幹部会でのお話合い
「全員集まっているな、では幹部会を始める。今日はまず会長から話がある。ユカリ殿、どうぞ始めてくれ」
いつのようにジークルーネの仕切りで始まった幹部会だけど、私から話し始めることは珍しい。いつもなら基本は聞き役に回って、意見を求められたりピンポイントで気になったりしたことに対して口を挟む程度だ。
でも今回は私が聞いてきた話だから、私から話すのがいいだろう。すでに関連部署の幹部には事務局のメンバーを通じて話は通してるけど、全員で共有しておきたい。
「うん、教導局と広報局にはもう話してるけど、先日のアイストーイ男爵から追加の提案があったわ。簡単に言うと、ほかにも不良娘をウチに放り込んで性根を叩き直して欲しいって言う金持ちがいるらしいのよ。それも何人もね。そいつらを一人当たり一千万ジストで受け入れるって形で、アイストーイ男爵はもう話をまとめてるわ」
見物料の話はこのあとだ。まずは様子を見たい。大反対があったり、見逃せない懸念点があるなら、この話は無しにする事も十分あり得る。
「おいおい、気の早い野郎だな。もうそこまで話が進んでんのかよ」
「仕事が早いのはいいことですが、どのような企みを持っているか分かったものではないですね」
グラデーナとメアリーが不信感を露にし、ほかのメンバーも似たような感じのことを発する。
「深いところの真意までは分からないけど、男爵はウチに紹介する過程で仲介料をせしめるつもりらしいわ。それに単なる金儲けだけじゃなくて、ウチとの繋がりをアピールして政治的な地位を向上させる狙いがありそうとは思ったけどね」
「それはまた、したたかな男爵だな」
「ええ、ですが男爵にとってのメリットが明確に見えているというのは、分かり易くて良いと思います」
裏社会が仕切るエクセンブラにおいて、キキョウ会は三大勢力の一角だ。三大勢力、あるいは三大ファミリーって言い方はまだ聞こえてはこないけど、その内にそうなると思ってる。
さらには王都の大公爵家とも懇意なのがウチだ。我ながらブレナーク王国において、キキョウ会の存在感はかなり大きくなったと思う。
男爵としてはそんなキキョウ会と早い段階から強い繋がりを持っておきたい意図のほうが多分、強い気がする。仲介料なんて小銭稼ぎよりもね。
「損得を考えても男爵がウチにとって不利になる振る舞いをする可能性はないと私は思ってるわ。色々含めてなにか懸念があるなら聞かせて」
少しざわついた後で、いくつか手が挙がる。
「じゃあ、オフィリア」
「男爵の思惑はあたいには分かんねえし、その辺はみんなに任せるけどよ。気になったのは集めるって言ってる不良娘たちだ。見習い教練に放り込んだとして、そんな奴らがやっていけんのか? 特別扱いはしねえって話だったよな?」
もっともな懸念点だ。難しいことは色々と想定できる。
通常の場合、ウチの門を叩く連中ってのは、もう行き場ないとか後がないとか追い詰められてる奴が多く必死な連中だ。もしくは大きな野望とかしっかりとした目的意識を持ってるとかね。そもそも意欲が高い連中しかいない。
そんなところに温い環境で育ってやる気のない連中を放り込んだところで、普通なら上手く行くはずがないと思える。だけどそこがウチの教導局の腕の見せ所でもある。
実は私は結構楽観的だ。
大前提として舐めてる娘の性根を叩き直すってのは、その親からのオーダーなんだ。金を貰ってやる仕事になる。死なないなら、どこまでやったって構わないんだ。
いや、最悪は死んだって文句なんか言わせない。そういう契約の元に預かる。そのくらいの覚悟もなしに、金だけで解決しようなんて余りにも虫のいい話だ。これを話に盛り込んだ場合には、希望者は激減するのが普通だと思うけど、男爵は見習いの死亡者数も始めから考慮に入れてた。仲介役の男爵は上手いこと話をまとめるだろうと考えられる。覚悟は持ってもらうけど、ウチだって一応は死なせるつもりはないわけだしね。
ただし、甘ったれて舐めた連中はとことんまで追い込んでやる。やんなきゃ死ぬってとこまで追い詰めて、逃げ出す事も叶わない環境にしてしまえば、自然とやらざるを得ないんだ。生き残るためにも、必死にね。
「フウラヴェネタ、どう?」
「はい、その辺りは問題ないと考えています。集まる見習いの多くが最初は素直ではありませんし、なかには裕福な商家から興味本位で入ってきた例もあります。意識も実力もバラバラな見習いを正規メンバーに相応しい集団に鍛え上げるのが教導局の使命でもありますし、実績もあると自負しています。お任せいただければ」
さすがの自信だ。これまでに多くの鍛え上げられたメンバーを送り出してくれてるだけのことはある。
うん、私もそう思う。教導局に任せっきりじゃなく、私やほかの幹部たちだって臨時講師や訓練教官を勤めることはあるんだ。その過程で色々と協力していくことにもなる。
見習いになってしまえばもう不良娘なんか関係ないとも言える。普通にその他大勢、数百人もいる連中と同じ扱いだ。いや、むしろ自主的に出て行くことのできない不良娘のほうが大変だ。
不貞腐れてれば時間が解決してくれるなんて大間違いだ。誰も助けてはくれない。課される試練を乗り越えることでしか、辛い環境から抜け出すことはできない。そうする以外で逃げ出す道はただ一つ。死ぬことだけだ。
甘やかされて育った奴らが、試練を嫌って自ら命を断つなんてことはきっとない。我がキキョウ会が誇る教官役が追い込んだら必死に頑張るだろう。そう期待し、また誘導させるのが教導局メンバーの手腕だ。
こう考えるのも何だけど、そもそも絶対に成功させろと言うつもりもない。ダメならダメでいいとも思ってる。
更生というか、見習い過程を修了できなかったとしても、ここで経験した地獄は親にとっていい武器になると思うからだ。子供が言うこと聞かないなら、またキキョウ会に放り込むぞと言えば何より怖ろしい脅しに使えるようになるからね。
そんでもって時間制限の設定も必要かな。いつまでも無期限で預かるわけにはいかないから、最長でも三百日くらいの期間でいいと思う。その辺の具体的な案は教導局にまとめてもらうことにしよう。タイムリミットの件は、放り込まれる娘には秘密にしておく必要があるけどね。
「フウラヴェネタが問題ねえって言うなら、あたいに文句は一個もねえよ。こうなってくると、楽しみでもあるな」
あとからまた疑問は出てくるかもしれないけど、現時点ではみんなも納得してくれたみたいだ。むしろ実績を示し続けてきたフウラヴェネタが任せろと言ってるのに、反対する理由はない。
「それじゃ、金持ちの不良娘受け入れの件は、ここから先は教導局に主導してもらうわ。アイストーイ男爵とも直にやり取りして、何か問題があれば私に。よっぽどのこと以外はフウラヴェネタの判断に委ねるから、あとはよろしく」
頷いたのを見て、次にいく。
「実はアイストーイ男爵からの提案はもうひとつあってね。見習いの訓練の様子を有料で見物させるって仕事よ。私としては最終試験の様子を遠方から見物させるくらいならいいかと思ってるけど、どう思う?」
またざわつく。
補足として、男爵が作った資料から見込める収入についてと、事務局から聞いた見習い教練に掛かるコストについての情報も出しておく。
やっぱり金の話で多少でも儲けになると思えば、みんなも納得することは多いらしい。それに見習いの訓練くらいなら、秘密にしておきたいような内容はそうはない。
「ユカリ、いいか。見物させるにしても、どうやってやるんだ? それに試験会場は北東の森だし、そこまで案内するだけでもかなり面倒じゃねえか?」
「うん、ボニーの言うとおりね。私がとりあえず思ってる案としては、ちょっと強引だけど森の近くに山を一個作ってやればいいかなって。山頂まで車両で登れるようにしてやって、頂上から遠見の魔道具で試験会場を見物できればそれが一番楽かと思ってるわ」
遠見の魔道具は双眼鏡のような物を想定してる。身体強化魔法のレベルが高ければ視力を強化して結構遠くまで見えるけど、普通の人にそこまでは要求できない。
双眼鏡の魔道具は普通に市販品で色々とあるから、買い集めるのは難しくない。それに金持ちなら自分で持ってそうだから持参してもらうのもありだ。
「山を作るって……。大丈夫なのか?」
「フレデリカ、その辺はどう? 私は別にいいんじゃないかって軽く考えてるけど」
「……そうですね、街の外であれば基本的に個人が所有している土地ではないはずです。邪魔にならない場所であれば誰からも文句は出ないかと思いますけれど。そもそも行政区に山を作っていいかと問い合わせるのもどうかと思いますし……いえ、許可を取るなら王国でしょうか。難しい話になってきてしまいますね」
まあ山を作っても良いかなんて、行政区だろうが王国だろうが言われたほうは困惑するわね。むしろ悩む前に普通に却下されそうよね。
もう黙ってやってしまうのが、いいってことだ。もし誰かに文句を言われたら、その時に考えよう。
みんなも同じ考えみたいで、とりあえずやっちまえばいいだろといった声が場を占める。
「決まりね。どっかのタイミングで山は適当に造っておくけど、見物させる時には解説役も必要になるわよね。そこでも教導局の出番かな? その場合には予算とメンバーの報酬には色が付くってことでいいわね、フレデリカ」
「ええ、具体的には回収できる金額と相談になりますけれど」
「軌道に乗って継続できるかも未知数ってこともあるし、その辺は追々ね。あと、案内役や解説役には教導局だけじゃなくて、広報局にも出番があるといいと思うわ。マーガレットはどう思う?」
以前までは田舎娘っぽい感じだった広報局長のマーガレットも、ロスメルタお抱えのメイクさんから学んだメイク術で随分と化けた。
キリッとしたキャスター風に見えるマーガレットは堂々と自分の見解を述べる。
「お声が掛からなければ立候補するつもりでした。貴族や商人との新しい繋がりが作れそうな機会ですからね。広報局としても絡んでいきたいですし、むしろ広報局としての仕事の側面が強い場面ではないかとも思います」
「なるほど、そうとも言えるわね。まあ人員の都合もあるだろうし、教導局と広報局で上手くやってくれたらいいわ。具体的には色々と動き始めてから問題も出てくると思うから、それは都度関係者で話し合って決めていって。今日のところはこんなもんかな」
特に意見はなく、アイストーイ男爵からの提案はこのまま進めることに。
これで私からの話は終わりだ。
「ユカリ殿以外からは事前に聞いていないが、ほかに話のある者はいないか?」
キキョウ会の幹部会は年に数回の頻度でやる知識の共有や成果の披露以外だと、臨時で誰かが招集する形で行う。
今回は私がジークルーネに召集してもらったけど、ついでに話したいことがある人がいれば、どんどん発言してもらって構わない。どうせのついでだ。
すると、研究開発局長のシャーロットと建設局長のプリエネの手が挙がった。
「ではシャーロットから」
「ありがとうございます。実は先日、会長とシェルビーさんには相談していたのですが、上級刻印魔法使いを探しておりまして。シェルビーさんを通じて鍛冶師ギルドに心当たりがないかと聞いていただいていたのですが、近々王都の大工房に招聘されることが決まっているらしいのです。そこでわたくし、冬季は王都に修行に伺おうと考えているのですわ。すでに先方からも色よい返事は頂いておりますの」
これは重要な話だ。だけど私は事前に了承してたことでもある。
シャーロットがいないと刻印魔法の付与ができないから、新装備を作ろうとしてもそこで止まってしまう問題が生じる。彼女には長期不在は避けて欲しいのがみんなの本音だとは思うけど、修行のためなら否定はできない。代表して私が返事をしよう。
「私もみんなもシャーロットが抜けるのは痛いと思ってるけど、レベルアップして戻ってくるのを期待してるわ。納得できるまで励んできなさい」
「もちろんですわ。刻印魔法使いの方は秋の終わりには王都にいらっしゃるそうですので、わたくしはそこから冬季の間は師事したいと考えています」
「最長で秋の終わりから冬一杯ってことね。いつ出発するかはシャーロットに任せるけど、遅くても春の初めまでには戻ってきなさいよ」
まだ夏の終わりだけど、出発までの間はシャーロットは忙しくなる。
個人個人の装備に付与する刻印魔法の相談や、新人用の外套に施す刻印魔法は前倒しでスケジュールされていくだろう。大変なことになりそうね。
「シャーロットのレベルアップにはわたしとしても大きい期待している。では次だ、プリエネ」
「はいっ! あたしからは新本部に設置する魔道具についてです!」
建設局長のプリエネだ。新本部の建設は順調に進んでると思ってたけどね。
「魔道具? 準備段階で必要な物はリストアップしていたはずだが、不足があったのか?」
「不足と言えば不足です! 生活に関する魔道具は事前にリストアップした通りに都度調達してるんで問題ないですが、気になってるのは警備用の魔道具ですよ!」
「警備用も市販品で色々と手に入るから、それで十分ということではなかったか?」
ジークルーネが確認してくれてるけど、まさにそういう話だったはずだ。
「十分といえば十分なんですけどね! ちょっと確認しときたいと思いまして」
「プリエネ、どういうことだ?」
「あたし、ちょっと思ったんですけどね、規格外のすっごい拠点を造ってるとこじゃないですか。それなのに、魔道具は市販品の普通のでいいんですか? ちょっと思っただけなんで、それでいいならいいんですが、本当にいいのかなって。それだけですよ!」
うーん、思わせぶりな言い方だ。
普通でいいの? 本当にいいの? なんて言われてしまうと、それでいいんだよとは言い難い。断固否定したい気持ちになってしまうのが人情ってもんだろう。
各メンバーは各々の仕事をしていますので、担当毎に色々なことが起こっています。組織が大きくなると大変ですね。
次回はプリエネの投げ掛けの続きと、さらに別の幹部からの話も出ます。
幹部会の様子は次回で終わります。