
「どうなんだよ。俺が掴んだ情報によりゃ、すでに優勝者から四位までは決まってるそうじゃねえか。ボロイ商売だな、おい」
その情報源とやらが本当にあるなら、悪意に満ちた奴の仕業だろう。とんでもない風評被害だ。
店には普通の客もいることだし、否定くらいはしておかないといけない。一方的にしゃべらせて終わろうと思ってたけど、仕方なく口を開いた。
「……どんなクズ情報掴まされてんのよ。今度の闘技会は大陸中から有名人が集まってんのよ? しかも五千人からの参加者がいるってのに、全員に八百長の仕込みが通じるとでも? もしそんな事を信じてる奴がいるとしたら、マヌケの上にバカを重ねた愚か者もいいところね。常識で考えなさい」
「へっ、素直に認めるはずねえわな。まあお前みたいな下っ端が真実を知らされてるはずもねえか。そんじゃ、俺が良いネタを教えてやるよ。ボスに話せば機嫌取りくらいできるかもしれねえぜ?」
だんだん我慢が難しくなってきた。
ついつい厳しいツッコミを入れてしまったけど、返ってきた予想以上にアホな返答に今にもブチ切れそうだ。
男は私の怒気に気付かず、なぜか浮かれた調子で私のとは違う安酒をぐいっと飲み干す。
「おい姉ちゃん、もう一杯だ! そんでよ、こいつはとんでもねえ特ダネだ。いいか、良く聞いとけよ? なんでも闘技会にはお偉いさんが何人も呼ばれてるんだろ?」
勝手に語り始めるとそこから声を落として続ける。私の耳元に囁くような感じだ。不快ね。
「でよ、そのお偉いさんどもが集まって世界中の注目が集まってるその場でだ…………ドカンといくって噂だぜ?」
さすがに驚く。冗談じゃ済まされない内容だ。
嘘でもそんな話が出回るとしたら、考えただけでもかなり厄介だ。興行への影響は計り知れないし、これはもう爆弾テロの可能性が生じたってことにもなる。
この馬鹿の与太話だったとしても、もし類似した変な噂が立ってるなら早急に火を消す必要がある。
「どうだ、驚いただろ? なあ、礼に独占取材させるよう上に掛け合ってくれよ。ついでに今夜一晩付き合わねえか? お前なかなか――」
これ以上の戯言に付き合う気はない。
用心棒席のメンバーに顔を向けると、目の合った娘は即座に立ち上がって空のボトルを掴み、ボンクラ記者の頭に叩きつけた。
ガラスが砕けて飛び散り、衝撃と驚愕で椅子から転げ落ちた男には容赦のない蹴りが加えられた。
血だらけになって悶絶する男に視線を向けながら命令を下す。
「こいつを本部に連行しなさい。身元を洗ってふざけた噂の出処も探し出せ」
囁かれた部分は用心棒には聞こえてなかったかもしれないけど、前後の内容だけでも私が命令を下すには十分だ。ウチのメンバーなら尋問の必要性を理解する。
ふう。溜息の一つも吐きたくなるわね。順調だった闘技会の開催向けて、悪辣な横やりが入ったのかもしれない。
もし誰かが喧嘩を売ってるなら買ってやる。上等だ。
ボンクラ記者が言ってるだけの妄想なら被害はないけど、これがどこぞの権力者や組織の思惑によるものなら話は別だ。まさに喧嘩を売られてる。
忙しくなるかもね。
用心棒の二人が気を失った男を外に運び出す様子には、店の客たちが喝采を上げてる。良い客だ。
まあ八割くらいの常連を除いた残りはめちゃくちゃ引いてる様子だけど。
そいつらはいいとして、喝采を送ってくれる心意気には応えないとね。
「お客さん方、せっかくの食事と酒が不味くなったわね。しょうもない話を聞かせてしまって悪かったわ。今日は私の奢りよ、閉店時間まであと少しだけど、それまで好きに注文してくれて構わないわ」
「奢りだって!?」
「うおおおおおおおおおっ!」
余計な噂を流すなって意味の口止め料込だ。ただの親切だと勘違いするような初心な奴はこの街には少ないはず。
それでも人の口に戸は立てられぬと言うから、これを否定する噂をばら撒いて相殺しないといけないのかもね。その辺の事は情報局に任せるけど。
店の姉ちゃんにも勘定は私につけとくように言って、急ぎ本部に戻った。
稲妻通りの本部に入るとさっそく情報局に移動する。
時間が遅いこともあって、事務局のメンバーはもう誰も残ってなかった。
「ジョセフィン、どう?」
最近は情報局も人員の増加と状況が落ち着いてたこともあって、少しは余裕があると思う。
それでも遅くまで残ってる情報局長は仕事中毒なんだろう。そんな頼りになる局長を筆頭に、久々に本領を見せてもらおうか。
「まだ尋問中ですよ。連行してきたメンバーから話は聞いてますけど、八百長やテロの噂なんてこっちでも掴んでないんですけどね」
「取り越し苦労ならいいんだけどね。今のタイミングでケチを付けられるのは避けたいわ」
「たった一人のたわごとか、これから仕掛けられる情報戦の初期段階だったのか。とにかく背後関係も含めて、徹底的に洗ってみます。ユカリさんは朝まで休んでください。何か分かったらあとでまとめて報告しますよ」
「うん、頼んだわよ」
ボケっと待っててもしょうがないからね。素直に休むとしよう。
ベッドに入って即就寝、寝た時間が遅くてもいつものように早朝に目覚める。これは私の数少ない美点だろう。
ほぼ全員が眠ったままの本部を歩き地下に行くと、これまたいつものようにトレーニングに精を出す。
【紅蓮の武威!】
闘身転化魔法を発動。超身体強化状態に移行し、それでもこの溢れ返りそうな莫大な魔力の奔流を押さえつける。
爆発的な魔力の噴出を完全に制御しきるのは想像しただけでも難しい。それでも可能な限り理想に近づけ身体を巡らせ、一切の無駄な力を漏らさないように努める。
超強化状態でのこれにはまだまだ課題がある。息をするように自然体でこれができないと、発動は完璧にできても維持の面で完璧とは言えない。
私の魔力操作技術や慣れる早さがあっても理想には遠いと思わせる超絶難度だ。やりがいがある。
並行してイメージ上の仮想敵を思い浮かべながら身体を動かし、アクティブ装甲を多重展開の上に即席の爆発反応装甲と対魔法障壁を展開し、限界を超えよとばかりに小規模ないばらの魔法を展開しようとしたところで、無理がたたって魔法が霧散した。
「ふう……まだまだね」
魔法戦を想定したマルチタスクの拡充も課題だ。
多数の盾の展開と同時に攻撃、さらには味方の支援で回復までやれるのが理想だ。レベルの低い魔法でならいけるけど、高難度の魔法になると同時使用が格段に難しい。
魔力消費も激しいとあって、そんなに何度も連続では使えない。同じことを何度か繰り返して、今日のところの訓練を終えた。
早起き組が起きて訓練を始める頃には場所を空けて、これもまたいつものように風呂に行く。
各部位をチェックするように丹念に洗うと、浴槽に浸かってリラックスタイムだ。あー、気持ちいい。
数分ほど意識を飛ばしてると、ドアの開く音が。
「あ、おはようございます。いつものトレーニング後ですか?」
「うん、さっき終わったとこ。そっちは徹夜?」
「結局はこんな時間になっちゃいましたよ」
入ってきたのはジョセフィンだった。情報局の部下は風呂に入る気力もなく部屋に戻ったらしい。
気怠そうな動きで身体を洗うと、湯に浸かってあくびをした。
「眠そうね。仕事を頼む私が言えたことじゃないけど、昼夜逆転は美容によくないわよ」
「そうなんですけどね。なんとなく夜のほうが捗るといいますか。あ、これからレポートにまとめようとしてたんですけど、ここで尋問の内容話しちゃってもいいですか?」
必要があったとしても、この様子を見てしまうと追い打ちで仕事をしろとは言い難い。
ジョセフィンの場合には必要なことは言わなくてもやるタイプだから、そんな心配は無用だけど。
「いいわよ。手間を省こうってことは、難しい内容じゃないんだろうし」
「残念ながら昨晩の男からは大した情報は取れなかったです。秘密を隠し通せるほど根性のある男ではなかったと思いますが、裏を取るほうに時間がかかりそうですね」
「手間かけて悪いわね。それで?」
湯が熱いのかジョセフィンは肩まで浸かった身体を引き上げると縁に腰かけた。
「あの男はつい最近になって、旧レトナークのボイグルって街からエクセンブラにきたばかりのようです」
旧レトナークの情勢に変化があるとは聞いてない。ブレナークの東側にあったかつての国家は崩壊したままで、国とは言えないような小勢力が乱立してる状態だったはずだ。ボイグルって街には聞き覚えがないけど。
「旧レトナークねえ」
「そこを根城にした自称フリーの記者らしいというのは本当みたいでした。聞きだしたところ、あれはボイグルの街を仕切っている組織の酒場に通って情報を仕入れていたらしいです。そこでたまたま八百長やテロの話を聞き齧ったみたいですね」
話を聞いてると私も湯あたりしそうになってきて、ジョセフィンと同じように縁に座って足を組んだ。
「なるほどね。そんでもって、その聞いたネタが金になると思ってわざわざエクセンブラまで突撃しにきたわけか。行動力だけは無駄にあるわね」
「まったくです。ただ特ダネということで誰にも話してはいないそうです。念のために噂がないか広く探らせますが、これまでに妙な噂は掴んでないので大丈夫かと。あとは今朝方ボイグルに人を向かわせました」
「その結果待ちか」
記者の男は酒場で盗み聞きしただけで、実際に動きのあるネタかどうかは不明だ。
ボイグルって街の奴らが本当に八百長の噂をばら撒こうとしてるとか、爆弾で騒ぎを起こそうとしてるかどうかはまだ確定とは言えない。むしろただの与太話って確率のほうが高いように思える。
探りを入れてもし本当であれば、やられる前に叩き潰すだけなんだけどね。
ああ、その場合には記者の男は情報をもたらしてくれた功労者になるのかな。公衆の面前でふざけた態度を取ったツケを差し引けば、褒美は生きて返してやるってだけで十分だと思って欲しいけど。
なんにせよ怪しい奴の一人や二人ならともかく、騒ぎを起こそうなんて連中が何人もウチのシマに入れば情報はキャッチできたはずだ。早めにきな臭い情報を知れたのは良かったけど、言ってしまえばそれだけの事でもある。
本格的に眠そうになったジョセフィンと一緒に風呂から上がって、今日一日を始めることにした。
さてと。今日の見回りでは噂の収集にも力を割いてもらおうかな。あとは事務局や戦闘支援団にもギルドや商会の人と会うなら妙な噂がないか聞いてもらおう。
物事が動くとしたら、ひとつだけとは限らない。私たちが仕掛けるとしたら同時にいくつもやって、どれかが上手く行けばいい形にするはずだ。
何事もなければ、それでいいんだけどね。できれば面倒事は闘技会が終わるまでやめて欲しい。




