思うとおりにはいかない展開
我がキキョウ会の与り知らない密売が発覚した翌日、仕事の早い情報局はさっそく詳しい調査結果を見せてくれた。
それによるとウチに隠れてコソコソと動き回っている愚連隊はブラッディ・スカルと名乗る若者の集団らしい。いかにもイケイケな若者が好みそうなネーミングだ。
そいつらは新天地を求めてエクセンブラにきたものの、上手く行かずに流れ流れて混沌とした場所に行きつき、自然と集まって愚連隊を結成したってのが大半の事情らしい。
一般社会でやっていけなかった落ちぶれた奴らの集まりってわけだ。ただ、裏社会ではやっていける才能でもあったのか、一定以上の勢力の拡大には求心力のあるリーダーや頭の回るブレーンの存在もあると考えるべきだろう。
落後者の事情や境遇なんかどうでもいいけど、ようは成長著しいエクセンブラでひと旗揚げやろうとしたはいいけど、結局は夢破れてスラムのような場所に行き着き、そこで出会った同じような境遇の若者同士で徒党を組んだと。こういうことだ。別に大した事情でも珍しいことでもない。むしろ、ありふれてて退屈な話だ。
私たちがどうでもいい奴らのどうでもいい事情を斟酌しやることはない。重要なのは売られた喧嘩を早く処理することだ。
潜伏場所は旧マクダリアン一家のシマでも僻地のほうで、私たちの目が届きにくい所にある。
情報局の見解だと、ウチの目を逃れるためにわざと遠い場所を選んだのだろうとのことだ。小賢しいけど有効な選択で、イケイケな若者集団の割には慎重だと思える。近場なら即座に存在を把握して、サクッと行ってプチっと潰してるはずだからね。
人数としては、詳しく調べてみると百人以上にもなり、未支配領域で頭角を現す存在になりつつあったんだとか。同じような境遇の若者が集まる傾向にあるだろうから、放っておけばもっともっと勢力を拡大していきそうだ。
意外なことに男だけじゃなく、女も結構いるみたいなんだけど、これは単に男と良い仲の女が一緒にいるだけの構図らしい。人数は百を超えても、純粋な戦力で考えるともっと少ないと思われる。
まあ見込みのある女なら愚連隊なんかじゃなく、キキョウ会の門を叩くだろうしね。そんなもんだ。
実質的な戦力はいいところでも七十人程度で、資金だって潤沢とはいかない。
調べによると麻薬の強奪を始めとして、いくつもの強盗事件を起こしてはいるみたいだけど、大口の取引先がなければ一気に巨額を手にするのは無理だ。そんでもってそういった取引先を奴らは確保できてないから、少量ずつでの密売をしてるにすぎない。
しょぼい懐事情から揃えられる道具の類は普通の剣や槍、防具をひと揃いで精一杯だろう。高価な戦闘用の魔道具なんかは持ってないと思われる。あったとしても盗んだ物がいくつか程度だ。同じく移動用の魔道具も盗んだ古い型の車両を五、六台所持するだけ。集団としての行動範囲は広くない。
戦力も装備もウチからしてみれば、まったく相手にならない雑魚だ。それでも無鉄砲で勢いがあるってのは、それ自体が強力な武器だと私は認める。
死ぬことや怪我をすることを恐れない気概は、極めて強い気迫となって相手を飲み込む。そうなれば多少の実力差や装備の差なんて余裕で覆す。
精神力の強さは実戦において非常に重要だ。どんなに身体を鍛えてる奴でも、本番で縮こまって動けないんじゃ意味がない。冗談でもなんでもなく、ビビったら負けなんだ。
身体を鍛えることは自信に繋がり精神的な強さにも繋がっていくけど、悲惨な境遇を生き延びてる奴のほうがナチュラルに精神力の強さやハングリー精神には優れてるかもしれない。また、そうじゃなければ生き延びられない現実も付き纏う。頭角を現す若者集団なら、そういうのが揃ってると考えるのが妥当か。
喧嘩を売る相手を完全に間違えてるけど、客観的にはそこそこの奴らと評価していいだろう。
細かいことはさておき、ブラッディ・スカルなる愚連隊は若さと勢いと無鉄砲さ、そしてそこそこ優秀なトップのお陰で勢力を拡大したと考えられる。
情報局が収集して分析した結果と私の所感は以上だ。
さて、ここまで分かればもう十分。これ以上の時間を使う必要はない。
手間を省くならクラッド一家にリークするのがいいかもしれないけど、ウチも喧嘩を売られた側だ。それに旧マクダリアン一家のシマはキキョウ会のシマだと周知する上でも私たちでケリを付ける。
まだ手が及んでない場所であっても、キキョウ会をコケにするならいつでも相手になるってのが、今回の件で十分に知れ渡ることになるだろう。
誰に喧嘩売ったか、ブラッディ・スカルの連中のみならず、それ以外の奴らにも思い知らせてやる。
「メアリー、今回の指揮は任せるわ。私とジークルーネも付き添うけど、ただの見物人だと思っといて」
密売をとっちめた時のメンバーで行く。
私とジークルーネは未支配領域の視察を兼ねた付き添いで、愚連隊潰しはメアリーの第二戦闘団にやってもらう。
「いいのですか? ユカリさんとジークルーネさんの獲物かと思っていましたが……」
「なんたって、相手はブラッディ・スカルとか名乗ってる連中よ? そりゃ、ブラッディ・メアリーの出番ってもんよ」
我がキキョウ会の幹部は多くが一騎当千の強者だけど、二つ名を持ってるのは意外と少ない。メアリーはその少ないメンバーのなかでも、最初に二つ名を持った人物でもある。
ブラッディ・メアリーの名が伊達じゃないってのを、この機会に知らしめるのもいい。
「恥ずかしがることはない、メアリー。わたしたちはキキョウ紋の看板で飯を食っているのだ。そこに二つ名の看板が加わるのは、商売をする上で非常に有効だ」
気恥しい気持ちは分かるけど、一応は名誉なことだ。その名前を出すだけで相手がビビるなら、何もせずとも有利に立てる。
実は私や副長にも二つ名っぽいのはあるんだけど、メアリーのように代表的な名前に定まってないから、現状で誰もが認知するようなものはない。それに私を象徴するようなカッコ良いネーミングじゃないと、こっちも認めるつもりはない。
「はあ……では、第二戦闘団でやってしまいます。ヴィオランテ、行きましょう」
「はい、車両の手配はシェルビーさんにお願いしておきますね」
メアリーは待機中の団員に出撃準備をさせるため、副団長のヴィオランテと事務所を出て行った。戦闘支援団長のシェルビーにも話は通してあるから、滞りなく準備は進むだろう。
「あー、ちょっといいですか」
二人が出て行ったと思ったら、入れ替わるようにジョセフィンがやってきた。
「どうした、問題か?」
「ブラッディ・スカルのアジトなんですけど、これから襲撃されそうです」
ん? と思って副長と見合ってしまう。これから襲撃を掛けるのはウチのはずだけど、その言い方だとまた別の誰かってことになるのか。
「誰がやろうとしている?」
クラッド一家が情報を掴んだとしても、ウチとは相互不可侵協定があるんだから、行動するにしても事前に一言あるはずだ。構成員の先走りの線は捨てきれないけど、ジョセフィンの雰囲気からしてたぶん違う。
「ちょっと具体的には不明なんですが、あそこら辺に根付いた別の新しい組織かと思います。たぶん、ブラッディ・スカルと敵対している連中じゃないかと」
「タイミング悪いわね。こっちが襲撃しようとした矢先に、別の組織がおっぱじめるなんて」
「どうする、ユカリ殿。メアリーたちは準備を進めてしまっているが」
「うーん、そうね。まあウチが遠慮する必要なんてないし、まとめてぶっ潰すってのもありかな。ジョセフィン、そいつらの人数はどんなもん?」
「ざっと七十から八十人くらいと報告がありました。追加がなければですが」
追加は別にして、ブラッディ・スカルの人数と同じくらいか。ガチンコ勝負でどっちが勝つか、様子見をするのもありね。
「とりあえず現地に行ってみようか。雑魚同士の争いを見物するのも一興よ」
「あ、それっていいかもしれないですね。新興勢力同士の争いがどの程度のレベルで、どこまでやるのか、なかなか興味深いです」
「たしかに、わたしたちは修羅場をくぐり過ぎて、普通の感覚からは遠ざかっている節はある。そういった争いを見るのも参考になるかもな」
「じゃあ、第二戦闘団のメンバーにはアジトの周囲を囲むように待機しててもらおうか。気配を消せるメンバーだけで、こっそり見物させてもらうわよ」
これで方針は改めて定まった。
雑魚同士の争いを見物し、内容を吟味する。どうせ大したもんじゃないとは思うけど、ジョセフィンの参考になればそれでいい。
ブラッディ・スカルが勝つか、襲撃側が勝つかはどうでもいい。どっちにしろ勝った側を私たちで潰し、共倒れにさせる。
重要なのはキキョウ会に喧嘩を売った奴らを破滅させることだ。立ち会う連中が多いほど宣伝になる。
別に皆殺しにしようってんじゃないからね。生き延びて死ぬほど後悔して、二度とふざけた真似ができないようにしてやる。そんでもって、キキョウ会の恐ろしさをよく宣伝してもらいたい。
「出遅れるわけにはいかないな。急ごう」
私とジークルーネは外套を羽織って武器を手に取るだけで準備完了だ。あとはガレージに駐車してある小型装甲車に乗り込むだけ。
ジョセフィンはほかの情報局員も何人か連れて行くと言って準備に走ったから、現地集合の別行動だ。
元の作戦だと第二戦闘団が普通に正面から乗り込んでぶちのめすだけだったけど、方針転嫁があるからそれを伝えないといけない。その意味でも急がないと。
一旦、六番通りの大駐車場に移動すると、メアリーに話して即襲撃の計画は止めさせる。がっかりするメンバーもいるだろうけど、雑魚同士の争いが終われば出番はある。今回はそれで我慢してもらう。
「悪いわね、そういうことで最初は見物するわよ」
「いえ、大丈夫ですよ。骨のある連中とは思っていませんから、手間が省けるというものです。それにわたしも興味がありますから」
さくっと話してあとは移動だ。ちょっと遠いから、最悪はもう終わってましたなんて展開もありそうだけど。
ジョセフィンたちは先に行ってるだろうし、そっちだけでも間に合えばいいんだけどね。
祭りに間に合わないのは残念だから、とにかく急ぐとしよう。
事故を起こすわけにもいかず、なるべく急ぎの安全運転で進み、ようやく到着したのは僻地と称するに相応しい寂れた界隈だ。
すでに日が落ちてるにも関わらず、街灯一つ点灯しない。外を出歩く人はなく、静寂が支配するのみだ。
成長著しいエクセンブラにおいてもスラムは何カ所もあるように、この界隈もそれに近い感じだ。シマの支配者としては、いずれはもう少しマシな区画にしたいと思う。まあ、こういう場所が少しあってもいいとは思うけどね。
資料で見た住所の近くで装甲車を止めると、あとは徒歩で向かう。
温度調節機能付きの外套がなければ酷く蒸し暑い夜で、その熱気は顔面からもろに感じる。それに臭いが酷い。食べ物が腐ったような臭いに便の臭いが混じった、酷く不快な臭いだ。さすがに毒判定にはならないのか、浄化刻印も起動しない。中途半端なのが一番嫌よね。
第二戦闘団メンバーの多くは手筈通りに周囲を固めるために配置につき、メアリーとヴィオランテと少数の手練れのメンバーを加えてアジトに近づく。
「ここら辺よね。戦闘中って感じは、どこからもしないけど」
「連中の潜伏場所はあの雑居ビルで間違いない……見てくれ、ユカリ殿」
ジークルーネが指差す建物の入り口付近が吹っ飛んだような感じなってる。派手に魔法でも使ったかな。
戦闘の痕跡があっても戦闘中じゃないなら決着はついてるはずだ。出遅れたか。
「もう終わってるみたいね。ジョセフィンたちは……あそこか」
気配を絶ってるから、かなり高度な魔力感知でないと捉えられない。
雑居ビルの側面、三階の壁にへばりつくようにして、窓から中を覗き見てる。こうしてはたから見ると、結構情けない姿だ。
なにやら真剣に観察してるみたいなんで邪魔するわけにもいかず、こっそりと近づく。
接近に気付いたジョセフィンと情報局員たちが私たちを招き寄せる仕草を見せるから、仕方なく同じように壁上りで窓に取りついた。壁面は突起物の多い構造だから登るのは容易い。
まずは事情を聴きたかったけど、ジョセフィンは早く窓から覗けと身振りで示す。それと小声で『スモーク』とだけ囁いた。夜でしかも壁面側の窓なのをいいことに、魔法で細工をしてるらしい。堂々と覗いてることから、こっちからは覗けるけど向こうからは見えないようになってるんだろう。さすがは情報局員だ。便利な魔法を持ってる。
しょうがない。たぶん、ろくでもないものが見えるんだろうけど、ここまできたら見ないわけにもいかない。ジークルーネやメアリーたちも同じような気持ちなのか、少し嫌そうな顔をしながらも中を覗き見た。
薄暗く広い部屋だった。イメージとしては学校の教室が六つ分くらいはあるだろうか。
そこで繰り広げられてたのは予想通り、いや、予想を上回るバイオレンスな光景だった。




