出る杭の出現は止められない
密売所で責任者を締め上げようとする私には注目が集まってる。怯える視線だ。
今のエクセンブラじゃあ、キキョウ会の名は広く知れ渡ってる。しかもここはすでにウチのシマなんだ。尾ひれどころか背びれや胸びれまで付いた噂は嫌でも耳に入ってることだろう。
少し前までデカい顔をしてた五大ファミリーの一角を葬り去った気鋭の組織。客観的には国中の女たちへ大きな影響さえ与えた元凶でもある。
そんな私たちが生半可なことをするはずがない、その雰囲気はここまでの短い時間で感じ取れたはずだ。
期待には応えてあげないとね。パフォーマンスを見せるのも仕事のうちだ。
「こ、これには訳が……うっ」
言い訳はあとで聞いてやる。
胸倉を掴んで持ち上げると、壁に向かって軽く放り投げる。痛いだろうけど、大怪我するほどじゃない。
そのまま身をすくめる成金趣味の爺さんに追い打ちだ。年寄りでも健康な奴に遠慮は必要ない。
責任者には責任を取ってもらわなければ。見せしめとして、とりあえずの責任を取れ。
近くにあった樽には盗品らしき剣や槍のような長物が何本も入れられてる。安物だろうそれらを抜き出して、手始めに投擲だ。
最初に投げた槍が責任者の頭上の壁に突き刺さり、次に投げた剣も肩をかすめるようにして壁に突き立つ。
投擲術は鉄球を投げるだけが能じゃない。抜群のコントロールで武器投げも可能にする。
剣や槍が半ば近くまで突き刺さる威力で投げる様は、さぞ迫力があるだろう。無料で見られることに感謝して欲しいくらいだ。
十本ほど投げて武器が尽きると、しんと静まり返った。
張り詰めた緊張。ジークルーネの威圧と私の脅しが作り出した緊迫感だ。
僅かでも手元が狂えば死ぬパフォーマンス。それを一切の躊躇なくやって見せることは、相手の命を何とも思わない非道に思わせるだろう。それが重要だ。新しい支配者が甘い存在だと思われないために、身をもって教えてやらなければ。まあ、私がミスなんかするはずないんだけど、こいつらにそんなことは分からない。
ここですかさずジークルーネが声を張る。
「ここがキキョウ会のシマだと理解している者は手を上げろ!」
有無を言わさぬ命令に、おずおずとした手がいくつも上がる。
「いい度胸だ! それが分かっていて、密売に手を染めていたか。覚悟はできているようだな」
ジークルーネの圧力がさらに増す。
売る側も買う側も同罪だ。キキョウ会の看板に泥を塗るような行為を見逃すことはできない。
本気を伝えるんだ。新しい支配者が甘い相手じゃないってことを。舐めた真似を決して許さない相手だってことを。
押し付ける凄まじい緊張に気を失う人が出た段階で、メアリーたちが部屋に入ってきた。
「ここは!?」
入ってすぐにメアリーたちも状況を把握するべく、部屋を見回してる。
場数を踏んでるメンバーなら、一見しただけでどういう状況か分かるだろう。
報告にない盗品の密売所と思しき部屋で、周囲を威嚇する私とジークルーネの姿だ。これだけで、今まさに現場を押さえたんだってことが理解できるはず。
盗品の売買だけならまだしも、肝心なのは麻薬だ。
「メアリー、あっちの棚」
顎で示した開けっ放しの棚を見て、すぐにメアリーは検めに行く。
麻薬は使う本人は当然として、周囲の人々にまで不幸をもたらす百害あって一利なしの非合法薬物だ。魔法のある世界において、医療を目的とした麻薬も必要ない。精神的な治療を目的とする場合は考えられるけど、この世界においてそこまで考えた処方や服用は私の知る限り存在しない。単純な娯楽目的や悪どい奴らが依存症になるよう仕向けるために使われるのが、ほぼ全てのパターンになるだろう。
そもそもラリった奴なんて、なにを仕出かすか分かったもんじゃないんだ。近くにいるってだけで迷惑になる。
私たちのシマで知り合いがもし被害に遭ったら?
それが子供だったり妊婦だったりしたら?
キキョウ会は当然ながら正義の味方じゃないけど、自分のシマの平和が大事だ。安定したシノギを得るためにも、余計な手出しは決して許さない。それこそ、平和のためなら戦争だってする覚悟だ。矛盾してるようだけどね。
それにどこが供給源なのか知らないけど、レギサーモ・カルテルのような組織の関与さえ疑わないといけない面倒事でもある。キキョウ会の関与しない密売で敵対者に金が流れることも許容できない。
ウチのシマでウチに隠れて何かをするってことは、それはもう自動的に敵だ。すでに具体性を持って敵対してる奴らがいるってことになるんだ。そいつらを炙り出して捻り潰してやる。
「……それじゃ、そろそろ言い訳を聞かせてもらおうか」
壁に突き立つ武器に囲まれたまま縮こまる責任者を引っ張り出すと、尋問の開始だ。
「盗品の売買と麻薬の密売で間違いないわね。いつから?」
反論も嘘も沈黙も許さない。責任者の爺さんは抵抗を諦めたのか、する気がなかったのか、質問に答えるらしい。
「と、盗品の売買は、もう、十年以上前からになります。で、ですが麻薬はつい最近からです」
嘘を言ってる感じはしない。密売所の感じからして昨日今日から始めた感じはなかったけど、重要なのは黙ってたことと麻薬のことだ。
私は腕を組んで黙ったまま続きを話せと促した。
聞いてみると密売所はマクダリアン一家の時代からやってる商売で、上前はねる連中がいなくなったのをいいことに隠れて続けてたらしい。どうでもいい言い訳だったけど、商会の借金のこともあって、しばらくは黙ったままにしておきたかったんだとか。
ところがだ。どこでどう聞きつけたのか、最近になってエクセンブラで立ち上がった新興組織が密売所の件で脅しをかけてきたらしい。ウチに隠れてやってるのをバラすぞって感じで。
我がキキョウ会が女所帯ながらも武闘派で、五大ファミリーのマクダリアン一家を倒したことは有名な話だ。その後の支配でも随時に実力は見せてるから疑う余地のない話でもある。秘密の商売がバレたらどうなるのかってのも、マクダリアン一家の頃を考えれば不穏な想像をしてしまったことだろう。
新興組織はそこにつけこんで麻薬の密売を持ちかけたらしい。
バラされたくなかったら密売に手を貸せ、と。その代わりにアガリの一部はもらえる契約だ。
借金があるらしい商会側としては、バラされたくないのと金が入るならということで断り切れなかったらしい。ヤバい橋だって分かってただろうに、自業自得だ。
ウチにスジさえ通してれば、脅しなんてかけられることはなかっただろうにね。
ここまで聞いて、まず気になるのはやっぱり脅しをかけた新興組織だ。
それと借金の内容も気になる。どこから、あるいは誰に金を借りてるのか。
責任者にはもっと詳しい聴取と裏どりも必要になる。情報局の出番ね。この場はメアリーたちに任せよう。
一旦、話を打ち切ると次の行動に移るべく、メンバーを集めて方針を告げる。
「私とジークルーネはそこの責任者を連れて本部に戻るから、第二戦闘団は店を閉めてこの場の確保を続けなさい。すぐに情報局のメンバーを寄こすから、その後は任せるか手伝うか相談して決めてくれたらいいわ。メアリーは何人か連れて一緒に本部に戻って」
「分かりました。団員にはこのまま監視を続けさせますね」
「うん。ジークルーネ、行くわよ」
「貴様も行くぞ。呆けていないでさっさと立て」
そう言うとジークルーネが責任者を引っ立てる。
正面から出て装甲車に乗り込み本部に急いだ。
戻るとさっそく情報局に事情を話して、中央通りに人を向かわせた。
尋問も情報局にお任せだ。概要だけ話したら、あとは本職にやってもらうのがいい。尋問のプロもいることから、私が聞き出した以上に洗いざらい吐かせてくれるだろう。
この間に私とジークルーネは出撃の準備を整える。
物事は速度が大事だ。密売所の件は時間を置けば、例の脅しをかけた組織にも知れる。できるなら、身構えられる前に電撃的に倒してしまいたい。正面から戦うことになるならそれはそれで別にいいんだけど、逃げられると面倒だからね。
そうしてると小一時間もかからずに尋問は終わったらしい。
「ユカリさん、大体の経緯が分かりましたよ」
「さすがに早いわね。それで?」
「借金はマクダリアン一家と関りの深い貴族からしてるみたいです。貴族のほうもマクダリアン一家がいなくなったせいか、金回りが悪いようでして借金の返済を急がされて、といった事情みたいですね。額も大したことはありません。二本もいかない程度です」
この場合の二本ってのは、二千万ジストのことだろう。ウチの懐事情からしてみれば、別に大した額じゃない。
「ふーん、その辺はちょっと使えそうね」
「ええ、いい塩梅に処理できそうです。こっちで持っときますね」
ウチのシマへの貴族の関与はできる限り排除したい。貴族への借金返済は一括でウチが面倒を見て手を引かせる。そうすれば店にとって今度の返済相手はウチになる。
どうせ金は返せないだろうから、あの店を丸ごとをウチがぶんどる流れになると思う。ジョセフィンが実行に移すと言ってる以上、権利関係も含めて損のない話になるはずだ。
「店のことは一応、事務局には話は通しといて」
「もちろん、抜かりなく。それで麻薬の密売なんですけど、気になる話があるんですよ」
「気になる話?」
「ちょっと前のことなんですが、クラッド一家の三次団体が麻薬の仕入れ中に襲われたみたいで、大量のブツが奪われたらしいんです」
クラッド一家にとっては痛い事件が起こったみたいね。でも今、その話が出るってことは。
「まさか、その奪われた麻薬がウチのシマで捌かれてるってこと?」
「確証はないですけどね。ただ、情報局で目星をつけてる実行犯が、ウチの例のシマに潜伏してるんで関連はあるんじゃないかと。というか、ほぼ間違いなく黒ですね」
例のシマってのは、旧マクダリアン一家のシマで私たちの手が及んでない場所全般を指す。そこら辺に外からやってきた新参の社会不適合者がいるのは分かってる事実だ。その中のどれかの集団がやらかしたってことになるわね。
「なるほど。その目星をつけてる実行犯ってのは単独じゃないわよね。どんな奴ら?」
「えーと、裏社会の新興組織というよりも、愚連隊みたいな連中ですね。まだ年の若いのが集まって無茶ばかりする集団とでも言いますか。でもかなりの統制がとれてる不思議な連中です」
愚連隊ね。どこぞの組織の後ろ盾もなく、一本でやってる奴らか。根性はありそうだけど、所詮はアマチュアとも思う。私たちのようなのが簡単に現れるとは思わないからね。ただ、そこそこはやる連中とは思ったほうが良さそうだ。
「向こう見ずで無鉄砲な奴らの集まりかと思いきや、意外としたたかな連中ってことか。クラッド一家のブツに手を出すなんて命知らずもいいところだけど、今の割と混乱してる時期なら狙い目ね。まあ綿密な計画の上での犯行ってよりは、単に運が良かっただけと思うけど」
「いやー、それが意外と頭が回る連中かもしれないです。クラッド一家のシマでブツを奪ってウチのシマに潜伏、秘密裏に商会をバイヤーに仕立て上げるなんて、思いついてもなかなか実行は難しいですよ」
ふーむ、言われてみればたしかに。偶然ってよりは、考えた上でやったとするほうが自然か。
「……すぐ潰しに行こうかと思ってたけど、もうちょい調べてみてもらってからのほうが良さそうね」
「それがいいと思います。アジトの場所もまだ大雑把にしか分かってないですから、これから具体的な潜伏場所と戦力を探りますね」
「うん、放置しとくと勢力を伸ばされそうだし、今のうちに確実に叩いときたいわ」
出る杭は徹底的に打ちのめす。
ウチのシマで密売をしてた以上、もう喧嘩を売られたも同然なんだ。売られたら買うのがウチの流儀だからね。喧嘩上等だ。