特注品の注文
特注を受けてもらえる店を求めて三件目。
今度の店は服飾品を扱ってるところで、女物の仕立てもやってるみたいだ。ここなら大丈夫かな。
店の前で荷物の積み下ろしをやってる人を避けて中に入り、まずはざっと見回す。買い物客や商談に訪れたらしき人たちで、かなり混み合ってる。どうやら人気店っぽい。
うーん、どうしたもんか。
店の人と話し込んでる人や順番を待ってると思しき人がいるから、すぐに私が話せる感じはない。
普通の買い物をするつもりはなかったんだけど、声をかけられるタイミングになるまでは店の中を見てようかな。
「しばらく時間潰してようか。ヴァレリアも好きに見てきたら?」
「お姉さまに似合いそうなものを探します」
「私のより自分のを探しなさいよ、もう」
まあいいや。手持ち無沙汰に置いてある商品を順に見て回る。
服飾品の店といっても装飾品より衣類がメインの店みたいだ。それも街で着る普段着よりも、旅人や冒険者向けの丈夫な服を多く取り扱ってる店らしい。
腕のいい職人がいるだけあって、素人目に見て縫製はいい感じに思える。種類や色のバリエーションも、私の趣味に合ってると思えた。服はこの店で見繕うのが良かったかもね。
そこそこの時間、ヴァレリアとなんの気なしに店の中を見てると、ようやく手が空いたのか店員が近寄ってきた。
「何かお探しの物でも?」
陳列されてる商品は大体見終わったところだ。良いタイミングね。
「探し物じゃなくて、仕立てをお願いできないかと思ってね」
「仕立てのご注文でしたか。実は予定が詰まっていまして、お引き受けできても時間がかかってしまうのですが……」
考えるようなポーズを取りつつ、言い淀む店員さんだ。遠回しに断られてるのかもしれない。
せっかく見つけたいい感じの店なんだ、簡単にあきらめてしまうのはもったいない。もう少し食い下がろう。
「人気の職人の店だもんね。そりゃ予定も詰まってるか。できれば店長と話せないかな?」
「聞いてはみますが、なにぶん忙しい店主ですので……」
客から店主に会わせろみたいな事はよく言われるのかもしれない。店主だってアポなしの知らない奴に、いちいち会ってやろうとはしないだろう。普通にしてたんじゃ、進展しない雰囲気だ。ここは物で釣っていく。
「だったらこう、伝えるだけ伝えてくれない? 報酬に珍しい金属糸を用意してるってね。興味ないならほかを当たるわ」
この作戦には一定の効果があったらしい。
金じゃなく物を報酬にしようって客はあんまり多くないのかもしれない。店員さんは興味を示したみたいで、私がチラ見せした金属糸の束をまじまじと観察した。
「これが珍しい金属糸ですか……えっと、少しお待ちくださいね」
人気店で働く店員なら、ある程度の目利きはできるだろう。それでも私が持参したのは超レアものだ。店員さんはこれが何だか分からないっぽい顔をしてたから、ひょっとしたら価値の高いもの、店主に報告すべきものだと思ったのかもしれない。とりあえずは店主にどうするか、聞きに行ってくれたみたいだ。
なんとか店主か職人が興味を持ってくれるといいんだけどね。この金属糸なら報酬として破格なのは間違いないんだし。
まあ駄目ならまたほかを当たればいいや。ちゃんとした物ができるなら、別に六番通りの店じゃなくても構わない。
大した時間を待たずに、さっきの店員さんが奥から戻ってきた。
続けて職人と思しき女も出てきた。服装からして職人だと思うけど、意外と若い見た目で外見だけなら私と同じくらいの年齢かな。頭から伸びる長い耳が特徴の亜人だ。こいつが私に話しかけた。
「あなたが依頼人? 珍しい金属糸って聞いたんでホイホイ出てきちゃったんだけど」
「うん、そうだけど。それよりあんたが職人? 思ったより若いわね」
「そうかな? これでもここの店主だよ。職人も兼ねるけど」
店主だったのか。見た目は若いけど、この世界だと見た目の年齢は当てにならないからね。実は結構、年いってるのかも。
「へえ、そうなんだ。店の商品を見せてもらってたんだけど、どれもいい品ね。そんな職人を見込んで――」
「待って! 先に金属糸を見せてくれない? それによって依頼を受けるかどうか決めるから。悪いけど、これでもかなり忙しくてね。大したことない物だったら断らせてもらうよ」
はっきり、きっぱりとした態度だ。でも、こういうのは嫌いじゃない。話が早いからね。
「それでいいわ。じゃ、これなんだけど」
麻袋から墨色の金属糸の束を取り出すと、店主の陽気そうな顔が真剣な顔つきに変わった。
手渡すと慎重な手つきで受け取って、じっくり観察を始める。
しばらく観察してからだ。手に持った素材に心当たりがあったのか、ゴクリと一度喉を鳴らした。
「……あのね、まさかとは思うけど。これ、もしかして。カーボニウム魔導鉱の金属糸、だったり?」
さすがは職人だ。見事正解したわね。レアものでもきちんと知ってるらしい。この人になら仕立てを任せたいと思えた。
職人は疑わしそうに問いながらも、期待に満ちた眼差しで私を見つめる。
「当たりよ。報酬としては十分だと思うけどね、どう?」
「やっぱり! それでさ、この一束をもらえるとか? もしそうなら最優先で引き受けるよ!」
思わず後ずさってしまうほど、猛烈な勢いで食いついた。まさかここまでの威力とは。
月白の金属糸はちょっと落ち着いてから出したほうが良さそうね。ほかの客の注目も集めつつあるし、注意しないと。
「ねえ、ここだと話がしにくいから別の部屋とかない? 貴重な品物だし、人目が気になるのよね」
「それもそうだね、付いてきて!」
早く早くと言いながら私の手を取って歩き出す。
なんだか無邪気な子供みたいな人ね。ここまで無言のヴァレリアと大人しく職人に付いていった。
「それでさ、さっきの束をもらえるって事で、本当にいいの!?」
どれだけ欲しいんだよ、もう。
応接室じゃなく、私室っぽい部屋に通されるやいなやこれだ。
「依頼を受けてくれるならね。最優先とか言ってたけど、ホントに大丈夫なの?」
「いいのいいの。ほかの仕事は弟子が頑張ってくれるからさ。私はお客さんの仕事に専念するよ! それで依頼内容は?」
そんな適当な感じでいいのかと思うけど、話が早くてこっちとしては助かる。
「外套を作って欲しいのよ。とりあえず私とこの子の分ね」
「外套? カーボニウムの金属糸を報酬にって事は……まさか、まさか!?」
大袈裟に驚くウサ耳店主。リアクションの大きい奴だ。
「まさかでもなんでもないわ。この墨色の金属糸で外套を作って欲しいのよ。そんなもの特注でなきゃ普通は売ってないし、持ち込みじゃないと仕立てられないでしょ?」
「あるわけないよ! でもでも、かなりの量が必要になるけど……ま、まさかその麻袋のなか全部がそうとか言わないよね?」
ぷるぷると震える手で袋を指差した。こいつのキャラクターにちょっと慣れてきた気がする。
「全部じゃないわ、でも半分はカーボニウムよ」
「半分も!? 十分すぎるよ! それだけあれば外套を二着どころの話じゃないよ」
実はもう半分は、さらにレアな金属糸なんだけどね。そっちはこの話が済んでからにしよう。
「最優先で二着を作ってもらえるなら、報酬も二束にするわ。受けてくれる?」
これまでの感じなら一束でも受けてくれそうだけど、ケチる必要はない。気分よく仕事を引き受けてもらうことが重要だ。
「ホントに!? そりゃあ、もちろん受けるよ! でもでも報酬は先にもらうよ!? あとからやっぱりなしとかダメだからね!?」
「きちんと仕事してくれるなら、そんなことは言わないわ」
「よしっ! じゃあ決まりね! 具体的にはどんなのにする?」
即断即決。気持ちのいい人だ。
報酬は先払いでもう決まったから、あとはデザインと納期について。
納期は張り切ってくれてるから水を差さないようにお任せでも良さそうだ。最優先でやってくれるって話だし、急かすまでもなく早く完成するだろう。
デザインも特にこだわりがあるわけじゃない。私の分はシンプルなロングコート、ヴァレリアも特に希望はなさそうだったから私の趣味でフード付きのダッフルコートっぽいものを注文した。
唯一、背中にキキョウ紋がうっすらと浮かぶようなデザインだけは共通にして、細かいところはお任せだ。
それからヴァレリアのは墨色じゃなくて、月白の金属糸で作ってもらうつもりだ。
話を詰めれば、店主は張り切って仕事を始めようとする。
すぐに決めるし、すぐに行動する。こういうのは好きなタイプだ。これから先も良い付き合いができる気がする。
「総カーボニウム魔導鉱の外套なんて、職人冥利に尽きる仕事だよ! 一世一代の大仕事にするから期待しててよっ!」
「ふふっ、期待してるわ。あ、この子の分はカーボニウムじゃなくて、別の金属糸で作って欲しいんだけど」
「え、その子のはカーボニウムじゃなくていいの? まだそんなに余ってるのに」
不思議そうな職人を放っておいて、もう一つの麻袋から月白の金属糸を取り出した。
白色にほんのりと青が混ざったような美しい色合いだ。それを見るなり、徐々に鋭さを増す職人の目。カーボニウムの時と同じように渡してやる。
「これよ。この子の分はこの金属糸で作ってちょうだい」
「……凄く、物凄く美しい色合いだね、これ。だけど、これは何? 恥を承知で聞くけど、こんなのは見た事がない」
正直さは美徳だ。カーボニウムもレアだけど、これに比べればメジャーとさえ言ってもいい。このやり取りだけでも、この職人は信用できる。
「これは青輝鉱の金属糸よ」
「せいきこう? 見た事も聞いた事もないね。どんな特徴があるの?」
「カーボニウムと似たような性質があるの。簡単に言えば色違いって感じね」
「色違いだって? 疑うわけじゃないんだけど、本当に? そんなのは聞いた事がないよ」
「結構なレアものだからね、知らないのも無理はないわ。でも本当よ。強度や柔軟性はカーボニウムと遜色ない貴重品よ」
いまは分からくなくても、実際のところは製品に加工していく段階で理解するだろう。私が嘘を吐く理由だってないんだ。
「こんなものがあるなんて……。ま、こっちはこっちの仕事をするだけか。あのさ、後学のために報酬の一束はこっちをもらってもいい? カーボニウムよりも値が張るのは分かるから無理にとは言わないけど」
「構わないわ。その代わり最高の仕事を頼むわね」
「……言ってみるもんだね。まさか本当にくれるなんて。お客さん、一体何者?」
これまでの能天気さとは打って変わって、若干の恐れを含んだような様子になってしまった。そんなつもりじゃないから、こっちは陽気に行くとしよう。
「普通の客よ。あんたの仕事ぶり次第だけど、できれば長い付き合いになるといいと思ってるわ」
「普通のお客さんね。ははっ、この報酬で普通はないよ。上客さ! じゃあこれから採寸するよ!」
必要な手続きを終えて店を後にする。金属糸入りの麻袋は持って帰るのが面倒だからそのまま預けてしまった。十分な量があるし、ケチらず必要な分を使ってくれと言ってあるから、あの職人なら容赦なく実行するだろう。
納期は一応、二十日ほどとなった。それよりも早くできそうだけど、念のためだそうだ。
完成したら届けてくれるとも言ってたけど、こっちは宿暮らしだし、いつ拠点が完成して移動するか分からない。そんなわけで期日になったら、自分で取りに行くことにした。
「そんじゃまたね。完成を楽しみしてるわ」
燃えた瞳で仕事に戻る職人と別れ、私とヴァレリアは宿に帰ることにした。当初の目的は果たしたし、無駄にうろついてトラブルに巻き込まれるのは避けたい。
心配してたトラブルはなく無事に宿まで帰還。
ロビーの談話室みたいな場所では、ジークルーネとジョセフィンがお茶を飲んでくつろいでる。
「ただいま、早かったわね」
「ついさっき戻ったところだ。茶を入れようか?」
「うん」
フレデリカたちが戻るまで、私ものんびりとお茶でも飲んでよう。
ちなみに外套を特注した話はまだ内緒だ。出来上がりを見て問題ないなら、全員分をまとめて注文するつもりだから、その時に言おうと思ってる。でないと、みんなですぐに行こうってなるからね。
全員分の注文ともなれば失敗はしたくないから、念のため仕事ぶりを見てからにしたい。
しばらくのんびりと雑談してると、そろそろ日が沈む時間に。
お腹も空いてきた。フレデリカたちは随分と遅い。そんな話をしてると、がやがやと騒がしい一団が宿に入ってきた。相変わらず騒がしい連中だ。
「お姉ちゃんだ! ただいま!」
「……ふう、遅くなりました」
元気なサラちゃんを先頭に、みんな揃って帰ったみたいだ。
「お帰り、ちょっと早いけど夕飯にしようか。リフォームの話は食べながら聞かせて」
宿のおばちゃんに注文してから食堂に移動だ。
食べながら今日あったことを聞いてみれば、リフォーム案はかなり難儀したみたいだ。特にフレデリカが。
予想したとおり、全員が適当にあれやこれやと好き勝手に言い始めるせいで、業者の担当者を相当困らせたらしい。商業ギルド理事のコネで紹介してもらったのでなければ、匙を投げられてもしょうがないほど自由奔放だったに違いない。
結局、時間をかけて全員の希望が出尽くした段階で、フレデリカと業者の担当者が頭をひねって成案を練り上げたらしい。
なるべく多くの希望を叶えるべく、でも予算を抑えながら実現可能なレベルに落とし込むのがどれだけ大変だったかと、フレデリカは力説した。
好き勝手言ったメンバーは反省したのか、神妙にフレデリカの話に耳を傾ける。
「――それで結局、いつから住めるようになるの?」
「おそらくですが、早くても十五日程度はかかると言われました。費用は頑張って抑えて値切り交渉もしましたが、四百万ジストは切れませんでした。ユカリ、もしこの費用でダメしたらまた練り直します。あの、わたしもお金を出しますから、できればやり直しは……」
そんな縋るような眼で見ないでよ。私も鬼じゃないんだから。
「ダメなんかじゃないわ。それでいいから進めてもらって。費用も私が持つって言ったんだから気にしなくていいわ。後でフレデリカに渡すから、引き続きお願いね」
「ほっ……そうですか。あとは前金を支払えば、作業を開始していただけます。これで目途は立ちましたね」
さて、本格的に動き回るには、看板掲げた拠点が必須だ。
まだ十五日もかかるなら、それまでどうしようかな。家具類は既製品を買うにしても、拠点が完成してからにしたいし。
「ユカリさん、みんなもちょっといい?」
ジョセフィンが珍しく音頭を取った。
「どうしたの?」
「ジークルーネと昼間にあちこちで話を聞いてきたんですけど、北東の森に魔獣がたくさん出るらしいんですよ。リフォームが終わるまでまだ時間もかかりますし、良かったら狩りに行きませんか?」
「人手不足で魔獣を間引く人員も少ないらしく、気軽に採集にも行けないそうだ。暇つぶしがてらに、魔獣狩りでもやってみないか?」
ジークルーネも言い出すタイミングを待ってたみたいね。
「暇つぶし、鍛錬、魔獣素材の確保、ついでに街のためになってキキョウ会の好感度アップ。良いこと尽くめか、悪くないわね」
「いいんじゃねえか? 暇を持て余すと、あっという間に金が尽きそうだしよ」
「違いねえ。それに外で暴れるほうが、あたしら向きだ」
「わたしたちもご一緒していいでしょうか? 戦いではお役に立ちませんが、森の素材採集はできると思いますので」
ソフィさんたちだけ街に置いてくのも心配だし、採集中は護衛を立てれば心配ないかな。
みんなも特に文句なく、同行するみたいだ。
「決まりね。みんなで明日からは森に行こう。で、北東の森ってのは近いの?」
きっと私のイメージする森とは、どこか違うんだろうな。そういう意味でも楽しみだ。
「車両での移動なら六十分ほどですね。大してかからないかと」
「それならキャンプの必要もないわね。宿は追加で確保しておいて、連日通えばいいかな」
「へっ、雑魚に用はねえ。大物を狩ってやろうぜ!」
「あたしは数で勝負だな。一番のハンターは、このあたしだ!」
「なんだと、負けるか!」
うん、ノリの良い連中だ。街でやることはまだあるけど、狩りに出かける前や後で十分だろう。
私も体を動かさないと落ち着かない。それに狩りってなんか、ワクワクする。ちょっと楽しみだ。




