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想像以上の決着

 指一本も動かさずに相手を倒す離れ業をやったけど、これはこれで燃費が悪い。格下の相手なら普通に殴って倒すほうが力は使わないからね。

 ただ単に力を見せただけで気絶まで持って行くのは普通は無理だから、これにはもちろんコツがある。

 最後にやった魔力を叩きつけるってのがミソだ。


 超精密レベルで魔力操作に長けてないと無理だけど、漏れた魔力に方向性を持たせて飛ばし、ピンポイントで脳に叩き込むって感じかな。

 相手がじっとしてないと無理だから、こういった場のお遊びでしか使い道はない。だけど決まれば効果覿面だ。

 気合だけで倒すなんて、そんな馬鹿なことがあるかと意味不明の恐怖を抱くに違いない。だけど彼我の圧倒的な力量差からそう理解するしかない事態だ。


 厳密に言えば魔法の一種として考えていいのかもしれないけど、普通の魔法の行使とは違ってただの気合の発露に近いからね。私からしてみれば、魔法を使うなんて上等なことはやってない。


「アンダール卿、そろそろ本題に入りましょう。わたくしにはそちらを害する気はありませんので、どうかご安心を」


 なにか言おうとした支部長を遮るようにロスメルタがにっこりと笑顔で機先を制す。

 交渉をしにきたのだから、早くそれをしろと。そっちには害する気があっても、こっちにはないからと余裕を見せつけるようだ。


「……害する気などこちらにもないが、本題に入ることには異論ありませんな」

「ええ、ではそちらのお話をまずはどうぞ。そちらからのご提案ですから」


 すでに不意打ちでロスメルタの元を訪れた際に、支部長は要求を伝えたと聞いてる。

 たしか、魔道具ギルドに手を出すなって事と、強奪した魔道具を返せとかなんとか。この席で改めて確認って感じなんだろうか。


 支部長は調子を取り戻すためか、一度目を閉じて密かに呼吸を整えた。ついでに酒を一口含むと、少しは落ち着いたらしい。


「それではお言葉に甘えて先に言わせていただきましょうか。レディ、すでにお分かりのように、こちらの要求は難しいものではありません。手を引いていただきたい。その代わりに、レディとは関係の強化を図らせていただきましょう」


 うーむ、遠回しでよく分からないわね。

 手を引けってのは、これまでどおりにやりたいから見逃せってこと? 関係の強化ってのは賄賂を贈るとか便宜を図るってことかな。


「ご冗談を。時間を戻すことは不可能です。ギルド内部での不祥事には関知しませんが、密輸、裏取引き、商会への強権の行使は座視できませんわ」

「であれば、我らは引き上げることも選択肢に入ってきますが」

「まあ、ギルドを畳む権限までお持ちでしたか。それをされてしまうと困ってしまいますわね」


 どこまでが本当で本気か分からないけど、ギルド支部の撤退は相手にとって最強のカードだ。招いたロスメルタとしては、それをやられるのは避けたい。


「レディ、こちらも部門長が暴走気味であった事は認めましょう。しかし我がギルドは王国のコントロール下には置かれない組織であることをご理解願いたい。ご迷惑をお掛けしたお詫びはもちろん用意させるつもりですが、そこまでです」


 あくまでも強気だ。文句をつけるなら出て行くぞと言えば、相手が黙ると知ってる。

 ロスメルタが招いたのに撤退されてしまっては政治的な失点になってしまうし、それをを除いても魔道具ギルドの存在には大きな価値がある。

 だから支部長が強気なのは当たり前と言えば当たり前。とは言え、そこはロスメルタも分かってることだ。公爵夫人は笑みを深め、それを受けた支部長は不気味さにか緊張を高める。


「ふふっ、わたくしへの便宜程度では物足りないと思ってしまいますわね。ですが、こちらの要求もお聞きになってはいただけませんか?」

「こちらとしては最大限の譲歩をしたと考えているのですが……お聞きするだけはしましょうか」


 支部長のやり方は交渉じゃない。あんなのはただの脅しで、ロスメルタの側にはメリットがない。

 少々の賄賂やらがあったところで、結局はギルドの犯罪を見逃せるだけのメリットには到底ならない。


 下手な密輸は旧レトナークの勢力に力を付けさせてしまうし、国内貴族への裏取引きは余計な火種を作るだけだ。圧力を受け続ける商会からの反発も、いずれは多くを巻き込んだうえで爆発するだろう。

 どれもが危険でギルドを招いたロスメルタの責任に繋がる危険な行為でしかない。当然、そんな条件は受け入れられない。


「はっきりと申し上げましょう。わたくしの要求は三つ。王都での不法行為の禁止、王宮への更なる便宜、それと……エクセンブラ支部の開設ですわ」


 ぶち込んだわね。支部長の戸惑いが見えるようだ。


「……ほう? どれもこちらにメリットが見えませんが、最後の一つは気になりますな」

「始めの二つにそちらのメリットはありません。ですが、三つ目の要求によってそちらには大きなメリットが生まれます。一つ確認したいのですが、アンダール卿。ギルド支部を畳む権限をお持ちのようでしたが、新たに作る権限はお持ちでしょうか? 実際のところ、どこまでの権限を?」

「貴国、ブレナーク王国における権限は全て与えられています。国内に限れば新たな支部を作ることは可能ですが、話が見えませんな」


 本当なら単なる支部長って感じじゃなく、エリアを統括するような権限を与えられてるってことになる。強気なわけがここにもあるのかもね。


「エクセンブラについてはどこまでご存じでしょうか?」

「ふむ、一般的なことであれば…………ああ、そういうことですか。裏社会によって成り立つ街であれば、この王都とは状況が異なる。そう言う事ですか?」

「ご理解が早くていらっしゃいますわ。ええ、多大なメリットが期待できるのではないかしら。わたくしの権限によって、エクセンブラに支部を作る許可は確約しましょう」


 支部長にギルド支部を作る権限があっても、勝手にポンポン作れるわけじゃない。国や街が認めないと無理だからね。公爵夫人様は権力を振りかざした。


「まだその提案を受けるだけのメリットが明瞭ではありませんな。詳しくお聞かせ願いたい」


 乗り気になってきたか。誰だって喧嘩するより仲良くしたほうが楽なんだ。

 商売を邪魔されるだけなら喧嘩上等かもしれないけど、相互に利益のある形にできるなら、そのほうが良いに決まってる。金持ち喧嘩せずだ。


「ええ、もちろんですわ。ご紹介が遅れましたが、こちらの女性はエクセンブラで大きな勢力を誇るキキョウ会の会長です。アンダール卿はキキョウ会をご存じですか?」

「……噂程度にですが。それと部門長からも話は聞いています」


 女好き部門長に働いた蛮行は聞いてるらしい。それと冒険者ギルド支部を潰した件も知ってるみたいね。警戒されてるらしい。


「そのキキョウ会がエクセンブラにおける後ろ盾になります。ギルド支部も一等地に用立てると聞いていますわ。ねえ、ユカリノーウェ?」


 私は静かに頷くだけだ。


「箱物の用意はそちら、そして裏社会が牛耳る街においての後ろ盾も務めていただけるわけですか」

「安心してお仕事に取り組めますわ。もちろん、エクセンブラでの業務内容には王都は一切の関知をしません」


 そうしてさらにロスメルタは具体的な話を続けた。


 エクセンブラ支部の建物はキキョウ会が用意してやれる。

 一等地って話だけど、中央通りには密売所の建物がそのままになってる。元は趣味の悪い輸入家具を取り扱ってた店舗だったけど、あそこをどう使おうかは未定だったんだ。

 いつまでも未定よりは、さっさと有効利用したほうが良い。魔道具ギルド支部として使わせてやって一階に代理店を入れる形なんかにしてやれば繁盛間違いなしだ。

 中央通りならどこのシマとも商売をするには最適だし、それに加えて密売所の機能も大いに活かせるかもね。


 そもそもエクセンブラは悪の巣窟なんだ。あの街でなら、ある程度の悪事は誰も気にしない。

 代理店を脅かすような真似はケツ持ちの組織が許さないけど、貴族相手の裏取引なんかはまさに自由だ。領地貴族じゃなく、エクセンブラにいる貴族や守備隊に魔道具を卸すことには何の問題もない。


 あの街でギルド支部を作るなら、キキョウ会が後ろ盾になったところでほかの組織との交流だって当然のように生まれる。というか、独り占めにするつもりが最初からない。

 私たちが仲介役になって、クラッド一家とアナスタシア・ユニオンに繋いでやれば、商売の話はさらに広がるんだ。切り離すよりも巻き込んだほうが良い。

 特にアナスタシア・ユニオンはベルリーザに本拠地を置く巨大組織でもあるし、その威光は魔道具ギルドにも通用すると思える。看板だけじゃなく、有力者の総帥だっているんだしね。


 そのアナスタシア・ユニオンとエクセンブラ最大の組織であるクラッド一家、そして恐れ知らずの我がキキョウ会なら、完全に魔道具ギルドの手綱を握れるだろう。


 裏での商売がしたいなら、王都なんかよりもずっと取引相手が増えるって意味もある。私たちキキョウ会にクラッド一家、アナスタシア・ユニオンは上客になること間違いなし。各組織から知り合いの金持ちや貴族の紹介だってしてやれる。

 こいつらにとって住み心地が良いと思える環境を用意してやれるんだ。


 密輸だって、すでにクラッド一家がやってる事だ。だけどクラッド一家はその辺のやり方が上手くて、どこかの勢力が強くなり過ぎないように供給量を調整してたりする。賄賂込みだと思うけど、上手いやり方をしてるからこそロスメルタだって黙認を続けてるんだろう。そういった計算もなしに適当な商売をやられるから困るんだ。


 より良い商売を考えるなら魔道具ギルドが直接的に密輸をするんじゃなく、クラッド一家を通して商売する形にすれば、変な奴らを雇い入れる面倒も省けて安定的に確実な商売を継続できる。

 間接的な商売なら恨みを買う心配だってあんまりないし、その道のプロに任せてしまえば面倒は全て押し付けられる。それはマージンを取られる以上のメリットと考えていい。


 悪いことをしたい奴らにとって、エクセンブラに支部を置くことはメリットしかない。

 普通なら商売敵がどうのと心配になるところだけど、魔道具ギルドならより一層の儲けをもたらす存在として歓迎される。しかもウチが仲介するから、最初から一緒に悪だくみができる仲間って感じになるんだからね。仲間に引き込むための手間が大きく省ける。


 これを見逃す代わりに王都では大人しくしろってことだ。


 まあ不満を唱える奴がいるとすれば、女好きの部門長くらいのもんかな。ああいった素人に対する好き放題はエクセンブラじゃ難しいからね。


 ロスメルタからしてみればギルドが悪事を働くと言っても、エクセンブラはもっともっと悪どい奴らの巣窟なんだ。暴走するようなら、ウチやほかの組織が勝手に制裁を入れる環境だ。お任せ状態にできて、余計な心配事が減る。


 見方によっちゃエクセンブラを生贄にしたに等しいけど、私からしてみれば落としどころとしては完璧だと思える。

 誰とっても損はなく、それどころかメリットしかない。

 もちろん見込める多大な利益のいくらかは王宮やロスメルタにも流れるだろうし、支部長はさらに大きく儲けられるんだ。


 ついでにだけど、ロスメルタとしてはベルリーザの貴族だという支部長と友誼を結べれば、大国との間に太いパイプを持つことができる、のかもしれない。それも大きいわね。


「――いかがでしょうか、アンダール卿。キキョウ会にも便宜を図っていただくことにはなりますが、そちらにとってこれまで以上の成果を上げられるようになるのではないかしら? もし受け入れてくださるなら、押収した魔道具も返還しましょう」


 物事が上手く継続するには相互利益が重要だ。

 最初は脅しまくってから利益供与の流れにする作戦だったけど、相手が予想以上の大物だったこともあって、作戦を組みなおした形だ。

 今回はかなり思い切った提案を出したと思うけど、これほどの魅力的な提案なら少なくとも考える余地はあるだろう。


「…………正直なところ、予想外の提案でした。しかし良いお話であるとも理解したつもりです。そうですな、本部と相談してみたい内容でもありますし、具体的な内容についてもっと詰めたい部分もあります」

「もちろんですわ。今ここで決断を迫るつもりはありませんので、十分に検討なさってください。日を改めてもう一度でも二度でも会談を重ねましょう。ただし、結論が出るまではそちらも色々とお控えになってくださいね」


 両者は立ち上がって握手すると、これでお開きになった。

 初回の交渉は成功し、ロスメルタの持って行きたい方向にできたと思う。私の要望もこの分なら期待以上に叶いそうだ。

 だけどクラッド一家やアナスタシア・ユニオンに話を通さなくちゃいけない事態にはなったわね。まあ、あいつらにとっても美味しい話になりそうだから、問題はないと思うけど。


 ロイヤルスイートの部屋を出ると、それでも私とフランネルは気を抜かない。

 不審者の動きと魔道具に十分な気を払いつつ、ホテルを出た。


「お姉さま、お帰りなさい」

「うん、こっちは予定通りよ。なんか怪しい物はあった?」

「いくつか見つけて全部壊しました。安全です」


 ヴァレリアを労ってやりつつ、緊張をはらんだ話し合いを見た疲れを妹分で癒す。

 フランネルの部下が出発準備完了としたところで要塞に引き上げた。



 戻ったら、これで仕事は終わりだ。

 夜も遅かったから、そのまま一泊するとさっさと荷物をまとめて、ロスメルタに挨拶する。


「もう戻ってしまうのね。寂しいわ」

「なに言ってんの、あんただって暇じゃないでしょ。早めに片が付きそうで良かったじゃない。まだちょっと時間は掛かりそうだけど、ウチとしても満点以上の回答になったと思うし、満足してるわ。今度は仕事抜きで遊びにきたいわね」


 本当に満点以上の成果だ。

 当初はコネと土産の力で特注品を作ってもらおうとしてただけだったのに、今の流れだとウチのシマに魔道具ギルド支部を設置する事も決まりそうだ。

 目的の特注品も作ってもらえる感じになってるし、とんでもない結果を引き出したと思える。これもロスメルタのお陰ね。


「ふふっ、あなたたちの活躍があったお陰よ。いつでもいらっしゃい、歓迎するわ」

「お互い様よ。そんじゃ、また近いうちに」


 手紙でのやり取りは多いし、ブルームスターギャラクシー号があれば余裕で往復もできる。

 別れを惜しまず、次の再会を約束して王都を去った。

Q 正義はどこに?

A あなたの胸の中にあります!


さて、次回からは舞台をエクセンブラに戻し、見習い教育の続きを展開していきます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >そういった計算もなしに適当な商売をやられるから困るんだ >その道のプロに任せてしまえば面倒は全て押し付けられる なんかストンと納得がいきました! 悪事を働くのはキキョウ会も変わらないけ…
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