三者会合
集まった三つの組織、計六人が卓を囲んでひと息入れると、呼びかけ人であるバルジャー・クラッドが口火を切る。
「よく集まってくれた。この面子であれば、余計な挨拶やおべっかも必要あるまい。クロード、始めてくれ」
「僭越ながら、わたくしめが進行を務めさせていただきます」
初老のおじさんが始めたけど、アナスタシア・ユニオン側に興味深そうな色はない。やっぱり、もう何を話すか知ってるんだと思う。
「まず提案させていただくのは、ここにお集りの三者、アナスタシア・ユニオン、キキョウ会、そしてクラッド一家による相互不可侵協定でございます。理由は説明するまでもないかと存じておりますが、異存はおありでしょうか?」
やっぱりそうきたか。どの勢力にとっても、今は争い合うメリットはない。
最も優先されるのは、各陣営のシマの安定化だ。こいつらと無駄な争いするつもりは私にもない。
ジークルーネと合わせて異存はないと頷く。
「おそらく末端での小競り合いは避けられないと予測できますが、大事にはしないとここで決定するものといたします。こちらもよろしいでしょうか?」
ふーむ。
「……一個だけ。基本的にはそれでいいと思うけど、あまりに大きな損害が出た場合はどうすんの? たとえばだけど、ウチのメンバーが殺されるような場合には私も黙っちゃいられないわよ?」
そもそも小競り合いごときで死ぬような奴はウチのメンバーにはいないけど、世の中に絶対はない。もしもの場合は想定しておかないと。
「その場合には、実行犯の首を差し出します。これではいかがでしょうか? もちろん、キキョウ会にも適用されることになりますが」
もしウチのメンバーがクラッド一家やアナスタシア・ユニオンの構成員をぶっ殺してしまった場合には、償いとして首をとらなきゃいけなくなる。対等な協定として当然のことだ。
まあウチの正規メンバーは下手を打たないように教育してるからこそ正規メンバーになってるわけだし、見習いは教導局の監督が行き届いているから心配はないはずだ。それでも最悪が起こらないとは限らないけど、その時はその時にまた考えよう。
「分かってるわ。そんなことが起こらないよう協定を結ぶわけだし、もしもの時の話よ」
「では皆様のご了承をもちまして、只今より三者による相互不可侵協定は発効とさせていただきます。こちらは一年間有効とし、毎年の三者会合において延長や改定、または破棄を決定するものといたします。また、三者のいずれかが招集する臨時の三者会合につきましても、各々の代表が開催権を持つものとさせていただきます」
五大ファミリーの時の相互不可侵協定は、半年に一度の総会で延長か破棄かを決める段取りだった。今回は年に一度になるわけね。
それと臨時の三者会合を招集する権利をキキョウ会も持てることになるらしい。
特にこいつらを呼び寄せて仰々しい会合をやりたいなんて気持ちはないけど、まあある分には困らないだろう。それにこいつらだって、むやみやたらと集まりたいなんて思わないだろうから、必要に応じてとなるはずだ。必要があるなら私だって嫌とは言わない。
異存なしと了承すると、初老のおじさんはまだ話を続ける。
「さて、相互の不可侵を明文化すると共に、これまで不文律としていた事柄につきましても明文化しておきたいと存じます」
「不文律? 暗黙の掟のようなもんはたくさんあるけど、それのこと?」
「具体的には爆発物の不使用でございます。これまで様々に波及する事情を鑑みて、至極当たり前の事柄として裏社会にあった不文律でした。しかしながら、これは先般の動乱においていとも容易く破られることになりました」
爆発物は余程上手く使わなければ、第三者に被害を及ぼす。
以前に私たちが食らった時には、事務所に陳情にきてた一般の人が巻き込まれて死んだ。無差別に破壊を撒き散らす爆発物を使うことは、街と共に生きる私たちにとって使ってはならない武器と言える。
これまでは不文律として、暗黙の掟として成立してたそれを明確に禁止するってことか。
「ウチは賛成よ。でもここで私たちだけが賛同しても、ほかの奴らは気にしないかもしれないわ。その辺はどうすんの?」
新参者はそんな掟に構わず、バンバン使ってくるかもしれない。最悪はそいつらにやらせて自分たちは知らぬ存ぜぬといったやり方だってなくはない。悪どいこいつらがその程度のこと、思いつかないはずはないんだ。
「ニジョーオーファシィさん、あれには俺たちも痛い目に遭っている。使わせないという気持ちは同等と思ってもらいたい」
バルジャー・クラッドが口を挟んだけど、素直に信じるほどお人好しじゃない。
すると今度は総帥が口を出した。
「ドン・クラッドは本気だ。俺も先ほど知ったばかりだが、爆発物の不使用については各ギルドや商会、行政区も巻き込んだ形で徹底的な取り締まりをしていく方針らしい」
裏社会が主導して表社会の組織に働きかけるか。本来は逆だと思うけど、エクセンブラは裏社会が仕切る街だ。そういうこともあるか。
「そこまでやるなら文句はないわ。でも、実際に使われた場合は? 私たちは使わないし、あんたたちも使わないんだろうけど、それ以外がやったらどうする?」
「当然、叩き潰す。実行犯と所属組織、裏で糸を引いている者も含め全てを潰す。裏表を問わず、街としてそいつらを叩き潰すことになるだろうな」
「一時的にでも同盟を組んで、徹底的にやるってことね。それなら一度は起こっても、二度目はないわね」
エクセンブラの街として許さないということなら、それなりの効力は持ちそうだ。ギルドや商会が絡むなら周知も行き届くと思うしね。
ただ、禁忌破りをやらかす奴は必ず現れる。特に見せしめという事例がない最初の一回目だ。これの被害に遭うかどうかは、もう運の問題だ。
「そういうことだ。不文律の明文化はこの一点のみに絞るが、それもいいな?」
「ごちゃごちゃと細かく決められたところで、守るような奴はいないわよ。絞ったほうが効果的ね」
「ああ、ではこれも決定事項として覚えておいてくれ」
裏社会は法律なんて屁とも思ってない連中の集まりなんだし、そいつらが表社会を巻き込んでルール作りなんて笑える話だ。それでも良いことは良いこととして開き直る。
考えてみれば行政区まで巻き込んだ不文律の明文化ってのは凄いことだ。
元より法で禁じられてた事をより厳罰化することで表社会に周知し、それと同時に裏社会の大組織が賛同を示す流れになれば、街の人間なら誰だって知るところになる。ただのお題目じゃないってのが普通なら通じるはずだ。
ルールの話は済んだのかバルジャー・クラッドが黙り、語り部のクロードも出番が終わったのか口を閉じたままだ。
「次は俺から話そう」
総帥か。なんの話だろうね。ここでもバルジャー・クラッドは訳知り顔だ。
やっぱりクラッド一家とアナスタシア・ユニオンは事前に話し合ってたのは間違いない。別にいいけど。
はいはい、と続きを促す。
「秋から闘技会が始まるのはこちらでも聞いている。俺とドン・クラッドには理事の椅子が用意される話だったが、これについてだ」
闘技場については複雑な利権が絡む。主として貴族と商業ギルド、そして私たち裏社会。
特に貴族の利権は複雑だ。詳しいことまでは知らないけど、王都の貴族とエクセンブラの貴族とで相当なやり合いがあったと聞く。
現場を仕切る私たちキキョウ会には莫大な利益が約束されたも同然なんだけど、以前までは五大ファミリーが街を仕切る状況にあって、その利益を独り占めすることは難しい事情もあった。
そこで一定の分け前を与える代わりに口を出すなという意味を込めて、各組織の代表には理事の名誉と役職に伴う報酬を渡すことで話がついてた。周辺施設での利権の話もあったけど、複雑化を避けるために理事の椅子と報酬で一本化したんだ。これについてはあのマクダリアンですら呑んだ話だ。もちろん私たちとは別に、貴族側や関連ギルド側の圧力があって呑まざるを得なかったって感じなんだろうけど。
まさか、それを蒸し返そうってこと?
「今さらね。なにを話そうっての?」
面倒なことを言い出すなと、少しだけ威圧を込めて言う。
「そう警戒するな。双方にとって利益のある形に変更したいということだ」
「で? つまんない話をするようなら帰るけど」
「ああ、済んだ話を蒸し返されるのは、キキョウ会として受け入れ難い」
ジークルーネも援護してくれる。
アナスタシア・ユニオンの総帥は超大物だけど、この場では私と対等の関係のはず。気に食わなければ、とことん噛みつく。
「警戒するなと言っただろう? 俺とドン・クラッドは、その理事の椅子を返上する考えだ。これで闘技場の仕切りは、名実ともにキキョウ会の独占になる」
まあ事実上の仕切りがキキョウ会だけであっても、理事にの名にバルジャー・クラッドと総帥があると、バックについてるとか実はキキョウ会は表向きだけの仕切り役とか思われる可能性はある。それはある意味で利用できるかもしれないけど、やっぱりなんとなく気に食わないことだ。
「双方に利益とか言ってたわね。返上して、あんたたちにどんな利益があんのよ」
「ドン・クラッドとも話したんだが、ベルリーザの闘技場のことは知っているか?」
「ベルリーザ? 闘技場のことも含めて大したことは知らないわ」
ベルリーザは大陸の北方にある超大国だ。
魔導技術大国で経済的、軍事的、文化的にも発展した大きな国。そんな国に闘技場があっても全然不思議じゃない。
アナスタシア・ユニオンの本拠地もあるから、総帥がベルリーザに詳しいのも当然。ついこの間までベルリーザにいたわけだしね。完全に余談だけど、私が大ファンの《悪姫》がいる国でもある。
総帥は私の反応を受けると、ニヤリとして話を続けた。
「ベルリーザの闘技場はアナスタシア・ユニオンの仕切りでやっているが、実は表の闘技場とは別に裏の闘技場というものがある」
「ニジョーオーファシィさん、要は俺と総帥で裏の闘技場を仕切ろうって話だ」
裏闘技場……なによそれ。
「なんか、そっちのほうが面白そうなんだけど」
「だろう? ドン・クラッドもすぐに乗り気になってくれた。実際、表の闘技場とは別の面白さがある上にシノギも大きい。今のエクセンブラはベルリーザの王都に匹敵するほどの金回りがあると踏んでいるからな。やらない手はない」
「総帥にも聞いたが、表の闘技会をやるとより過激なショーを見たがる連中が必ず現れる。そいつらの受け皿として、裏の闘技場は街として必要不可欠になる。俺たちがやらないと、別の新参者にやられる可能性も出てくる」
なるほどね。デカいシノギってのは、利権に絡んで上前はねる余計な連中を排除できるって意味もあるだろう。なんといっても『裏』の闘技場なんだからね。スジを通すのは最低限のところだけでいい。
色々と気になる点はあるけど、需要があるなら供給は考えるべきだ。もちろんこれも色々な意味で許容範囲でだけど。
「アナスタシア・ユニオンとクラッド一家の両方でやるわけ?」
「いや、それぞれのシマでやる。地下でやる以上、大規模にはやりにくいからな。ベルリーザの実情を考えると、需要を満たすには二か所でやっていても何ら問題ない」
「キキョウ会には期待しているぞ。表側の盛り上がりが、裏側の盛り上がりに影響を与えるのは明白だからな。総帥にはノウハウの提供もしてもらう予定だ」
「相互に利益が出るなら、俺も協力は惜しまない。キキョウ会にも闘技場運営のノウハウは惜しみなく提供しよう」
かなり美味い話だ。基本的に美味い話ってのは危険なもんだけど、この場合は互いの利益に繋がるから信用しても良さそうだ。それに特にデメリットが思いつかない。
「その裏闘技場を認めろってわけね。あわよくば、そっちに出場する闘技者の斡旋までしろって意味もありそうだけど」
「あくまでも相互利益だ。表と裏、どちらも盛り上がれば儲けはより大きくなる。そうだろう?」
隠れてこっそりやるんじゃなく、私に事前に話して了解を得ようとしたことは評価できる。
これから三者で相互に利益を出していこうとする意識の表れだ。信用してもいいだろう。
「ウチはあんたたちの理事の辞退と運営ノウハウの提供まで受けられるわけか……悪くないわね。ジークルーネ、どう思う?」
「わたしも悪くないと思うが、できるならもう一つ条件を付け加えたい」
おお、なんだろうね。
「ジークルーネさん、言ってみてくれ。俺も総帥も面白い話であれば、乗ってやれるぞ」
「聞くだけ聞こう」
二人に促され、ついでに私も頷いてジークルーネに答えさせる。
「キキョウ会はしばらくの間は表の闘技場だけで手一杯になるだろうが、軌道に乗ってしまえば手は空く。わたしたちにも裏の闘技場を主宰する余地はあるだろうか?」
そういうことか。闘技場の運営が簡単とは思わないけど、ウチは加速度的に戦力を増強中でもある。
未来の話としてだけど、表だけで物足りなくなった時、裏にまで手を伸ばす余地は残しておきたい。それを話しておくのは先じゃなく、どうせなら今のこのタイミングがいい。
「総帥、ベルリーザだとどうなってるわけ? 裏の闘技場ってのはいくつもあるもんなの?」
私だけじゃなく、バルジャー・クラッドも気になるようだ。
「結論から言えば、まったく構わない。ベルリーザにはそもそも表の闘技場が二つある上に、裏の闘技場は四つある。エクセンブラの街の規模であれば、将来的にはさらに増やせる余地まであるだろう」
「総帥がそう言うなら、俺のほうも問題ない。実際に動く時には一言欲しいがな」
「義理は通すわ。それに相互に利益が大きく上がるようになったら、ウチからも闘技者向けに回復薬の手配なんかの融通をしてもいい。それだけ金の動く話になるだろうしね」
「それは助かるな。シマの安定のためにはシノギがあればあるほどいい。とにかく表の闘技場の成功が全ての鍵だ。頼むぞ」
「言われるまでもないわね。総帥、悪いけどノウハウを伝授してくれる人の手配は早めにやってくれる? なんとしてでも成功させるわ」
アナスタシア・ユニオンの手が借りられるとは思わなった。ノウハウの提供は正直なところかなりありがたい。
色々と考えてはいたけど、手探りで少しずつノウハウを積み上げて行くしかなかったんだ。
「ダネル、さっそくだが頼んだぞ」
総帥がお供の女にそう言った。ってことは。
「あたしはただ顔見せにきたわけじゃないってことさ。改めてよろしく、ユカリノーウェ会長にジークルーネ副長」
「用意周到ね、まったく。ま、こっちこそよろしく頼むわ」
「ダネル、わたしが窓口になる。いつでも訪ねてくれ」
今後の予定などを話しつつ、ちょっとした雑談もしてから解散となった。
今日はなかなか有意義な話し合いができたと思う。形式ばった総会とは違って、無駄がないのがいいわね。