近くなった王都
いつものように爆音を奏でながらゆっくりと街の外まで出ると、例によって街道を外れた道なき道をしばらく進む。
周辺に人が完全にいなくなると、いよいよ真価の一端を見せる時だ。
「ここからは飛ばして行くわよ。しっかり掴まってなさい。いつもよりスピードが出るからね」
「いつもより、ですか?」
「楽しみにしてなさい」
大事な妹分を乗せてるし、大きな荷物もあるから無茶はできない。
それでも以前よりは速いスピードが出せるだろう。ざっと以前までの最高速度の倍くらい、三百キロくらいを目標にする。それなら二時間程度で王都に到着できる。
ゴーグルを装着してからスタートし、徐々に速度を上げていく。
今までよりも明らかに増した加速力で速度を上げ、妹分にとって未経験のスピードをさらに超えていく。ヴァレリアは驚いたのか、ぎゅっとしがみつく腕に力が籠った。
私ひとりじゃないから優しい運転を心掛けることにし、風防にシールドを展開、道の舗装までしてしまう親切運転だ。このスピードなら私にもまだまだ余裕がある。
さすがに数十分も走り続ければヴァレリアも慣れて、リラックスしてドライブを楽しむ余裕まで出てきたらしい。
前後の配置で爆音だから会話はできないけど、楽しそうにしてる感じなのは分かる。喜んでくれてなによりだ。
そのまま快適な旅を続け、順調に移動すること予定通りの二時間ほど。
王都が近づき、人の気配も遠くに感じられるようなったことから速度を落とす。
「お姉さま、速いです!」
「これがドクと私の新しい成果よ。まだみんなには内緒にね」
「はいっ、わたしのバイクも速くできますか?」
「たぶんね、ドクもまだ色々と研究中みたいだから、それが終わったらみんなの分も含めてやってもらおうか」
ウチのメンバーの魔力と身体能力なら、時速三百キロくらいまでなら普通に乗りこなせると思う。それ以上を求めるなら猛練習が必要とは思うけど。
テンションの高い妹分と話しながら王都に入ると、公爵家じゃなく要塞に向かう。
かつて私たちが造ってロスメルタに譲り渡した要塞のことだ。
私のような裏社会の人間が、堂々と公爵家を訪れるのは体裁が悪いのかもしれない。ロスメルタからは要塞にいるからそっちに顔を出せと指定があった。
記憶をたどりながらかつての拠点に向かうと、やがて見覚えのある重厚な壁が見えてきた。
随分と懐かしい。これを数段もアップデートさせるのがキキョウ会新本部だ。良い下地になってくれたと思う。
門のところまで行くと、守衛と一緒に見覚えのある執事っぽい爺さんがいた。爆音が呼び寄せたんだろうか。
会話をしやすくするため、バイクを静音モードに。爆音はその気になれば立てなくても済む仕様なんだけど、私は派手なほうが好きだからね。しょうがない。
「ユカリノーウェ様、レディがお待ちです。乗り物はあちらへ停めてください」
拠点に進入し、言われた場所の辺りで適当にブルームスターギャラクシー号を停めておく。
括り付けておいた荷物を解いて持つと、ヴァレリアと一緒に執事の先導で建物の中に入った。今さら身体検査や荷物検査はしないらしい。これは信頼の表れなんだろうか。
建物に入って最初に思ったのは、公爵夫人の拠点に相応しい内装に様変わりしてるんじゃないかと思いきや、意外にも武骨なままだったことだ。
「レディは機能美があるとおっしゃっていて、この場所はこのままにしておきたいそうです。多少の改装はされていますが、基本的には以前のままとなっています」
見回す私たちに解説してくれたらしい。気の利く執事だ。
まあこの要塞に貴族を招いてお茶会をするわけじゃなし、飾り立てる必要はないわね。それに王都を掌握するオーヴェルスタ公爵夫人なんだから、昔のように臨戦態勢で要塞を使ってるわけでもないだろう。余計な費用をここに掛ける意味もない。
ただし、要塞の存在自体が力の象徴にはなる。もしもの時の避難先にも使えるし、個人的な戦力を置いておく拠点としても有用だろう。役に立ってるようでなによりだ。
ロスメルタ専用として改装された部屋に案内されると、そこには久しぶりの顔があった。大陸西部への遠征前に会って以来だ。
この女は王国の最重要人物だと思うけど、公式の場じゃないから私は気軽に手を上げて普通の友達感覚で挨拶する。
「久しぶり、元気そうね」
「お陰様でね。ユカリノーウェも変わりないようで安心したわ。ヴァレリアちゃんも久しぶりね。それにしても速すぎないかしら? わたくしの手紙が届いて間もない頃と思っていたのだけど」
「今日届いて、読んでからすぐ出発したからね。リミッター解除してる車両なら、こんなもんでしょ」
平然と言ってとぼける。超速の乗り物の事を話せば、この女の場合すぐに何かに利用しようとするだろう。いつかバレるにしても、今は言わないのが良い。
椅子を勧められ、茶と菓子も出されつつ、まずは雑談だ。ヴァレリアも公爵夫人相手に警戒はせず、私の隣に座って大人しく菓子を食べる。
ロスメルタとは個人的な手紙のやり取りをしてるから、互いの状況は少しは知ってる感じだ。手紙で気になってたことやまだ書いてない近況について互いに話していく。
「そういやアイストーイ男爵って知ってる? エクセンブラの南東に領地を持ってる貴族みたいなんだけど」
「アイストーイ……ええ。たしか、食糧の面で王都に貢献してもらっていると聞いていたけど、わたくしが接する機会はなかったように思うわ。その男爵がどうかしたのかしら?」
「最近知り合ったんだけど、ちょっと面白い奴だったわよ」
「ユカリノーウェが貴族を褒めるなんて、珍しいこともあるのね。聞かせてもらえる?」
愚連隊の件を端折りながら話し、不良娘から男爵に繋がる一連の流れ、そして不良更生と見学会の話に至るまでをつらつらと話した。
「……面白いわね。アイストーイ男爵ですか、少しこちらでも調べてみましょう。ところで、また興味深い事を始めたのね。わたくしも訓練を見学できるのかしら?」
「希望するなら私は別にいいけど、あんたのお付きの人たちが困りそうね」
「ふふっ、そこは彼らも仕事だから」
見学会への参加については冗談と思っておこう。見習いの最終試験は部外者の予定に合わせるようなもんじゃない。互いのスケジュールの都合が合わさるなんて、難しいと思えるしね。
「さてと、近況はこんなもんかな。それで本題に入る前に土産を渡しとくわ。ヴァレリア、出してくれる?」
「はい、お姉さま。ロスメルタ様、こちらです」
大きなバッグから取り出したのは、漆黒の鱗と金の骨だ。
鱗のほうは板のように大きいけど魔獣素材に見識があればなんとなく鱗っぽいと分かるかもしれない。ただ、金の骨は謎だろう。骨の一本でも丸ごとだと大きすぎるから、持参したのは戦った際に砕けた一部でしかない。それでも人間の胴体くらいはあるんだ。なんだこれ、と思うのが普通だろう。
漆黒の硬質な板と金色の謎の塊。どっちも大きなそれをテーブルに乗せる。
「……これは? 説明してもらえるかしら」
予想通りに疑問を発するロスメルタに説明してやる。
「冥界の森のことは知ってるわね? 今まで黙ってたけど、実は結構ヤバいことがあってね」
あそこで見た暗闇の空間とアンデッドのことはこれまで秘密にしてて、キキョウ会の幹部以外には誰にも明かしてない。
信じる信じない以前に、アンデッドってのは公式に『教会』が滅ぼしたってのが大陸の常識なんだ。迂闊な発言は面倒事に繋がるし、常識的にはたぶん戯言だとバカにされる。
土産を渡す以上は、ロスメルタには話してしまう。アンデッドドラゴンと戦ったことは黙っておいて、魔獣素材だけを運よく発見したことにしてもいいんだけど、ロスメルタはむしろこっち側に引き込んだほうがいいと思う。手紙でのやり取りで伝えるのは危険だけど、この要塞で話す分には完全にオフレコにできるしね。
冥界の森の真の姿とそこであった出来事について、ロスメルタなら信じてくれるだろう。アンデッドドラゴンの素材はその証拠として一定の信憑性を帯びるはずだ。それに私と友達だっていうなら、信じてもらわないと。
大陸広しといえど、誰も知らないかもしれない冥界の森の真実。特に『教会』がこれを知ったらどうなるか。私たちはあいつらについて良く知らないから、どう波及するのか予想もできない。
現地に案内すれば証明できるけど、それをわざわざするのもよっぽど暇がないとやる気は起きない。私は割と暇だけど、キキョウ会は超忙しいんだ。
「……ユカリノーウェ、あなたたちはまた本当に厄介事を抱え込むのが好きなのね。これは持っているだけでも危険な代物かもしれないわよ?」
「その言われようは心外ね。それに死ぬかと思う程のピンチだったんだから、戦利品くらいは持ち帰らないと割に合わないわよ。あ、いらないなら持って帰るから」
「いるに決まっているでしょう。もらったのだから返さないわよ。でもこれは使いようによっては面白いことに……教会に知らせず、メディアにばら撒いたら相当な恨みを買うでしょうね」
なぜか不敵な笑いを浮かべる公爵夫人だ。あんまり変な使い方をしないで欲しいけど、オーヴェルスタ公爵家が矢面に立ってくれるなら、それはこっちにって助かることでもある。まあ、ロスメルタも迂闊な事はしないだろう。もし何か仕掛けるにしても、慎重に色々と根回ししてからだろうしね。
「あげる以上は使い道についてとやかく言わないけど、無茶はしないでよ。で、それが魔道具ギルドを紹介してもらう手間賃。そんでもって、魔道具ギルドと仲良くするための土産とも考えてるわ」
「魔道具ギルドにも渡すつもりなのね。でもどうかしら?」
「その言い方だと、この土産でも上手くいかないっての?」
良い物を渡せば交渉が思ったように運ぶとは限らないのはそのとおりと思う。
多少なりとも魔道具ギルドに繋がりのあるロスメルタの見解を拝聴しよう。
「わたくしの予想に過ぎないのだけど、なんだかんだと文句を付けて、それこそ教会を巻き込んででもお土産だけを巻き上げようとするのではないかしら。真っ当に交渉に臨もうとすること自体が無意味と考えたほうがいいと思うわよ」
「あんたがそこまで言う程の相手か。そうすると正面突破は無理そうね」
なかなか悪どい連中らしい。タフな連中ってのは一旦味方にしてしまえば心強いから嫌いじゃないんだけどね。最初はどうにも面倒だ。
「良くも悪くもあそこは権威主義なのよ。どれだけの大金でも貴重な物でも、チラつかせたところで相手を認めないと動かないわ。末端のギルド員のことまでは知らないけど、少なくともギルド上層部は権威主義の権化みたいな連中ばかりよ。成り上がり公爵夫人のわたくしの紹介では、ユカリノーウェが望むほどの融通はとても利かせられないでしょうね」
随分とお高くとまったギルドらしい。一筋縄ではいかないどころじゃなさそうね。
「ふーむ、だったら違う方法を考えてみるかな。正面から行ってもダメ、とっておきのコネを使ってもダメ、土産物も通用しない、だったら少々ダーティーな方法でも検討してみようか」
プリエネの発案で別に私がそうしようと始めたわけじゃないけど、引き受けたからには成し遂げる。
会長の私が微妙な成果しか持ち帰れなかったら、みんなだってガッカリするだろう。
それに、いつもイージーでも退屈だからね、こういう時にこそ張り切ってみようじゃない。
気合を入れ直すも、まずは何をするにも情報が必要だ。王都でその伝手となれば、目の前にいる女しかいない。そしてその女は不敵な笑みを浮かべてる。どういうつもりなのやら。聞いて欲しそうな感じなんで、仕方なく聞いてやる。
「……なんか企んでそうね」
「企むだなんて酷いわね。ところで、ユカリノーウェ好みの情報があるのだけど」
「私好み? もったいぶって、なによ」
不吉な予感しかしないけど、この女が頼りになることは間違いない。
「いつ使おうか、わたくしも温めていたとっておきよ? ただではあげられないわ」
「そりゃそうね。交換条件は?」
「情報提供料はこの魔獣素材。それでもいいかしら?」
「元々あんたに持ってきた土産だし……ああ、魔道具ギルド用に持ってきたのも寄越せってことか」
「ふふふ、あなたにも面白いと思ってもらえる情報よ。いいかしら?」
聞きたくなくなってきたけど、私の望みを叶えるにはここが一番の近道だ。
それにここまできて引き返すなんて、無理な相談だ。横に大人しく座るヴァレリアの癒し成分を吸収してから、しぶしぶと頷いた。
まったく、この女と関わるといつも面倒事になる。でも、少し面白そうと思ってしまう私もきっと同類なんだろう。
毎度毎度、面倒が立ちはだかるのは現実でも同じでしょうか。さくっと願った通りにはならないものですね。
今回は導入の導入といった部分でしたが、次回(次々回?)より手っ取り早く望みを叶えるため悪だくみを始動します。