不良娘たちの微かに明るいかもしれない未来
見習い最終試験の有料見学会を成功に終わらせた後日。
今度は有料で引き受けた、というか放り込まれた娘たちの様子を見に行くことにした。
生意気な不良娘どもを預かってから、もう十数日程度は経過したところだ。どうなってるか気になるわよね。
だいぶ日差しの柔らかくなってきた朝の空気のなか、散歩がてら見習いの施設に移動した。
書類仕事で忙しい教導局長に差し入れをして労いつつ、新入りどもの様子を聞いてみた。
「今のところですが、やはり皆さんが懸念したように順調とはいきません」
「そりゃまあ、素直に言う事を聞かないからこその不良娘だからね。具体的にはどんな様子?」
「基本的にこちらを無視しています。特に顔見知りの令嬢同士は、あらかじめ示し合わせでもしていたかのようですね」
素直に言う事を聞くようなら苦労はない。
だからこそ、ここに放り込まれた不良娘どもだ。その程度は想定済みとして、じゃあどうするかだ。
「そもそも言う事聞かないのはそいつらに限った話じゃないって話だったわよね。どういう流れを想定してるわけ?」
不良娘に限らず勝手な事をする奴はどこにでもいる。そういう跳ねっ返りは珍しくないしフウラヴェネタも慣れてるはずだけど、具体的な懐柔策はフウラヴェネタや教導局メンバーの献身的な姿勢によるものと聞く。
親身になって話を聞き、一人ひとりをきちんとした人間扱いしてやれば、大抵の場合は少しずつでも心を開く。そうしたやり方が通用しない場合でも、それならそれで違うやり方を持ってるのが教導局だ。今回もそうした感じで色々試していく予定なんだろうか。
私が見習いを鍛えてた時には、単純に力の差を思い知らせてやるだけでよかった。
向こうから望んでウチに入ってきた奴らなんだ。厳然とした差を見せつけてやるだけで簡単に言う事を聞くようになった。鍛えてやるから言う事を聞けってね。
面倒をかけるなって無言の威圧のお陰もあったかもしれないけど。
だけど今回はケースがまるっきり違う。不良娘たちはウチに入りたくて入ったわけじゃない。
「彼女たちに有効なのは単純ですが時間経過とそれによる周囲の変化を感じ取らせることだと考えています。そろそろ効果は表れていると思いますので、見学しに行きませんか?」
「ふーむ、とりあえず見せてもらうわ」
自信ありげなフウラヴェネタだ。変化が表れてるタイミングなんだろう。
中庭でトレーニングの時間らしい集団をこっそりと見るべく、私たちは屋上に移動した。
そこでは教導局メンバーが教官として見守るなか、見習いどもが地味な反復トレーニングをせっせと繰り返す光景があった。
重い球を持ち上げて運んだり、ロープを上り下りしたり、障害物を乗り越える運動したりと、筋力や持久力など総合的に体力を付ける地味な訓練だ。それらを実行する見習いからは必死な様子が伝わる。頑張ってるみたいね。
ただ、なんだかのんびりとした別の集団もいる。
「……なるほど、あっちの隅で何もやってないのが不良娘たちか。それで?」
「何もしていませんが、静かにしているのはお分かりになると思います。最初の頃はおしゃべりに興じていたのですが、今ではきまり悪そうにしていますよ。可愛いものですよね」
「放っておけば勝手にやり出すってほど簡単じゃないと思うんだけど……それとほかの見習いがよく何も言わないわね」
不思議なのは周囲の見習いだ。
自分たちが一生懸命やってるのに、近くでサボってるのがいれば腹も立つだろうに。
「特別なことをしているわけではありません。彼女たちは全員が見習いの初期段階ですが、まずは自分のことだけに集中させています。課した目標をクリアさえすれば、周囲とは無関係に次の段階に進めます。やる気のない人間に構っている暇がないような厳しい個人訓練でもありますし、もしほかに構うようであれば教官は余裕があると見なして追加訓練を次々と与えます」
「サボってる奴は徹底的に無視するってことか。それでやる気に繋がる?」
「おそらくは。自分たちが何もしていない間に次々と課題をクリアし、先に進んでいく人たちがいるのです。例えば同時期に入った見習いで取り残された人は焦りを感じますし、もっと訓練に身を入れて行います。そうした真剣な空気があそこにはあります」
サボってる不良娘どもの家はどこも金持ちで、身分が高い貴族の娘だっている。そいつらは基本的に、ほかの見習い連中を見下してる。
まあウチの門を叩く奴らの多くが如何にも教養のない荒くれだったり貧相だったりで、どう見ても金も身分もない連中ばっかりだ。そりゃあ、裕福な若い娘どもから見れば優越感を覚えてしまうのも無理はないかもしれない。
ただし、生まれた家や財力が見下す要因でしかなく、それらは不良娘自身の力で得たもんじゃないのは確かだ。
妙なプライドはここじゃ何の意味もないし、そのプライドそのものにも疑問符が付く。
それにここには不良娘以外にも、少ないけど元は身分が高かったなんて奴もいるんだ。
貴族だろうがスラムの物乞いだろうが、ウチの門を叩いた時点で同じ立場の同じ仲間だ。
募集要項に身分を問わずと明記してるんだから、その程度は全員が分かってる。
そんな環境に放り込まれたんだから、不良娘たちの身分が高かろうと気にする奴なんて一人もいない。
この訓練施設で問われるのはただ一つ、実力だ。
実力のみがその人物を評価する。初めは実感できなくても、嫌でもそれを思い知らされるだろう。
実力と言えば、訓練は体力作りや戦闘系だけじゃなく座学や技術の習得だってある。サボってれば、その全てで差を見せつけられることになってしまう。
見下してる連中がそういった課題をクリアして次に進んでいくのに、自分たちは何も成し遂げずにうだうだしてるだけ。
放置され、以前のような好きなこともできず、無為に日々を過ごすだけだ。
同じ施設に長くいれば、同年代と思う平民の貧乏そうな少女が、自分たちとは次元の違う身体能力を見せ、集団での講義では博識なところや頭の回るところを見せる場面にだって何度も遭遇する。
ウチはマナー講習や礼儀作法だって習得させるんだ。不良娘なんかじゃ及びもつかないほど流麗な所作を披露する見習いたちだってたくさんいる。
自慢に思ってた家柄や家の財力以外で、何一つ勝てるところがないと自覚するのは時間の問題だ。
そこに焦りを感じない若者がいるだろうか?
この見習い施設でふざける奴はいない。真剣に鍛え、真剣に学ぶ場所なんだ。
なかなか素直にはなれないだろうけど、気持ちに変化が訪れるのは間違いないと思う。
もしここの空気を感じながら何も変わらないとすれば、そいつは相当なへそ曲がりか性根が腐ってる。
個人的にはへそ曲がりだろうが性根が腐ってようが構わないけど、弱いままの言い訳にするなら許さない。
水準以上になんでもできて、強ければ多くの事が許されるようになる。私が許す。実力主義の世界なんだからね。
「……真剣な一生懸命やってる空気に触れさせて、意識を変えてやろうってことか。気長ね」
「自分から変わってくれると嬉しく思います。あそこにいる彼女たちは見込みがありそうですが、残念ながら変わらない人もいます。もう少し様子を見ますが、預かった以上はわたしたち教導局も真剣に更生を目指します。その時には、ここが『キキョウ会』だということを思い知らせることになるかと」
最初はやる気がなくても周囲を見て変われるならそれでいい。そのための時間は与える。だけど、それでもダメなら地獄に落とす。
無理矢理に言う事を聞かせる時間の始まりだ。強制的なスパルタ教育の始まりってわけね。
でもフウラヴェネタは随分と優しい。
私なら一日どころか三分も持たずに、いきなりぶん殴って這いつくばらせるだろう。やる気がある奴には優しいつもりだけど、そうじゃないなら足を引っ張る邪魔者だ。
「やる気、ね。そういや伸び悩んでやる気を失うってパターンもありそうだけど、そいうのはどうケアしてんの?」
不良娘はいいとして、普通にやる気があっても上手く行かずに不貞腐れる奴だっているだろう。
座学がどうしたって苦手な人は想像しやすいし、体力作りはともかく戦闘が苦手な人は割と多いと思う。どっちが合うかってのは性格の問題もあるから仕方ない部分はあるけど、それでも最低限の基準はクリアしないといけない。
見習い期間に習得することは、すべてが私たちキキョウ会にとっての最低限なんだ。そのハードルは常識的にはそびえ立つ壁のように高いけど、世間の基準なんか知ったことじゃない。
「壁にぶつかって悩んでしまう子がいるのは確かですが、ここにはそれを乗り越えている実例が山ほどいますから。才能とは別に努力がどれほどの高みに導いてくれるか、知ってもらうのはそれほど難しくありません」
「才能か。言えてるわね」
人には向き不向きや才能ってもんがそれぞれある。
見習いたちは集団生活しながら一緒に訓練をしていくなかで、必ずその才能を気にする場面が出てくるだろう。
同じ訓練をしてるのに、どうしたって優劣は出てしまう。
努力の量で補うことができるのが大半だけど、それが無理なものだってある。それこそが才能ってもんだ。
そんでもって数ある才能のなかでも最初に思い浮かぶ才能と言えば、やっぱり魔法適性だ。こればっかりは天性のもので努力とは無関係だからね。
隣の芝生は青く見える。
誰だって、おそらく例外なく他人の才能を羨ましいと思ったことがあるだろう。
この私だって色々と応用の効きそうな風魔法適性や、まさしく火力に大きな期待の持てる火魔法適性は素直に羨ましいと思ってる。
だけど誰だって持ちえたカードでやっていくしかない。才能を言い訳にする事を我がキキョウ会は許さない。
その最たる例として、戦闘には何の役にも立たない魔法適性の持ち主でありながら、戦闘団の団長を務める奴らが何人かいる。
例えば第四戦闘団長を任せるボニーの魔法適性は『雨乞魔法』だ。
文字通りに雨を降らせる普通に考えて凄い魔法だけど、砂漠や乾燥した地域の少ない大陸においては、ちっとも出番のない魔法と言える。
しかもボニーは下級魔法しか使えないから、小雨程度の雨を降らせるのにも結構な時間がかかるし、範囲も狭ければ持続時間も短い。もちろん戦闘にはまったく使えない。
だけどボニーは戦闘団長なんだ。
初期メンバーだからって、お情けで団長のポジションを預けてるわけじゃない。相応しい実力があるからそこにいる。
強さってのは総合的なもんだ。何か一つ劣ってたからといって、それが決定打にはならない。
魔法適性が不利だから、身体が小さいから、物覚えが悪いから、色々な言い訳は考えられるけど、そんな言い訳は実例を前に簡単に切って捨ててやる。
そもそも私だって、鉱物魔法や薬魔法が使えなかったとしても超強いからね。もしそれがなかったとしても、私は会長として君臨するだろう。
フウラヴェネタは訓練に精を出す見習いを私と一緒にしばし見つめてから、口を開いた。
「そろそろ個別に面談をしてみようと思います。彼女たちになにか夢があるようでしたら、そのサポートができるかもしれませんし、なかったとしてもここでの訓練は決して無駄にはなりません」
「そうね。本気でやって最終試験に挑めるほどの実力が身に付いたら、色々と見えてくるものだってあるだろうしね」
「はい、もう数日もしましたら一度レポートを提出します。親御さんも様子を気にされている頃でしょうから」
「途中で余計な口出ししないことは条件になってるはずだけど親切ね。あんたも急がしい身なんだし、無理のないようにね」
「心得ています」
この後もフウラヴェネタの話を聞きながら、訓練と不良娘の様子を見守った。
しばらく見学してから戻る途中のことだ。はしゃいだ声が聞こえた気がした。
この施設で笑いが全然ないってことはないけど、訓練の時間中には珍しいと思う。誰もが必死にやってる最中だからね。
「ユカリノーウェ様、どうかされましたか?」
「ん、ちょっと弾んだ声が聞こえた気がしてね」
地獄耳が捉えてしまったけど、特に指摘するつもりはなかったんだけどね。聞かれたなら答えるしかない。
「弾んだ声ですか……先日の最終試験突破者でしょうか。今の時間ですと、部屋の整理をさせていましたので」
見習いを卒業するなら住む場所は移動になる。
仲間と一緒に部屋を引き払う準備中ってことなら、おしゃべりくらいするだろうね。そういうことか。
「もし良ければ会って行かれますか?」
「うーん、どうせ外套を渡すときに激励はするつもりだし、今はいいかな。それより試験に落ちたのはどうしてんの?」
「脱落者には毎回させているのですが、なぜそうなったのか考えさせています。自身で原因を考えることは次回に向けて大きな糧になりますから」
試験官は完全に一人ひとりのダメだった原因を分かってるはずだけど、安易にそれを教えない方針か。
自分なりに考えて、足りなかった部分を鍛え直す。見当違いだったとしたら、それとなく正解の方向へ誘導するんだろうね。
それにしても、毎回思うけどここは熱があっていい。
純粋に己を鍛え、高みを目指す空間てのはいいもんだ。
こうした空気を感じると、私自身の訓練にも身が入る気がする。だから正規メンバーのみんなも臨時講師やら教官やらを率先して引き受けるんだろう。
いい気分になりながら本部に戻ることができた。
教育パートはこの辺りで一旦区切りとなります。
後々にその後の様子などは書くと思いますが、しばらくは次のエピソードが中心になります。
次回からは闘技場をメインに話が進みます!(たぶん)