表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
233/464

愚連隊の意外な黒幕

「ジークルーネ、ここは臭いが酷いわ。全体的な浄化を頼める?」

「嗅いでみる気にはなれないが、了解した」


 浄化魔法は日常のお掃除レベルでなら誰でも使える代表的な魔法だ。だけど、その魔法適正がある場合の浄化だと効果が一味も二味も違うものになる。

 特にジークルーネの場合には、常時自分を浄化フィールドに包み込み、あらゆる汚れや空気中の異物や毒物などの排除まで自然にやってのけてる。さらには精神の浄化まで可能で、焦りや苛立ちなんかのネガティブな感情を意図して浄化し、常に冷静沈着に振舞うことまで可能だ。


 破格の上級浄化魔法によって即座に部屋の淀んだ空気が清浄化される。これでようやく薬の嫌な臭いを筆頭に、汗や便、腐った食べ物や血の臭いからも開放された。


 外套に仕込んだ浄化刻印は、毒ガスにしか反応できないから、ただ臭いだけじゃ機能しない。シャーロットの刻印魔法には、もうちょっとレベルアップを求めていきたいところだ。贅沢なのは分かってるけど、人は慣れる生き物だ。凄いことでも日常になってしまえば価値は下がる。シャーロットだけじゃなく私も含めて、常にレベルアップを心掛けるようにしなければね。


「ユカリ殿、空気の浄化はしたが血の汚れはそのままにしておいた。またすぐに臭いが立ってしまうが、ブラッディ・メアリーの宣伝効果は残しておいたほうがいいだろう?」


 たしかに、早くも血の臭いは部屋に充満しつつある。


「……そうね。せっかくの生き証人どもに、彼女がブラッディ・メアリーだってのをちゃんと伝えないと意味がないしね。夢や幻なんかじゃないって証は残しといたほうがいいわね」


 メアリーの戦いぶりを見てしまった奴らは、恐怖に震え上がってる。直接やられた奴は恐怖にプラスして激しい苦痛を味わってる状態だ。

 切り裂かれた奴らの流血は今もなお続き、床を汚していく。放っておけば死に至る恐怖も感じてるだろう。

 痛みと苦しみ、血にまみれた光景、そして濃密な血の臭いは深く記憶に刻まれる。


「ブラッディ・メアリー! さすがの戦いぶりね」

「ああ、久しぶりに見せてもらったぞ。見事だ、ブラッディ・メアリー!」


 ちょっとわざとらしいけど、アピールしながら褒め称える。

 するとメアリーの部下たちも調子に乗って囃し立てた。


「メアリー団長、ブラッディ・メアリーの異名は伊達じゃないですね」

「団長はいつもこんな感じだぞ。敵に回して無事でいられた奴は一人もいない」

「いやいや、雑魚が相手なんで団長はまだまだ本気じゃないですよ。本気でやったら、こいつらなんて原形留めてないですから。細切れのミンチですから」

「ですよねー。手加減の命令がなければ、一人残らず血の海に沈んでますよー」


 これ見よがしな会話が始まると、ポツリポツリと「あれがブラッディ・メアリー」といった声が聞こえてくる。

 噂を知ってた奴も知らなかった奴も、これで忘れることはないだろう。きっと生涯ね。



 魔力感知で探ってみれば、上の階も戦いは終わってる。ヴィオランテたちもさくっと仕事を終わらせたらしい。なら、こんな汚い所とはさっさとおさらばだ。

 外套の内側から取り出すふりをしながら、大量のワイヤーを生成して床に放りだした。


「ブラッディ・スカルの連中を縛り上げるわよ。ああ、そうだ。そこのお前たち、手伝いなさい」


 私たちだけで何十人もの若者を縛り上げるのは面倒に思ってたところだ。ちょうどいい人手がいるってことで、黄色い服の連中に命令を下した。奴らは完全回復させてやったわけじゃないけど、礼としてそのくらいしてもらわないと。痛みくらいは我慢しろ。

 有無を言わせぬ命令と、恐怖の象徴となったブラッディ・メアリーが見下ろす視線に耐えられず、動ける奴らは必死に仕事に取り掛かり始めた。


 上下関係をここでキッチリ作っておくことも今後のためにいい。黄色い服の奴らもウチのシマに蔓延る新興勢力みたいだからね。

 拡張を続けるエクセンブラには、今後も多くのこういう奴らが湧いて出てくる。いちいち全部を潰してられないし、私たちに迷惑さえかけなけりゃ徒党を組もうがライバル同士で喧嘩をしようがどうでもいいんだ。好きにやればいい。


 重要なのはただ一つ。キキョウ会に、迷惑を掛けないことだ。


 ウチに迷惑を掛けず、関係者に迷惑を掛けず、私の気に障らないようにすることだ。そうすれば、割かし自由に生きられる。多少粋がるのも問題ない。

 赤の他人から見れば傲慢に思えても、私たちキキョウ会は大都市エクセンブラの一角を支配する今や押しも押されぬ強大な勢力なんだ。このくらいの我儘は許される。


 ただ、もはや私たちがこれ以上手を下すまでもなく、奴らがウチに敵対することはないだろうけどね。


 せっせと縛り上げる様子を監督してると、風に乗ったヴィオランテの声が届いた。


「……皆さん、上の階にきてもらえますか。少し面倒な相手がいます」


 面倒って、もう戦いは終わってると思うけど何事だろうか。慌てた雰囲気でもないから、想定外のピンチってわけでもない。

 ジークルーネとメアリーも不思議に思ったみたいだけど、ここでごちゃごちゃと聞くより、すぐ上に行けば分かること。

 第二戦闘団のメンバーをこの場に残し、三人で上に向かった。



 雑居ビルの四階に入ると、そこには三階と同じように倒れてる奴が多数。ただし、ここには黄色い服の奴らはいない。全員がブラッディ・スカルの連中と思われる。

 ヴィオランテは頭を張ってる奴とその側近と思われる連中を縛り上げ跪かせた状態で、私たちを出迎えた。

 近づくと、私たちが声を上げる前に騒ぐ奴がいる。


「お前たちっ、こんなことして、ただじゃすまないわよ!」


 面倒な相手ってのはこいつか。いかにも不良娘といった風体の女の子だけど、服の仕立てがかなり上等だ。妙ね。

 ヴィオランテに視線を送るも肩をすくめるだけだ。直接訊いてくれってことみたいね。

 跳ねっ返りはキキョウ会の見習いで慣れてるから、どうということはない。いちいち腹を立てるのも馬鹿らしい。

 睨むように目を細めてから、話だけは聞いてやるかと口を開く。


「……どうすまないのか教えて欲しいわね。それで、お前は?」

「わたしはアイストーイ男爵の娘。平民が手を出せば、家が黙っていないわよ!」


 貴族の娘、それも不良娘か。アイストーイ男爵なんて聞いた記憶はないけど、そもそも実在するのかどうか。

 もし本当だとすると、なんの根回しも備えもしてない状態で手を下せば後々の面倒に繋がる危険性はある。最悪は有力貴族の縁戚に当たる家だったりすれば厄介だ。


「ヴィオランテ、ジョセフィンにも声を繋げて」


 情報局のボスはまだ覗き見を続けてるらしい。雑魚どもに姿を晒す気はないようね。別にいいけど。

 魔法で会話可能な状態にしてもらうと、さっそく不要娘の言い分を伝えて貴族の情報を訊いてみた。


「……ああ、そういうことですか。これで繋がりました」

「どういうこと?」

「アイストーイ男爵はマクダリアン一家と繋がりのあった貴族です。例の密売をやっていた商会に金を貸していたのもアイストーイ男爵でしたからね。そこの生意気な子が男爵の娘とまでは知りませんけど、あながち嘘とも言い切れないですね」


 続くジョセフィンの話によれば、男爵の娘であれば密売所のことを知っててもおかしくないということだ。スポンサーの娘なら秘密のはずの密売所を知ってるのもたしかに頷ける。ろくなコネもない愚連隊如きが知り得ない情報を知ってるのは、この貴族の娘から得た情報だったわけだ。状況からして貴族の娘というのも嘘ではないだろう。


 家の力を利用した情報収集が可能であれば、クラッド一家の三次団体くらいなら、一定の動向は掴めるのかもしれない。男爵の娘は何らかの手段か切っ掛けかでそれを知り、情報を流したわけだ。ブラッディ・スカルにとって、重要な情報源になってたってことね。


 ただ、男爵自身や家そのものが関わってる可能性はないと考えて良いらしい。

 エクセンブラで裏社会に手を突っ込むことは、自動的にキキョウ会やクラッド一家、アナスタシア・ユニオンを敵に回すことでもある。男爵程度の財力や権力でそれをやるにはリスクが高すぎるどころか、勝ち目がゼロだ。やるはずがない。世間知らずの不良娘が勝手にやってるだけの悪さと考えるのが妥当なところだ。


 それでもだ。元凶は不良娘だけど、迫力に乏しい貴族の若い娘程度が、愚連隊を仕切れるはずもない。愚連隊の頭は別にいる。

 クラッド一家に差し出す際に頭はこいつだと言っておく必要はあるし、どいつがそれかと思って眺めてると、怒りをぶちまける奴がいた。


「アイストーイの小娘の口車に乗って遊んでみりゃ、このザマだ! 俺らは悪くねえ、全部、そこのクソ女のせいだ!」


 泡を飛ばして食って掛かるのは、如何にもワルといった凶悪な面をした青年だ。不健康な顔色や怪しい目つきからして、こいつもラリってるみたいね。一応のコミュニケーションは取れるみたいだけど。


「ちょっと、わたしのせいにするつもりっ!?」

「俺らはお前の言うとおりにやっただけだろうが! もういい、てめえは用済みだっ」

「なんですって、このジャンキー! あれだけ手を出すなって言ったのに、そっちこそその様はなに!? なにがブラッディ・スカルよっ、わたしがいなければ群れることしかできないくせに偉そうに!」


 仲間割れか。醜い争いなんて聞いてられない。とはいえ、争う様子を少し聞けば、誰が中心人物なのかは自ずと知れる。

 クラッド一家に引き渡す方針は変えないけど、貴族の娘だけは別ね。利用できるかもしれない。そうするとクラッド一家に引き渡さなかった理由を用意しとかないといけないかな。いや、迷惑を掛けられたのはウチも同じなんだし、そこまでは別にいいか。


「ジョセフィン、もうちょっと教えて」


 口々に悪態をつきながら仲間割れをエスカレートさせる奴らを放置して、ジョセフィンから男爵について話を聞いた。

 アイストーイ男爵はマクダリアン一家と繋がりがあったとはいっても、それはもちろん過去のこと。それに商売上の繋がりがあっただけで、特別に親密だったとは言い難いらしい。


 それというのも、どうやら金のことで何度も揉めてたらしい。そうなると、恩を売れば普通にウチの味方に引き込めるかもしれない。爵位の低い男爵とはいえ、味方は多ければ多いほどいいし役に立つ場面だってあるだろう。

 よし、この娘をエサに近づいてみるのがウチの利益になると判断する。


「決めたわ。いい、みんな――」


 ヴィオランテに貴族の娘だけを確保させ、あとはこの場に放置すると伝えた。

 ジョセフィンの部下にはクラッド一家の三次団体に行ってもらって、ちょっとした事件の片づけをしてたら、お宅のブツを奪った連中を見つけたとかなんとか適当に伝えて貰って、この場に直接こさせる。後始末はそっちに任せるってね。そうすればウチがわざわざ、何十人もの愚連隊を移送する手間が省ける。この場にある麻薬を見せれば、特に疑われる心配もないだろう。


 そのほか、ウチとクラッド一家との間で揉め事や変な火種にならないよう、バルジャー・クラッドにも根回しして良きに計らってもらう。この辺の交渉も情報局に任せておけば間違いない。


 それにしても、凄惨を極める黄色い服の連中の死体を見て、クラッド一家の連中はどう思うだろうか。

 自分たちをコケにした連中が残す派手な遊びの痕跡だ。あいつらは犯人を見つけたら容赦するつもりはなかっただろうけど、本職らしくアマチュアに負けるわけにはいかないと、とことんまで苦しめてから地獄送りにするだろう。自業自得とはいえ少々気の毒だ。

 ま、知ったこっちゃないけど。なんたって、キキョウ会とクラッド一家を敵に回したんだからね。


 この一件は見せしめとして、クラッド一家が広めると思う。新興勢力の無残な末路は、粋がる奴らに痛烈な冷や水を浴びせるに違いない。



 ワイヤーで縛り付けた愚連隊を放置、黄色い服の連中にはおっかない奴らがこれからくるぞと脅し、私たちは撤収だ。

 時間帯としてはまだ夕食後くらいか。誰かの家を訪ねるのに遅すぎるということはない。

 貴族の娘をウチに一泊させるのも微妙なことから、そのままジョセフィンの案内でアイストーイ男爵家に向かう事にした。同行者はジョセフィンとジークルーネだけで、第二戦闘団とほかの情報局員は本部に帰らせた。


「アイストーイ男爵ってのはどいう感じか知ってる?」


 移動の道すがら、車両の中でなんとなく訊いてみる。


「エクセンブラにいる貴族は全部調べてますからね、又聞きも含めた資料ベースであれば一応は。でも交流のない貴族で有力者でもないところについては、それほど深くは知らないのが実情ですよ。アイストーイ男爵は、まさにこれまで交流がなかったんで、情報局員は誰も会ったことはないんですよね。知ってる限りだとたしか、エクセンブラの南東に領地を持っていたと記憶してます。それと男爵自身の評判は良かったはずです。ほかの貴族や商会も含めて、話の通じる貴族という印象でしたが……」


 思い返しながらといった様子でジョセフィン答えてくれた。

 へえ、領地貴族か。領地持ちは大抵、王都と自領地近くの主要な町に別宅を構えるケースが多いから、エクセンブラに関わってること自体は不思議でも何でもない。ただ評判についてはちょっとね。


「この不良娘を見てしまえば、その良い評判も眉唾になるな」


 呆れるジークルーネの言葉には、車両の後部座席で憮然とする不良娘だ。でもブラッディ・スカルの所業を考えれば、悪い遊び程度じゃ済まないものがある。私たちはそれを叱ったり追及したりなんてことは別にしないけど。


 とにかく世間知らずの娘はキキョウ会の名前を知ってはいても、その実力やコネクションの広さまでは全然知らなかったらしい。

 貴族と聞いてもまったく怯まないし、愚連隊を軽くのした暴力の気配には、捕まった身の上もあって生意気な娘も黙り込んでる。口は禍の元だということくらいは多少なりとも理解できてるようだ。


「会ってみればはっきりするわ。最悪は『こんな娘なんか知らん』とか言われるかも知れないけどね」

「その時はどうします?」

「面倒だと思うけど、また情報局に手間をかけてもらうことになるかな。もし敵対するようなら、コネを使えばどうにかできるわよね?」


 対貴族工作は全面的に情報局主導でやってもらってる。これまでの積み重ねが生きる場面だ。


「アイストーイ男爵は有力派閥に属してもいないですから、余裕ですね。抱えているネタを使って別の貴族をけしかければ、男爵家どころか派閥ごと消滅させることも可能だと思いますよ」

「貴族は貴族同士でやってもらうのがいいからね。いざとなったらそれを実行するか、その未来を教えて脅すか、どうとでもできそうね」


 さすがの仕事ぶりだ。投入した予算と人員に見合った以上の成果があるらしい。


「ロスメルタ様と昵懇じっこんのユカリ殿であれば、オーヴェルスタ公爵家も動かせるのではないか?」

「うーん、さすがにそれは大袈裟よ」


 こうして冗談ぽく不良娘を脅しておく。パパに泣きつけばどうにかなると思ってるなら、それは大間違いだってね。

 女の子といえど、ウチに喧嘩を売った奴らの黒幕と考えてもいい奴なんだ。例えその自覚がなかったとしてもね。脅しくらいは甘んじ受けてもらう。この後で具体的にどうするかは、男爵の態度次第かな。まだ特には思いつかないけど。


 途中、行政区から貴族街に入る時に検問があったけど、キキョウ紋と貴族の娘を保護したので送り届けると言えば、それ以上の追及はなかった。本来なら面倒な手続きなんかが色々とありそうなもんだけど、ウチと関わる面倒を避けたように思える。これも今までの実績のなせる業と思っておこう。


「そろそろだ。あそこでいいのだろう?」

「ですね。行政区の守備隊から先触れが出て行きましたから、わたしたちの訪問は分かってるはずですよ」


 まずは丁重なお話合いと行こうか。

 話の通じる相手なら協力関係を結べるし、そうじゃなければ迷惑料を徴収して帰ろう。その場合には、さらに相応の報いを受けさせるけど。子供が取れない責任は、親に圧し掛かるのが世の常だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 騎士を辞めてもジークルーネは騎士っぽくて良いですね! 文字通り心身共に清廉潔白!天然の潔癖娘! トップのユカリが野ばn…野放z…自分勝tt…じ、自由闊達なので 鬼の副長が会を律する土方さん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ