予断許さぬ森の中
クリムゾン騎士団との合流までは暇を持て余し、各自が自由に時を過ごす。
特に元冒険者組は未知の森を探検し、見慣れない植生や地形、魔獣との邂逅を存分に楽しんでる。ヴァレリアとグレイリース、それと若衆も似たような感じだった。
あとは帰るだけだし、厄介ごとの負担は騎士団に押し付けるつもりの私たちは随分と気楽なものだ。
ずっと車両の守りを任せてた若衆にも自由時間を与え、私だけが車両の見張りにつく。今は動き回るよりも、旅の途中で身に着けた技や思いついた技の反芻と実験をやりたかった。一人のほうが集中しやすいというのもある。
周辺の情報を遮断することなく逆にすべてを把握せんと意識を広げ、右手では上級の超複合回復薬を生成しながら、左手で水晶の薬ビンを生み出してキキョウ紋を精緻に刻み付ける。
同時にアクティブ装甲を作り出して素材から改良し運用の改善まで検討する。通常はあり得ないことのはずなんだけど、高威力の魔法攻撃を連打された場合には対応できない弱点が明らかになってるから、盾の強度のほかにも運用の改善がなくてはならない。そのための構想はあるから、なんとしても実現にこぎつけないと。
複数の魔法を同時に実行できる能力は、今の状態からして完全に大幅レベルアップしてる。ちょっと前までなら、これほどの同時起動は無理だった。叩けば伸びることが分かった以上、マルチタスクの拡張にはさらなる努力が求められる。
そして次のステージを垣間見た身体強化魔法だ。命を削るようだったあの超強化状態を無理なく使えるようになりたい。普通の身体強化魔法は誰でも使えるけど、あれは相当に難しい技術だ。深淵を見通すよう魔力感知と精緻極まる魔力操作があって初めて実現可能となる。もちろん身体強化の魔法自体にももっと習熟する必要だってあるだろう。その上であの無茶が可能になるんだ。
直感的に危険と理解できるあれをどうにか危険のないギリギリの見極めで常時使用可能としたい。本能的なリミッターの少し上を行く程度であれば危険はないはずだ。常に自身の限界を見極めるという意味でも使用可能になる意義は大きい。
できれば私だけじゃなく、少なくとも戦闘団の幹部メンバーには使えるようになって欲しい技術だ。難しい注文だとは思うけど、いい目標になってくれればとも思う。
何気なく身体強化魔法を発動し、限界のその一つ上の状態を維持する。一度やってしまえばコツは掴める。あとは慣れだ。
ひょっとしたら最高峰とされる少数の戦士たちは、この技術を何らかの方法で実現してるのかもしれない。
例えば《雲切り》はインチキ魔法薬を使ってる私と同レベルの身体強化状態だった。限界のその先を実現できる魔法行使と思わなければ異常すぎる実力だ。完全に同じ方法で同じ境地に至ったとは思えないけど、結果として似たような手段を会得したと考えるのは妥当なところだと思う。
日暮れも間近といったところまで実験と思考に没頭してると、ようやくみんなが帰ってきた。どうやら全員で一緒に探索してたらしい。
昼過ぎからだったから、随分と長い時間遊んでたことになるけど、なにか面白いものでもあったんだろうか。
「待たせてしまってすみません、ユカリさん」
グレイリースと若衆が留守番の私にすまなそうにするのを手を振って遮る。
「問題ないわ。それより、なんか珍しいものでも見つけた?」
「お姉さま、凄いものがたくさんありました!」
「ヤバいぜ、この森。こっちにやってくる時は逃げてばっかりだったから気づかなかったが、ちょっと奥に入るだけでも危険と資源の宝庫なのが分かった」
「手つかずの森だからか、魔法薬や魔道具の素材になりそうな希少植物がたくさんありましたよ」
「毒草の群生地や魔獣の巣もあちこちにあったしね」
「単体でいる大型魔獣も強力でした。ついでに付近の魔獣も狩りつくしたので、この辺りは安全ですよ」
「地形も凄かったですねぇ。底の見えない亀裂があったかと思えば、隆起した台地とそこから流れ落ちる大量の水に川と湖までありました。植物や魔獣たちの楽園ですよ、ここは」
へえ、かなり豊かな森みたいね。口々に見てきたものを話してくれる。車両に積み込める荷物に余裕がないため持って帰ってきた戦利品は少ないけど、どれもが高値で捌けるものらしい。それと今から消費できる魔獣肉を確保してきてくれた。
聞いてるうちに私も見たくなったけど、もう日が暮れるからさすがにやめておく。
「それじゃ、夕食の準備を始めようか」
なんかピクニック気分だ。クリムゾン騎士団の到着はたぶん明日の昼から夕方にかけて、遅くても明後日あたりになるだろう。それまでは気楽に過ごせる。私も明日は探索に出てみるのもいいわね。
ヴェローネとアルベルトが魔獣肉の下処理を担当し、ほかのみんなで持参した食料と器具を取り出して調理を始める。
時間にゆとりがあるし何者かの邪魔が入りにくい環境だから、手の込んだものを作ると決めた。
メインの魔獣肉は煮込み料理にすることにし、大きめにカットした肉と野菜、それと香草を鍋に入れて赤ワインで煮込む。調味料も酒も在庫は潤沢にあるから、ケチることなく大盤振る舞いだ。
さらには芋と細かく切った野菜を混ぜてコロッケ風味の揚げ焼きを用意し、付け合わせに蒸し野菜まで用意する豪華さだ。おまけにカットフルーツにヨーグルトソースまで添えてしまうと、もう店で食べるメニューのようになった。
旅の途中とは思えない食事にはみんなのテンションも上がる。
手間暇のかかる料理なんて普段はやらないから、こんなのは初めてだ。切って焼いただけとは違う食事に舌つづみを打ちながら、楽しい夜を過ごした。
翌朝の目覚めは爽快。見張りの交代で夜中に一度起きたけど、短時間の深い睡眠があれば私には十分だ。懸念事項も特にはないし、気兼ねなく休めたのも良かった。早朝の爽やかな森の空気が清々しく、これから先の旅の順調さを予感させた。
まだ暗い森の中で身だしなみを整え、一人で早朝訓練を開始する。
完全に夜が明けて明るくなると、みんなも自然と起き始めた。思い思いに顔を洗ったりシャツを取り替えたりしながら朝食の準備に取り掛かる。
夕食とは違って簡単に済ませると、また暇になる。具体的な合流の時間が不明だから、あまり遠くに遊びに行くわけにもいかない。
やるべきことを一通り済ませると、今日の方針を話し合う。
「微妙な空き時間になったわね。なんか考えはある?」
「よかったらわたしが少し戻って様子を見てきましょうか? 樹の上からなら遠くまで見渡せますし」
「この期に及んでトラブルはないだろうが、一応は様子見に行くか。あたいも行くぜ」
ミーアの提案はそのまま受け入れてしまおう。
「じゃあミーアとオフィリアに任せるわ。ほかは大人しく待機してるか、周辺の魔獣を排除しておくくらいかな」
「はい、ではそれで」
二人が西に向かってジープを走らせると、私たちは軽く森の浅い部分だけ見て回ることにした。
しばらく経って日が中天に至ろうかという頃、接近する車両の音がした。聞き覚えのあるそれはウチのジープだ。
全員で待機してたところに戻ったミーアとオフィリアは、どこか不審な顔だ。
「クリムゾン騎士団が到着したって感じじゃないですね」
第一声でグレイリースがみんな気持ちを代弁すると、ミーアが答える。
「真西のルートから接近する車両群がありました。クリムゾン騎士団であれば北西ルートでしょうし、そもそも騎士団の車両ではなかったです。正体不明の一団が廃道に近づきつつあるようでした」
「廃道を通ろうって奴らなら、あとはクラッド一家の連中かとも思ったが、細かいところまでは確認できてねぇ」
「クラッド一家なら問題ないけど、それ以外の場合は面倒になりそうですね」
まさしく。廃道を通って大陸東部を目指すなんて奴は普通はいないのが近代の情勢だ。それをやった、あるいはやろうとしたのは麻薬カルテルと帝国くらいのもの。今のタイミングで別の勢力が廃道を使うとは思えないし、そうすると嫌な予感が首をもたげる。
なんにせよ、私たちに逃げ出す選択肢はない。
「待ち構えるわよ。クラッド一家ならいいけど、敵対勢力なら叩くしかないわ。冥界の森を敵から逃げながら通過するなんて、考えたくもない」
先に行くことは色々な意味で良くない。クリムゾン騎士団とは合流したいから、それを邪魔する奴らは面倒でも排除するしかない。
「お姉さま。もし敵だった場合には、この森は使えるかもしれません」
妙に嬉しそうなヴァレリアだ。
「どういうこと?」
詳しく聞いてみれば面白そうな作戦を話してくれた。もし敵だった場合には任せてみよう。
「それじゃ、そういうことで。あとは誰がやってくるか、結果を待とうか」
念のために車両を脇にぴっちりと寄せておく。やってくるのがクラッド一家ならそのまま通過させてもいい。
ミーアとアルベルトにはちょっと西に行ったところにある大木の上で見張らせる。何者かが分かったら、即座に知らせてくれる手はずだ。
残りのメンバーはそのまま待機し、時を待つ。
「……そろそろね」
遠くまで伸ばした私の魔力感知の範囲に獲物が入った。集団で移動する連中だ。ほぼ同時にミーアとアルベルトが戻る。
「クラッド一家です!」
「奴らに間違いないが、おまけの連中もいるぜ! 数が多すぎる!」
聞きながら、やっぱりトラブルかと諦める。私の魔力感知でも数の多さは見て取れた。
クラッド一家は三百人ほどの部隊を派遣するって話だった。実際にこの目で部隊を見たわけじゃないけど、兵員輸送用の大型車両を使ってるものと思われる。すると荷物を含めても車両の数は多くたって三十台ほどだろう。
ところが感知に引っかかる移動用魔道具は続々と増え、軽く五十以上、いや百台にも迫る数だ。人の魔力を細かく数える必要もないくらいに明確だ。数百メートルほどの距離を開けて追いかけっこをする二つの集団からしても、状況は明らか。
つまり、クラッド一家は何者かに追われて逃げてるって状況になる。たぶんレギサーモ・カルテルから逃げてるんだと思うけど。
問題はなんで逃げる必要があるのかってことだけどね……《雲切り》ほどの剣士がいながら逃げるってのは、一体どういうことなのか。まあいい、答えはすぐに知れる。
理由の分からない事態に若干の緊張を感じながら待機を続けると、いよいよ姿を現す先頭車両。
「見覚えは?」
「あります。クラッド一家の構成員で間違いないです」
情報局員のグレイリースが確認。奴らが状況説明くらいしてくれるといいんだけど、焦ってる様子からしてスルーされるかもしれない。慣れ合ってはいないからね。
無理に止めるのもはばかる中、律義なのか何なのか、速度を緩めて止まると怒鳴りつけてきた。
「キキョウ会か!? いいところに居たな!」
「すぐにレギサーモ・カルテルが追ってくる! ここで食い止めろ!」
呆れた奴らだ。私たちに押し付けるとはね。貸しになっても構わないほどの事態ってこと?
「自分たちでやりなさいよ。《雲切り》ともあろう者が逃げるなんて、どういった了見?」
「ベルナールさんは魔力切れだ! 俺たちももう限界が近い、あとは頼むぜ!」
言いたいことは全て言ったとばかりに、さっさと逃げるクラッド一家。呆気にとられた私たちは、ただ見送るばかりだ。
あいつが魔力切れって……。物量に押し負けたかな。最高戦力のないまま冥界の森に突っ込むのも危険だと思うけどね。
まあいいか。ここで貸しを作っておくのも悪くない。切り替えよう。
「作戦は手筈通りに! やるわよ」
「おう!」
レギサーモ・カルテルがやってくるのは予想外でも何でもない。ヴァレリアの作戦を実行に移す。
私と若衆の二人を除いた七人が前に出ると、道を塞ぐように岩の壁を作ってしまう。徒歩で森に入れば簡単に合流できるけど、車両の通行はできない。簡単なとおせんぼだ。
強制停止させられた奴らはなんとかして壁を破壊しようとするだろう。だけど私がいる限り、それは不可能。結局は諦めるしかないけど、邪魔をした私たちに襲い掛かってくるのは間違いない。
敵の人数は……千人近いといったところか。痛みを感じず死ぬまで戦うことを止めない上に、薬によって強化されてる連中だから律義に相手をするのは非常に面倒くさい。
そこで利用できるのはこの森だ。
私は直接見てないけど、ヴァレリアたちは危険な森をよく把握できてる。
底の見えない亀裂や危険植物の群生地、魔獣の巣、そういった場所に誘い込んで労せずして倒すのが今回の作戦だ。
七人は森の浅い場所から挑発しておびき寄せ、目論見を果たすつもりだ。
森に入らない敵がいればここで私が手を下す。クリムゾン騎士団との合流を邪魔する奴らは、断固としてここで排除してやる。
少しして壁の向こう側に車両群がやってくると、即座にヴァレリアたちが側面から攻撃を開始した。
まんまと釣られた連中が森に入って行くのを見届けると、その場に残るのは僅かな敵のみ。念のため若衆の二人に姿を確認させると、そのまま始末は任せて欲しいと言うので任せてしまった。あとはみんなの戦果を待つのみだ。