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休息と鍛錬

 充実した狩猟採集生活を数日も続けて楽しんでると、ふと疑問に思わないでもない。

 対魔獣との戦闘力向上は著しいし、何より大金が稼げる。稼げてしまう。

 うーむ、いっそのことキキョウ会は狩人の集団としてしまおうか。と、思ったりすれども杞憂に終わった。


 調子に乗って毎日、魔獣を狩りまくったせいで、徐々に魔獣が減ってきたんだ。たまたま遭遇しないだけかもしれないけどね。

 間引きが必要って言われたこともあって、もう大虐殺みたいな勢いで狩りまくったから、少しはそうした影響があるんじゃないかとみんなで話したところだ。


 魔獣が減るのは安全の意味で考えれば、森の付近で暮らす人間にとって良いこと。でも何事もやりすぎは良くない。魔獣も貴重な資源なんだ。

 ほかの人たちも森に出入りするようになってるみたいだし、目を付けられるのは面白くない。積極的な狩りはほどほどに抑えることにした。


 採集素材も同様で採り尽くすわけにはいかない。ソフィさんたちも心得たもので、その辺は気を付けてくれてたらしい。

 そんなわけで狩猟採集バブルは終焉を迎えつつある。


「狩り尽くすわけにはいかないからな。仕方あるまい」

「今日は襲ってきた魔獣だけ倒して、あとは森の散策でもしてみようか。思い返せば、ずっと狩りか採集ばっかりやってたしね。どっか落ち着けそうな場所ってない?」


 たまには働かず、何も考えずに遊ぶのもいい。まあ狩りも遊びみたいなもんだったけど。


「それなら、ちょっと遠いが北に行ったところに滝があったぜ」

「滝? いいわね。行ってみよう」

「あたしと誰かで先行する」


 アンジェリーナが斥候を務めてくれるなら、ソフィさんたちもより安全に歩ける。お任せだ。

 安全を確保しながら散歩を続け、やがて落差の大きい滝に到着した。



 のんびりとした時間が流れる。マイナスイオンのヒーリング効果だろうか。

 まだ少し寒い時期だけど、真上に輝くお日様がぽかぽかと気持ちいい。

 滝から流れ落ちる水音が心地よく、眠気を誘う。このまま昼寝でもしてしまおうか。


「あ、お魚さんだ!」


 サラちゃんの無邪気な声をよそに、巨岩の上に寝そべってウトウトする。

 ところがだ。退屈を持て余したのか例によってロクデナシどもが、またロクでもないことを考え始めたらしい。


「魚獲りやろうぜ! 今日は割とあったかいしよ」

「小腹も空いたし、ちょうどいいな」

「よし、ならあたしが一番多く獲ってやる!」

「お、いいっすね」

「わたしだって負けません」


 なぜこの穏やかな時間を尊重できないのか。子供か。子供なのか。


 みんなで楽しそうに魚獲りを始める様子に、眠気は吹き飛んでしまった。そして徐々にそわそわと……。

 ふう、どうやら人のことは言えないらしい。先生、魚獲りがしたいです!

 我慢なんか意味はない。素直にコートと靴を脱ぎ捨て、巨岩から川へと飛び降りた。そして猛然と魚を探し始める。


「お姉さま!?」

「ユカリも参戦かよ!」

「負けねえぞ!」


 魚は探すまでもなく、目を凝らせばたくさんいるのが見て取れた。

 アユのような形状で、大きめなのが何匹も泳いでる。こいつは食べごたえがありそうだ。


 さっそく素手で捕まえようとしても、すばしっこくてなかなか上手くいかない。これは意外と難しい。

 ヴァレリアやアンジェリーナは経験があるのか、上手いこと掴まえてる。むぅ、くやしい。

 真似してみても、なかなか上手くできない。あー、まどろっこしい。手っ取り早くできんものか。


「へへっ、ユカリはまだ獲れねえようだな」

「ユカリさんも苦手なものがあったんですね」

「ふっ、今回はあたしの勝ちだぜ」


 くっ、こんな下らないことでも負けるとなれば妙に焦る。

 別に勝負を受けた覚えはないのにね。ここまで負けず嫌いだったのか、私。どうにかせねば!


 やっぱり私は都会っ子だ。コツが分からないし、素手での魚獲りには無理がある。

 だったらそう、道具を使えばいい。釣り具はないから、もり

 あ、素手がダメなら魔法を使えばいいじゃない。銛で串刺しにするなら、銛じゃなくて普通に魔法のトゲでやったらいいんだ!


 そうとなったら実践あるのみ。いつもの要領で、鉄のトゲを魚の真下から生やして一気に突き上げる!

 なんだ、余裕ね。


「あっ、ずりーぞ!」

「魔法って便利なもんよね」


 三匹同時に捕らえた魚を見せびらかしてやった。


「ユカリ殿、それは大人げないのでは」

「勝つためなら手段を選ばない、さすがユカリだぜ!」

「くそっ、そんな器用な魔法使えねえぞ」


 こうして今日も私は勝利を積み重ねる。どうでもいい勝利でも、勝利は勝利なのだ。



 またもや乱獲によって大漁になってしまった。調子に乗って獲りすぎてしまったわね。

 まあ、食べきれない分は街に持って帰って売ればいい。宿へのお土産にしてもいいし。

 さんざん遊んでお腹も空いたから、さっそく獲物を塩焼きにしてみんなで食べるべく、鉄串と岩塩の塊を生成した。我ながら便利すぎる。


 あとの準備は野生児たちに任せて、焼き上がりまではいつものように紅茶フレーバーの回復薬を準備だ。今度こそ、休息時間とする。


「んー、気持ちのいい場所ね」

「こんな風に穏やかな一日を送るのはいつ以来だったか。そういえば森に入る時には、いつも魔獣退治や犯罪者を追いかけてだった気がするな」


 川べりで休む私の隣にやってきたジークルーネが、感慨深げに相槌を打つ。

 エリート騎士だったから、厳しい規律と任務の毎日だったんだろう。森の中でこうして遊ぶなんて不可能な環境だったに違いない。


「あたしも傭兵時代は、森なんて魔獣を狩る以外の目的で入った事はなかった。こういうのも悪くない」


 続けてやってきたアンジェリーナまで、感慨深そうにつぶやく。みんな結構ハードな人生送ってんのね。


「拠点が完成すれば忙しくなるからね。こうしてられるのも、いまの内だけかもよ」

「ははっ、ユカリ殿には皆がこき使われそうだ」

「キキョウ会なら忙しくても楽しそうだからな。それも悪くない」


 三人で寝ころびながらの雑談。滝の音とみんなの騒ぐ声。いかにも穏やかな休日って感じだ。

 そうして焼き上がりを待ってると、魚の焼けるいい匂いが漂ってきた。そろそろかな?

 匂いに誘われて動けば、全員が集合だ。示し合わせて串を取り、思い思いにかぶりつく。


「美味い!」


 そのとおりだ。捕まえた魚をその場で焼いて食べる。原始的な食事だってのに、贅沢に思えてしまう貴重な時間。

 大量に火にかけられた魚を食べては焼き、食べては焼き、それでも余った魚はきちんとお持ち帰り。さて、これはどうしようか。


「たしか稲妻通りに食堂がありましたね。まだ正式にブルーノ組から引き継いだわけではありませんが、近い内にキキョウ会のシマになるわけですし、そこに格安で売るのはどうでしょう?」

「欲しがってくれる保証はありませんが、ちょっとしたご挨拶にはいい機会かもしれませんね。今後、正式に挨拶にうかがった際には、話がスムーズに行きそうです」


 稲妻通りはキキョウ会のおひざ元で、ブルーノ組から譲られたシマだ。まだ正式にじゃないけどね。

 拠点から一番近い食堂ならしょっちゅう通うことになるかもしれないし、上手く付き合っていきたいところだ。


「行くだけ行ってみりゃ、いいんじゃねえか? 誰も損はしねえだろ」

「もし売れなくても、食料品店に行けば買ってくれますよ」

「そうね。一応、正式に引き継ぐまでは、キキョウ会のことは伏せておくわよ。じゃあ、そろそろ戻ろうか」


 今日は積極的な狩りはしてないから獲物は少ない。積荷が少なく帰りは快適だ。

 明日からは鍛錬メインにやっていこう。



 エクセンブラに戻って、久しぶりに稲妻通りにやってきた。

 目的は食堂で魚を売り捌き、ちょっとだけ顔見知りになることかな。金稼ぎが目的じゃないから、格安でだけど。


「こんにちはー」

「いらっしゃい! あら、見ない顔だけど、女ばかりなんて珍しいね。お食事でいいかい?」


 小奇麗な食堂の中に入ると、愛想のいいおばちゃんが出迎えてくれだ。中途半端な時間のせいか、ほかの客は見当たらない。

 そういや、買ったビルでチンピラを叩きのめした時、ここら辺の人たちには見られてる可能性があったんだった。

 おぼちゃんが反応しないってことは、知らないみたいだけど。まあ、知られてても別にいいっちゃいいか。


「えっと、食事はまた今度お願い。今日は魚がたくさん獲れたからさ、もし良かったら買ってくれないかと思ってね」


 籠の中の大量の氷に浸かった魚を見せてアピールした。


「おや、魚? ずいぶんとたくさんいるね。どのくらいいるの?」

「二十匹とちょっとかな。安くしとくけど、どう?」

「そんなに? ちゃんと氷漬けにしてあるし、安くしてくれるなら欲しいね。いくらだい?」


 ちゃんと氷に漬けて持ってきたのはポイント高いらしい。メンバーの一人の魔法のお陰だ、ナイス。


「全部引き取ってくれるなら、うーん、千ジストでどう?」

「あら、安い! ホントにいいのかい?」


 大き目サイズの新鮮な魚が、一匹当たり五十ジスト以下だ。お買い得なのは間違いない。


「魚獲りに行った時の余りものだから、気にしないで」

「ちょっと待ってね。はい、千ジスト。また余ったら持っておいで。それから今度は食事も食べにきておくれよ」

「そうさせてもらうわ。それじゃ、また」


 ファーストコンタクトはこんなもんかな。暖かな雰囲気で気の良さそうなおばちゃんだった。あとは料理の味に期待したいところね。

 魚を全部引き取ってくれたし、食料品店に行く手間が省けて良かった。


 そう、食料品店だ。もちろんエクセンブラには食料品を売る店だってたくさんある。

 ただ食料品てのか、この街のネックだったりする。実はエクセンブラは食料品のほとんどを、ほかの街からの輸入に頼ってる。


 エクセンブラは職人の街だ。原材料を使って製造や加工して売る、二次産業、三次産業がメインの街。農業や漁業、あるいは鉱業など一次産業に従事する人はかなり少ない。


 自然の恵みが豊富な世界ゆえ、普通なら食糧危機になるようなことは無いらしいけど、昨今の旧ブレナーク王国の情勢は不透明だ。新たな支配者のレトナーク次第で、どうなるか予測がつかない。

 いまでは平時と変わらなくなったとは言え、戦後すぐには一時的に食料品の価格が上がったこともあった。


 そんなこともあって、正規の輸入食料品以外からもたらされる、狩人や冒険者からの魔獣肉や魚などの食料品提供は歓迎される傾向にある。

 別に食料品の輸入が少なくなってるとかはないから、高く売れるわけじゃないけどね。街の人たちの好感度が上がるってだけで。


 だけどキキョウ会として魚獲りを継続してやるつもりはないし、狩った魔獣は商業ギルドにまとめて買い取ってもらうから、これ以降は街の店に直接卸すようなことはないと思う。

 必要以上に好かれるのも、面倒事を招きそうだから止めておくのが賢明だろう。



 翌日からは、森でのお遊びはせずに鍛錬に集中だ。

 狩猟採集を控えめにするようになってから、私以外も目的を鍛錬主眼に切り替えた。収容所時代にやってたみたいに厳しめにね。

 これからはブルーノ組みたいな奴らと競い合う立場になる。厄介事が多くなることは明々白々だ。

 戦闘力の向上は私自身を含めて必須であり、少しでも底上げしておきたい。言うまでもなく全員が承知のことだし、やる気もあるから成果も上々。


 一人残らず基礎体力と身体能力、身体強化魔法の向上を多かれ少なかれ成し遂げ、主として肉体面での戦闘能力の向上を達成した。これは戦闘班だけじゃなく、サラちゃんまで含めた全員だ。

 特にやる気に溢れるメアリーさんは、目覚ましい成長を成し遂げつつある。私たちに比べればまだまだとは言え、近い将来は戦闘班として期待できるほどに。本人も目に見える成長を実感してか嬉しそうだし、さらに気合が入ってる様子。将来有望ね。


 私個人に限っても基礎的な身体能力の向上以外に、対魔獣戦闘や魔法戦闘応用力、身体強化魔法の習熟が大いに向上したと思う。

 短い期間でも魔獣相手に実戦経験を積めたのが大きい。ついでに足場の悪い場所での戦闘経験や、採集物の知識向上もある。単なる暇つぶしが非常に有意義な時間になったと思う。

 やっぱり実践はいい。ほかのみんなもそれぞれで収穫があったはずだ。


 本当は個々の戦闘力のみならず、連携の訓練なんかもしたいところだけどね。まだまだ手が回らない。まあ、いずれだ。


 こうして私たちキキョウ会は拠点が完成するまでの間、面倒事もなく金を稼ぎつつ、十分に鍛錬を積みながら日々を送ることができた。

 多少のトラブルはあったんだけど、それはまた別の話。おおむね順調だったと言えよう。

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