多忙な組織と新たな展望
久しぶりに街に戻ってきましたので、状況説明回となります。
この回で街の状況などを思い出していただければと思います。
大陸西部への遠征から戻って、はや数日が過ぎ去った。
ある意味予想通りではあったけど、戻った初日から休む暇もなくいきなり仕事に忙殺されてしまった。
それから連日、休暇を取れそうな感じはなかった。毎度のことだけど、遠征から帰るといつも忙しい。
みんなや、やっと合流を果たしたカロリーヌとの再会を喜ぶ時間くらいはあったけど、宴会をやるような時間までは取れてない。
貴重な戦利品である黄金の骨や漆黒の鱗でさえ、倉庫に放り込んだまま手つかずの状態。これは気軽に扱えるブツじゃないけど、有効利用の検討は必要だ。でも手を付ける時間がない。
それというのは、もちろん超忙しいからだ。
我がキキョウ会だけじゃなく、実質的に街を仕切る裏社会の連中は例外なく忙しい。
五大ファミリーだったマクダリアン一家、ガンドラフト組、蛇頭会の三つが壊滅し、残った大きな組織はクラッド一家とアナスタシア・ユニオンのみ。
先の動乱によって人数を減らしたクラッド一家は、ガンドラフト組のシマを丸ごと支配するつもりで活動してるらしいけど、とてもその支配が完全に行き渡ってるとは言い難い。
クラッド一家以上の損害を受けたアナスタシア・ユニオンも他国から増員を呼び寄せて立て直しを図りつつ、蛇頭会のシマの支配を進めてる。クラッド一家同様に支配領域は確実に増えてはいるものの、全域に渡る支配や安定にはまだまだ程遠い。
エクセンブラは高度に成長を続ける大都市で、世界中から注目が集まる街でもある。
しかも発展の度合いだけが注目を受けてるわけじゃなく、なにより裏社会が支配する街として名高い。
さらには一度は完全に崩壊した国家ゆえか、封建制度の緩みが顕著で身分の差についてうるさくないのも大きい。
例えば貴族でも爵位の差があり、同じ爵位の中でも序列は厳然として存在するもんだ。だけど、上級貴族がいくつも没落したり、下級貴族が成り上がったり、新しく任ぜられた貴族が現れたりと、もうかつてとは比較にならないほどシャッフルされた貴族社会は、厳然とした身分の差というのが曖昧な状態にある。
これは貴族に限らず、街の商人だってそう。資本力や扱う商品、顧客、歴史の長さ、取り込んだ血筋、様々な要素で上下関係が発生する。
だけど、国家の崩壊はほぼ全てを強制的にリセットさせた。
没落、成り上がり、吸収、分裂、新規参入と退場。もはやかつてどうだったかなど、大した意味をなさない。現在の力と継続、拡大していけると信じさせる力こそが重要となる。
ほかにも各ギルドの職員や所属メンバーなども入れ替わりが激しく、もう国中のほぼ全ての人が変動の渦中に当てはまるような情勢だ。
もちろん裏社会はその最たる勢力だ。五大ファミリーの半分以上が消えた今、動乱の波が収まることは当分ないだろう。そして特にエクセンブラでは裏社会こそが注目される。
国の内外から一旗揚げてやろうと集まってくるのも多いし、そうするとちょっとした隙にいつの間にか妙な連中が幅を利かせてたりするもんだ。
新興勢力の台頭、あるいは旧五大ファミリーの下部組織だった連中が新規旗揚げしたり。
争いの火種はそこら中に転がってる状況だ。仕切ってる側としては頭の痛い問題よね。
ただ、クラッド一家とアナスタシア・ユニオンは戦力も財力も並外れてるから、新しく獲得したシマの完全支配を成し遂げるのは時間の問題と思う。色々なノウハウも持ってるし、まだまだ若い組織の私たちとは経験の差もある。
それでも簡単にはいかないと思うから、しばらくの間は自分たちのシマを治めるための戦いがこれからも続くはずだ。
つまりは、各陣営のシマの中での争いは頻発しても、それ以外の争いにまで発展する可能性は、ほぼないと考えられる。
クラッド一家、アナスタシア・ユニオン、そして我がキキョウ会の間で決定的な争いが発生することは、各陣営にとってデメリットしかない避けるべき事態だ。
自陣営のシマにだけ集中できるのは、私たちにとっても歓迎すべき状況ということになる。
さて、ここで私たちキキョウ会の現状だ。会長としてそれをきちんと認識しておくことも重要な仕事。
私たちは宿敵だったマクダリアン一家を滅ぼしたあと、そのシマを手に入れた。ただし、ウチは人数が少ないこともあって、広大なマクダリアン一家のシマの全てを支配することはできてない。これは遠征前からの課題だった。
キキョウ会が直接的な支配下に置くことができたのは主要な、絶対に逃すことのできないシマに限られる。それはマクダリアン一家本家の周辺と中央通りの一角、そして歓楽街だ。
メデク・レギサーモ帝国に出向いてた間に残ったメンバーがやっててくれたのは、その新しく支配下に置いたシマの支配強化だ。
マクダリアン一家の本家は空のままだけど、周辺の有力者を始めとした住人には、すでに実力を示して信頼関係の構築に入ってるという。中央通りについても商会との折衝は進められて、ケツ持ち代の回収は滞りなくということらしい。とりあえずの段階としては上手く行ってると評価できる。
そして歓楽街はカロリーヌという期待の新戦力が早くも存在感を表してくれてる。
カロリーヌは管理局の局長の立場で加わった新メンバーだけど、私にとっては収容所時代からの仲間だ。
国が崩壊する前の王都では、売春婦の元締めなんてことをしてた女でもある。その経歴を生かしてちょっと前までは立て直し中の王都で色町の仕切り役をやらされてたくらいの手腕の持ち主。
その仕事ぶりはケチのつけようがなく、絶大な権力を持つオーヴェルスタ公爵夫人であるロスメルタの信用を獲得するほどだった。そんな彼女は期待以上の手腕やコネを活かして、早くも歓楽街を掌握しつつある。想定以上に速いスピードでだ。
元々歓楽街は色街ベースであることもあって、女の働き手が圧倒的に多い。そして奴隷のような待遇を強いられる女が多かった職場事情もあり、それを各所で打破するキキョウ会は女からの評判が高かった要素もある。
キキョウ会が受ける女からの評判にプラスして、カロリーヌの仕事ぶりが即座に話題になり、歓楽街の支配は想定以上のペースで進んだことになる。
招聘から即座に幹部就任となったカロリーヌについては、文句が出ないように色々と前もって手を打ってたこともあるけど、彼女はそれ以上に実力で幹部に相応しいことを示してくれた。知り合いの私や元収容所メンバーはなんの心配もしてなかったけど、さすがと言うしかない。
あとは状況が落ち着いたら、戦闘訓練のおさらいをしてもらうくらいかな。カロリーヌの戦闘力は低くないけど、キキョウ会の幹部として一度は鍛え直しておきたい。
新規獲得のシマの状況はおおむね順調といったところだ。
これ以外の旧マクダリアン一家のシマについては、キキョウ会に上納金を納めてる別の組織が少しばかり支配に乗り出してる程度でさほどの進展はない。
そして旧マクダリアン一家のシマとは別にして、元からの支配地域については安定してる。
稲妻通りも六番通りも不安はない。ここについてはしばらくの間、アップグレードよりも現状維持が目標になるだろう。
目下のところ忙しい原因のひとつは新興勢力の台頭に目を光らせることにある。
私は不在の間の報告書を読み、会長としての判断を求められた事柄の処理で手いっぱいだった。あとはロスメルタへの報告書も、いかに苦難の連続だったかを強調した内容でしたためて送りつけた。溜まった仕事がようやく捌けた状態ね。
とにかく、ようやく支配下のシマが安定しつつある。最初の段階の安定が上手く行ったなら次だ。
シマの支配の充実には、メンバーの充実が欠かさせない。
そこで教導局の役割が大きくなる。教導局が主導するキキョウ会正規メンバー増強計画も順調に進みつつある。局長のフウラヴェネタの功績だ。
遠征中にも見習いから正規メンバーへと昇格した人数は多く、その数はざっと五十人を超えた。かなりのハイペースだ。この拡充によって現状で獲得済みのシマの支配は無理なくできるようになってる。これはかなり大きい。
人数増強のハイペース化の要因は単純で、まず見習い志望が多いこと。なかには冒険者や傭兵からの鞍替えをした有望株も結構いるとかで、特に戦闘系セクションへの配置が多く進んでるようだ。もちろんほかの能力、特には事務能力に期待のできそうな新人もいてフレデリカも喜んでる。
さらには見習い志望は増加の一途をたどってるとかで、正規メンバーの増強ペースはどんどん上がると見込まれる。集まる人が多ければ多いほど、優秀な人やレアな能力持ちが相応に増えるから、そういう意味でも楽しみだ。
季節は夏真っ盛り。夏が終わるころには、どれだけ増えてるのかちょっと想像もできない感じになってきた。
私が以前に組織改変時に立てた目標として、正規メンバーの人数を当時の十倍以上、三千人くらいまで増やしたいというのがあった。これはざっくりとした数でしかないけど、クラッド一家やアナスタシア・ユニオンと肩を並べようと思うならその程度の人数は最低限必要というものだ。個々の能力が高くても、単純に人数がいなければどうにもできないパターンは結構多い。
それにそのくらい増えれば、旧マクダリアン一家のシマを完全支配し、さらには別のことにまで手を出す余裕が生まれると考えてる。できるだけ早い段階での到達と、次の目標をぶち上げたい気持ちだ。
私は会長として希望のある未来を示し続ける必要がある。楽しい未来の想像と創造は自分自身のためでもあるし、危険を押して付いてきてくれるみんなの夢や野望のためでもある。この私に付いてこい、と堂々と言いたい気持ちでいっぱいだ。
人員としては、臨時に組み込んだローズマダー傭兵団にはまだウチで働いてもらってる。
ドンディッチでの傭兵稼業が正業の彼女たちだけど現在は仕事にあぶれてるとかで、人手の足りないウチとタイミングが合った形だった。
冬には本国に戻るという話だったから、それまでは使い倒すつもりで働かせる予定だ。それまでにもっと仲良くもなれるだろう。そうすればまたの機会に力になってもらえると見込んでる。
ドンディッチの辺境伯領との物資交換も上手く継続してるし、南の小国家群で新たに得た取引相手とも良好な関係だ。
北と南の他国から秘密裏に入手する魔導鉱物は、キキョウ会から湧いて出る不可解な物資の説明のカムフラージュに役立つ。
現状では二か所との取引しかできてないけど、他国に手を広げるのは未来の目標にもちょうどいいと思ってる。まあそれはエクセンブラの状況が落ち着いてからになるから、まだまだ先の話だ。
シマの状況と人員の増強、さらに新規のビジネスも上手く行きつつある我がキキョウ会だけど、懸念事項はもちろんある。
旧マクダリアン一家の未支配地域では、新興勢力が好き勝手をする事件もあるし、そこから私たちの支配領域にちょっかいを掛けてくる面倒事も多いと聞く。
ただ、喧嘩の類はキキョウ会にとって恐れることではない。普通にぶちのめし、ウチの力を知らしめる良い機会と捉えることもできる。頭の痛い問題もなくはないけど、今はそんなことよりも大きな動きに備えが必要になってきてるんだ。
今日はその大きな動きに対する相談をする。
幹部会での周知や議題にかける前に、私の部屋で事前の相談といった感じだ。
最低限の関係者だけを集めたから、ここにいるメンバーは少ない。
部屋の主である私にプラスして、事務方のトップを務める本部長のフレデリカ、それと建設局の局長プリエネ、この三人だけだ。
「プリエネとじっくり話せるのも久しぶりね」
「まったくですよ、会長! 幹部会での業務報告くらいでしか、話せてないですからね!」
彼女はいつもどおりに元気がいい。
「誰もが忙しいですからね。同じ部署でもなければ、雑談をするような時間さえ取れません。せめて食事くらいはゆっくりと摂れるようになって欲しいのですけれど」
「そうね。新人の正規メンバーが慣れてくれば、もっと落ち着けるかな」
「あたしのとこの新入りは初日からこき使ってますからね! 慣れるのも早いですよ!」
うーん、それはそれで心配ね。たしかに慣れるのは早いだろうけど、いきなりの激務で嫌になられても困る。
まあプリエネが張り切りすぎても、抑え役のメンバーがなんとかしてるとは思うけど。
「それでユカリ、わたしとプリエネを呼んだのは闘技場の件ですか?」
「うん、現状のことは大体分かってるけど、早めに次に備えたくてね」
エクセンブラで建設中だった闘技場はその関連施設まで含めてほとんどが完了かそれに近いと聞いた。本当は春には興行が始まる予定だったんだけど、裏社会の動乱やらメデク・レギサーモ帝国の侵略やらで、建設も興行も延び延びになってしまってる。
「闘技場自体の完成と周辺の施設についても、ほぼ完成で間違いないですよ! 当初、あたしらが担当したとこも終わってますし、追加で受けた部分もあと二、三日あれば終わるんで! こっちは予定通りですよ!」
「準備委員会の決定では、秋の中頃から大々的な闘技会を開くことで準備が進められています。先日、わたしもエイプリルと一緒に出席しましたが、やはり遅れに遅れた分、参加者の確保で難儀しそうという話でした」
参加者とは闘技場で戦う人のことだ。選手といった感じかな。
主として専業でやってる人を闘技者と呼ぶらしい。見世物になることでファイトマネーを得たり、賞金のある大会に出場して稼いだりね。
闘技者だけじゃなくて、腕試しで出場する騎士や兵士、冒険者や傭兵、腕自慢の街の若者などなど、大会の趣旨によって出場枠は様々ある。
今回、確保に苦労してるのはもちろん、専業の闘技者のことだ。彼らの一部はネームバリューが高く、人を呼び集められるほど人気があるらしい。
「出場者以外は順調か。プリエネたち建設局のメンバーは、予定通りに仕事が完了すると。フレデリカたちのほうはまだまだこれからみたいだけど、参加者のことはウチの領分じゃないからそこはいいわ。最悪は出場料や賞金の吊り上げで確保する流れになりそうだけど、そうなった場合の負担はウチもある程度は覚悟しとこう。最初の興行でコケたんじゃ、話にならないからね」
闘技場の運営には色々な分野の連中が関わる一大事業だ。私たちキキョウ会の役割は、実際に闘技場が稼働を始めた際の現場の仕切り役になる。
そこは血沸き肉躍るエンタメの会場であり、賭博の会場でもあるから、仕切り役には武力が求められる。簡単に言えば警備員みたいなものだ。
それに実力があってプライドも高い出場者を抑える役目もある。例えば場外乱闘の仲裁とか、試合中でもやり過ぎの場合には飛び込んで強制的に止めたりもしないといけない。相応に実力が求められる役割で、私たちには適役だろう。
「他国で行われる大きな闘技会は、夏が多いようですからね。今まさに、という時期です。交渉はこれから本格化するのではないでしょうか」
「大丈夫ですよ! 秋から冬にかけては有名なでっかい大会はないですし、賞金をドカンと掲げれば腐るほどやってきますって!」
「それならいいんだけど」
まだもう少し先のことで準備期間はそれなりにある。
実際、秋から冬というのは難しい時期だ。冬になると大陸各地は雪で長距離移動が難しくなる。だけど、勝ち目があると踏んだからこそ決定したと考えていい。
ブレナーク王国は先の対帝国戦において勝利し、急激に名を高めてる状況だ。エクセンブラの注目度もプラスしたこの状況で闘技場を大々的にオープンさせるとなれば、宣伝効果は抜群にある。
さらに秋の中頃に大勢を呼び寄せてしまって、そのまま冬に突入すると、それがそのまま長期滞在の客にもなる。金のない人は急いで帰るかここで仕事を探すかするだろうし、余裕のある人は雪解けの季節まで囲い込めるって寸法だ。凄まじい経済効果が見込める。
我がキキョウ会も闘技場での収益はもちろん、ホテル事業と賭博場を筆頭に大いに稼げることだろう。
思う存分に金稼ぎをするために、やっぱりシマの安定強化こそが、これからの毎日に求められてくる。
これから頼むプリエネの仕事は、その足掛かりになるはずだ。
まえがきでも触れましたように、今回は大部分が状況説明となりました。
終盤では新たな展開を示せましたが、次回でもどんどん次につなげる話を展開していきます。
それにしても、やっと闘技場が動き出しそうです。初出からどのくらい経ったのでしょうか……。
とにもかくにも、新しい章の始まりです。また次回もよろしくです!




