喜びの帰還
一人で待機する私の元に最初に戻ったのは、壁の向こうを攻撃してた若衆だ。距離が近いのと少数しかいなかったから当然かもしれないけど、レギサーモ・カルテルの兵士は決して簡単な相手じゃない。
事の起こりでもあるマクダリアン一家の騒動で遭遇した時には、ヴァレリアでさえ手こずった耐久力がある連中だ。敵のことをよく知った今なら『そういうもの』として対処できるけど、あっさりと始末して戻るのを見るとさすがはウチのメンバーだと感心する。
敵兵の身体の状態について今更だけど少し思うこともある。薬の支配下にあっても車両を運転できる理性があるってのは意外な気がしたけど、部隊としての行動を取れるくらいなんだし不思議はないのかな。兵士として有用な数々の能力を得られる代わりに恐ろしい副作用があると思わしき麻薬だから、哀れな連中でもある。
敵に同情なんてしてられないけど、ウチも回復薬と魔法薬の常用に慣れすぎるのは考え物なのかもしれない。奴らのと違って副作用なんかは一切ないけど、知らないうちに依存してるというのはあるかもしれない。一度話し合いはしてみるべきか。みんなの考えも聞いてみたい。
さて、頭を切り替えて作業だ。遠くからの怒号や悲鳴を聞きながらまずは壁を消し、残された敵の車両をどうするか悩む。道を埋めるように停まってるし、すぐ脇は森だからどかす場所もない。はぁ、面倒だけど森を少し切り開くか。
敵兵の排除は問題ない。痛みも恐怖も感じない手強い相手だけど、ウチのメンバーは痛みも恐怖もねじ伏せる破格の強者だ。根本的にレベルが違う。今回の旅の中で大きく成長もしてるのは間違いないし、調査済みの地形は味方にできる。なにより自信満々だったんだ。しくじるどころか苦戦さえもしないだろう。ネガティブな要素がない。
心配無用と意識から外し、とりあえずは邪魔な車両群を仕方なく片付けるべく何か得物を探す。持参した予備の武器で何かないかなと思ってると、同じことを考えたらしい若衆が何も言わずとも斧を取り出して歩いて行った。
「考えることは同じか。私も手伝おう」
人の獲物を勝手に使うのは悪いと思い直し、木を切り倒すのは若衆に任せて私はその処理に回ればいい。この辺りにやってくる人や魔獣の気配はないから集中して作業ができるだろう。
森のあちこちで起こる悲惨な状況を気にせず、環境破壊に没頭する。
切り倒された木を腕力で適当な大きさに圧し折ると、なるべく遠くに放り投げてスペースを確保する。
作業自体はそれほど時間もかからない。一撃でどんどん切り倒してくれるから、ぽいぽいと投げて完了だ。綺麗に作業をする必要だってないから適当に済ませてしまう。
必要な開けた場所を確保すると次だ。今度は敵車両をそのスペースにどかす。
軽く車上を荒らして有用な物がないことを確かめてから横手の森に力技で放り投げる。環境保護にうるさい奴が見たら発狂するような光景だろう。
ただし、エネルギーは魔石と魔力だからガソリンのような危険物はないし、プラスチックのような分解しない素材もたぶん使用はされてない。金属や魔獣素材が主として使われてるはずだから、一応は自然由来の物質だ。悠久の時を経れば大部分が自然に返る優しい構造と思っていい。というわけで、何も問題はないと断言してしまう。
まあ、自然の溢れまくる世界でうるさいことを言う奴も少数派だ。ましてや人目につかない廃道だしね。
後片付けを終えてしばし待つと、自然の脅威へと誘導していったみんなも徐々に戻ってきた。無事に仕事を終えたらしい。
「なんてことはなかったです」
「亀裂を枝葉で覆ったら、面白いように落ちて行きましたよ」
「肉食植物の蔓は奴らの馬鹿力でも振りほどけないらしいな。ありゃあ捕まったら、あたいらでもヤバいぜ」
「毒性植物も予想より遥かに危険だったな。なんか身体が融かされてたぞ」
「沼地も恐ろしい光景だったわよ。ハマった奴らが、もがきながら沈んでいったからね」
「魔獣の巣も結構えげつない感じでしたけどねえ。全身に一斉に食いつかれて、そのまま食べられてましたし」
「こっちは巣穴に誘導したら気持ち悪い音が鳴りやまず、結局は誰も出てきませんでしたね」
……あー、うん、思った以上に危険な森みたいね。そんなところをよくも無事に探索して回ったもんだと思う。関心するやら呆れるやらだ。頼もしいことは間違いないけど。
廃道の道から逸れるのは極めて危険、それをやる場合にはウチの冒険者組のような見識と実力が必須ってことになる。レギサーモ・カルテルの構成員はゾンビの如き耐久力と身体強化があったけど、それだけじゃ対応できない厳しさだ。
ふーむ、なんというかね。この廃道さえ通れないようにしてしまえば、帝国の侵攻を完全に諦めさせることができてしまうような気がしてきた……。
さらには虫型魔獣の大群やアンデッドの領域なんてものまであるんだ。廃道を抜けてきた私たちとクリムゾン騎士団、そしてクラッド一家はそれだけでも偉業を成し遂げたんじゃないかと思えてしまう。
廃道というか、大陸南部の森はヤバすぎる魔境みたいね。ホントに今さらだけど。
「……とにかくお疲れ。これでもう追手はないと思いたいわね。あとは騎士団の到着を待ってさっさと帰るわよ」
「帰りくらいは楽させてもらいたいもんだな」
「本当に。また同じ苦労をするのは遠慮したいですね」
全力で面倒事は押し付けると意見を一致させ、待つこと二時間ほど。
まだ日の高いうちに待ち人たちはやってきた。
見覚えのある軍用車両の集団だ。かなりの数になる。
ざっと見た感じだと、人的な損耗は少なかったんじゃないかと思える。帰り道を無事に乗り切れれば、いい結果に終わったと言えそうね。
車間距離を開けて走る騎士団の先頭車両が減速すると、そのまま待ち合わせ地点で停止。五台ほど後ろの車両からフランネル団長たちが降りてこっちに近寄ってきた。
「待っていたか。どうやら追手が掛かったようだが……クラッド一家か?」
切り開いた森と転がる車両を見れば、なんとなくでも事情は察するだろう。
「そのとおり。レギサーモ・カルテルを引き連れてきて、先に戻ったわ」
「奴らも無事だったか。俺たちも先に進むぞ。休むにはまだ早い」
「先頭はあんたたちで、殿もあんたたちに任せる。私たちは中央に入るから、そこんとこよろしく」
「分かった」
言葉少なに言う藍色の髪の団長は話が早くていい。
面倒事を押し付ける目論見を了承された私たちは、ようやく気楽な帰路につくことができた。
焦る必要のない帰り道で、事故や魔獣の襲撃を恐れたのか速度は遅い。
警戒を人任せにしてしまうと途端に暇になる。大変だった往路と比べると、あまりにも平和だ。他愛のない話をしながら日が暮れるまで進み続けた。
日が沈む前に停止すると野営の準備が始まる。精鋭のクリムゾン騎士団でも任務達成後の帰りとなれば、随分と緊張感も緩むらしい。同じ戦場を経験した者同士、特に女騎士との交流は大事にしたいところだ。幾人かとは食事を共にして、この際に知り合いを増やしておいた。ガヤガヤとした気楽なムードのまま食事を済ませると、当番を除いて全員が休む。
当然の如く見張りをやらない私たちにも、これといった文句はなく普通に寝てしまった。
翌日の道中では、さすがに緊張も戻る。なにしろあの冥界の森にそろそろ入るはずなんだ。
ミーアの天の眼によれば、エリア的にはいつそこに突入してもおかしくないらしい。
騎士団の活躍に期待を寄せながら、再び死せる者の領域に入るのを待った。
私たち一行は順調に距離を伸ばし、特段のトラブルなく進み続ける。
じりじりとした緊張が続き、徐々に苛立ちが募る。冥界の森は常闇だから、昼の移動であれば即座に異変は知れるはずなのに。まだか、まだ入らないのかと、全員の心の声が聞こえるようだ。
「……おかしいですね」
スキルによって現在位置を把握できてるミーアが呟いた。
「どうかした?」
「ルートは違いますが、縦の位置関係で見た場合には、もうとっくにアンデッドのドラゴンと戦った場所は通り過ぎています」
スケルトンドラゴンがいたのは北側ルートで、こっちの廃道は南側だ。上下の距離がどれくらい離れてるのかは分からないけど、ミーアが不審に思うくらいの場所には到達してるんだろう。
「いつ暗闇になるか分からないけど、そう構える必要はないかもね。警戒とトラブルの排除は騎士団任せにしたんだし、先頭車両とも距離があるから、何かあればこっちが気づく前に知らせがあるわよ」
「そうですね……少し休みましょうか」
「気を抜くと寝てしまいそうですけど……」
開き直ることも必要だ。少人数なら気は抜けないけど、今はそうじゃない。眠そうにしながらハンドルを握るリリアーヌを放って残りが寝てしまうわけにはいかないけど、ちょっとは気を抜いて行こう。
結局のところ、普通に夜が訪れるまで進むことができてしまった。
思うことあって、不審の要因について騎士団には伝えないこととする。気楽な調子を崩さず緊張感に欠ける騎士団とは認識の違いが鮮明だ。このまま進んで行くなら、あの領域を通ることはたぶんないんだろう。
大陸南部の中央部は『冥界の森』と呼ばれる。これは共通認識で間違いない。
ただし、私たちが経験した『冥界の森』と騎士団のそれとでは、どう考えても別物だ。北ルートと南ルートで明確な差が生じ、本物の『冥界の森』とは確実に北ルートのことだ。
クリムゾン騎士団とクラッド一家は、あの困難を経験することなく、普通に廃道を進んできたのが明らかになってしまった。
到底、納得できるものじゃない。なんで私たちだけが、あれほどの苦労を……と思ってしまうのは仕方がないだろう。本当にキツイ道のりだったんだ。
愚痴ったところで、おそらくあの領域を実際に経験しないことには信じることも難しいと思う。
すでに全滅したことになってるアンデッドが大量にいて、しかも常闇のエリアだなんて、あまりにも突飛な話だ。それにこの情報はかなり貴重なものかもしれない。扱いは慎重に検討したほうがきっといい。
打算があって何も言わないことにはしたけど、どうにも納得できない気持ちは残る。それでも口をつぐんで翌日を迎え、また進む。
寄り道をする余地もない一本道の廃道。
騎士団が往路で道の整備を済ませてるから、通行を邪魔するものはなにもない。時折現れる魔獣も車両からの一斉攻撃で倒してしまって、わざわざ停車することもない。
そうやって帰りの旅路を続けること六日目。
途中、四度ほど魔獣の大群の襲来を受けたけど、精鋭の騎士たちは損害を出すこともなくやり過ごし、退屈だと思える順調さで廃道を走破した。
私たちはブレナーク王国への帰還を果たした。大きな、誇れる戦果を持って。
キキョウ会としてはエクセンブラを出発してから、だいたい四十日とか五十日ぶりくらいかな。長すぎて曖昧になってる。
王都に向かうクリムゾン騎士団とは別れ、エクセンブラに向かってひた走る。どこか気が急いて、車両のスピードも上がる。
最終的には完全にリミッターを解除したトップスピードで突っ走り、遠目に懐かしい外壁を見た。
「……やっと帰れたわね」
不在の間にも色々と動きはあるだろう。
エクセンブラは大きな動乱の後で、混乱の終息にはまだ遠い状況だった。
例え何が起ころうが、ジークルーネを筆頭にウチのメンバーなら乗り越えられるとは思ってるけど、現在の状況が気になることは確かだ。
とりあえずは王都の色町を仕切ってたカロリーヌが合流してるだろうし、彼女との再会も楽しみだ。
あとはみんなの顔を見てから少しは休めるといいんだけど、きっとそうはできないだろう。
なんとなくだけど、私たちの帰りを手ぐすね引いて待ってそうな気がする。フレデリカあたりは即、仕事を押し付けてきそうだしね。
面倒なことが待ち受けていたとしても、今はとにかく我が家に帰れることが嬉しい!
ようやくホームに戻ってこれました。
今回で長かった遠征も終わりです。本当に長かったです。第192話で出発し、225話でようやく戻ることができました。
リアル時間の更新履歴では、第192話のアップは去年の12月ですので、なんと7か月も掛かったことになります!
振り返ってみれば長すぎましたね……。
さて、エクセンブラではやり残したことがたくさんありましたし、それに関連する小エピソードもたくさんある予定です。
まずは街の近況とキキョウ会の状況、旅のリザルト回のような感じになると思いますが、その後に色々と楽しいエピソードを展開していけると思っていますよ!
それではまた次のエピソードもよろしくお願いします。