会長と副長の寄り道
三者会合を終えた後で外に出ると、夕方の少し手前といった頃合いだ。
忙しそうなバルジャー・クラッドと総帥はさっさと帰り、私たちも帰ろうとはするけど微妙な時間帯ということもあって少し考える。
今から帰ってデスクワークをするのは気が進まないし、研究や訓練といった気分でもない。それに夕食にはまだ早い。
二人で乗ってきた小型装甲車に乗り込みながらちょっと相談だ。
「どうしようか。ついでだし、なんか買い物でも行く?」
適当に言ってみた提案だけどショッピングは気晴らしにもなるし、人と一緒に目的もなく見るのも楽しいものだ。
「ユカリ殿と買い物というのも悪くない。そういった時間もあまりとれないからな」
うん、幹部同士で食事に出ることは結構あるけど、のんびり買い物ってシチュエーションはなかなかない。私だと最近は空き時間にヴァレリアとフレデリカとちょこっと行ったくらいかな。
「じゃあ、そうね。このまま中央通りの店でも見て行こうか」
ここは中央通りのレストランだし、ついでに寄る分には時間もかからない。
「どうせなら、ウチのシマに加えた店に寄ってみたい。わたしはあまり中央通りには行かないから、少し気になっていたんだ」
「そういや私も全然見てないわ。ちょうどいい機会かもね」
現在地は中央通りの南寄りの場所だ。私たちのシマは中央通りでも北部のほうだから、少し距離がある。
ジークルーネの安全運転で進み、賑やかな中央通りを走り抜ける。
こうして見ると街の活気の良さが伝わってきて、エクセンブラの隆盛を肌身に感じる。
見覚えのある店や行きつけの店にちょっと寄りたい気はあったけど、今日のところはスルーして目的地を目指す。
やがて見えてきたのは、一際大きな建物だ。
「あの建物からがウチのシマよね?」
「そうだと聞いている。たしか、元はマクダリアン一家が金を出して作ったとかどうとかという建物だったと思う。今、あそこを使っている商会は金払いも問題ないと聞いているが、わたしはどうにも気になっていてこの目で確かめたかった」
それは分かる。表向き従順でも、店はマクダリアン一家が仕切ってた当時からそのままなんだ。
しかもマクダリアン一家が金を出してまで作った店なら、腹に一物あっても不思議じゃない。
「なにもないならそれでいいんだけどね。遠目から少し様子を見てようか」
「まずはそうしてみるか」
ジークルーネが装甲車を脇に停めると、そのまま少しばかり様子を見る。張り込み中の刑事のような気になってくるわね。目立つ装甲車じゃ隠れて監視って感じにはなってないかもしれないけど、様子を見るだけなら問題ない。
人気の店なのか、客層はどうか、外からの観察だけでも少しは参考になる。もし怪しい人物の出入りが目立つようなら、それは重要情報になるだろう。
「どんな店なのか知ってる?」
「高級志向の家具を取り扱う店だったと記憶している。主に輸入品を取り扱っているとかなんとか」
「ふーん、普通に行ってみたいわね」
新本部の内装に合う家具があれば買い物に訪れるのもいい。個人的には小休止用のソファーはより良いものが欲しいから、買い替え予定なんだ。
その後は久しぶりに二人になった時間とあって、監視もそこそこに雑談に興じる。
遠征後はみんなとこうした時間を取れてないから、話すことはいくらでもある。
雑談がメインとなりつつも、一応の観察を続けること小一時間ほどか。
「なんか全然、流行ってない店みたいね」
「中央通りにある割には人の出入りが少ない。高級家具店に人が多数出入りすることもないのだろうが、気になる点はあるな」
「気づいた? 表側からの人の出入りが少ない代わりに……」
「裏側からは意外と多い」
ということだ。魔力感知は目視できない所までカバーできる。
「あそこの辺の店の裏側って客を入れるようにはなってないはずよね。従業員がひっきりなしに出入りするとは考えにくいとなれば、別の誰か。つまりは客なんだと思うけどね」
「わざわざ裏から出入りするのであれば、普通の客ではないと言う事になる。出入りする人間の様子を直に見られればいいのだが」
「どう考えても怪しいわね。暇だし、どういう奴らが出入りするのかくらい確かめに行こうか」
「了解だ。情報局も忙しいからな、このような雑事に引っ張り出すのも悪い」
情報局は主に行政区への工作と未支配領域での情報収集をやってもらってる。
闘技場の開催を控えて貴族や一部の商人が騒がしいこともあって、賄賂を贈ったり弱みを握って脅したり色々と忙しいんだ。旧マクダリアン一家のシマの監視は範囲も広いしかなりの負担を強いてる。そこに雑事を食い込ませるのは私でも少しばかり遠慮する。
「そうだ、どうせなら揺さぶりをかけようか。表から入って、裏から出るってのは?」
「通してくれるだろうか?」
「後ろ暗いところがないなら、裏から出たいってくらいなんでもない要求のはずよ。そもそも私たちがコソコソする理由はないんだし」
「それもそうだ。では行こう」
装甲車を降りて二人で店に入ると、高級店らしくコンシェルジュのようなおっさんがさっそく近寄ってくる。胸の紫水晶のバッヂに目線が動いたのを見逃さない。
面倒なおべっかを遮って、こっちから軽く挨拶だ。まずは店内の様子見から始める。
「今日は店の品物を見にきただけよ。気にしないでいいから」
「ああ、用ができたら声を掛ける」
「……左様でございますか。どうぞごゆっくり」
そっけなく言って店の中の物色を始めると、コンシェルジュは奥に引っ込んでいった。たぶん、キキョウ会がいるぞと報告に行ったんだろう。
店に置いてある品物は、ちょろっと見ただけで私の趣味じゃないことは分かった。ジークルーネも同じらしく、見始めて三分もせずに興味を失ってしまった。
無駄な時間を嫌って、さっそく裏口に案内させようかと思う。
「本当ならもう少し品物を見るつもりだったんだけどね……」
「芸術的に過ぎて、実用性は二の次としか思えない。わたしは遠慮しておこう」
「同感ね。そんじゃ、まずは適当に店員を捕まえて話でも聞いてみようか」
近くにいた若い店員を捕まえようとしたところで、何か音が聞こえてきた。
「……今のは?」
ジークルーネと顔を見合わせてると、またもや同じような音が聞こえた。鈍く響くような音だ。
「争ってる?」
偶然に何かを倒したとか落としたとか、そういうことが何度も重なることは少ないだろう。ここは高級家具店なんだ。迂闊なミスを何度もするはずがない。そうとなれば、争ってると考えるのが妥当だろう。
そしてキキョウ会はこの店からケツ持ち代を取り立ててる。つまり、トラブルが起こった時にはそれを解決する義務がある。ギブアンドテイクの名目で、奥に入ることができるって寸法だ。図らずも名分が立ったわね。
「チャンス到来、行くわよ!」
「誰だか知らないが、良くやってくれた!」
店員がなんらかのリアクションを取る前に、勝手にコンシェルジュが引っ込んだ奥の扉に押し入る。音が聞こえたのはこっちの方だった。
どこかどうなってるか構造なんて知らないけど、トラブル解決のお題目があるからには、間違った部屋に入ったとしても理不尽とまでは言わせない。
扉を抜けるとさらに奥に続く廊下を走る。
横手にはいくつか部屋があるようだったけど、扉が閉まってるし今は無視だ。争いの元へと急ぐ。
向かった先の突き当りにはまだ扉があって、今度はそこから誰かが出てくる。
「あ、あなた方は!?」
最初に見たコンシェルジュだ。
制止しようとするおっさんを無視して押し退け、部屋に押し入った。
まず目に入るのは、床に抑え付けられた男と取り押さえる男たちだ。
次いで不安そうにする店員と、ディスプレイされてる物の数々。物は商品で間違いない。
そしてその商品は家具じゃない。貴金属や宝石で作られたアクセサリーの類に絵画や彫刻、武器防具や魔道具、なにがしかの魔法薬らしき薬ビンまである。
雑多なこれらはたぶん。
「ユカリ殿、盗品の密売か?」
「売買をやってる感じかな。これって、報告にはないわよね?」
「これ程の面白そうな商売をやっている新規の店なら、わたしやユカリ殿の耳に入らないはずがない」
隠れてやってたわけだ。ふざけた奴らだ。
ここで得た利益はどこに行く?
店主や店員の懐に収まるだけならまだいい。だけどそうじゃないだろう。きっとどこかに金が流れてる。
こんなヤバい商売は、後ろ盾がなくちゃできっこない。本来その後ろ盾にはキキョウ会がなるべきところを、こいつらは秘密にしてたんだ。
色々な意味で許し難いわね。
「か、勝手に入って」
「誰が喋っていいと言った!」
私たちの姿を見て苦情を申し立てようとした若い男の店員に向かって、ジークルーネが一喝して詰め寄る。凄まじい威圧感だ。
一騎当千のキキョウ会副長が怒気を見せながら迫れば、大抵の人間は恐怖に震え上がる。
「このキキョウ紋を知らぬという阿呆はいないな。たった今から、勝手な行動は厳に禁ずる。動くな、口を開くな。わたしの言葉に背けば即座に切り捨てるぞ。無事でいられる自信があるなら好きにして構わん」
シンプルな命令と脅しが嘘じゃないと、緊迫した空気で本気を伝える。実際には無闇に殺したりしないけど、脅しもウチの商売のうちだ。相手方が悪いんだから、遠慮は不要だ。
それにこういう時のジークルーネはノリノリだ。演技にしても迫力が凄い。
ジークルーネが睨みを利かせてる間に、ちょっとばかし物色だ。本業の悪趣味な家具屋よりも、こっちのほうがよっぽど品揃えが良さそうね。
棚やガラスケースに陳列された物も興味はあるけど、まずはこいつらにとって一番見られたくない物を探す。人の嫌がることを率先してやりなさいってね。
ざっと目を走らせると、気になったのは鍵のかかった棚だ。カウンターの内側にあるから、客が勝手に見ることはできない場所。
カウンターの中には店員が三人いるけど、ジークルーネの睨みの前に一歩も動くことができない。私は悠々とそいつらを押し退け、力づくで鍵をぶっ壊しながら棚を開いた。
ビンゴだ。いきなり見つけてしまったのは、山積みされ、一定の分量にパッケージされた白い粉。
「麻薬か。ふざけた真似してくれるわね」
よりによってウチのシマで麻薬の密売か。
いつからやってんのか知らないけど、これまでよくバレずにやったもんだと感心する。
見回りするメンバーだって、麻薬が広がってれば気づかない間抜けじゃない。そうすると密売を始めてまだ日が浅いとか、極めて小規模か信用できる人間にしか売ってないってことになるかな。
なんにせよ巧みに掻い潜ってやってたことだ。なかなかやるもんね。ただ、こればかりは決して許されない行為だ。
「副長! この場を少し任せる」
「了解した、会長」
わざと副長と呼び、会長と答えてもらった。キキョウ会のトップがここにいるぞと知らしめる。
「貴様ら、わたしと会長の怒気に触れて、生きて帰れると思うなよ!」
ウチのシマで違法行為をしていいのはキキョウ会だけだ。ここじゃあ、私たちキキョウ会が法律なんだ。勝手な事は断じて許さない。見逃せることは何一つなく、即座に追い込みをかける以外にない。
入った扉とは別の扉から出て裏口と思しき場所に走る。特に迷う要素もなく外に出ると、壁を蹴って屋根に上がり集合の信号弾を打ち上げた。
日があっても輝く光魔法の信号は、それ程の時を置かずにウチのメンバーを呼び寄せるだろう。
屋根の上で待つこと少し。中央通りを担当してたと思しきメンバーが姿を現した。
大きな建物の屋根の上で仁王立ちする私に気付いたのか、駆け寄りながら手を振る姿が見える。
「メアリーの部隊か。あれだけいれば十分ね」
戦闘団による見回りは通常、班分けして複数箇所で行う。シノギの回収や休憩もローテーションでとるし割と効率良くやれてるはずだ。
そのなかのどれか一班でもきてくれればと思ったけど、各所から一斉に集まってくれてるらしい。素晴らしい反応だ。
これ以上集まってもしょうがないから信号弾はここで消してしまう。そのままにしとくと、遠くからも集まってくるからね。
手振りでこの建物のなかに入ってこいと伝えると、裏口側に降りてさっきの密売所に戻った。
「副長! 第二戦闘団が間もなく到着するわ。団長も向かってるから、この場の処理を一緒に片付けて。ここの責任者は?」
「こいつだ」
ずいと差し出されたのは成金趣味の爺さんだ。そこそこの貫禄はある感じだけど、私たちの評判は良く伝わってるのか不安そうだ。
「事情聴取といこうか。なに、そんなに時間をかけるつもりはないわ。素直に吐けばね」
今さら街の商人に舐められる謂れはない。こいつらが舐めた真似しくさってるのは間違いないけど、私たちキキョウ会を目の前にしてまでそれを貫かせはしない。
盗品売買に麻薬の密売。本当にふざけた話だ。
関係してる奴らを全部吐かせ、見せしめにしてくれる。




