舞い込む相談事
愚連隊潰しとアイストーイ男爵と会ってから、早くも三日。
あの翌日には、男爵と債権の話はさくっと済ませてもらってる。
まず密売所の借金はウチが持つことで簡単に話がついた。男爵には借金の二千万ジストほどをさくっと支払って、これで中央通り大型店の債権者はキキョウ会になったわけだ。あとは時機を見て、あの店は丸ごとウチでぶんどる流れになる。
密売所とは別に、迷惑料代わりとしての債権も問題なく譲ってもらった。これについては、貴族にするか商会にするかで情報局も悩んだらしいけど、結局は貴族の弱みを握ることにしたらしい。
相手はアイストーイ男爵と同じ派閥の子爵で、領地も金もない名ばかり貴族だ。だけど、エクセンブラの行政における影響力だけは少しは期待できるポジションにいるらしく、その意味でウチにとって利用価値がある。
アイストーイ男爵から見たその子爵はといえば、借金をしてる身でありながらなぜか偉そうで、返す当てどころか返す気が全然見られないのに、追加で金の無心をしてくる恥知らずといった感じらしい。
同派閥においてはアイストーイ男爵を便利な金づると見る傾向もあったらしく、キキョウ会の介入ってのは結構な事件になりそうとのことだ。
男爵としては返ってくる見込みのない借金をウチに押し付けて、しかも証文をウチが無理矢理にぶんどったように言いくるめれば、誰にも文句を言われることもない。誰も信じないかもしれないけど、一応は被害者の立場で言い訳が可能になる。キキョウ会を悪者にすれば、多少苦しくても派閥の貴族に対する建前は成り立つ。
それに借金の取り立てにウチやクラッド一家が関わるとなれば、ほかの借金状態の奴らも慌てて返済を考えるようになるし、返済できなくても男爵には詫びの一つも入れる状況になるはずだ。そうなれば男爵の立場は爵位とは関係なく急上昇となる。
本来なら金を貸してる立場だけでも大きく出れそうなもんだけど、貴族の関係性ってのはなかなかに難しい。
あとは男爵の娘でありながらろくでなしの不良娘を、ウチの見習い教練にぶちこむって話があるけど、それには追加の話とやらがあるらしい。
教導局には事前に話を通しておきつつ、最終的にどうなるかはまだ未定だ。その時になったら分かるとして、今は捨て置く。
「ふー、雑念があるとイマイチね」
最近熱心に取り組んでる早朝の自主鍛錬は、大陸西部遠征で身に着けた極限の身体強化魔法、その習熟と更なる発展だ。
限界を見極め、その先にチャレンジすることができるあの魔法技術は、今の私にとってもやりがいのある内容だ。
「……闘身転化魔法か。ユカリ殿が開眼したそれは、どうにも難しい。理屈は理解したつもりなのだがな」
「ジークルーネのレベルなら、あとは集中と切っ掛けだけじゃないかと思うけどね」
身体強化魔法とはもう別次元にある魔法については、色々と調べてみても公の情報にはどこを探しても見つからなかった。
きっと一部の強者だけが知る特別に珍しい魔法なんだと思う。身体強化魔法とは区別する上で、私は『闘身転化魔法』と名付けることにした。まあ適当にそれっぽい感じにしただけで、深い意味はない。
闘身転化魔法の肝は、自らの深淵を覗き込むような魔力感知だ。感知できなきゃ、話にならない。それと限界を破って少しだけ力を引き出すような、繊細な魔力操作。この二つが揃って初めて、極限を超えた身体強化魔法に手が届く。
遠征から帰還後には、会得できそうな幹部メンバーにフィードバックして、訓練とチャレンジだけはしてもらってる。
「集中……奥底を見極めるには、極限の集中状態に持って行かなければ最初は無理か」
「そうかもね。今は魔力感知と操作、そのレベルアップを意識しとくのがいいかな。どうせ、数日後には集中できる環境が手に入るから」
「ああ、そうしてみよう。グラデーナとヴァレリアはそろそろ戻る頃か」
闘身転化魔法は私だけじゃなくてほかのメンバーにも使えるようになってもらいたい。だけど、あれは強者しかいないキキョウ会メンバーでも、特別な訓練を積み重ねた人にしか使えない技だ。つまり、通常のメンバーくらいじゃ教えたところで使えない。
魔力感知と魔力操作が肝だけど、超強化状態を引き出すためのそもそもの魔力量が豊富じゃないといけないし、それを受け止められる頑強な肉体だって必要だ。必然的に幹部クラスの基礎能力が求められる。
私が思うに幹部メンバー、それも戦闘系セクションにいるメンバーなら、魔力感知と魔力操作のレベルをもう少し上げてやれば、その他については基本的な能力は十分だ。私のアドバイスと、あとは切っ掛けさえあれば使えるようになると考えてる。
魔力の感知と操作については、ずっと前の魔法封じの腕輪解除から始まって、阻害魔法の無効化技術なんかを通してみんなのレベルはかなり高い。それを磨いてきた訓練をもっとやればさらにレベルを上げることは難しくはないはずだ。
現在のキキョウ会は忙しいながらも新技の特訓、そして忙しさにかまけて鈍った心身を鍛え直す名目で、幹部を含めた正規メンバー全員に交代で集中的な訓練を課してる。
ヴァレリアとグラデーナはその先発組で、北東の森で只今絶賛訓練中だ。そろそろ戻ってくる予定だけど、上手く行けば新魔法を習得してくるはず、と期待してる。
とはいえ、一回の短期集中訓練で習得可能かは不明だし、各人によっても別だろうから、そこは第二回、第三回とやる必要はあるかもしれない。それくらい難しい技術とも思ってる。現に日常の訓練だとジークルーネでも全然無理みたいだしね。
「あの二人がずっと訓練漬けで取っ掛かりも掴めないようなら、私の理論が間違ってるのかもしれないからね。まずはその結果待ちかな」
「いや、なにかこう、わたしでも掴めそうな気はしているのだが……」
「それならいいんだけど。じゃあ、私はそろそろ上がるわ」
「ああ、わたしはもう少し続けてから戻る」
まだ訓練を続けるジークルーネを残し、地下訓練場を後にした。
朝食を兼ねた休憩を挟むと、通常業務の態勢に入る。
会長の主な仕事は、偉い人に会ってなんやかんやと話し合うことだったり、みんなの報告を聞いて指示が必要ならそれを下したり、入ってくる色々な情報を総合的に考えて今後をどうするかと悩んだり、まあそんな感じだ。
問題があっても大抵のことは各セクションの幹部たちで解決できるから、私の出番はそう多くない。
これといった予定や報告がない場合には割と暇になる。
みんなが忙しくしてる様子を見ながら、デスクで魔法薬の実験をしたり、人知れず魔法の考察や特訓をしてたりもする。
今もフレデリカが寄越した報告書を読みながら、意識の半分はアクティブ装甲の運用改善と強化に割かれてる。
「会長! 新拠点の外壁は造り終わってますよ! 最後の仕上げだけお願いします!」
「え、あ、プリエネか。うん、あとでやっとくわ」
「それじゃ、あたしは穴掘りに戻りますんで!」
建設局長のプリエネは今日も朝っぱらから元気溌溂だ。
最近は部下から局長じゃなくて親方とか呼ばれてるらしいけど、それが意外と似合ってる。本人も満更じゃない感じだから別にいいのかな。
とにかく旧マクダリアン一家の本拠地跡は全部更地にして、新キキョウ会本部として生まれ変わらせる計画は順調なようね。
新本部となる土地はかなり広い。
マクダリアン一家の時を思い返すだけでも、正門の向こうには大駐車場が広がり、その先にはフランス式の庭園まであった。庭園を抜けると大きな本邸があって、それとは別の下働きの人員や構成員の住居と思われる建物もあった。見たことはないけど、建物の裏側にもなんらかの施設はあったと思われる。
広さのイメージとしては、大人数でやる球技のグラウンドくらいは最低でもあるだろう。今の雑居ビルのような本部とは全然違った規模のものになる。
敷地全体を囲う外壁は前にもあったけど、それは私たちにとってみたらしょぼい造りだった。
生まれ変わる拠点は要塞として堅固な物にしたいから、建設局のメンバーには全力で外壁からなにから全部を一から造り直してもらってる。
とりあえずは余計な奴の侵入を阻む目的で外壁から造って貰ってたけど、早くも終わったらしい。あとは私が遠慮なしの超強化を施して完成だ。大型トラックの突撃や大規模魔法の直撃を食らっても、普通に耐える強度にしてやろう。
新拠点は広大な敷地を活かした地下構造にも力を入れるから、プリエネたちはこれから穴掘りを頑張るみたいね。
外壁の強化と大量に出る土砂を魔法で資材に変える有効活用もしたいから、あとで行くとしよう。
「ユカリ、闘技場の進捗報告もできました。これも見ておいてくださいね」
馴染みの声は本部長のフレデリカだ。
今日も艶やかな金髪ロングとスクエアの眼鏡がいい感じに有能秘書っぽい感じを醸し出してる。仕事上は優秀だけど、私生活だと多趣味で金遣いの荒い女なのは、もう多くのメンバーが知る事実だ。ギャンブルと魔道具収集の趣味が変わることは、少なくとも当分はないだろう。
「うん、見とく。特に問題ないのよね?」
「これといって問題はありませんね。貴族の横やりは全てロスメルタ様が排除してくれていますし、闘技者や費用の面でも問題はすでにクリアされています」
「じゃあ報告内容は計画通りに進んでますって感じか」
「簡単に言ってしまえばそうですね」
それだけ言うとフレデリカは自席に戻った。朝っぱらから書類と睨めっこで忙しいらしい。
忙しそうな姿を見届けると、どれどれと一応は報告書に目を通す。
闘技場関係は初期に利権の問題で色々と揉めたけど、乗り越えてきた甲斐もあって今は順調に進んでるようでなによりだ。
開催日程や闘技者との出場交渉、初期の運営費の面でもほぼ問題は解決できてるらしい。具体的な運用方法もアナスタシア・ユニオンのアドバイザーによって、メンバーに少しずつ教育が行き渡ってる。あとは宣伝を進めて、開催にこぎつけるだけだ。
いよいよ迫る開催予定は秋の中頃。もう夏も後半に入った今からでも日数的にはそこそこあるけど、きっとあっという間にその時はやってくるだろう。
「会長。相談があるのですが、お時間よろしいですか?」
今度は研究開発局長のシャーロットだ。
刻印魔法で多大な貢献をしてもらってる彼女だけど、その前には戦闘班の副班長だったこともある。それに元は子爵令嬢だった過去もあって、多方面に活躍できる才媛だ。
そんなシャーロットが改まって相談とは珍しい。最近はずっと刻印魔法の研究開発に没頭してることが多かったはずだけど。
「いいわよ、改まってどうしたの?」
「実は、その、色々と行き詰ってまして……」
おお、これは普通に相談っぽい。
「私の部屋で話す?」
「あ、いえ、特に秘密の話ではないのですが、どうしましょう」
「じゃあ移動しよう。ここじゃ、話し難いこともあるかもしれないしね」
たまにはお悩み相談を聞いてるのもいい。
席を立つと、二人で私の部屋に移動した。
相談事にはまず雰囲気作りだ。
話をする姿勢、聞く姿勢ってのを整えてやるのが気遣いってもんだろう。
部屋に入ると茶を入れてやって、気持ちを落ち着ける。
そのままいつ話してもいいぞと空気を出しながら、あとは待ってやる。
「……会長。上級魔法はどうのようにして会得されたんですの?」
ぽつりとシャーロットが話し出す。
行き詰ってるってのは魔法のことみたいね。
「どのようにって言われてもね。こればっかりは魔法適正の違いもあるし、上級魔法はそもそも大陸でも使い手は少ないからね。それだけ難しいってことよ。でもシャーロットは上級魔法に手が届いてたはずよね?」
毒ガスを無効化する浄化刻印は、上級魔法相当の技術がないと開発できなかったはずだ。
「手が届くには届いていると思うのですが、そこから伸び悩んでいまして……浄化刻印の改良にも目途が立たないのです」
そういうことか。刻印魔法に求める機能改善は私だけじゃなく、メンバーみんなからの要望も多い。
研究開発にはシャーロットだけじゃなく、局員の手伝いもあるはずだけど、肝心の刻印魔法が使えるのは現状だとシャーロットだけだ。
向上心が強くて努力家のシャーロットでも、負担を掛け過ぎてしまってるのかもしれない。
「うーん、思いつくのはそうね。専門家の助言を得るとか、意見交換をするってところかな。自分だけでダメなら人を頼ってみるのがいいと思うけど」
「専門家というと、刻印魔法使いですの? ですが、上級魔法まで使える方に心当たりは……」
刻印魔法は使い手が少ない。そこらにいるならシャーロットの助手としてとっくにスカウトしてる。
しかも上級刻印魔法となれば、詳しくは知らないけど大陸全体でもかなり少数だろう。ウチに入った当初のシャーロットは魔法の腕は全然だったけど、努力の果てに今のレベルにいる。
シャーロットに心当たりがないとなれば、たぶんエクセンブラに上級刻印魔法の使い手はいないんだろう。だったら、知ってそうな人を頼るしかない。
「普通だと刻印魔法使いが絡むのは鍛冶師ギルドよね。そこからの紹介に頼ってみるのはどう? 戦闘支援団なら鍛冶師ギルドにも縁が深いし、エクセンブラにいなくても王都や他国の情報も教えてくれるかもしれないわ」
戦闘支援団は訓練用の装備や新人用の装備の買い付けや整備で、鍛冶師ギルドとよくやり取りをしてるから多少の頼みくらいなら聞いてくれると思う。ウチは金払いが良いし、見返りの用意もしとけば問題はないと思える。
「よろしいのですか?」
「良いに決まってるじゃない。まあ、どうなるかは聞いてみてからだけどね。それじゃ、シェルビーも呼んで具体的な話といこうか」
即座に戦闘支援団長のシェルビーを呼んで話し合う。こういうのは早いほうがいい。タスクを溜めたくないってのもあるけど。
さっそく地下訓練場で装備の点検をやってたシェルビーを呼んできてもらった。
「あー、お呼びっすか?」
「呼び出して悪いわね。ちょっと相談なんだけど、鍛冶師ギルドに渡りを付けて欲しいのよ」
シャーロットの研究のために、ほかのハイレベルな刻印魔法使いの情報を知りたいことと、可能であれば紹介までして欲しい旨を話す。
「そういうことっすか。エクセンブラは高品質な装備品を生産する街なんすけど、刻印魔法の面では並ですからね。この街の一番の使い手はシャーロットさんだと思いますよ。ギルドには情報があるはずですけど、情報だけでなく紹介まで含めるとなると、かなりの見返りが求められそうっすね」
「当然ね。鍛冶師ギルドとは仲良くやってもらってるとは思うけど、なんでも言う事聞いてくれるわけじゃないんだし。でも、見返りって具体的には? 金でいいなら楽だけど」
「お金よりか、素材の提供を求められると思うっす。ウチが時折流す素材は高品質で有名ですからね。普段からもっとくれと良く言われてるんすよ」
「それで話が付くなら別にいいわよ。在庫全部吐き出してもいいから、交渉はシェルビーに任せていい?」
「さすが会長、気前がいいっす。さすがに全部出すまではないと思いますが、シャーロットさんの望む通りの結果を持ってきて見せるっすよ」
「すみません、わたくしの我儘で」
ウチは北のドンディッチと南の小国家群からも精製済みの鉱石を輸入してる。品質の高いそれらを手に入れたはいいけど、結構ため込んだままにしてるんだ。
ロスメルタに融通してる分もあるけど、在庫は常に少しずつでも増えていってる。
なぜかと言えば、ウチは金に困ってないから、仕入れて即売り払うことがない。相場を見ながら高値で売れる時にだけ放出するようにしてるんだ。
そんなわけで在庫は潤沢。欲しい素材があるなら欲しい分だけ譲ってやって構わない。それで望みが叶うなら安いもんだ。
シェルビーの交渉に期待し、その後の展開にも期待を寄せておこう。
シャーロットのレベルアップは、キキョウ会全体のレベルアップに直結する。装備品のレベル向上による恩恵は非常に大きい。それは金には代えられない力になる。
キキョウ会が組織として進めている事と、メンバー各人が進めている事が色々とあります。
日常の仕事や趣味のエピソードがもう少しだけ続き、その後ではアイストーイ男爵と再び会う予定です。
次回「魔法とは芸術なり!」に続きます。芸術の秋ですね。




