第二戦闘団クオリティ
愚連隊ブラッディ・スカルとそれを襲撃したどこぞの集団の対決は、どうやら一方的な結果に終わったらしい。
累々と転がる人の共通点は黄色いシャツを着てることだ。
その黄色の服を黒っぽく染めて倒れてる。これは間違いなく、ブラッディ・スカルに攻め込んだ側だ。黄色の服で統一された集団がブラッディ・スカルなら、そんな分かりやすい特徴は情報局から報告があったはず。
倒れてるほとんどが黄色の奴らなことから、随分と一方的な展開で戦闘が終わったんだと理解できる。
魔力感知で探ってみれば、倒れてる半分近くはすでに死んでる。それ以外も半死半生といった有り様だ。パッと見た感じだと、ファッションのせいもあるかもしれないけど、ブラッディ・スカル同様に若者の集団のように思われる。
スラムっぽい場所とはいえ、三十人前後の死者を出すなんて結構な大事件だ。裏社会の組織同士でも、よっぽどの大きな抗争でもないとそこまでの犠牲者が出ることはない。
ちょっと前の五大ファミリーの構図が変わる際には桁違いの死者が出てるけど、まだ多少は物騒とはいえ曲がりなりにも今は平時だ。雑魚同士にどんな因縁があったのか知らないけど、随分と派手にやってくれたもんだ。
死んでるのが三十人前後で、半殺し状態で倒れてるのも同じくらいいる。そんでもって、それ以外の黄色い服の奴らも無事とはいかない。
窓越しに漏れ聞こえるそいつらが発する声は、悲鳴と懇願、泣き声と嗚咽だ。
たった今、絶望に染まる絶叫が響いた。
そいつは椅子に縛り付けられ、今まさに拷問されてる。金属の棒で膝を砕かれたらしい。あれは痛そうだ。
窓越しで距離もあるから、私の地獄耳をもってしても何を話してるのかは分からない。
ただ、なんとなくだけど、情報を得ようとして拷問をやってるようには思えない。いじめて遊んでる、そんな雰囲気だ。
別の所だと、横倒しになった男に火が付けられた。ぐるぐる巻きに縛られた男はもがく事しかできず、哀れにも命を散らしていく。
火を見てはしゃぐガキどもの醜悪な姿は、地獄の小鬼を連想させる。灼熱地獄で人を嬲って遊んでるかのよう。冷静に観察するのもそろそろ耐えがたくなってきた。
また別の所だと女が五人ばかり嬲られてる。これも全員が黄色の服なことから、負けた側の仲間なんだろう。
それぞれが複数人の男たちによって犯され、時折なにが気に食わないのか顔や腹を殴りつけられてる。
ほかにも遊びのような感じでひたすら殴られたり蹴られたりしてる奴らもいる。死ぬまでやるつもりだろうか。
暴力とは別に壁に向かって喚き散らしてる奴がいれば、部屋の中を走り回ってる変なのもいる。バイオレンスにプラスして、カオスでもあるわね。
うーむ。変わった行動をしてる奴らはたぶん、ドラッグの影響によるものだろう。それは置いておくとして、雑魚同士の争いには退屈でも少しは楽しいものを期待してた。だけどこれは方向性が違い過ぎる。
よっぽどの恨みがあるとか、なにをしてでも欲しい情報があるとかじゃないと、あれほどの暴力行為に意味はない。私が見る限り、その意味のない行為をしてるようにしか思えない。
はっきり言って、盗賊と同等かそれ以上に酷い。少なくとも若者同士の喧嘩でやる領域はぶっちぎってる。これもドラッグの影響が大きいのかもしれないけど、それにしても限度ってものはある。
残虐行為は私たちだって必要に応じてやることはあるけど、娯楽でやったりはしない。まともな神経してたら、こんなことをして楽しいとは思わない。異常だ。舐められたら終わりって考えるのは愚連隊だって同じかもしれないけど、これはちょっとね。
若くて勢いだけは立派な愚連隊、か。ここまでやる連中だからこそ大きくなったのかもしれない。やり過ぎを屁とも思わない集団はある意味で強いだろう。あんなことを平気で仕出かす連中には、なかなか逆らおうとは思わないだろうしね。残虐行為が好きな変態野郎も自然と集まってそうだ。
こんな奴らと長々と敵対するのは精神衛生上好ましくない。もし、下手を打ってウチのメンバーの誰かが拉致でもされたら、こういう目に遭うってことでもあるんだ。
ウチのメンバーが正面からやれば、クソガキ如きに負けたりしない。でもいつでも正面から堂々と、なんてことはあり得ない。
不意打ちや闇討ちをされない保証なんてないし、酔っ払った状態で襲われればどうなるか分からない。仲の良い友人を人質に誘い出されることだってあるかもしれない。
キキョウ会は命懸け、いつも新米に言ってることだけど、恨みなんかなくたって利害関係から酷い目に遭う事だってあるかもしれない。それでも油断してクソガキどもにやられるなんてのは避けたいところだ。そういう意味でも、こんな奴らは見つけ次第、排除してしまいたい気持ちにさせる。
話の通じるクラッド一家やアナスタシア・ユニオンよりも、無茶で無鉄砲な新参者にこそ、より強い警戒が必要なのかもしれないわね。
そうだ。ガキだからって手加減なんかしてる場合じゃない。完膚なきまでに潰すしかない。勢力争いを楽しんだり、喧嘩相手として楽しい相手じゃ決してない。相容れない存在だ。
これ以上は見てられないと思ったのか、メアリーとヴィオランテたち第二戦闘団のメンバーが下に降り、私とジークルーネもそれに続いた。ジョセフィンたち情報局員はそのままだけど、私たちと目を合わせて頷いてる事から、こっちはこっちで好きにしていいってことだろう。
「メアリー、出番よ」
「はい、皆殺しにします」
当然のように言うメアリーは冷え切った表情だ。盗賊には特に厳しい彼女だけど、今回は私と同じようにそれに通ずるものを感じたんだろう。
「メアリー団長、待ってください。皆殺しはちょっとマズいかもしれません」
「あんな外道にも情けをかけないといけませんか?」
副団長のヴィオランテがストップをかけるも、氷の表情のメアリーを説得できそうにない。
「わたしもあれらを生かしておく理由はないと思うが、ヴィオランテがマズいと考える理由はなんだ?」
「心情としては同じですが、彼らはまだ若いです。実情がどうであっても、皆殺しはキキョウ会のイメージに良くないかと思います。あんな者たちのためにキキョウ会が損害を被るのが納得できません」
なるほど、そういう考え方もあるか。
さすがに黄色の服の奴らもまとめて全部消すまでのことはしたくない。そうなれば、ここであったことを無かったことにはできないんだ。
たしかに奴らは若い。更生の余地のある若者を多数も殺したとあっては、キキョウ会に敵対的なメディアを抑えこむのも難しい。広報局の根回しがあっても、全部を掌握できてるわけじゃないから、その辺は避けようがない。
一応は私たちもかなり若い人の多い組織だし、指摘したヴィオランテもあのガキどもとそう変わらない年頃とは思うんだけどね。ただ、キキョウ会は実力と実績が飛び抜けてるから、ほかの奴らと同じ土俵で考えるのは間違ってる。
「……ではどうしましょう。半殺しで見逃しますか?」
キキョウ会の利益の問題になってくると、メアリーも強引に言い張れない。自分の感情よりも組織を優先するのは幹部として当然ではあるけど、こうして直に聞くと好ましいものがある。
「半殺しか……ああ、そうだ」
ジークルーネがいいこと思い付いたとでも言うように案を披露する。
「痛めつけた後で、例のクラッド一家の三次団体に引き渡すのはどうだろう。ブツを奪われたらしいのだから、差し出せば喜んで後始末をしてくれるのではないか?」
そういうことか。それなら一石二鳥だ。
「うん、それがいいわね。私たちにとっては厄介者の処分ができるし、その三次団体にとっては自分たちの手でケジメが付けられる。少しは恩も売れるだろうし、問題ないと思うわ。奪った薬はあいつら自身で大半は使ってるっぽいってのも好材料ね。変に横取りを疑われることもないだろうし。それじゃさっさと終わらせよう。どうせやるなら私は生き証人を増やしたいから、寝てる奴らを中級回復薬で癒して起こすわ。メアリーたちは適当に、奴らをぶっ倒して」
念のために後から下らない言い掛かりを付けられないよう、クラッド一家の本家にも根回しはさせておこう。
「では半殺しにします。少しばかり手加減を間違えることはあると思いますが……」
「事故は付き物よ。だけどリーダー格だけは確実に生かしときなさい。そいつだけは土産に必要だからね。ヴィオランテにはそいつの特定と確保を優先してもらったほうがいいかな。ああ、ジョセフィンに聞いたら分かるかもね」
抜かりのない情報局長のことだ。ただ漫然とバイオレンスな場面を見てただけじゃないはずだ。
「聞いてみます。確保できてしまえば、あとはメアリー団長とメンバーに任せておけばいいと思いますので。ジークルーネさんはどうされますか?」
「ユカリ殿を手伝うつもりだ。お前たちはキキョウ会の恐ろしさを生き証人どもに、まざまざと見せつけてやってくれ」
ヴィオランテが風の伝達魔法でジョセフィンに確認すると、どうやらリーダー格は私たちが見た三階じゃなく、一つ上の階にいるらしい。確保すべきターゲットの場所があらかじめ分かってるのはありがたい。
続けてヴィオランテが戦闘団員に方針を伝えると、彼女たちは建物を包囲する班と突入する班とに別れた。突入班も三階と四階の班とに分かれる。
窓から見た感じだと、バイオレンス空間にいたブラッディ・スカルの奴らは四十人から五十人程度だった。魔力感知によれば、上の階に残りの奴らがいるのは分かってる。
第二戦闘団は十人程度が外で周辺も含めた見張りを行い、三階と四階には五人ずつで突入する。三階へ突入する班長はメアリー、四階にはヴィオランテが班長として向かうことになった。私とジークルーネは三階で見物だ。
メアリーには悪いけど、先に突入するのは私とジークルーネだ。
雑居ビルに入ると普通に歩いて三階に行く。鍵が閉まってるわけでもない扉を開くと、自分の部屋であるのかように堂々に中に入った。
中の様子は外から覗き見た時と変わってない。遊んでる奴らが多数に、倒れてる奴らも多数。最初に決めたように、私の目標は倒れてる奴らだ。
集まる注目を完全に無視して、手近な黄色シャツに中級回復薬をぶっかけ、ついでに気付け薬も使う。このコンボで怪我を中途半端に治し、強制的に目を覚まさせる。これで生き証人の出来上がりだ。
私に続いて平然と侵入したジークルーネも同じようにして黄色シャツの目を覚まさせる。
少し面倒には思うけど、こんな奴ら如きに切り札の一つである霧の魔法は見せたくない。
唖然として私たちを見る奴らには笑いそうになってしまう。
ワルで鳴らず自分たちのアジトに堂々と乗り込んできた女には、それは驚きもするだろう。
しかも私たちはスラムにいる女たちとは出で立ちが違う。強者が放つ存在感も高級装備も場違いにハイクラスだ。
無造作に高価なはずの回復薬をばら撒いてるのも意味不明だろう。
ジークルーネは薬ビンから丁寧に無駄なく薬を使ってるけど、私はビンを手には持ってるけどその場で生成して適当にジャバジャバと振りまいてるから、どんどんと回復させていく。
愚連隊の馬鹿共が気を取り直すころには、半分近くの倒れてる奴を回復できてしまった。
「おい、て、てめえら――」
「メアリー! そろそろいいわよ」
よりにもよって、ウチのシマで麻薬を捌いた事実は決して許さない。ほかへの示しという意味でも、分かりやすいメッセージを出すことが必要だ。
ドアの外で待機してたメアリーたちが雪崩れ込むと、いきなり流血沙汰になった。問答無用だ。
班員四人が左右に分かれると、それぞれの得物で重傷を負わせていく。無駄のない攻めは例外なく一撃で腕や脚を叩き折り、二撃、三撃と一瞬の早業で追撃まで食わらせる。やられた側は何が起こったのか理解できないうちに、突如として湧き上がる激痛に絶叫を上げた。
団員が一人にかける時間は三秒もない。ただ淡々と、敵を相手にするなどといった上等なものじゃなく、邪魔な若木を圧し折る作業をしてるようにしか見えない。
中央を進むメアリーはもう少し過激だ。
私やヴァレリアに教えを受けた体術を得意とするメアリーは、優しい動きで外道どもの手や腕を掴んだと思ったら、そのまま捻じって折り曲げる。一連の動作は流麗といっていいほど滑らかだ。
ブラッディ・メアリーの異名を持つ女はそこで終わらない。
彼女が触れた場所からは血が吹き上がる。
水魔法を使うメアリーの得意技で、砂粒を混ぜたウォータージェットの要領で相手を切り裂いてるんだ。ちょっと見ただけじゃ、魔法を使ってるとは思えないほど最小限で効率の高い魔法行使。見事だ。
骨折を負わせると同時に切り傷でもダメージを与える恐るべき技。凄まじい水圧で血が吹き散らされることもあって、彼女の戦場には血の雨が必ず降る。
本気でやった場合には、それこそ重要な動脈が瞬時に何か所も切り刻まれることになる。
外道どもが上げる絶叫に何の興味も示さずに次を求める姿の怖ろしいこと。
メアリーを団長に頂く第二戦闘団は、ストイックな武闘派集団として、これからますます名を上げて行くことだろう。
生き証人どもよ、見るがいい。これがキキョウ会の戦いだ。
外道に与える慈悲は最低限、私たちのメリットとデメリットを考慮した結果でしか与えられない。
売られた喧嘩は必ず買い、地獄の底まで追いかけ回してでも責任を取らせる。
何十人から百人程度の半端者なんて敵にもならない。いくらなんでも少なすぎる。千人だって大した違いにはならない。
雑魚が何匹集まろうが無駄だ。
大海原で腹を空かせたクジラが、これから飲み込むイワシの群れの数を気にするか?
少なくとも細かい数を気にするなんてことは絶対にない。
かなり多いか少なめかくらいの判別はするかもしれないけど、精々その程度の扱いだろう。
それに結果は何も変わらない。
多かろうが少なかろうが、ただ食って、終わりだ。
「ユカリさん、もう片付いてしまいました」
儚げに微笑むメアリーが纏う月白の外套は、いつものように赤く染まってる。
なんで墨色の外套を着ないのかなと思うけど、きっとそれも含めて楽しいからだろう。
だったら、しょうがない。