授業見学とお返事確認
三日ばかり掛けて個人的な秘密特訓を重ねて満足すると、近頃は色々と話題に上がる教導局に行ってみることにした。
命名未定の中型バイクに乗って見習い教練場に行くと、色々と様変わりしてることに少し驚く。
見習いの教育施設は町役場じみた大きな建物で、元はマルツィオファミリーの本拠地だった場所でもある。大昔に敵対してた組織を潰した際に没収したものだ。広々とした建物と敷地が、大人数を収容する意味で重宝してる。
私は久しぶりに訪れたけど、その時よりも建物が大きくなってるし、セキュリティを意識したのか外壁も立派な物に変わってる。
建物は何度も改装を重ねて、今じゃ千人規模の見習いがいても寝泊まりに不自由しないようになってるはずだったけど、思った以上に立派になってて驚いたんだ。まあ今、造ってる新本部ほどじゃないけどね。
ここには宿舎としての設備に加えて、座学のための講堂と小さめながら運動場もある。
戦闘訓練はほとんど街の外にまで出てやってるはずだけど、座学はここでやってるから今の時間でも中に入ればその様子が見られるだろう。
敷地に入るとすぐ正面には建物入り口があり、横手には安物のトラックや人員輸送用のバスがいくつも並ぶ駐車場がある。
バイクを停めると普通に正面から入り、そうすると入り口脇には受付が。
「あっ、会長。お疲れ様です」
「うん、お疲れ様。警備ご苦労ね」
この子は警備局のメンバーだ。見習いを育てるここは重要拠点だから、警備局の人員も常時数人は回してもらってる。
途中の屋台で買った焼き菓子を差し入れに渡してやった。
「ありがとうございます! みんなも喜びます」
「フウラヴェネタは今日はいる?」
「教導局長は外に出てますね。副局長も一緒です。呼び戻すように手配しますか?」
いきなり訪ねてもそんなもんよね。もちろん気まぐれに寄っただけなのに、呼び戻すなんてことはしない。
「いいわ。それより今の時間って、どこかで講義やってる?」
「えーっと、待ってください……今の時間ですといくつかやっていたはずです。あ、東棟の一階でボニー団長がこれから講義をやるみたいです」
「ボニーが? 分かったわ、ついでだし見学して行くわね」
第四戦闘団長のボニーが講師役らしい。戦闘訓練ならともかく、臨時講師を引き受けるとは意外ね。
興味を惹かれて見物しにいく事にした。
この建物には座学をやる講堂がいくつもあって、見習いのレベルに合わせた講義が行われる。今も結構な人数が勉強中らしい。
邪魔をするのも悪いし、こっそりと窓から覗き見るとしよう。
目的の講堂に着くと、さっそく窓から様子を窺う。ボニーは私に気付いたけど、手振りで気にするなと示しておいた。
どれどれ、どんな講義をするんだろうね。
「いいか、これからお前らにナンパ野郎のあしらい方を教える。よく覚えとけよ!」
「はい!」
へえ、そういった内容なら第四戦闘団長は適役かもしれない。
臨時講師のボニーは威勢良く言うと、集まった見習い一人ひとりを睨むように見回し、もったいぶって講釈を垂れ始めた。
「……例えば、お前らが麗らかな午後の昼下がり、カフェでひとり寂しくボケっとしていたとする」
うーん、酷い例えだ。
「そこに現れたのが小金持ち風のナンパ野郎だ。そいつが気軽な調子で『ねえキミ、もしかして一人?』なんて言いながら色目を使ってきたとする。おい、そこのお前、どうする?」
「え、えっと……」
突然指名された女の子は焦ってしまって答えに詰まる。
「遅いっ、訊かれたことには即座に答えろ! 頭を常に働かせておけ。罰として腕立て五十回だ、魔法は使うなよ」
「は、はいっ」
素直に一生懸命、腕立てを始める姿が少し悲しい。
鬼の臨時講師は鋭い目で次の女の子に指を付けつけた。
「そこのお前。代わりに答えろ」
「ひ、人と待ち合わせをしているので、と答えます」
理不尽な鬼講師は今度は眉間にしわを寄せて机をぶっ叩いた。
「お前、本当にその答えでいいと思ってんのか!? いいか、相手が男だろうが女だろうが油断するな。待ち合わせが嘘でも本当でも、とにかく受け答えする前にまずやることがあんだろ。それはなんだ? じゃあ今度はそこのお前だ、答えろ」
「うえっ!? えーっと」
「遅いっ、お前も腕建て五十回だ! 隣のお前、代わりに答えろ」
またもや腕立てを始めた女の子に構わず、睨み付けるような視線で威嚇するボニー。普通に怖い。
「は、はいっ、しゃべる前にまず相手を良く観察します」
「よしっ、そうだ。そういうことだ。相手が何者か、人相や服装から職業程度は推測できるかもしれねえ。同業者やメディア関係者ならスパイかもしれねえんだ。ほかにも周囲に怪しい奴はいないか、不審な荷物が置かれてはいないか、瞬時に見極めろ。ひょっとしたら声を掛けてきた奴はただの囮かもしれねえ。そいつが気を引いて、その隙にやられるかもしれんねえんだ。暢気におしゃべりする前に、状況を見極めることが重要だ」
感心したような呆れたような空気に、部屋がシーンとなる。
その間にもせっせと腕立てを繰り返す女の子たちの姿には妙な哀愁を感じる。
「あの、ボニー先生。本当にただのナンパだった場合にはどうしたらいいですか」
「もしただのナンパだと判断したなら好きにしろ。お前らの好みにまでとやかくは言わねえ。見習いのうちにはそんな暇はねえだろうが、正規メンバーになったらそういう場面に出くわすこともあんだろうからな。ああ、あしらい方としてはな、思いっきりガンをつけろ。大抵の野郎はそれだけでビビッて逃げ出すからよ」
まあキキョウ会の正規メンバーともなれば、一般的なレベルから見たらかなりの猛者だ。そこらの軟弱者なら、睨んだだけで逃げ出すのはそのとおりと思う。
「それでもしつこい野郎がいたら、タマを蹴り上げろ。容赦を加えず、潰すつもりでやれ。大丈夫だ、この街でキキョウ会に文句を垂れる奴なんかいやしねえ」
たしかに。もし文句を言われたとしても無視するけど、そのやり方はあしらい方として疑問符が付くわね……。
「ボニー先生! この前、ソフィ先生が教えてくれたやり方と全然違うのですが……」
「あたしとソフィは違う人間だ。違うやり方になるに決まってるだろ。やり方は一種類じゃねえんだぞ。お前に合ったやり方、相手に合ったやり方、人や場面に応じたやり方で切り抜けろ。よし、そこのお前、腕立ては何回までいった?」
「四十二回です!」
「腕の下げ方が小さい! 最初からやり直せ。じゃあ、次のパターンにいくぞ。いいか――」
こんな調子でほかの講義も進んでるってことはないと思うけど……なかなかに独創的だ。まあいざって時に躊躇しないよう極端なことを教えておくのは、それなりに意味があると思える。
さて、もういいかな。ボニーの個性的な講義は楽しいけど、なんかもうお腹いっぱいだ。ぶらぶらするは止めて本部に戻ろう。
その後も闘身転化魔法を使った秘密特訓を重ねつつ、日々を挨拶回りに費やした。
馴染みの服飾店ブリオンヴェストのトーリエッタさんや商業ギルドのジャレンス理事、アナスタシア・ユニオンの妹ちゃん、それに中央通りで車両販売をやってるブーラデッシュ商会やブルーノ組の組長なんかにも顔繋ぎをしておく。
ほかにも馴染みの商店や食堂でも、金を豪快に使いつつの挨拶を欠かさない。
友達として個人的に会う人もいるけど、周囲にいる人の目が多い場所で会うことにはそれなりに意味がある。個人だけじゃなく、組織人としての繋がりもアピールしとかないと、妙な横やりを入れられることもあるからね。
人と会うのはもちろん、キキョウ会の関連施設にも顔を出しておく。
我がキキョウ会最初の店舗でもある王女の雨宿り亭、リリィの仕切りで観光名所にもなってるエレガンス・バルーン、大陸中に知れ渡る超高級ホテルにもなったエピック・ジューンベル・ホテル&リゾーツ。六番通り支部の地下にはカジノだってあるし、ほかの小規模カジノや細々とした宿泊施設だってある。
支配下に置いた色町もそうだし、シマ自体もかなり広い。未支配領域はまだ多いけど、そこも忙しい今年を乗り切って来年になれば、徐々に支配下に吸収して行けると思う。
全部がキキョウ会の財産だ。今じゃ、だいぶ数も多くなった。
これからもまだ増えるけど、面倒と思うよりも素直に嬉しいと感じる。これまでの努力の成果がこれなんだ。
行く先々で歓迎を受けてるのもきっと、形だけじゃない。支配が上手く行ってる証だと自信をもっていい。
そんな充実した隙間の日々を過ごしてると、ようやくロスメルタからの返事が届いた。
そこらの配達人が届けてくれたんじゃなく、公爵家の使用人がわざわざ届けてくれたらしい。
高級感溢れる紫色の封筒を不調法にバリっと破ると、出てきたのは透かしの入った高級紙だ。そんな如何にも貴族からって感じの体裁の手紙に目を通す。
魔道具ギルドへの仲介を頼むのがこっちの目的だけど、断られることはないにせよ、代わりに何を要求されるかが厄介だ。貴重品の手土産でチャラにできると考えてるけど、隙あらば面倒事を押し付けようとする公爵夫人は要注意だ。手紙に何か匂わせることが書いてあるかもしれない。
あの女の場合、迂闊にも見逃すと書いてあったでしょう? とか平気で言い出すに決まってる。
「えーっと、前置きが長いわね……」
貴族らしい長々とした挨拶は作法なんだろうけど、形式ばった挨拶は流し読むだけでもうんざりしてくる。ロスメルタからじゃなければ、普通に飛ばしてるところだ。
肝心の内容を要約すると、いつでも訪ねてOKってことらしい。しばらくは外に出る暇もなく、王都の中での仕事で忙しいようだ。私が訪ねて行けば、それを口実に少しは休めるってことみたいね。
ふーむ、ほかに変な記述も見当たらない。ちょっと疑り深かったかな。
まだ午後の早い時間で、私にこれといった予定はない。というか明日も明後日も特にない。キキョウ会自体は忙しいけど、これも会長特権ってやつだ。
「そんじゃ、さくっと行ってこようかな」
昨日の時点でブルームスターギャラクシー号は受け取り済みだ。
ドクの調べでも車体に問題はなかったらしく、この前の爆速を出してもいいとお墨付きまでもらってる。
「フレデリカ、ロスメルタの面会許可が取れたわ。今から行ってくるから、あとよろしく」
「え、今からですか?」
「うん、ロスメルタとの交渉の後で魔道具ギルドとの交渉もあるからね。少しでも早い方がいいわ。ヴァレリアは?」
「部屋の掃除をすると言っていたような。二人で行くのですか?」
「大勢で行く必要はないわ。それに欲しい魔道具の仕様はあんたたちがまとめてくれてるし、問題ないと思うわ。一応は王都で四、五日滞在の予定って感じにしといて」
「ええ、みんなにも伝えておきます。ユカリ、気を付けてくださいね」
私が王都に行くことはみんなだって承知してる事だ。それが今日出発になっただけの事だから、特に驚いたりもしないだろう。
事務所から自室に行く途中でヴァレリアにも声を掛ける。
「まだ掃除中? これから王都に行くわよ」
「すぐに準備します。何日くらいの予定ですか?」
「フレデリカには四、五日って言っといたから、とりあえずはそのくらいのつもりで。交渉が難航すると長引くかもしれないけど、あっさり片付けば早く終わるわ」
「分かりました。乗り物はバイクですか?」
「うん、だけどヴァレリアは私の後ろに乗って」
ヴァレリアも自前でスーパースポーツタイプの二輪を持ってるけど、私の後ろに乗ることに異存はないようだ。特に疑問を口にする事もなく、準備に取り掛かってくれた。
自室に入ると私も手早く荷物をまとめる。出掛けることは予定してたから、ある程度はすでに準備済みだ。
とりあえずは普段着を脱ぎ散らかすと、ぴっちりめのライダースジャケット一式に着替える。前回、王都に行った時と同じ格好で、グローブもブーツも墨色で統一したお気に入りだ。
久しぶりに着るけど、やっぱり大きめのボタンや刻印魔法の模様がアクセントになっててカッコいい。
髪の毛も雷避けの魔道具になってる黒のリボンで縛って一本にまとめる。いつもならティアドロップのサングラスを装着するところだけど、今回はガッチリとしたゴーグルを首にかけておく。あの爆速にはゴーグルじゃないとね。
着替えて自分の荷物を持つと、手土産を詰め込んだ大きなバッグも二つ手に持つ。これにはアンデッドドラゴンの金の骨と漆黒の鱗が数個ずつ入れられてる状態だ。かなり嵩張るからバイクだと運びにくいけど、車体にガッチリと括り付けておけば大丈夫だろう。荷物を抱えてしかも二人乗りだから、全力で飛ばすつもりもない。
「お姉さま、できました」
「こっちも終わったところよ。それじゃ行こう」
事務局のメンバーに見送られつつ外に出ると、さっそく愛車に荷物を括り付ける。
車体の左右にバランスを取って荷物を括り付けるとこれで準備万端。客観的にはちょっと不安定っぽいけど、私なら問題ない。
妹分を後ろに乗せると、意気揚々と出発した。
ファンキーな授業風景になってしまいましたが、講義の様子を少し出してみました。真面目な講義はまた別の機会にでも。
お話の流れですが、教育に焦点を当てて進むはずが、魔道具ギルドにまつわるエピソードに突入してしまう感じです。
色々と悪だくみをしていくエピソードになりそうですが、あまり長引かせないようにするつもりです。(予定です!)
次回「近くなった王都」に続きます。
悪だくみが得意な夫人と組んで遊ぶつもりですが、魔道具ギルドは一筋縄ではいかないかもしれませんね。