ブートキャンプ見学会 前編
王都から戻って数日。少しずつ秋の気配を感じる昨今、我がキキョウ会は新たな事業をスタートした。
キキョウ会正規メンバーへの登竜門となる、見習い最終試験。その見学会だ。見学料、一人につき三十万というぼったくりでね。
発端は不良娘を更生させたい貴族の親、そいつらがウチの教育内容を見たいだろうという需要をアイストーイ男爵が見越したこと。
あとはどうやってウチのような強靭な女の集団ができあがるのか、それを面白半分に見学してみたいというスケベ根性を金に変えてやろうってものだ。
まだ事業として継続していけるかは不明だけど、十分に可能性はあると思ってるし楽しみでもある。
記念すべき第一回目の今日は私も見学者の一人として集団に混じる。ホスト役は広報局のメンバーに完全にお任せだ。
見習いの訓練は当然として試験を実施するのも、それを専門にする教導局のメンバーが中心になってやる。
フウラヴェネタをトップにした彼女たちの仕事は賞賛に値する。なにしろ我がキキョウ会の新たなメンバーを育成するセクションとして、重要極まる仕事を任せる部門なんだ。
高度に鍛え、教え、意識を変革させ、チームの一員になるべく育成しなければならない。私たちが認めるキキョウ会メンバーとしてのハードルは決して低くない。
それに訓練と言っても幅は広い。体力、魔力、技術、知識、魔法、身体でも頭でも覚えなければならないことは山ほどある。
覚えるだけじゃ意味はないし、実践できなければ話にならない。どんな時でもとっさに身体が動くように、頭が働くように、徹底的に叩き込む。それこそ、できるまで。
見習いの実力に応じて訓練過程は徐々に厳しくなっていくから、最低レベルの見習いの場合には、ただの体力作りや座学で子供が習うような読み書き算数を徹底的に叩き込むところからになる。内容は簡単でも限界に追い込むように厳しくやるから、やってる本人たちにとっては過酷だろう。でも見物する側からしたら、基礎教育なんてさして見応えがあるもんじゃない。むしろ退屈だ。
そこで見学者用のプログラムとしては、途中経過じゃなく最終試験の一部を見せてやるんだ。
見習いからキキョウ会正規メンバーへと昇格するための最終試験。乗り越えた者だけがキキョウ紋を背負うことを許される、その最後の様子を見せてやる。教育の成果が全てそこに表れるんだからね。ほんの一部だけでも拝めることに喜べ、そして感謝しろと言いたくなる。
最終試験は教導局で時間をかけて最適化され、キキョウ会が求める最低基準をクリアしたかどうかを測る、もっとも分かりやすい内容とのことらしい。普通の見習いにとっては誰もが通る道だ。
毎回、エクセンブラ北東の森の奥地で実施され、これは約九十日間にも及ぶ、心身を極限まで削る試験となる。
日数を聞いただけで嫌になりそうなもんだけど、ここまで至ることのできた見習いならクリアはもちろん可能なはずだ。
実際、最終試験の合格率は八割を超えるらしい。最終試験であって訓練じゃないからね。これまでの成果を出す場なればこその突破率なんだろう。
ちなみに脱落者や不合格者は、また訓練からやり直しだ。足りない部分を補って、また次の試験に挑む。まあ色々なパターンがあるんだけど、そこはいいだろう。
長い試験日数の全てを見学したい物好きはさすがにそうはいないし、こっちも見学に付き合うのは無理だ。だから事前に試験内容を簡単に説明し、見学会用の訓練プログラムを一日だけ特別に作って、そこを見せてやる方式にしてある。
密に色々と詰め込んでるから、やるほうからしたらタフな一日になるだろう。
ただし、これから行うのはなんといっても最終試験だ。その場に弱者はいないはず。
そこにいる時点で基本的な能力はすでにある。乗り越えられる素養がある。この場面で見極められようとするのは仲間への信頼や仲間からの信頼、なんとしても目的を達しようとする断固たる精神と忍耐だ。そいつを見せてもらう。
キキョウ会メンバーのスタッフが見学者が集まるのを待ってると、遠目に車両群がやってくるのが見えた。
先頭を走るのはウチのジープで案内係ね。ぞろぞろと何十台もの車両を率いて向かってる。事情を知らなければ、なんの集団かと思うわね。
車両群は山をぐるぐるとしたルートで登ると、山頂の広い駐車場に続々と停車する。
そこから降り立つのは身なりの良い紳士やご婦人たちだ。今回は六十人の見学者が集まってるらしい。ただし、申し込みはそれ以上あったんだとか。
余りにも人数が多いと対応しきれないってことで、今回は六十人で打ち止めだ。そんなわけで現段階でも、第二回目がやれる見込みは立ってる。今回の評判によってまだどうするかは不透明だけどね。
一応、その六十人とは別にそれぞれの護衛たちがいるけど、そいつらは別枠として同行を認めてる。こっちとしては客の付属物扱いしかしないけどね。だから護衛たちからの質問やら要求やらは受け付けない前提だ。
私は広報局のメンバーが金持ち連中の応対をするのを離れたところで見守る。同時に到着したアイストーイ男爵も運営側みたいな感じで客に応対してるらしい。仲介者だから別に不自然じゃないか。
「お集まりの皆様、まずはこちらへどうぞー! 概要をご説明します!」
マーガレットが張り切って呼びかけ、大型の天幕に一同を誘う。
最初に今日の概要やら試験の概要やらを伝えて、その後で実際に試験の様子で見る流れだ。都度の質疑には広報局のメンバーが対応する。
私はスタッフ用の天幕で時間をつぶすと、見学会開始に合わせて外に出た。
外には大きな黒板のようなものが設置され、説明会を終えた一同も天幕から出てその前に集まってる。
「ご存じの方もいらっしゃると思いますが、こちらに試験の様子を映し出します! 遠見の魔道具で直接ご覧になっても構いませんが、こちらの映像を使ったご説明を随時していきます!」
あれは魔道具愛好家サークルの面々が商業ギルドから引き取ってきた物らしい。壊れて廃棄しようとしてた物を引き取って修理したんだとか。
魔道具としての用途は光魔法の応用で映像を映し出す板だ。どうやらあの魔道具の使用者が見てる光景を黒板大の板に映し出すって代物みたいね。こういう場面では非常に有用だろう。
余談だけど、フレデリカたちがやってるサークル活動の一環として、古くなった魔道具や壊れた魔道具を無料で引き取るといった廃品回収の真似事をしてるらしい。
色々な魔道具を自分たちで購入するにも資金面で大変だったみたいだから、親切面して上手いこと手に入れる作戦を考えたわけだ。
「先にご説明したように、最終試験はすでに九日目を迎えています。まだまだ序盤の段階ですが、今日はハードな一日になりますね。ではまずは第一グループの映像をどうぞ!」
広報局の一人が魔道具をオンにして映像を映し出した。
そこにあったのはとても地味な映像だ。
「……あれは何をやっている?」
「ご覧のとおり、丸太運びです。人力で担ぎ、歩いて陣地まで運びます。道中には川と山越えがあり、二キロメートルほど移動しなければなりません。運び込んだ陣地ではその丸太を使った簡易的な砦を組み立てます」
丸太は両腕を回したくらいの太さで、二メートルくらいの長さがある。
材木の重さは乾燥具合によって大きく変わるけど、あれは百キログラム程度じゃすまない重量になるだろう。
「そんな距離を!? 積まれた丸太はかなり多いが、まさかあれを全部かね?」
「ええ、試験に臨んでいる第一グループの十四人で全てを運び、砦を組み立てます。すでに彼女たちは五時間ほど運搬を続けていますね」
見学者一同は若干引きつったような顔を浮かべた。
こんなもんは序の口なんだけどね。
繰り返すきつくて地味な作業には意味がある。体力は当然として、やっぱり精神力なんだ。限界を超えないと、次のレベルには上げれない。この試験でもそれを私たちに示す必要がある。
我がキキョウ会は常に成長しなければ置いてけぼりを食らう組織だ。試験の場においてそれができないようじゃ、合格は出してやれない。
でもそのやり方は自由だ。一人で運ぼうが二人で一緒に運ぼうが好きにしていい。チームで効率的なやり方を考えるのも重要だからね。
ちなみに人数が多いから、やろうと思えばサボることは可能だ。課題でズルをしようが誤魔化そうが構わない。
ただし、絶対にばれない事が必要だ。それができない下手を打つようなのは失格となる。少なくとも指摘を言い逃れることができる程度の言い訳は用意しないといけない。
試験官は誰が何本運んでるかちゃんとチェックしてるからサボるのも難しいんだけど、的確な指示を考えてみんなに出したり、砦造りのほうに大きく貢献してると見なされればたぶん問題ない。
「ひとつ良いか? あのような作業中になぜ武器や荷物を身に着けたままなのだ? 動きづらそうにしているが」
「あれは街の中での建築作業ではありませんからね。野外の活動ではいつ何があるか分かりませんので、装備を外すことは許していないのです」
戦いには道具を伴うのが普通だ。だから常にその重量を持ち続けさせる。
決して手放すな。自ら武器を捨てるってことは、諦めて敵に下ることを意味すると心得ろ。そういうことらしい。
「現状としては丸太の半分以上は運び終わっており、同時進行で砦も徐々に形になってきていますね。ただし、これには制限時間がありますので休んでいる暇はありません」
「制限時間まで! これは間に合いそうなのですか?」
「今のペースを維持できれば余裕かと思われます。ただし、なにも起こらなければですが」
思わせぶりな言い方に、集まった一同は同じ予感を覚える。なにかが起こるんだと。
そうだ、これは試験だからね。トラブルは意図的に起こしてチャレンジャーをとことん苦しめる。
マーガレットの言葉が引き金になったかのようなタイミングで異変は起こった。いいタイミングね。
砦を作ってた場所の近くに魔獣が現れたんだ。それも何匹も。
「魔獣!?」
「おーっと、昆虫型魔獣の襲来を受けてしまいました! 構築中の砦を守らなければいけませんね!」
なんだか実況アナウンサーのようなしゃべりになってきたマーガレットだ。
突然、わらわらと襲ってきた魔獣には見習いも大慌てだ。長時間に及ぶキツイ作業で周辺への意識が薄れてるから慌てることになる。
しかも魔獣は苦手な人が多い昆虫型だ。まだら模様の芋虫のような見た目で、大きさは牛くらいもある。
私でも戦うのは嫌なタイプだけど、見習いは守るためにやらなきゃどうしようもない。脅威度としては彼女たちにとっても雑魚だから問題ないはずだけど、昆虫型ってのが精神的に辛いと思う。
訓練課程でああいったタイプの魔獣と戦わせることもあるから、逃げ出すような奴はさすがにいないけど誰もが嫌そうだ。
そんでもって、もちろんあれが出たのは偶然じゃない。
最終試験会場に設定した北東の森は広大な森林地帯だ。だけど私たちは試験に使うくらいなんだから、当然のように知り尽くすレベルで探索済みだ。腕利きの冒険者でもほとんど立ち入らないような奥地のほうまでね。
地理地形を完全に把握し、様々な魔獣の生息エリアや植物の分布まで理解してる。
分かってさえいれば試験でそれらを有効活用することが可能になる。
現在、見習いがいるあの辺は虫型魔獣が多いエリアだ。わざわざそこを選んでるのには、もちろん理由がある。それは単純に言って、気持ち悪い魔獣だからだ。できれば戦いを避けたい嫌な相手との対戦を強い、精神的な負荷をかける。作業の邪魔をさせて苛つかせる。
裏では試験官が魔獣の巣にちょっかいかけて、砦のほうに追い立ててるんだ。試験官も大変よね。
「ああっ、砦に魔獣が!」
構築中の砦の一部に魔獣が取りついた場面が映されると、見学者のおばさんが悲鳴を上げる。
丸太運びをしてる見習いが多いから、砦を守る戦力が少ないんだ。
続々と気持ち悪い芋虫魔獣が湧いて出ては倒されてるけど、それもただ単に死ぬだけじゃない嫌な魔獣っておまけまでつく。
あの魔獣は斬られたり突かれたりすると、そこから体液を盛大に噴き出す最悪な性質を持ってる。
芋虫に一撃入れるごとに体液を浴び、泣きそうになりながらも手を緩めることはできない。
離れた場所から魔法を主体に戦いたくても砦を守ることを考えると、自らを盾のように立ち回らないといけないからね。誤射して砦が破壊されたり燃えたりしたら意味がない。
そんな奮闘もお構いなしに魔物は襲いかかり、ついには構築途中の砦を崩してしまった。
「なんとーっ! 守ることができませんでした。砦作りは一からやり直しになりましたねー。魔獣はまだ湧いていますし、邪魔な死骸もどかさないといけませんねー。丸太運びと並行して行うべきか、全員でどうするか作戦を練り直すのが先でしょうかー? 制限時間は待ってはくれません!」
作った物を台無しされるのはとても辛い。まさに精神に圧しかかる。それに制限時間のプレッシャーもある。
最終試験は総合的に合否を判断するから、ここで一回失敗したくらいじゃ影響は少ないけど、やってる側の身とすれば失敗は堪えるだろう。それも苦労したあげくの失敗じゃ、より辛い。苦労は報われてこそ、だからね。
第一グループの苦難と奮闘は、まさにこれからだ。
「ではここで第二グループの映像に行ってみましょう!」
映像が切り替わると、切り立った崖から落下する見習いの瞬間だった。
ひっ、と高いところが苦手な人なのか、密かな悲鳴が聞こえる。
「あーっと、落ちてしまいました! 残念でしたねー」
落下した先は湖だ。盛大な水しぶきを上げた見習いが水面に浮きあがり、疲れた顔で泳ぎ始めたところでまたマーガレットの説明が入る。




