悪だくみのお誘い
ロスメルタのとっておきの情報とやらを聞く前に、冷めてしまった紅茶を飲み下す。
新たに茶を入れてくれる執事やメイドがいない部屋の中、もったいぶったような公爵夫人が得意げに語り出した。
「生まれ変わったブレナーク王国に魔道具ギルド支部を改めて招いたのはわたくしよ。その支部が稼働を始めてから一年と少し。初めから緩みはあったのだけど、最近ではもう笑えないほど緩みっぱなしなのよ、あそこはね」
呆れた口調のロスメルタだけど笑みは深い。よっぽど面白いネタを掴んでるんだろう。
「ふーん、なんかろくでもないことをやらかしてるってことか」
「ええ。あのギルドは魔道具の用途別に大きく分けた部門が四つあってね、各部門長が強い権限を持って支配しているわ。魔道具技師は四つの部門のどこかに必ず所属している構図よ。部門長の上には支部長や理事会もあるのだけど名誉職のようなもので、実態は部門長が取り仕切っているの」
「上が飾りなのは、冒険者ギルドも似たような感じだったわね。問題があるのはその部門長って奴の誰かってこと?」
「ふふっ、『誰か』だったら良かったのだけど。全員が黒よ。何かしらの悪事に加担しているわ」
なんと、全員とは恐れ入る。なかなか面白いじゃない。
だけど魔道具ギルドは非常に強い権威を持ったギルドだ。そこを実質的に仕切るような立場の人間であれば、少々腹黒いくらいは当然とも思える。権力闘争を勝ち抜いてその地位にいるとすれば、汚いことを平気でやれる奴じゃないと務まらないとも言える。
「具体的にはどんなことやってんの? 王都じゃ貴族や治安機構が強くて裏社会はほとんど機能してないはずよね。その状況で悪事を働くって何をやるわけ?」
悪い組織の加担もなしに、大それたことをやるのは難しいと思える。個人的な犯罪なんだろうか。
「色々なのだけど、私利私欲に走っているだけで大した連中ではないわ。例えば、ギルド内部での横領や背任なんて日常的にやっているようだし、権威を笠に着て女遊びもやりたい放題。代理店の私物化や接待の強要も酷いものよ。でも、その辺りはまだ可愛いものね。もっと酷いのは一部の貴族や商会へ表に出せない魔道具の闇取引もやっているのよ。兵器として利用できる魔道具の輸出も裏でやっているようだし、もう色々ありすぎて犯罪結社のようなものになっているの。人身売買や麻薬に手を出していないだけマシといったところかしら」
それが本当なら、魔道具ギルド自体が裏社会の組織そのものだ。とんでもないわね。
「ふーん、でもそれを知りながら放置してる訳は? 王都で好き勝手やられたんじゃ、公爵家としても王宮としても舐められっぱなしじゃない」
「そうなのだけど、大っぴらにやり始めたのが最近のことで、まだそこまで掴んでいるのはわたくしだけなの。ただ、魔道具ギルドを再招致したのがわたくし自身とあって、大々的な追及をするわけにもいかないのよ。それに魔道具ギルド支部が潰れてしまうと、それはそれで困ってしまうのよね。国として動いてしまえば、魔道具ギルドとの関係悪化は避けられない事情もあってね。なんとしても穏便に解決する必要があって、正直なところ苦慮していたのよ」
複雑ね。悪い奴を退治して、はいおしまい、なんて展開はそうそうない。面倒だけど様々な関係性のなかで世界は回ってるんだ。私もいい加減、その辺は身に染みて理解してる。
たしかに魔道具は日常生活においても、軍事面でも必要不可欠な存在だ。それを生み出し流通させる魔道具ギルドとの関係悪化は、国家として避けるべきというのも理解できる。
支部がやりたい放題やってるのは、その組織自体の問題だけど、権威主義の権化とまで言われるギルドに対して、田舎国家のブレナーク王国はあんまり厳しく言うのも難しい立場って事情もあるわけだ。
なによりロスメルタが呼び込んだギルドが犯罪結社じみたことをやりまくってるなんて、国内の政治的にもかなりマズい状況なんだろう。
秘密裏に部門長とやらを潰すにも相手の組織や権威が大き過ぎて、さすがのロスメルタもどうしたもんかと頭を悩ませてたってわけね。
「ギルド本部に苦情は出せないの? いくらなんでもそこまで酷いとギルドの名誉に傷が付くと思うんだけど」
「もちろん考えているわ。こちらでも証拠付きで全ての犯罪行為をまとめているところよ。だけど、もっと上手く利用できるならそのほうが良いかと思って。ね、ユカリノーウェ」
「なーにが『ね、ユカリノーウェ』よっ! 飛んで火に入る夏の虫を見るような顔して」
ロスメルタのこの笑顔、悪だくみに巻き込もうって腹なのは確実だ。
「あら、酷いわね。わたくしとユカリノーウェにとって、とっても良いことを思いついただけなのに」
「はあ~、まあいいわ。とりあえず聞かせて」
具体例として聞いてみれば、部門長とやらの一人はギャンブル狂いでエクセンブラにもよく訪れるらしい。
ロスメルタの調査によれば、ウチのシマも含めてカジノに頻繁にやってきては大金を落としていくのだとか。不思議なことに大損して帰って行く癖に、どこからかまた大金を持ってきて遊びまくるんだそうだ。
「魔道具ギルド支部の部門長の地位なら相応の高給取りなのだけど、明らかに異常な額を使っているのよ。その原資を調査してみたら、なかなか面白いことが分かってね」
「横領程度じゃ間に合いそうもない額を使ってそうってことか。それで?」
「魔道具ギルドの幹部らしいと言えばらしいのだけど、その部門長は魔道具の密輸に手を染めているわ」
さっきも言ってたけど、兵器利用可能な魔道具のことかな。とすると、手近な相手は……。
「密輸……もしかして相手はレトナーク?」
「そのとおりよ。金で雇った使い捨てのような連中を使って、旧レトナークで儲けているみたいなの」
ブレナーク王国の東にあった、かつての侵略国家だ。内戦を繰り返した挙句に崩壊してしまって、今となっては小勢力に分裂した地域だ。統制された国家があるとは言い難く、実情はいくつもの武装勢力が蔓延ってるに等しい。そいつらなら、密輸の商売相手として不足はないってことか。
それに崩壊国家なら犯罪者にとってはやり易い。しかも王国外での犯罪なら、バレにくいし白を切ることだって簡単と思える。でもいくら崩壊国家での商売とはいえ、表沙汰になると世間的には非常にイメージの悪い行いだ。もしすっぱ抜かれでもしようもんなら、魔道具ギルドの本部としては放置できないはず。
「ユカリノーウェには、手始めにその部門長を手懐けて欲しいと思って。手っ取り早く稼ぎが欲しい部門長だから、取引をいくつか潰してやれば簡単に音を上げるではないかと思っていてね。あとは流れでどうにかできるのではないかしら」
「あとは流れでって……まあギャンブル狂いで遊ぶための金が欲しいだけの奴なら、いくらでも手懐けられそうな気はするけどね」
肝心の取引の情報はロスメルタが掴んでるんだろう。そいつを潰してギャンブルの資金を断ってしまう。そんでもって証拠と共に密輸の件を脅しつつ、金の都合をしてやると持ち掛ければ、上手い具合に味方に引き込めるって寸法だろう。
相手がギャンブル狂いなら、十分に勝算は見込めると思う。あれはもう病気に近いからね……。
「一応、聞きたいんだけど、色々な悪い部門長がいるなかでそいつを最初の標的にする理由は?」
「その人物がユカリノーウェが求めている魔道具の部門長なのよ。王国が手を出すと角が立ってしまうのだけど、ユカリノーウェのキキョウ会がやる分には問題にはならないから。期待しているわね」
なるほどね。ウチのような悪の組織が人を脅すなんて普通のことだからね。ロスメルタや王国が動いてしまえばどうしても目立つけど、私がやる分にはそこまで目立たずにやれる。もしバレたって、だからどうしたって話だ。
密輸野郎を皮切りに、順番に部門長を脅して言う事を聞かせる流れだ。ただ単に脅しただけじゃ上手くは行かないと思うけど、同時に利益供与を持ち掛ければ、所詮は悪党同士の話し合いだ。上手く運べる気はする。
キキョウ会としては欲しい魔道具を手に入れやすくなり、ロスメルタとしては気に食わない犯罪行為をキキョウ会を通じてやめさせられる。ついでに弱みを握れるしね。
表向きには魔道具ギルド自体に波風は立たず、全ては裏で話が付くといったところか。なかなか悪くない作戦だ。
「手順を踏んでいくなら、ちょっと時間は掛かりそうね。でも特ダネクラスの情報料を考えると、あんたの望むようにやらないと釣り合わないかな。それにしても良くここまで色々と掴んだもんね」
「広くても王都はわたくしの庭よ? その気になって調べられないことなんて一つもないの。まだまだ甘く見られているようだけど」
「あんたを敵に回すのはアホのやることね……とにかく証拠がそろってるのはありがたいわ。仕込みを終えたら、そいつを突きつけながら脅すだけだから、大きく手間が省けるわ。簡単なもんね」
「わたくしとしては簡単と言ってのけるあなたが怖いのだけどね」
得意分野が違うってだけで、怖いのはお互い様なんだ。これからも仲良くやっていこう。
「でも四人か。終わるまで、どのくらい時間が掛かるのやら」
「大丈夫よ。それなりには掛かると思うけど、相手側のスケジュールは全て把握しているわ。わたくしの計画に沿ってユカリノーウェに動いてもらえれば、そこまで掛からない計算よ」
終わりまで計算済みとはね。分かってたことだけど、この女も十分以上におっかない。
「さすがね。でも四、五日じゃ無理よね? そのくらいの予定でこっちにきてるから、悪いんだけどキキョウ会まで伝言頼んでもいい?」
「お安い御用よ。事情説明に向かわせるわ。ジークルーネさん宛で良かったかしら?」
「うん、ジークルーネがいなければ副長代行のグラデーナに。二人ともいなければ、本部長のフレデリカか副本部長のエイプリルに説明してやって。その全員がいないことはないはずだから」
「伝えるわ。どなたか応援も要請したほうがいいかしら?」
「ふーむ、それは別にいいかな。みんなも忙しいし、わざわざ連れ出すのもね。闇取引を潰すのは私とヴァレリアの二人でもできるし、脅すのも人数はいらないかな」
もしレトナークまで出張るなら、機動力の面でも二人のほうが都合はいい。
ギルド幹部を脅すことや取引を潰す程度なら、戦力不足になる場面も特になさそうだしね。
「では決まりね。今夜からさっそく動いてもらえる?」
「今夜? タイミング良すぎね」
「ふふっ、運命の女神さまがユカリノーウェをわたくしのところまで寄越してくれたのよ。ヴァレリアちゃんもきてくれて嬉しいわ」
ロスメルタは立ち上がると、ヴァレリアの柔らかい髪に手を伸ばして気持ちよさそうに撫でた。
「準備があるから、しばらく要塞の中で待っていて。あなたたちの部屋も用意してあるから、案内させるわ」
「そんじゃ、そっちで休んでるわ」
夜に仕事なら、それまでは身体を休めておこう。別に要塞の内部を見学したいとは思わないし。
あてがわれた部屋に移動しても特にやることはない。
ヴァレリアと二人でゆっくりとした時間を過ごし、そのまま夕食までご馳走になった。
さらに食後のお茶を一杯飲んだところで、ようやくお呼びが掛かった。またロスメルタの私室に移動して話を聞く。
「お待たせしたわね。予定通りに動きがあったのを確認できたわ。これからお願いね」
「うん、手順は?」
「これから王都東のスラム街で受け渡しが実行されるわ。移動用の魔道具に積み込んで現れるはずだから、それごと奪ってくれる?」
「丸ごと横取りね。それにしても、スラムとはいえ王都のなかで堂々とやってんのね」
「腹立たしいことにね。密輸品は小型の移動用魔道具に積み込まれた状態でいつも行われているわ。魔道具ギルドの通行証を使っているから、街門にも引っ掛からず堂々と通り抜けるわよ」
なるほどね、ギルド特権か。
世界規模のギルドは多くの場合で外交特権のようなものを認められてる。例としては、通行時にいちいち搭乗者の身分を問われなかったり、積荷を検められないってことがある。密輸には好都合よね。信用問題だから普通はそんなことはしないはずなんだけど、腐ったギルドにとっては美味しい特権だ。
「奪うってことは、中身に被害は与えないほうがいいのよね?」
「ええ、積荷は無傷で奪取して貰えると助かるわ。中身は証拠品として押収、証拠固めに使うつもりよ。用が済めば有効利用させてもらうつもりなのだけど、そちらの取り分はどうしようかしら?」
「うーん、いらないわ。貸し一つにしとく」
密輸品の魔道具をロスメルタは欲しいみたいだけど、私たちが欲しいのは注文通りに作って貰う特注品だ。詳細不明な密輸品は、快く譲ってやろう。
「ふふっ、いいわよ。無事に奪取できたら、拠点まで戻ってきて」
「分かった。最初の取引現場までは案内よろしく。そのあとは適当にやるわ」
「ええ、お願いね」
やることは単純だ。難しいことは特にないと思う。
ロスメルタから襲撃用の小道具を貰っていつもの戦闘服に着替えると、案内役の車両で現地に向かった。
奪ったトラックを運ぶ必要があるから、ブルームスターギャラクシー号は留守番だ。




