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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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交渉の行方

 膝をぶっ壊された上に投げられたダメージに苦悶する部門長は放置だ。今は痛みと苦しみを存分に味わうがいい。

 そんなわけでもう一人の部門長にプレッシャーをかける。


 ソファーに座ったまま身動きの取れない奴に近づくと鉄の棒を首に突き付けて緊張を強いた。

 このタイミングでヴァレリアが閉じた扉を開き、短く出て行けと告げる。すると仕掛け人側の男たちが率先して逃げ出し、流れで女たちも一緒に逃げて行った。


 部門長はあっさりと逃げ出す取引先の男たちに何か言おうとしたけど、突き付ける鉄の棒をぐっと首に押し込み黙らせる。

 サングラス越しに見下ろして十分に脅しをかけてから鉄の棒を一旦引いた。


「……次はお前よ。お前はフィーネのカタキ、間違いないわね?」

「分かった! 分かったから、少し待て!」


 フィーネってのも被害者の一人だ。私は顔も知らないけど、名前だけ借りてる。たぶん、三日もすれば忘れると思うけど。

 大量の脂汗をかく部門長からは、せっかくなんで一応の言い分くらいは聞いてみようか。顎をしゃくって言ってみろと促すと、呼吸を整えてから話し始めた。


「……フィーネという名の女には心当たりはあるが、カタキになった覚えなどない。人違いだろう」


 開き直ったらしい。完全にビビってたくせに、切り替えの早さと芝居を打つ度胸は大したもんだ。

 一応の屁理屈は成り立つから、そういう意味で開き直れたのかもしれない。カタキという言葉が出れば、その相手は死んだものと思うのが普通だ。だからこそ、死んだとしても殺したのは自分じゃないってね。


 実際にフィーネは死んだわけじゃないらしいけど、心身ともにボロボロにされてしまって立ち直ることが全然できてないって話だ。肉体的に死に至らしめたわけじゃないにしても、復讐を受ける理由は十分にある。

 それを踏まえて、人違いじゃないかとは酷い言い草だ。私に言い訳されても意味ないけど、開き直り過ぎるのも考え物よね。


 なんにせよ私の仕事は脅しだ。とりあえず、下らない言い分に怒った感じでまた鉄の棒を膝に振り下ろした。

 私は話を聞きにきたわけじゃないんだ。蛮行を振るい脅すためにきた。

 話の通用しない相手に怯えるがいい。これこそがロスメルタが私に求めた仕事ぶりだ。


 膝を砕かれて苦しみ呻き涙を流す部門長の姿は哀れなものだけど、この程度の苦しみで済めばまだまだ楽な部類だろう。これまでに重ねてきた悪行三昧で、人生を壊された連中に比べればね。

 もっとも、私は他人の悪事をどうのこうのと言えた義理じゃないけど。


 見下ろしてると、痛みが麻痺でもしたのか怒りの感情が爆発したらしい。恐怖を忘れたように今度は食ってかかってきた。


「この、お前っ、俺を誰だと思っている! 許さん、絶対に許さんぞ……第一、カタキだなんだと言いがかりも甚だしい! 接待女の嘘に惑わされてお前、ただでは済まさん、ただでは済まさんぞ! 覚悟しておけ!」


 こいつはたぶん、文句を付けられたり相手が逆らった場合には、いつもこういったセリフで相手を黙らせてきたんだろう。

 慣れてるせいか迫力だけは一丁前だけど、その強気がいつまで持つか。

 女の嘘だと言ってるけど、口ぶりからして自分がやった暴行に絡んで死んだって自覚はあるみたいね。まあ死んでないんだけど、女の嘘だとシラを切るとはふてぶてしい。


 私が見たロスメルタの部下の調査は詳細だった。どっちを信じるかと言えば調査結果のほうが信じられる。いちいち惑わされたりしない。

 それに、もしロスメルタのほうが私を騙して利用してるとしても、結果的に私に利益があるなら別にいい。

 嘘と真実。どっちを取るかとなれば、利益のあるほうを取る。当然だ。

 まあ、もし嘘だったとしたら多少の意趣返しはするけど、それはないと思う。


「……面白いこと言うじゃない。言うに事を欠いて、嘘? 随分と眠たいこと抜かすわね。もし証拠だなんだって話なら、お前たちを跡形も残さず消し去って証拠を残さないのだって簡単な話よ。それに、お前の許しなんか誰も必要としてないわ」


 タイミングよくヴァレリアが近づいてきて、壊れたローテーブルに崩壊魔法を使うと塵の山に変えてしまった。

 魔力のこもった人体を塵に変えることはできないけど、崩壊魔法を理解してない奴にとっては脅しとして十分な効力がある。現に目の前のこいつは即座に余裕がなくなり、あからさまに態度を変えた。


「ひっ、ま、待てっ! 俺は魔道具、魔道具ギルドの部門長だぞっ! こ、こんなことをして」


 偉そうな奴が追い詰められると小物っぽくなるのは何度も見た光景だ。呆れる。

 ただ、考えてみれば不思議なことはなにもない。


 部門長なんて肩書があって、権力闘争を勝ち抜いた実績があり、さらに悪どいことをやってたとしても、それでもこいつらは表社会の人間だ。

 人を使う事や計略を練る事が得意でも、自分自身が暴力沙汰を得意としてるわけじゃない。覚悟が決まってるわけじゃないんだ。

 直接的で圧倒的な暴力で本人を脅してやればこんなもんで、ここぞの場面での胆力なんて全然ない。所詮は守られた立場で、一方的に弱者を痛ぶることしかできない小物だ。


「お前こそ分かってないわね。このエンブレムに見覚えもないようだし」

「な、なに? エンブレム?」


 胸に付けた紫水晶のキキョウ紋のバッジを指し示す。


「これはキキョウ紋よ。私たちはキキョウ会。エクセンブラで冒険者ギルド支部を潰した、キキョウ会。今さらギルドを恐れるとでも? 知らないなら知らないでいいわ。知らないまま地獄に行け。エリンとフィーネの恨みはここで晴らす」

「キ、キキョウ会? キキョウ会だと!?」


 反応を示した部門長に構わずまた鉄の棒を振り下ろして、もう片方の膝も潰す。

 問答無用の蛮行の連続に、部門長はいよいよ絶望を露わにし始めた。


「楽に死ねるとは思わないことね。本物の地獄に送るのは、この世の地獄を味わってからよ」


 いい感じに脅せたかなってタイミングでヴァレリアが割って入る。


「お姉さま、時間です。衛兵がそろそろ到着すると思います」

「もう? 王都の衛兵は動きが早いって聞くしね。遊んでる時間はないか……でもこの程度で死なせてやったんじゃ、彼女たちの恨みと釣り合いが取れないわね」

「また次にしましょう。機会はいくらでも作れます」

「そうね。じゃあ、今日はこのくらいにしといてやるわ」


 私たちがどんなことでもやりかねない存在と理解したのか、キキョウ会の悪名が効いたのか、絶望に染まった顔を向ける部門長だ。

 今日のところは脅すだけってミッションは十分に果たせたと思う。この分なら、次回は交渉に持ち込んでも良さそうね。


「次はお前の枕元に立つかもね。せいぜい、怯えて暮らしなさい」


 最後の捨て台詞で安眠もできなくなるだろう。追い込んで追い込んで、有利に交渉を進められるようにしてやる。

 ついでにここまでしてやれば、取引先に対して理不尽な真似もし難くなるはずだ。どこの誰がウチと繋がってるかなんて、見破れるもんでもない。

 悠然とした歩みで部屋を出ると、仕掛け人側の店の人にも軽く頷いて外に出た。



 要塞に戻るとまだ書類仕事中だったロスメルタに報告を済ませてしまう。


「……十分ね。それだけ脅してさらに次もあると思わせられれば、向こうから必死に交渉を持ち掛けるでしょう」

「たぶんね。ぬるい条件なら突っぱねて、もう一度痛い目にあわせてやるわ。そうすればいい感じの譲歩を引き出せるんじゃないかな。あとは頃合いを見計らって利益供与をしてやれば、より良い癒着の関係に持って行けるかもね」


 ただ脅すだけじゃ、関係は長続きしない。

 我がキキョウ会やロスメルタと良い関係を築くことが、向こうにとっての利益になると思わせなければ。今の段階は上下関係をはっきりさせることだけどね。


「監視して仕掛けるタイミングを図りましょうか。数日は怯えさせてやりたいわね」

「じゃあ、数日は放置ね。密輸のほうはどうなってんだっけ?」

「今のところ予定通りに進行中のようね。このままなら明後日にまたスラムで受け渡しが実行されるわよ」

「前より警戒度は上がってそうだけど、私とヴァレリアからしてみれば難易度は変わんないかな。そういや、もう一人の部門長ってのは?」


 魔道具ギルドの部門長は全部で四人。

 主に密輸で儲けてる部門長については、密輸品の強奪で追い込んで行ってる最中だ。

 女好きな部門長の二人もその他の悪事は色々とやってるらしいけど、脅して言う事を聞かせるなら女の件だけで十分。不足があれば別方向からも追い込むとして、残るは一人だ。


「もう一人は国内の貴族や商人と大規模な闇取引をしているの。特に問題視しているのは、地方領主の抱えた私兵への装備品供与ね」

「私兵って、地方は領地貴族が治安維持してるからだっけ?」

「ええ、戦力をもって治安を維持するのは貴族の義務なのだけど、兵士の数と装備については詳細な報告が義務付けられているわ」

「報告と噛み合わない兵力や装備を揃えた貴族がいるってわけね」

「反乱が起こるとまでは考えていないのだけど、火種にはなりかねないわ。早い内に芽は摘んでおかないと」


 それは結構な大事だ。魔道具ギルドの部門長としたら単なる小遣い稼ぎかもしれないけど、個人の私腹を肥やす悪事にしては及ぼす影響が大きい。最悪は政変に加担しようとしてる可能性もあるけど、そこまでは私は関知したくない。


「まったく。部門長ってのは、ろくでもないことしかしてないわね」

「王国との正規の取引や民間に流れる生活用の魔道具では大きな貢献をしてもらっているのだけどね。少々のことなら見逃せても、ここまでになってしまうとさすがにね」


 ロスメルタの一番の懸念は、地方貴族に密かに戦力を蓄えられることなのかな。

 せっかく復活したブレナーク王国だけど、余裕が出ると余計な事を仕出かし始める奴も相応に多くなる。貴族は貴族で大変ね。


「その王国内での闇取引を潰すのがあんたの本命ってわけね。その部門長を潰す機会も任せるとして、とりあえずは明後日の密輸潰しでいいのよね」

「ええ、明日の予定はないから自由にしていて。そういえばヴァレリアちゃんは?」

「王都にきてから、あんまり身体を動かしてないからね。この要塞の騎士の訓練に混ざってくるって言ってたわよ。寝る前のちょっとした運動ね」

「あら、それはいいわね。クリムゾン騎士団を王国に献上してしまったから、わたくしの新しい騎士団は再構築中なのよ。もし良ければユカリノーウェも稽古をつけてやってくれる?」

「どうせ暇だし、別にいいわよ」


 クリムゾン騎士団は元はロスメルタの私兵だ。だけど、王国の再建に当たって最も活躍した今や伝説的な騎士団になってる。

 そういった経緯もあって、騎士団はただの私兵から王国に仕える存在に変わり、ロスメルタは新たな私兵を集めて鍛えてる最中らしい。


 ちなみにクリムゾン騎士団の団長だったフランネルは王国所属になった騎士団を辞して、ロスメルタの新たな騎士団の団長に収まってるらしい。あの団長が抜けるだけでも大幅な戦力ダウンになると思うけど、その辺は色々なやり取りがあったんだと想像できる。特には聞かないけど。


 私兵と言えば、オーヴェルスタ公爵家は伯爵の時代から王国東部に領地があるらしいけど、そっちはそっちで私兵を抱えてる。新しい私兵を王都に所持するのは常識的にはよく分からないけど、抜きん出た業績のあるロスメルタだからこそ許されてる事情もあるんだろうね。なんやかんやと政治はややこしそうで大変だ。私はあんまり関わりたくないから、これについても聞かないことにする。



 隙間のオフを鍛錬と読書で過ごし、次の日には再び密輸品の強奪を実行。まんまと横取りしてやった。

 次の日には昼間からちょっとしたハラスメントを魔道具ギルドに対して実行して、優雅なランチ後に要塞へ戻るとロスメルタの私室に呼ばれた。


「お待たせ。なんかあった?」


 私とヴァレリアはずっと要塞に滞在してるけど、ロスメルタは要塞に住んでるわけじゃないから、仕事がらみで必要な時だけこっちにいる感じだ。気晴らしの会話をすることもあるけど、それは仕事の話のついでが多い。

 何かを話す時もいつもならスケジュールが伝えられて、そのとおりになる事が普通だから、急な呼び出しは珍しい。何事かあったんだと思う。部屋に入ってみれば、どうにも緊張感がある。


「ええ、まずは二人とも座って」


 素直に椅子に腰かけた。

 わざわざ真面目っぽい空気を作ってるらしいんで、口を開かず黙って待つ。


「……昼前のことなのだけど、屋敷のほうに魔道具ギルドの支部長がやってきたわ。いきなりね」

「へえ、不意打ちか」


 支部長ってのは肩書だけの名誉職で、大した実権は持ってないってパターンは非常に多い。王都の魔道具ギルド支部においても、そうだと思ってたんだけどね。


「ええ、トップ同士で話を付けないかと言われてしまったわ」

「その言い方だと、こっちがやってることはお見通しみたいね」

「キキョウ会とわたくしが繋がっていることは公然の秘密ですからね。今回はキキョウ会のネームバリューも使っていたから、それは良いのだけど支部長が出てくるとは考えていなかったわ」


 ロスメルタでも想定外だったらしい。


「まさか本物の黒幕は支部長だったってオチ? 今まで完璧に隠れてた奴がよく堂々と出てきたわね」

「何もせずに見ていたのでは、こちらの思惑通りに決着が付いて終わりだと思ったのでしょうね。交渉したいそうよ」

「交渉ね。私としては別にいいわよ。こっちの望みが叶うなら、だけど」


 今後の予定としては、また次に計画されてる密輸品の強奪、女好き部門長の二人を脅して弱らせ、闇取引で王国内に火種を作る部門長を潰す作戦を随時実行する。そうなるはずだった。

 止めて欲しいってことなら、まずはこっちの要望を呑ませないと。


「先方の要求は、魔道具ギルド関係者への手出しをしないこと、それと奪った魔道具の返還。らしいわね」

「返せって? ふざけたこと言ってんのね。そこまで言うなら、相応の見返りはあるってこと?」


 ロスメルタの要望は魔道具ギルドが真っ当な運営をする事だろう。そもそも違法行為に手を染めてなければ、文句なしに有用なギルドなんだ。国内に存在して普通に仕事をしてくれるだけで大いに価値がある。

 私たちキキョウ会の要望も別に大したことじゃない。警備用の魔道具を受注して欲しいだけで、金だって普通に払うつもりなんだ。


 今回のややこしいことは、魔道具ギルドが犯罪組織そのものの行為をやってたのと、権威主義に囚われて仕事を受けてくれないことに原因がある。

 それらがなくなるとしたら、最低限の成果は勝ち取れたことにはなるけどね。


「明日の交渉次第ね。もう一度ユカリノーウェの要求を聞かせてもらえる? 最低限の結果だけは確保するつもりよ」

「うーん、最低限か。なかなかタフな相手みたいね」

「ええ、かなり。少し話した程度なのだけど、簡単な相手ではなかったわ。さすがは魔道具ギルドの支部長といったところね。完璧に隠していたみたいだけど、どうやらベルリーザの貴族らしいわよ? 迂闊な手出しはできないわ」


 なるほど、魔道具ギルド本部は大陸北部の超大国ベルリーザにある。そこから派遣されてきたお貴族様ってわけね。暴力でどうこうできない相手なら、私としてもロスメルタに任せるしかない。


「心配しないで。相手のすねは傷だらけなのだから、大きく吹っ掛けるつもりよ」

「期待してるわ。それにあんたでもダメな相手なら、私だって文句は言えないからね」


 交渉に臨むにあたって、キキョウ会としての要望を伝えておく。

 最低限だけじゃなく可能な範囲でもぎ取れるよう、できるだけ多くの無理目な事も言っておこう。


 後はお任せ、風任せだ。いや、風任せは違うか。

 なんにせよ命運を他人に委ねるは業腹だけど、時にはそういう場合もあると肝に銘じるべきなのかな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >私は話を聞きにきたわけじゃないんだ。蛮行を振るい脅すためにきた。 >話の通用しない相手に怯えるがいい。 イヤッハー♡ 姐さんサイコーでっす♥ どんだけ悪事を働こうが、部門長達は所詮、素…
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